崩壊(ザマァ)の序曲とSランクの狂気
◇
「あら……? お庭のお花が枯れているわ」
マリアシュタット姫は窓から王宮の庭園をながめ、異変に気がついた。
千年帝国、第ニ聖都・アーカリプス・エンクロードの王宮で、神聖王国の第三王女マリアシュタット姫は、不安げに形のよい眉を寄せる。
プラチナブロンドの輝くロングヘアー、エメラルドグリーンの瞳。誰からも愛される愛くるしいお姫様は王族であるが故、自由に外出など出来ない。
唯一の楽しみは王宮の庭園を散策すること。なのに庭の植物たちに異変が起きていた。
あちこちで植物が立ち枯れ、花が茶色く変色し萎れている。
庭園の植物全体に元気がなく、完全に枯れているものもあった。
「本当ですな、どうしたことでしょう?」
姫のお付きの執事長、老紳士ジョルジュも首をかしげる。
「残念だわ。ライラックが好きなのに……」
姫は残念そうに、葉を落としたライラックの樹を眺めた。枝が茶色く枯れ、香りのよい花も朽ちて地面に落ちてしまっている。
昨日までは確かに美しい花が咲き、よい香りを漂わせていたはずなのに。
庭園の光景はまさに異様だった。
昨日までは青々と葉が繁り、木々には色鮮やかな花が咲き乱れていた。なのに木々の多くが茶色く枯れ果ててしまっている。
一体、何が起こったというのか。
「はて、庭師たちは何をしておるのでしょう」
そこへ侍女の一人が近づき、恐る恐る耳打ちをした。
「な……!?」
ジョルジュにとって、侍女の報告は驚くべきものだった。
庭園の花や庭木は、実はかなり前から枯れていたというのだ。
だが、それはおかしい。
「枯れていた、だと? バカな、昨日は赤いバラも、姫がお好きな青いライラックの花も、咲き誇っていたではないか!?」
愛らしい姫君が花を愛で、香りを楽しまれるのを横で見ていたのはつい昨日のことだ。
「……実は、友人の庭師から聞いた話なのですが……。ここ数年、次々と庭の木々が枯れてしまい、困っていたそうです。でも、ある魔法師の一人がいらっしゃって、魔法で花を咲かせて、助けてくれていた……と」
侍女は言うべきか困惑していた様子だったが、執事長ジョルジュに、決心したかのように打ち明けた。
「助けてくれた? その魔法師の名は?」
「確かD……ディーユ様と」
「ディーユ様?」
聞いたことがない名前だ。
いや、確か最低ランクの魔法師の一人として、他の魔法師がバカにしているのを小耳にはさんだことがある。
魔法師たちの多くは王宮で働いているが、その数は百名ほど。選りすぐりのエリートばかりだ。しかし中には魔法師になっても才能が開花せず、潰されてしまう者が後を絶たない。
「なんということだ、今まで偽りの花を見せられていたのか。おのれ魔法師めが」
「ジョルジュ。花は偽りではございません。本物の、命の輝きを私が見間違うとでも? ジョルジュも匂いをかいでいたではありませんか」
すこし頬を膨らませる姫君。そんな顔も実に愛らしい。
「……確かに。これは失礼をいたしました。私も花の香りを確かめましたな。あれは、紛れもない本物にございます」
「でしょう」
花は魔法で作った本物だとしよう。
しかし、庭園の異変を報告せず、誤魔化していた庭師たちに非はある。職務を遂行できないものは放逐か、最悪は処罰される。それを考えれば、なんとしても隠したくなるのは心情としては理解できなくもないが。
執事長ジョルジュは早速配下に調査を命じた。
すると数時間後には事情が判明した。
王宮の庭は季節ごとに様々な花が咲くよう、いつも綺麗に手入れが行き届いていた。
しかしここ数年、異変が起きていたという。
苗を植えても育たずに枯れる。
種を蒔いても芽が出るまえに腐る。
庭師たちの技術と努力にも拘らず、植物が枯れてしまう。そんな異常事態が数年前から起こり始めた。
植物が育たず、次々に花木が枯れる。原因は不明で、病気などではなかった。
執事長ジョルジュは早速、旧知のBランクの魔法師を呼び、調べてもらうことにした。土属性の魔法に通じた老魔法使いグレイズールは、庭の土を調べると険しい顔で告げた。
「……呪いではない。土地の力が衰えておる。なにか大切な元素、植物に必要な養分が消えてしまったようじゃ」
庭師たちは老魔法師の言葉に顔を見合わせた。なにか合点がいった様子だった。
グレイズールは声を潜め、原因に思い当たることがあるとジョルダンに告げる。
それはSランク王宮魔法師ラソーニ・スルジャンが颯爽と表舞台に現れ、人々を黄金で魅了した時期と重なっていたからだ。
黄金を自由に産み出し、無限の富を得るようになった魔法師の魔力が何らかの影響を及ぼしているのではないか……?
事実、他にも錬金術を行使する魔法師は存在する。
証拠もなければ訴えたところで、誰も聞く耳などもたぬだろう。Bランクの魔法師グレイズールは、今日の事は決して口外しないようにと告げて、それ以上関わろうとはしなかった。
また、庭を花で満たしていた謎のDランク魔法師、ディーユのことも調べがついた。
年齢は二十歳かそこら、まだ若い。
稀有な魔法の使い手だが、価値を認められず、上位ランカーたちにも気に入られず、鳴かず飛ばず。つい先日、王宮を追放されたのだという。
困っていた庭師から話を聞き、手助けに来たディーユの行動の理由もわかった。
ディーユの友人――王宮勤めの女騎士――との思い出の花、ライラックの小枝を欲しいと、訪ねてきたことがきっかけだという。
奇妙な願いをする男だと思ったそうだが、枯れ枝など捨てるほどある。好きなだけもっていくように言った。
それがディーユとの縁だった。
庭師の目の前で、枯れてしまったライラックの枝を握る。
「私が、花を咲かせましょう」
黒髪の優しげな顔つきの青年は、枯れ枝に手を添えて祈るように目を閉じた。
――枯死再想!
すると、茶色く枯れていた花木に生気が蘇り、瑞々しい葉を繁らせた。みるまに蕾をつけ、夏の盛りのような見事な花を咲かせたという。
「お、ぉおおおっ!?」
「これはすごい!」
「なんという魔法だ! こんなの見たことねぇ!」
驚く庭師たちの目の前でディーユは、次々と枯れていた植物たちを復活させてくれた。
薔薇たちを甦らせ、足元の芝生や、草花までも蘇らせた。
「信じられない、奇跡だ!」
「これほどの力をお持ちの魔法師さまが、Dランクだなんて」
「オレらにとっちゃ、Aランクだなんだと威張り散らしている魔法師連中より、ずっとありがてぇや!」
「こ、こら、めったな事を言うもんじゃない……!」
庭師たちは拍手喝采、心から感謝の礼を口にした。
「私の魔法は、枯れた植物を再生するだけ。あとは根を張り水を吸い、木々が自分の力で生きられるといいのだが……」
魔法師ディーユは、悲しげに目を細めた。
「……土地の力が失われつつある。土が腐っていれば、結局は枯れちまう。ってことですな」
老練な庭師の一人が察したとおりだった。
ディーユは静かに頷いた。
魔法の力で花を咲かせても、その後は時間の経過とともに枯れてしまう。だが植物として根を下ろせる環境さえあれば、また木々は元気に育ち、花を咲かせ続けるはずだろうと若い魔法師は語ったという。
と――。
そこまでが報告された内容だった。
姫には調査結果をすべて説明した。
「だが、肝心なディーユ殿が消えた……」
いや、王宮から追放されてしまったのだ。
それも先日。
庭園の植物が枯れたのはそのせいだ。
魔法には詳しくないが、魔法力が途切れ、花が枯れたと考えるのが妥当。あるいは魔法を維持するのを止めてしまったのか……。
だとしても、Bクラスの魔法師グレイズームの話に鑑みれば、土地自体が駄目なのだ。その魔法の助けなくしては植物は育たないということになる。
「どうして、一体なぜこんなことに」
マリアシュタット姫は徐々に枯れて行く庭園を見つめながら、悲しげな瞳を、執事長ジョルジュに向けた。
「私には解りかねます。ですが……大きな力は時に、歪みを生むのかもしれません。友人の魔法師の受け売りではございますが。強大な魔法の無制限の使用が、何らかの歪みを生みつつあるのではないか……とも」
「歪み……ですか。それは滅びの刻、伝承に記された『崩壊』の予兆を連想いたしますわ」
崩壊。
魔法により世界が崩壊する。そう予言した古代の魔法使いがいた。伝承には滅びの刻が記されている。
「もう一度、美しい庭園を蘇らせたいのです」
「では、ディーユを探し出しませんと……」
「お願いです、ジョルジュ」
「御意」
姫の願いは可能な限り叶えたい。それが老執事の願いであり、使命でもあった。
その時、ガヤガヤと騒がしい一団が王宮の廊下を進んできた。
先頭はSランク王宮魔法師のラソーニ・スルジャン。
青年魔法師は白銀のロングコートを翻し、金銀の飾りをジャラつかせながら意気揚々と向かってくる。
付き従うのは手下のAランク魔法師たち。仲間たちも、これでもかと金銀、宝石の数々を身に付けている。
執事長ジョルジュは一歩下がり、マリアシュタット姫の斜め後方で控えた。魔法師の一団は姫君の前まで来ると、足を止め優雅に礼をする。
「これはこれは、マリアシュタット姫、いつもお美しい」
貴族出身だけあって礼儀正しく、あらゆる作法に隙がない。
「ラソーニ・スルジャン様、どちらへ?」
「はい、今から女王陛下のところへ。新しい宝飾のお話と、街道を黄金で敷き詰める相談をしにまいります」
優雅に深々と礼をする。
女王陛下のペンティストリア、第一王女アンデュラ、兄王子リガディも、黄金と宝石には目がない。
いや、嫌いな者などいるはずもない。だからこそSランクの青年魔法師は重宝され、女王陛下の寵愛を受けているのだ。
「まぁ、それは……」
しかしマリアシュタット姫にとって宝石や黄金はあまり魅力的ではなかった。いくつかは受け取ったが、冷たい輝きを眺めるよりは、可愛い花を愛でているほうが好きだった。
なのに……庭の花は枯れてしまった。
「おや、何やらお元気がないようで。……む? なるほど……みずぼらしい庭園では、美しいマリアシュタット姫のお眼鏡には叶いませんものね」
ラソーニ・スルジャンは誰をも魅了する爽やかな笑顔を、姫に向けた。すべて了解、悩みは自分が解決して見せましょうとばかりに。
「えっ? いえ、その……」
「わかりました。このラソーニにお任せを。今からこの枯れ果てた薄汚い庭園を、プラチナの木々の輝きと、黄金の花で満たしてご覧にいれましょう! そうだ、木の実の代わりに宝石などもいいかもしれませんね。かかれ」
ラソーニ・スルジャンは大袈裟に手を広げ、これみよがしに庭を指差しパチンと打ち鳴らした。
「お任せあれ、ラソーニ様」
仲間のAランク魔法師にとって、枯れた庭木をプラチナでメッキすることなど簡単だった。細身の魔法師メチュリカが、庭園に手を向けて魔法を励起する。
光輝く魔法円が浮き上がり、まるで絵の具を塗りたくるように、庭木をまばゆい白銀に染めてゆく。
地面も、木々も、芝生さえも。プラチナ色に染まる。
「や、やめて……!」
「おや? お気に召さない? お待ちを。今から私めが黄金の花で飾り立てて差し上げますから」
「違うの、私は……本物の花が好きなのです! 黄金色の造花なんて……」
「あ、んぁん……? 造花? 黄金の造花の……何がいけないのですか、なぁああ?」
突然、ラソーニ・スルジャンの態度が急変した。
声を低め、唇を震わせ、眉をつり上げる。
マリアシュタット姫に顔を近づけ、事もあろうに姫を睨み付けた。
「ひゃっ……」
「無礼な、お下がりください!」
執事長の老紳士ジョルジュが割って入る。だが、
「無礼はてめぇだ、ジジィ!」
「ぐ、あっ……!? こ、これは」
足が動かない。床と靴が銀色のメッキに覆われ、癒着してしまっている。仲間のAランク魔法師の仕業だった。
「ジョルジュ!? お止めなさい、いくら王宮魔法師といえども、ゆ……許しませんよ」
マリアシュタット姫の言葉を一切意に介す風もなく、ラソーニ・スルジャンは、目をつぶり深呼吸。
穏やかな好青年の顔に戻り、そして姫の頬に手をのばした。
身を固くする姫。
「マァアアリアシュタット姫ぇ、よいですか? 生の花など枯れる、朽ちる、腐る! 虫がつく……っ! ああああッ! 考えただけでも汚らわしい、悪寒がはしるっ!」
Sランクの好青年、最高の魔法師の顔が歪む。目を見開き、歯茎をむき出しにした顔を姫に近付けた。
「……っ!」
マリアシュタット姫は凍りつき言葉も出なかった。その変わりように青ざめ、震えるばかりだ。
「それに比べ、僕の……! 黄金色の造花は? 永久に輝く! どちらが価値があるか……その空っぽの頭で、よくお考えくださいね?」
手から黄金の薔薇を錬成すると、ラソーニ・スルジャンは姫の髪に飾り付けた。
「ひ……」
「おのれ……! ぐはっ」
「ジョルジュ!」
ジョルジュの術が解け、よろけて床に倒れた。靴は床から剥がれたが、軽薄な銀のメッキはそのままだった。
「ハハハ、アハハハハ!」
高笑いを響かせると、ラソーニ・スルジャンは仲間たちを連れ、女王陛下たちのいる謁見の間へと姿を消していった。
<つづく>
【作者からのおしらせ】
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、ディーユ回となります。
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