楽しい晩餐と、新たなる任務
日が暮れて家々に明かりが灯る。
ディーユとコロが暮らし始めた小さな借家は、昔ながらの香油ランプが唯一の照明だった。
普及している『魔法の水晶ランプ』に比べ光は弱いが、柔らかい光を好む愛好者も多いというのも頷ける。
「昔ながらのランプも良いものだな」
優しい灯りが食卓を照らしている。
リビングダイニングの中央、木のテーブルには二人で作った夕食が並んでいた。
野菜と鶏肉のクリームシチュー、市場で買った雑穀パン、特売のベーコンの端切れ。それに、乳を発酵させ果物の汁で香りと味をつけたという瓶詰めのジュース。
家事には不慣れだが、二人で頑張って作った初めての料理。
ディーユにとってイモの皮むきは魔法円を描くよりも難しい作業だったが、コロはとても楽しそうに調理していた。
「ディさん、チーズはどう切ればいいの……?」
キッチンに立つコロが、巨大なチーズの塊を前に戸惑っている。
夕方に町の商店街で買ったものだが、一抱えもある円盤状のチーズの塊だ。
値段は銀貨一枚。「これでも勉強したんだよ」と、店主はすまなそうに言っていたが、とんでもない。第二聖都なら三倍の値段はするだろう。
ミーグ領の領都、レザトゥスは人口3万人ほどの小さな町。周辺には酪農や農業を営む更に小さな村々が点在し、畜産物と農産物の生産が主な産業になっている。
野菜も穀物も値上がりしたと市場でぼやく声も聞こえたが、それでも都市部の値段の半値ほどで買えることに驚いた。
世界的に作物は凶作だというが、野菜や根菜は市場で山積みだった。
食料生産地である強みと余裕なのだろう。これなら食料不足で暴動などが起きるはずもない。街の人々が落ち着いている理由はこれなのかと納得する。今更ながらミーグ領の有りがたみがわかってきた。
「まずは半分に切って、食べやすい厚さにスライスかな」
「わかった。……うーん」
表面が硬くてナイフが通らない。コロが悪戦苦闘している牛の乳のチーズは、数日では食べ切れない大きさだ。
「どれ、貸してみ」
ケガでもされたら大変だ。コロの後ろからそっと右手のナイフに手を重ね、一緒に力を込める。チーズは確かに歯ごたえはあったが、なんとか切れた。
「わぁ、力持ち」
「そうでもないよ。コロは沢山食べて、力をつけなきゃな」
「うん……」
切ったチーズを皿に盛り付けて、夕食の準備は整った。
向かい合うようにテーブルを挟んで座る。
「「いただきます」」
二人で合掌、ようやくディナーの始まりだ。
まずは具沢山のシチューをぱくりと一口食べてみる。
「んっ?」
「むっ!」
実にまろやかで旨味もある。塩気も丁度よい。芋もニンジンも柔らかく、鶏肉も実にうまい。初めてにしては、上出来だ。
「美味い!」
「すごい美味しい!」
顔を見合わせて、思わず微笑む。そこからは勢いでガツガツと食べる。かなり空腹であることを思い出した。
次にパンを頬張ってみた。雑穀パンは市場で買ったものだが、小麦の生産が少ないミーグ領ならではのご当地パンらしい。稗に粟に黍など、他の地方なら家畜のエサ扱いの穀物を、粉にして小麦に混ぜてかさ増ししている。
「これはこれで、香ばしい風味があるな」
「わたし、普通のパンより好きかも……」
「もしかしてこれ、チーズを挟むといいとか?」
「あっ、そうかも」
和気あいあいと食卓を囲みながら、あれやこれやと会話も弾む。楽しそうな様子のコロを眺めていると、ほっこりした気持ちになる。
いままでは慌ただしい放浪と脱出で、落ち着いてご飯を食べる機会さえ無かった。
ようやく一息ついた気がした。こうして二人で夕食を食べていると、それなりに手の込んだ食堂の料理より、ずっと美味しく感じるから不思議なものだ。
「んっ……?」
コロが何かの気配を察したように、犬耳を動かした。暗い窓の方に視線を向ける。
「……誰か来たのか?」
「わかんない。何か動いた気が」
ドアをノックする気配はない。
となると窓の外に何かいるのか?
ディーユは立ち上がり、壁に打ち付けられた釘から下げてあった香油ランプを手に窓辺へと向かう。
そっとランプの明かりを窓辺に向ける。
すると闇の向こうに、ぼうっと顔が浮かび上がった。
「のぉわあっ!?」
「ディさん!?」
流石のディーユも驚いて声を上げた。ランプが揺れると光が揺れ別の顔も浮かび上がらせた。
2つの顔が、窓にへばりつくように中を覗いていた。
『……ディーユゥ……』
『……みゃぁ……』
「って、アイナか!?」
「ミゥちゃんも?」
ドアを開け、外を照らすとアイナと、猫耳少女のミゥが窓に顔を押し付けていた。
「……なにやってんだよ、おまえら」
アイナとミゥが、暗闇の向こうから玄関の方へと移動してきた。二人とも町娘が着るような質素な平服姿だった。
ワンピース風の刺繍入りの服に、腰ひもを巻いたスタイル。
ただしアイナは流石に丸腰ではなく、腰ひもの後ろに鞘にいれた短剣をくくりつけている。
「新生活の様子を覗き見に来た!」
「堂々と覗き見宣言しやがって……。いいから中に入れよ」
ジト目で幼馴染を睨みつつ、家の中に招き入れる。
「ミゥちゃんいらっしゃい」
「コロん家、あったかいにゃ」
家に入るなり、ミゥとコロは向かい合うと、胸の高さで両手を合わせペチペチペチと打ち合わせた。
女の子同士の挨拶らしい。
微笑ましい少女達と正反対に、アイナは湿った目つきで室内を物色するように見回すと、ぐっと顔を寄せてきた。
「……ディーユ。コロちゃんと二人で仲良くお料理をして、楽しい夕食とはな。ふーん? いいなぁ、まるで新婚生活のようじゃないか、えぇ?」
因縁をつける小姑のような口ぶりだ。心のなかでツッこみつつ、アイナの顔面をべしっと手で押さえ遠ざける。
「別にいいだろうが。自炊したほうが安いし」
「そ、そういうことじゃない。なんかこう……あぁああ、くそっ、私にも手料理を食わせろ、羨ましい!」
「なんなんだよおまえは!?」
といいつつ、腹がすいているというのでアイナとミゥにも夕飯をご馳走することにした。
アイナとミゥは美味い、美味いとシチューをもりもりと、遠慮なく食べる。明日の分までと思って作ったのがさっそく無くなりそうだ。
聞くと、二人は今日のお勤めは終わりらしい。
近衛騎士と見習い騎士なのだから、四六時中城にいなくてもいいのだろうか?
「……ミーグ伯爵は王弟にして元公爵。マリア姫と本当の血縁者、今となっては唯一の身内なんだ。それに、なんというか……すごく姫様が楽しそうにしておられる。失礼な例えだが『憧れの兄貴』のように慕っておられるんだ」
「ははぁ……、第二聖都の宮殿にいたときと違って、アイナが目を光らせていないといけない場面が減った、というわけか」
「ぐぬぬ……。そうだな」
「良いことじゃないか。アイナも心配が減ったわけだし、マリア姫にとっても良いことだ。宮廷はギスギスしていたからなぁ……」
「……ディーユも辛かったか?」
「いまにして思えば、苦行の日々だったな」
「そうか……でも今はおまえも楽しそうで何よりだ。マリア姫様もディーユも、ミーグ領に来て、表情が明るくなった」
「そうか?」
「そうだよ。この新生活も良さげじゃないか。その、友人として、気になって見に来てみれば甘々な感じで思わず嫉妬したが」
「……はは、正直だなアイナは」
「それが取り柄だ」
ガツガツとシチューを食べ雑穀パンをも平らげるアイナ。
アイナは食事も寝床も、ミーグ伯爵の居城の中に提供されているらしい。だが、ディーユとコロの新生活が気になって見に来ただけだろうか?
マリア姫はミーグ伯爵と仲がよく居城にいる限り心配はない。執事長ジェルジュが身の回りの世話はする。
特段、危険もない現状では、居城にも衛兵や兵士が常駐している。近衛騎士とはいえ休暇も必要だろう、という姫の粋なはからいか。
「ところでその服、どうしたんだ? 買いにいく暇も無かっただろう」
命がけの大脱出。荷物など何も無く、騎士の装備で着の身着のままだったはずだ。
「あぁ、騎士の装備を外していたら、居城で働く給仕の女の子たちが来てな。『汚すぎます!』って城の湯船に連れていかれて洗われて……。そして古着でよければと、平服を貸してくれたので着替えてきた」
「よほど見るに見かねたんだな……」
オークの返り血はさすがに洗い流していたが、下着やら内側の服がよほど汚れていたのだろう。
風呂に連れていかれたということで、青みがかった髪も洗いたて。まだしっとりと濡れている。ポニーテールではなく、下ろしているので別人のようだ。
「なんだか頼りなくてスースーして落ちつかん」
「昔は下着一枚で野山を駆け回っていたじゃないか」
「ばっ!? それは子供のころの話だ!」
顔を赤くするアイナだが、それを恥じらう前に血まみれ泥まみれでいるほうを恥じるべきだ。
「まぁ、アイナの現状もよくわかった」
とりあえず安心できる状況になった、ということだ。マリア姫もアイナも、ほっと一息つけたといったところか。
コロとミゥは二階の部屋へと階段を上っていった。案内するほどの部屋はないが、探検気分で楽しいのだろう。
「……あの子とは上手くいっているみたいだな。後ろから抱きしめるぐらい」
コロとミゥが二階に行くのを見届けると、アイナが「ぐぬぬ」という顔をする。
「は? 何のことだ?」
「チーズ切る時だ」
「いつから見てたんだよ……」
ずっと覗いてやがったのか。怖いわ。
「ミゥと同じ身の上に同情するのは理解するがな。だが今は幸せそうで何よりだ」
「……あの子は俺が面倒をみると決めたんだ。王宮を追放されさ迷っているとき、第二聖都を脱出する時にも、いろいろ助けられたんだ」
「そうなのか……」
「あぁ。ああみえて芯のしっかりした子だよ。コロは」
「……うむ。その、おまえの面倒見の良さを見込んで、ミーグ伯爵からの伝令だ」
アイナが果汁のジュースを飲み干し、マジメな顔つきをつくる。
「ほぅ?」
「例のダークエルフの沙汰が決まった」
「民衆の前で火炙り、じゃあるまいな」
その言葉にアイナはフッと表情を緩める。
「ミーグ伯爵は寛大なお方だ。罪を憎んで人を憎まず。無罪放免……とはいかないが、働き次第で、城で抱えても良いとおっしゃった」
「そうか、すごいな」
貴重なダークエルフの少年、ミスティア。
取り調べた限り、何の魔法も使えないことが判明した。
だが『魔物の精神に干渉し、行動を操る』という特殊な魔法のスキルを持っている事が、自白によって明らかになった。
処刑せず、力を上手く活用できないか、と考えるのは自然な流れだ。抱き込んで戦力にできればと考えたのだろう。
「そこでだ、ディーユ。おまえに彼の面倒をみてもらいたいそうだ」
「俺がか……!?」
「ミーグ伯爵の計画では、ダークエルフを連れて北の森に向かい、魔物どもを制御できるか試せとの事だ。そこで裏切らないか、信用に値するか確かめろ、とさ」
「面倒なクエスト依頼だな」
嫌な予感は当たるものだ。
「他に適任者がいないらしい。伯爵領軍の魔法師は現在3名のみ。戦闘術式は得意だが、そういう特別で繊細な仕事には向いていないらしいからな」
「……だろうな」
火炎魔法や爆裂魔法で敵を吹き飛ばす事は得意でも、ダークエルフの心を読み解き、仲間に引き入れる……となると難しい。
「それと。植物を操る力で首輪をつけろ、とも」
「気が進まないが、裏切ったときの対策か」
寛大だが抜け目もなく慎重。それがミーグ伯爵領をうまく切り盛りしてきた手腕なのだろう。
とたた、と軽やかな足音がしてコロとミゥが二階から下りてきた。
猫のような少女、ミゥがアイナに寄り添って、耳打ちをする。
「……こしょこしょ」
「ふむふむ、ほほぅ?」
じぃ、とディーユに視線を向ける。
「なんだよアイナ」
「二階には寝台はひとつ。コロちゃんの話では、一緒に寝ているらしいじゃないか!? 羨ましいな、おいっ」
ぐわっとアイナが目を見開き、すごい形相になった。
なんなんだ……と思わずため息を吐きながら、
「……コロは冷たい床の上で寝てたんだ」
「な……」
「孤児院では床、買われた先では廊下の隅」
「……そうなのか」
この貸家に来たのは二日前。その夜、当然のようにキッチンの床に寝転がったので驚いた。
「今までがあんまりにも不憫だったからな」
――今夜から寝台で寝るんだぞ、と言ったらコロは嬉しさと驚きで泣いていた。
寝台は大きくはないが、身を寄せあって眠るには十分だった。夜は冷え込み、互いの温もりが心地よかった。
「くそっ! むしろ幸せにしてやれよチキショウ!」
「あっ、まってアイにゃん!」
アイナは涙を流しながら飛び出していった。ミゥが慌てて後を追う。表で「となりの借家に越してやる!」とアイナが捨てぜりふを残していった。
「どうもでいいが、あいつアイにゃんって呼ばれてんのかよ……」
<つづく>
【作者よりのお知らせ】
ディーユはコロちゃんを、妹(あるいは仔犬?)のように思っているので、アイナのような心配はいりませんw
さて、次回はダークエルフと森へ。
お楽しみいただけたら幸いです★




