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X(エックス)ランクの魔法師

 ◆


「ざまぁ無いな、ラソーニ・スルジャン!」


 拳が顔面にめり込んだ。

 鈍い音とともに視界が歪む。

「ぶへっ……」

 ラソーニ・スルジャンは力なく吹き飛び、地べたに倒れ転がった。


「う……ぐふっ……」

 息も絶え絶えで、心臓の鼓動も弱い。

 顔はやつれ、目は虚ろ。衰弱しきった身体は、まるで枯れ枝のようだ。

 豪華だった服はあちこちが破れ汚れきり、見るも無惨な有り様だった。かつてSランクの宮廷魔法師として、我が世の春を謳歌していた面影はない。


ここまで(・・・・)やるたぁ、思わねぇんだよ!? バカか、てめぇは! 見ろよ、何にもありゃしねぇ! あぁ!? 意味がねぇだろ、何もかも無くなったら、これじゃぁよ!」

 かつての手下、マウンティアスは激昂、倒れたラソーニ・スルジャンの身体を蹴りつけた。


 最強のAランクの魔法師『魔導五芒星(ペンタグリア)』の一角としてラソーニ・スルジャンとともに王宮の支配に協力してきた。

 それは莫大な富、名声、金、女、酒に食い物――ありとあらゆる物が手に入るからだ。事実、Sランクのラソーニ・スルジャンと行動を共にしてたことで望むものはすべて手に入った。


 だが、この状況は何だ?

 何もない。

 何もかもが消えた。

 理解の範疇を超えている。

 地下のダンジョンでの仲間たちの悲鳴。すさまじい爆発、混乱。

 そして、見たこともない色の光。


 世界が消え失せた。

 あらゆる物が塩の粉になり、失われた。

 富も名声も、自分に媚を売るBランクやCランクの魔法師も、ラソーニに取り入りたいとすり寄ってきた貴族も大臣も、何もかもが居なくなった。

 行きつけの飲み屋も、踊り子のいる店も、何もかもが。


「ねぇ……ラソーニ、お店はどこ? あたし、お気に入りのワインを……頼んでいたの……。ねぇ! ねえってば!」


 亡者のような容姿のおどろおどろしい魔女が、大の字に倒れたラソーニに馬乗りになり首根っこをつかんでガクガクと揺らした。

 かつての魔導五芒星(ペンタグリア)の一人、魔女のイヤミフラシア。美しい妖艶な魔女は、見る影もなく老いさらばえていた。

 魔法力を失い、容姿を保てなくなったのだ。


「あ……ぁ……」

「なんとか言いなさいよ! ラソォオオニィイ……キァアィイイイイァ!?」

 狂っていた。

 ラソーニもイカれているが、魔女も完全に壊れている。


 爆発は予想外だったが、ラソーニが事前に教えてくれたとおり、特別な部屋にいることで生き残ることができた。


 だが、そこは地獄への入り口だった。

 水晶宮――。

 爆発で王宮が崩れ、悲鳴が聞こえなくなった。

 気がつくと、魔導五芒星(ペンタグリア)たちは光輝く美しい宮殿のなかにいた。

 ホールのような場所に投げ出されていた。

 ……ここはあの世か、天国か?

 五人が戸惑っていると、目の前に現れたのは天使ではなかった。

 ハイ・エルフ。

 伝説上の存在。

 美しい姿をした悪魔。

 魔法の叡智の結晶、構成分子から細胞に至るまで、太古の魔導師達により、完璧に設計された究極の魔法生命体。


『君たちからは、卑劣、愚劣、傲慢、腐敗、欲望の臭いがする。どれだけ、人間たちを踏みつけてここに来たんだい?』


 ハイ・エルフはそういうと魔導五芒星(ペンタグリア)たちを異物として排除すると宣言した。

 抵抗した者は一瞬で、まるで虫けらのように惨殺された。

 魔法の次元が違いすぎた。

 物理的なベクトル変換に、重力操作、更には限定的な時間操作まで。

 勝てるはずがなかった。

 マウンティアスとイヤミフラシアは死体となった他の三人とともに外部へと排出された。


 外に出てようやく理解できた。

 そこは水晶の宮殿だった。ハイ・エルフの城。いや、ハイ・エルフたちを構成する身体の一部なのだ、と。


「ひ……ヒヒ、でも、見ただろう? 君も、あの……美しい光を、圧倒的な強さ、神にも等しい、ハイ・エルフたちを……」


 ラソーニ・スルジャンは狂気に染まった目を見開き、口から唾液を垂らしながらうめいた。


 痩せ細った震える指が地面を掴むと、白い灰のような粉が舞った。

 燃え尽きた灰のような粉は、塩だ。

 万物が変化し、崩れ落ちたもの。建物も、人間も、何もかもが消滅し粉になった。

 周囲はひたすらの白い塩の砂漠――。


 動くものは見当たらない。

 舞い上がった塩の粉が目に痛い。

 空は薄く曇り、昼間だというのに太陽は血の色をしている。

 ここが栄華を誇った千年帝国(サウザンペディア)の中心、第二聖都だと誰が思うだろうか。


 水も食料もない。

 死は時間の問題だった。

 自分達は生き残ったのではない。死ぬよりも辛く苦しい罰をうけているのだ……。


「チッ、クソが……、くたばれ。ゴミ野郎が」

 マウンティアスは自分にも死が近いことを理解していた。

 一刻も早く、ラソーニ・スルジャンと離れたかった。

 自分が犯してきた罪の重さから逃れたかった。

 世界を破滅させる狂人だと、なぜ気がつかなかったのか。だが、悔やんだところで取り返しなどつかない。


「ヒギィ……ぎゃ、ああああ? ラソーニ、さまぁ?」


「……生きる……! そうだ、あの美しい世界を、私は……垣間見たのだ、生きる……権利が……あるッ」

 

 はっとしてマウンティアスが振り返る。

 馬乗りになっていたイヤミフラシアの首に、ラソーニ・スルジャンが何かを突き立ていた。ナイフではない。なにか尖った石のような凶器を。


「うきゃぁあ……あぁああ……ンボゥオオ?」

 ドシュウウ……! と何かがイヤミフラシアの身体からラソーニ・スルジャンに流れ込んでゆく。魔力だ、何らかの方法で、魔力を他人から奪っているのだ。


「なっ、何をしていやがるッ! てめぇえっ!」

 マウンティアスが叫ぶ。

 ラソーニ・スルジャンがユラリ、と立ち上がった。

 カサカサに乾ききった魔女の身体が崩れて消えていく。


 その手に握られていたのは、水晶の欠片だった。手のひらで包み、隠せるほどの結晶。

 それが魔女イヤミフラシアの魔力と生命を奪ったのだと、マウンティアスは直感した。


「ふぅ……うぅ……なるほど、なるほど……」

 ラソーニ・スルジャンの瞳に生気が戻っていた。狂気はそのままに、ギラギラと眼光だけが赤く光を帯びている。


「ラソーニ、それは……まさか!」

「あぁ、ハイ・エルフどもの宮殿で、拾ったのさ。戦ったとき……砕けた床の一部を咄嗟に……掴んだのさ。うまく持ち出せたが、超高度な魔法の遺物であるのは確かなようだ」


 次第に意識がはっきりしてきたのか、言葉が明瞭になってゆく。鋭さを増す視線は、マウンティアスを次の獲物として捉えていた。


「ふざけるな、ラソーニィイイ!」

 ドウッ! と残った魔法力を絞り出す。

 マウンティアスは肉体を強化し、爆発的なパワーで殴りかかった。対魔法戦闘では詠唱時間を与えない、あるいは効果が発現するまでのわずかな時間の前に、術者を叩き伏せるという戦術が有効だ。マウンティアスはその戦術を極限まで磨き、最強の称号を得た男だ。


「もっとも、君の術はハイ・エルフには通じるはずもないが」


「なにぃ!?」

 避けた。

 弱りきっていたラソーニ・スルジャンが、矢よりも速いマウンティアスの突撃と拳を避けたのだ。

 驚愕するマウンティアスの身体に、ズブリと水晶が突き立てられた。

「君のもいただこう」

「ぐ、あ……!?」

 ズギュゥウウ……ッと魔力が失われる。

 ――肉体が枯れてゆく(・・・・)ッ!?

 視界が急速に狭まり、視界が闇に閉ざされた。


「ラソーニ……てめ……え」

 掴みかかろうとした指先がボロボロと崩れた。マウンティアスはその場に崩れ落ち、黒い塵となった。


 水晶宮でハイ・エルフと対峙し、圧倒的な魔力の前に倒れた。しかしその時、ラソーニ・スルジャンは感じとった。床や壁から、無限に近い魔力の気配を。

 吸収? いや、違う。流れているのだ。純度の高い魔力を循環、まるで血液のように。ハイ・エルフたちは水晶宮の中にいる限り、無尽蔵な魔力を行使できる。

 その仕組みの一端が、おそらく水晶宮を構成する結晶に仕込まれていたのだ。


 その直感は正しかった。

 魔女に突き刺した水晶は、魔力をラソーニへと流し込んだ。

 まるで輸血のように、魔力そのものを。

 更には、生命力さえも。


「ハハハ、やったぞ……やはり私は、天才だ」 


 不敵に笑うラソーニ・スルジャンの額に、Xの印が浮かび上がった。

 もはやSランクでも、SSSランクでもない。

 規格外、イレギュラーな魔法師。


「私は……超越したッ!」


 この瞬間から、エックスランクの魔法師、ラソーニ・スルジャンとして。


 ◆


<つづく>


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― 新着の感想 ―
[一言]  おおっ! ラソーニまさかの復活(笑)  でも額の"X(エックス)"って、"超越者"というより"罪人"に与えられる"×(バツ)"ような気が……(爆)  まぁ、こういう大物面した小物ほど生き…
[良い点] ラソーニのしぶとさが規格外! 悪役として申し分なしですねー!
[良い点] 流石は敵役のラソーニ・スルジャン。 なかなかにしぶとい。 そして倒れても只では起きない性格のようで。 そして何とか生き残っていたイヤミフラシアとマウンティアスは魔力と生命力を与えるだけの存…
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