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苦難の旅路


 ◇


 本物の朝日が東の水平線から昇り、灰色だった海を青く染めてゆく。

 いつしか海は静けさを取り戻し、波も穏やかになっていた。


 ――破壊的な嵐が世界を吹き飛ばした。


 船に乗り込んでいた皆の見解は一致していた。

 破裂するような光と、それに続く尋常ならざる大津波。

 何かとんでもない大災害が発生したのだ。


 そして昨夜、爆発が起こったであろう中心地、第ニ聖都のある場所から、小さな輝きが、星のような光が天に昇ってゆくのを、船に乗っていた人々は見た。

 あれが何だったのか、まるで説明のつかないものだった。

 地上から飛び立った()は徐々に加速して、天の川の中へと消えていった。


「航海士、魔法通信は?」

 艦橋から疲れ切った様子の船長が声をかけた。


「応答ありません。全波長で呼びかけていますが一隻も応答しません」

「くそ……やはりダメか」


 魔法の通信は全て途絶えていた。港も他の船も、返信を返すものは皆無だった。

 魔法の水晶玉を応用した魔法通信具はどの船にも、港にも設置されている。だが、応答がない。航路上でもっとも近い港も沈黙したままだ。

 まるで全てが忽然と消え失せたかのように。


「とにかく、ミーグ領へ向かうしかない」


 もっとも近い港は、ボコハラス港だ。

 船長は緑の葉に包まれた(・・・・・・・)船体に視線を向けた。

 まるで森から切り出してきたばかりの樹木で船体を作ったかのように、緑の葉が『希望の方舟号(ホープアーク)』を覆っている。

 ――ディーユ殿が居なかったら今頃、船は海の藻屑になっていただろう。

 船長は改めて幸運の女神に感謝する。


 高さ百メルテに達した津波は、その高さを維持したまま襲い掛かってきた。巨大な壁のような津波を、並の貨物船で乗り越えることは不可能だ。

 普通なら一撃でバラバラになるほどの衝撃を受けても沈まずに済んだのは、奇跡としか言いようがなかった。

 大波を乗り越えることが出来たのは、クルーたちの努力と必死の操船の賜物だ。そして、成り行きで乗り込んでいた魔法使い(・・・・)のディーユの魔法のおかげだった。


 魔法使いディーユは植物を操るという魔法の特殊性を活かし、船の構造材を一体化させることで損傷箇所を塞ぎ、船体そのものを強化してくれたのだ。

 船体のあちこちから細い枝が伸び、互いに絡まって強度を増し、バラバラになるのを防いだ。

 船体を構成する木材は蘇り、生きた樹木となって枝葉を伸ばしている。朝日を浴びた青葉がキラキラと輝いている。

 甲板に出た船員たちはその様子に戸惑いながらも、魔法使いディーユの話でもちきりだった。

 尤も、その活躍を知ったのは夜が明けてからのことだ。


 連続して襲来した津波は悪夢のようだった。しかし今は波も穏やかだ。まるで何事もなかったかのように。


「ディーユ、気分はどうだ?」

「うーん、頭が痛い……」


 散らかった船室の一角に簡易寝台をこしらえて、ディーユは横になっていた。


 昨夜、猫耳少女のミゥがアイナに助けを求め、アイナは船底へと救助に向かった。

 そして船底で倒れていたディーユを見つけたのだ。

 船を守るために魔法力を全て放出。気力と魔力を使い果たし、気を失った。暗闇の中で犬耳少女のコロがずっと付き添い、揺れる船の中で必死で支えていた。


「ディーさん、痛いところは?」

「平気さ。コロだって体中傷だらけだぞ」

「こんなの、平気」

 今もコロはディーユの側を片時も離れない。何も出来ないことはわかっていても、ただ側にいたい。そんな面持ちで回復を祈っている。


「ディーユさんは大丈夫だと思いますよ。魔法使いあるある……です。ボクも試験の時に、全力で魔法力を放出して、数日寝込みましたもん」

 同じ船室の隅で、体育座りをしていたライクルが言った。


「そういうものなのか? 適当なことを言うなよ」

「い、言ってませんって」

 アイナ言葉にライクルが縮こまる。

 昨夜の揺れで身体のあちこちをぶつけたらしく、顔には痣がある。疲労困憊の様子だが、ディーユのことを心配しているのは同じらしい。


「……ライクルの言うとおりだ。一日もすれば魔法力は回復するさ」

 ディーユは身を起こした。頭の奥が痛く、フラフラする。


「ディーさん、無理しないで」

「心配ないよ、コロ。病気じゃないんだ」


 体調は万全ではないが、いつまでも寝転がっている気分ではなかった。

 世界に何が起こったのか、それを一刻も早く知りたい。


「皆様、姫様よりお話があるとのことでございます」


 その時、外からノックをして様子を伺ったのは執事長ジェルジュだった。船室の扉は開け放してある。老紳士の後ろには、美しいマリア姫が立っていた。

 動きやすい狩人装束に身を包んだままのマリア姫だ。


「マリア姫!」

 アイナが立ち上がり、姫の手をとり室内へ向かい入れる。ディーユもライクルも立ち、礼をする。

 マリア姫は「皆様はそのまま、お疲れでしょう」と微笑んだ。

 とはいえ、マリア姫自身も疲労の色が滲んでいた。昨夜から一睡もしていないのだろう。


 津波を乗り越えても波は荒れ狂い、船を揺らし続けた。

 不安がる皆を勇気づけようと、マリア姫は凱歌を、あるいは美しい癒しの歌を、唄ってくださった。船員たちはそれに勇気づけられ奮起。荷崩れを直し、破損箇所を修復、船が沈まぬようにと努力を尽くした。


「ディーユ、それにみなさまも、本当にありがとうございました」

「姫……そんな」

「こうして船が無事だったのは、皆様のおかけです」


 姫は全員の顔を見回して礼を述べた。船の持ち場をあちこち巡り、船員たちにもお声をかけてきたらしい。


「実は、皆様にお伝えしたいことがあります。いえ、知っていただき、共に考えて頂きたいことです」

 ジェルジュが用意した椅子に腰掛けると、マリア姫は本題を切り出した。

 ディーユたちは静かに言葉に耳を傾ける。


「第ニ聖都が消滅しました」


「なっ!?」

「そ、そんな……!」


「確かな情報です。私の部下が……最後の瞬間まで、状況を伝えてくれました」

 ジェルジュが険しい表情で付け加えた。

 宮廷内に留まり、内情を伝えてくれた執事の一人の連絡が途絶えた。

「その直前まで、彼は魔法通信具を使い、仔細を伝えてきました」


 ジョルジュの語った内容は驚くべきものだった。


 ラソーニ・スルジャンは玉座の間で女王陛下を殺害。

 Sランクの魔法師として事実上、魔法師たちのトップに君臨していたラソーニ・スルジャンによる王位簒奪(おういさんだつ)だった。

 しかし、宮廷内で反抗し、異を唱える者はいなかった。すでに反抗的な人間たちは銅や銀の彫像にされていたのだ。

 女王陛下に忠誠を誓う近衛騎士たちは、あろうことか立ったまま金色の彫像と化していたという。


 ラソーニはそして、生き残っていた宮廷内の魔法師と、騎士や戦士たちによる混成部隊を編成。全員を封印されていた地下迷宮(ダンジョン)攻略へと赴かせたという。

「城の地下ダンジョンへ?」

「宝探しですよ」

 ライクルが即答した。

 封印された地下迷宮。ダンジョンには太古のお宝、貴重な宝物が眠っている。かねてからそれは有名な話だった。

 我先にと一団は地下ダンジョンへと潜った。

 女王陛下が殺害されたというのに、常識はずれの狂乱とも言える状況。

 それはラソーニの直属部隊、『魔導五芒星(ペンタグリア)』の一人、精神を操る魔法師、マインハキュラが扇動したものだったという。

 およそ一昼夜の後、最深部へと到達したという知らせを知った、ラソーニ・スルジャンは玉座の間で得体の知れない魔法を励起した。地下で絶叫が響き渡った。

 地下に潜った魔法師や騎士たちはそれにより全滅したのだ。


 やがて宮殿が鳴動し、崩れ、大爆発が起こった。火山の噴火のように宮殿の地下から溢れ出した光が爆ぜた。

「通信はそこで途絶えました」


 宮廷内に残留した者の決死の報告により、全容がわかった。

 それにより第ニ聖都が、いや大陸全土が壊滅し消えた……ということか。


「なんということだ」

 そこにいた誰もが息を飲んだ。


「……王家に伝わっていた伝承では、地下に封印された太古の宝物には、とてつもない力があり、手に入れたものは世界を統べる……と云われています」


「ラソーニ・スルジャンは力を手に入れようとして暴走……いや、暴発させてしまった、ということか?」

「そう考えるのが合理的ですね。故意なのか、事故なのかはべつとして」

「故意でも事故でも許されることじゃない」

「ですよね」

 ディーユとライクルは魔法使いとしての見解を述べた。


「確かなことは一つです。大陸全土で甚大な被害が発生したということです。あらゆる拠点との魔法通信が断絶しています。沿岸部であの規模の津波を発生させた威力の爆発です。内陸部の被害は……見当もつきません」

 ジェルジュが手元のメモを見ながら、険しい表情で告げた。


 大陸各地の軍施設、町や村には、最低でも一つ魔法通信具が設置されている。他にも貴族の館、商館、ギルドなどにも網目のように繋がっている。

 全土に張り巡らせられたネットワークは、何処かが途切れても中継しリレーできる。災害や戦争などへの備えた仕組みは二百年も前から存在する。それが断絶し、あらゆるチャンネルの魔法通信が途絶えたままなのだ。


「……私の持っていた指輪は魔法のアイテムでした。民衆の全体意識、気持ちを察する力を秘めていました。多くの人々が集まった場所での雰囲気、人々が楽しまれているのか、苦しまれているのか、怒っておられるのか……。それを伝えてくれるお守りのようなものでした」


 マリア姫の指で砕けた指輪に、そんな秘密があったとは。


「その指輪が砕けた」

「はい。あの時……とてつもなく大きな、あまりにも膨大な数の悲鳴が押し寄せてきました。まるで、国中の人間が……一度に消えてしまったような」


「まさか、そんな……」


 完全に壊滅したというのか?

 千年帝国(サウザンペディア)がすべて。

 まさか、そんな……。そこまでの事態が起こったというのか?

 重苦しい沈黙に包まれた。


「――陸だ!」


 艦橋から伝声管を通じ、航海士の声が響いた。

 ミーグ伯爵領が見えてきたのだ。


 船はそのまま進み、やがて小さな港町が見えてきた。

 大陸の北の果てを統べるミーグ伯爵領、最南端のボコハラス港だ。


「減速……入港準備!」


「船長! あれを……!」

 見張りが叫んだ。


 目を凝らすと、船着き場には小舟が数隻と、貨物船が停泊していた。

 そして港には人々の影が見えた。


「いや……まて!」


 港に集まっていた人々は、動いていなかった。

 見張りが魔法の望遠鏡で確認すると、人々は立ったまま、白い岩塩像のようになり事切れていた。

 南の方を指差し、驚いた表情のまま。

 腕が崩れ、岸壁に落ちて砕けている。


「なんてことだ……」


 船を更に近づけてみると、港町の姿は辛うじて残っていたが、建物のすべてが灰のようになっていた。音もなく街が崩れ落ちてゆく。


 ディーユやアイナ、マリア姫も甲板に出て、その様子を目の当たりにする。

 誰もが絶句し、言葉を失っていた。

 あまりにもひどい惨状だった。

 超高温に一瞬でさらされたのか、あるいは別の何かなのか。

「滅びの光……」

 マリア姫が絞り出すように言った。

 伝承にある『A-Z(アズ)』は万物の構成要素を破壊するという。

「な、なんで、ボクらは無事だったんですかぁあ!?」

 ライクルは動揺を隠せない。

「俺の推測だが、滅びの光が津波……水の壁のおかげで減衰した……とかな」

 ディーユは気がついた。船の外板に触れてみると、確かに一部が白い灰のようになっていた。確かに光は到達してたのだ。同時に、巨大な津波という壁によりその光も遮られていたとしたら……。

 不幸中の幸い、か。

「つまり高い山脈に遮られたミーグ伯爵領の北側や、はるか南端のヴェトムニア領までは影響が届いていないかもしれない……と?」


「そう願いたいな」

「ディーユ、希望は無いよりはある方がいいぞ!」

 アイナはそいういうとバシッと肩を叩いた。

「痛てて。まぁな」

 絶望の中に一筋の光が見えた気がした。


「寄港は諦める。ミーグ領の北端の港町、ナムトハへ向かう」


 船長はそう宣言すると舵を切る。

 船は再び港から離れ、北を目指すことになった。


<つづく>


【さくしゃより】

 次回、一筋の希望を求めて北端の港へ。

 そこでディーユたちは――


 辛い描写が続きましたが、ここから一行は希望を見つけていきます。

 引き続き応援いただけたら幸いです★


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― 新着の感想 ―
[一言]  ほんとに、国が一つ滅んだのですねぇ(- -;a  では今の大陸って、やっぱり文字通り”草一つ生えない”土地になっちゃっているのかねぇ。  まぁ、仮にラソーニがアルノド……もといアズラール・…
[良い点] ラソーニ・スルジャン卿の為した悪行により、殆どの人々は死に絶えました。 そんな状況下、船の崩壊を救ったのはディーユの殊勲ですが、津波による水の壁が滅びの光を減衰させていたとは、思いもしなか…
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