勝ち取るために
◇
待ち望んだ港が見えてきた。
ミーグ伯爵領、北端のナムトハ港。湾の奥に小さな港町があり、小規模ながら港湾施設もしっかりと整備されている。
「港は無事のようです! 人影も見えます!」
見張りの弾んだ声に、甲板から歓声があがった。船長も自ら魔法の双眼鏡を構え様子を確認する。
数隻の漁船と小型の貨物船が停泊しているのが見えた。灯台には各種の信号旗も掲揚され、風になびいている。
「魔法水晶球通信に応答あり、『貴船の入港を歓迎する。二番埠頭へ入港されたし』」
航海士が、水晶球の下に置いた紙に転写された伝文を読み上げる。
「よし、入港準備!」
「船長! お待ちください、伝文に続きが」
「続き?」
「は、はい。――『しかし現在、当港は魔物の襲撃を受けている。我々も管制灯台に籠城中、貴船に上陸可能な兵力あらば、救援を求む!』と」
「……どうやら向こうも大変な状況のようだ」
船長は双眼鏡を下ろすと、思わず天を仰いだ。
◇
「なんだか、港の様子が慌ただしいな?」
ディーユたちのいる甲板からも港や船着き場の様子が見えてきた。石を積み上げて築かれた埠頭が海に突き出ているが、その先に向け、港湾員らしき人々が逃げている。
「確かに……何か様子が変だ」
海風がアイナの青みがかった銀髪を揺らす。
「ねぇディーユさん、ボクらの船、もしかして幽霊船か何かと思われてません!?」
ライクルが不安に拍車をかける。
「俺をそんな目で見るなよ……」
確かに、この船の見た目は少々怪しげだ。船体保護のために生やしたチークの枝葉のせいで、緑の葉に包まれている。
これでは怪しい幽霊船に見えなくもない。まさか攻撃の準備をしているわけじゃないよな……と少し不安になる。
「ディーさん」
横にいたコロがきゅっと袖を引いた。
「どうした、コロ」
「あの港から、怖い臭いがする」
「怖い臭い……? 魔物か」
「多分」
コロは鼻がいい。尋常ならざる気配を察したのだ。
「船が減速し始めた、あの埠頭に接岸するつもりだ」
埠頭まではおよそ三百メルテ。港湾作業員や一般人の人々が、慌てた様子で停泊している漁船に飛び乗ったり、何かを叫んだりしながら慌てている。港湾施設の方を指差している様子から、何かに追われているらしい。
「あっ!? 海に落ちたにゃ!」
猫耳少女のミゥが岸壁を指差した。商人らしい身なりの人影が海へと落ち、海面に白波がたった。
その後ろから巨大な異形の怪物がワラワラと出現した。
「港で魔物が暴れているのか!」
アイナが叫んだ。
港についた喜びもつかの間、船に緊張が走った。
巨大な魔物がこん棒を振り回し、港湾作業員を海に叩き落とした。更に小型の魔物たちが、置き去りにされた荷物に飛び付いて食らいつく。港は魔物の襲来で混乱しているのだ。
「オークとゴブリンどもか……!」
「えぇええ!? このまま接岸したら危険ですよぉっ!」
ライクルが艦橋に向けて叫ぶ。船長や航海士はしかし、接岸するつもりのようだ。
確かに接岸せず沖合にいれば危険はない。しかし港がこのまま魔物に占拠されてしまえば、寄港できる場所が消える。
ここから北の海岸線は入り組んだ岩場が多く海も荒れると船員が言っていた。下手な場所に近づけば座礁の危険があり上陸も困難。再び海をあてもなくさ迷うことになる。
「できれば上陸し、港の人たちを助けたい。しかし」
この船の戦力だけで、あの数の……いや、どれほどいるかわからない魔物どもを撃退できるのか……?
ディーユの衝動に冷静な頭が待ったをかける。
「このまま接岸します! アイナを中心に上陸部隊を編成、港の人々を助けるのです」
凛とした声が響いた。
甲板にマリアシュタット姫が姿を見せた。狩人装束の上に軽装鎧をつけ戦姿になっていた。艦橋で船長と話をつけてきたらしく階段を降りてくる。
「マリア姫……!」
アイナが「待ってました」とばかりに鼻息を荒くする。その横ではライクルがさっと青ざめた。
「先程、叔父のミーグ伯爵と魔法通信が繋がりました。あのナホトカの港の救援に向かっているそうです。それに『港で歓迎パーティをする』とのことですから」
マリアシュット姫が微笑まれた。
「おおっ!」
「それなら挟撃できる!」
ミーグ伯爵との連絡がつき、援軍に来る。
それ聞いたお付きの兵士や、騎士アイナが思わず歓声をあげた。
絶望的な災厄と混乱の最中ではあるが、この地にマリアシュタット姫が来たことは、ミーグ伯爵にとっても希望となるのかもしれない。
「ディーさんも戦うの?」
「港は危ないにゃ……!」
不安そうなコロとミゥを見て、ディーユは心を決めた。
同じ目線までしゃがみ、そっと二人の頬に触れる。
「大丈夫、みんなが安心して上陸できるように掃除をしてくるだけさ」
皆が安全に降り立てるよう露払いをする。
上陸し、安心して暮らせる場所を、ゆっくりと眠れる場所を確保してやりたい。
平穏な日常を取り戻す。
そのためには今は、戦うしかない。
確固たる決意を胸に、自らの強い意思で行動する。
戦わねば、平和は掴み取れないのだから。
「――港を襲撃している魔物の群れは、推定でおよそ二百。港湾の外側に魔物の主力が展開しています」
甲板でブリーフィングが始まった。軍事参謀という肩書きとなった執事長ジェルジュが、状況を手短に伝える。
元近衛騎士の老紳士は戦術に明るく、マリア姫のみならず皆の信頼も厚い。
「見える魔物は斥候、先発隊というわけか」
「左様ですアイナ殿。ミーグ伯爵からの情報によりますと、昨夜の異変により北部森林地帯で魔物どもが活性化。手薄となった防衛線の間隙を突いて襲撃を仕掛けて来た模様です。しかし、既にミーグ伯爵以下、召集した戦闘集団およそ五十名が展開中。港湾施設の外側で、敵勢力の排除作戦を実行中です」
港に近づくにつれ、戦い気配が伝わってきた。勇ましい叫び声、火炎の魔法が爆ぜる音。港の施設の外側で激しい闘いが繰り広げられている。
「ミーグ伯爵が自ら来ているとはな……!」
「港で歓迎会か、粋な伯爵様だ」
思わずアイナと顔を見合わせる。
どうやらミーグ伯爵という男は、かなり豪胆な人物らしい。
「本船からの上陸戦力は、騎士アイナ殿を中心に前衛兵士6名、後方支援の魔法師どのが2名ですが……」
ジョルジュが皆を見回した。
「やれる。十分だ」
「あぁ、やろう」
アイナの気迫にディーユも乗る。ここは攻めの気持ちでいくしかない。
「あの、ボクはまだ魔法力が十分ではなく……」
「そんなこといっている場合か。俺だって半分ぐらいしか回復していない」
「ディーユさん、そんなドヤ顔でいうことですか!?」
「いいから、まずはCランクの魔法師どのによる先制攻撃、先手必勝、橋頭保の確保のために近接魔法支援攻撃を頼む」
ばんっ! とライクルの肩を叩くと、全員が期待の眼差しを向けた。
「あぁあああもう、やりますよ! でもこのあと、本ッ当に魔法を撃てませんからね!」
放てなくても、体内電気で殴ったりはできるだろ。と言いかけたが今は魔法に集中してもらう。ライクルの初撃で着上陸地点を確保できれば一気に戦闘は有利になる。
「接岸まであと三分! 埠頭まで五十メルテ!」
「つぁうあああッ!」
艦橋からの声に合わせ、ライクルが気合いを込める。オレンジ色に輝く複雑な魔法円が展開する。
「――大気の精霊よ、水よ、雲よ……以下略ッ……」
埠頭の真上に渦巻く雷雲が発生、黒い乳房雲が狙いを定めるように垂れ込めた。
埠頭には既に魔物が大歓迎! とばかりに列をなしていた。オークが十匹ほど、周囲にはゴブリンが三十匹ほどで、船の接岸を舌なめずりしながら待ち構えている。
「くらえぇえぁ――轟雷撃滅ッ!」
轟音と、目の眩むような光が炸裂した。
『――ブギャ!?』
青白い稲妻が、一瞬で埠頭を右から左へと走った。
輝きが次第に収まると、そこには黒焦げになったオークやゴブリンが並んでいた。そして将棋倒しのように崩れ海へと落下――。ドバドバと海の藻屑となってゆく。残った数匹は立ったまま絶命し、松明のように燃え上がっている。
「すごい……!」
「あの数を一瞬で……!」
「もう、お前が主役だよライクル」
ディーユが心底尊敬した眼差しを向けるが、ライクルは震え声で
「い……今ので、魔法力がほとんどなくなりました……。船に残ってもいいですかね?」
「いいわけないだろう、いくぞ!」
「ひぁい!?」
アイナがガッとライクルの襟首を掴み引きずる。
船は接岸し、船員たちが渡し板をすばやくかけた。
「船員のみなさまは、海に落ちた人々の救助を!」
「がってんしょうち!」
マリア姫の声に船員たちが生存者の救助に向かう。
「上陸! いくぞ!」
ディーユたちはアイナを先頭に埠頭に降り立つと、二百メルテ先にある灯台を目指した。
随伴する兵士はすでに全員が顔見知りだ。中年のベテラン兵士のミラガル、若手のヤセス。他にも船の旅を通じて知り合った連中だ。
幅十メルテ、長さ五十メルほどの石の埠頭を小走りで進む。雷撃の先制攻撃により壊滅した魔物の死体を横目に、一気に安全地帯を広げてゆく。
「前方より新手! 十五匹! くるぞ!」
灯台の周囲に集まっていたオークの一団が、こちらの異変に気がついたらしくワラワラと向かってきた。
雷の一撃で大勢の仲間がやられたことに、一応は怒っているのだろうか。
『ブギギギ……!』
『プギュァアア……!』
互いの距離が一気に詰まる。
先頭はリーダー格か、装飾をつけたオーク。装飾といっても骨や金属片を首から下げただけだが、手にはこん棒を握っている。
「――抜刀!」
アイナの声を合図に全員がギラつく剣を抜く。
『ブギィイッ!』
「ずおりゃぁあっ!」
アイナはリーダー格のオークと激突した。
相手がこん棒を振り上げると同時に、素早く両手持ちの大剣を叩き込む。長大な間合いを活かし、振り抜いた剣の重さでオークの左腕と首を切断。
『――プ……ギ?』
宙を舞うブタ顔。そして噴水のように飛び散り、降り注ぐ血しぶきに驚く後続のオークたち。アイナは更に間合いに踏み込むと、二匹目のオークの腹に深々と剣を突きいれた。それは肋骨を砕き、心臓を貫き絶命させる。
吐血する前にブタ腹を蹴りつけて剣を抜き、反動を利用して足元に近づいていたゴブリン二匹を叩き伏せる。
「っしゃぁああああ!」
アイナが鬼気迫る表情で雄叫びあげると、オークどもが怯んだ。発情期のオークのところに嫁に行かすだの、豚公爵から受けた嫌がらせの鬱憤を晴らすかのような活躍だ。
「ひぃいええ!? 悪魔ですかあのひと」
「生き生きしているな……」
アイナは実に輝いていた。
オークをぶった斬り、首の骨を砕き、返り血を浴びた顔で睨み付けると、ゴブリンは気圧され逃げ腰になる。
「我らも続け!」
「どりゃぁっ!」
兵士たちは二人一組で、確実にオークを仕留めてゆく。
ディーユはオークやゴブリンがもつ武器――こん棒を狙い、ピンポイントで魔法力を放つ。
「枯死回想!」
『ブギャァ!?』
突如、振り上げていたこん棒から根が生えて手を貫通。ミキミキと腕にからみつく。
オークもゴブリンも激痛に呻き声をあげる。想定外の事態に動きを止めた魔物どもを兵士たちが一刀両断。不馴れな若手の兵士でも容易にとどめを刺せる。
「ありがとうございます、ディーユさんっ!」
「手助けしか出来ないが、これでよければ」
「助かります、最高です!」
若手の兵士が感謝の意を示す。
戦いは順調だ。
しかし、おかしなことに気がついた。
オークやゴブリンがあまりにも組織化されている。
確かに群れで行動する連中だが、灯台を占拠しようとして明確に攻め、逃げ場を塞ぐように船着き場を襲っていた。
――まさか、何者かが手引きしている?
疑念が膨らみはじめた。
ディーユは冷静に周囲に視線を走らせる。
すると、港の建物の上おそらくは倉庫の屋根の上に、灰色のマントを羽織り、フードで顔を隠した人物がいることに気がついた。
煙突の陰に隠れ、まるで戦況を観察しているかのようだ。ミーグ伯爵の援軍なら、こそこそ隠れるはずもない。
「ライクル、雷撃を放てるか? 弱くてもいい」
「え、えぇ……まぁ、絞り出せば、ちょろっとなら」
「灯台の横にある、倉庫の屋根の上を狙って放ってくれ」
<つづく>




