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強襲、メルグ公爵! 狂気の濁魔(ダクマ)術

★前回に続き、騎士アイナ目線となります。


「逃ィがぁしませんぞ、マリア姫ぇえ! それと、あのクソブス女騎士は、どこですかぁーッ!?」


 ヒキガエルのような声で叫んだのは、ディブリード・メルグ公爵だった。

 バルコニーの欄干から身を乗り出し、樽のような身体を上下にブヨブヨ揺らしながら、船の方を睨んでいる。

 貴族服のフロントボタンを開け放ち、肥え太った醜い腹部をむき出しにしていた。そして腹の傷を覆い隠すように、赤黒い腫瘍のような物体が、べったりと張り付き脈動している。


「慌てるな、この距離では何もできない……!」

 操舵室で様子を見ていたアイナは、動揺する仲間や船員たちに向けて叫んだ。


 城の裏手にあるバルコニーは船着き場全体を見渡せるような構造で、運河に数メルテ突き出た格好になっている。

 船はその下を通過せざるを得ないが、メルグ公爵が立っているバルコニーから水面までの高さは十五メルテ以上もある。

 船さえ出港してしまえばこっちもの。魔法師も兵士も、船を止めることなど出来ない。運河では別の船を使い、前に回り込んで停船させることも不可能だ。


「船長、船をなるべく早く岸から離してください」

「すでに離岸しておりますジョルジュ殿、しかし事態は急を要するようですな。――魔力供給船員へ、銀鱗推進(フィシュア)出力最大へ!」

『了解』

 伝声管を通じ船長が叫ぶと、くぐもった返事が戻ってきた。直後から船はさらに増速してゆく。


 銀鱗推進(フィシュア)とは船を前進させる魔法のカラクリだ。一方向にのみ「水の流れ」を発生させる特殊な魔法術式を仕込んだ、手のひらサイズの銀鱗(・・)を、船の底や側面にタイルのように貼り付けて推進力を得る。帆も(かい)も使わぬ船は、大型の貨物船や、王侯貴族用の私船、あるいは軍艦にのみ利用されている。更に雇われた船舶用の魔法使い――王宮魔法師と呼ばれるエリートでなくともよい――が銀鱗に魔力を注ぐことで、通常よりも水流を強め船を加速することが出来る。


「見ぃつけたぁ……! クソ女騎士ィィイ!」

 船の操舵室にいた女騎士アイナと目が合った。操舵室といっても船の甲板上に作られた物見やぐらのような構造だ。身を隠すところなど無い。

「貴殿とは二度と会いたくなかった」

 アイナはバルコニーを見上げながら嘆息した。

 バルコニーではメルグ公爵が歯茎をむき出しに、気持ちの悪い笑みを浮かべている。


 バウンッ、とバルコニーの先端でメルグ公爵が跳ねたと思った次の瞬間、

「アイ、キャン……フラァアアアイ!」

 飛んだ。高さ十五メルテ以上はあろうかというバルコニーから、手すりを身軽に飛び越え、船の甲板めがけて。

「飛び降りた!?」

「あの高さからでは助からんぞ!」

 驚きの声をあげる船長やアイナたち。

 直後、ズゥム! と衝撃が船全体に伝わった。


 貨物船のフラットな甲板へ、ディブリード・メルグ公爵が落下――。普通なら両足や全身の骨が砕け、打ち所が悪ければ死んでもおかしくない。


「……ぐ、ひひ! 飛べた、ボクは……出来るッ!」

 ぶよぶよの樽のような肉塊が、凹んだ甲板の上でユラリと立ち上がった。

 整えていた髪はボサボサに乱れ、目を血走らせてはいるが、両足で立っている。首をコキコキと動かし平然としている。


「そこな女騎士ィイイ、今そこへ行くぞォ……! それとぉおお! マリア姫はぁどぉこぉですかぁぁ? ボクの、今夜のぉおお、ディナーにィィィして、さしあげますぅう」


「お、おいアンタ、大丈夫なの……ガハッ!?」

「しゃらぁああ!」

 何事かと駆け寄った船員の一人を、腕の一振りで殴り飛ばした。凄まじいパワーだった。

 耳まで裂けるような壮絶な笑みを浮かべると、口から粘液を船のデッキに撒き散らした。ジュウと白い煙が立ち昇る。ただの胃液ではない。まるで溶解液だ。


 あまりにも異様な光景に、船員たちは殴られた船員を抱えて逃げ出した。


「なんだあれは……!」

「腹の傷を塞いだ魔法の影響かもしれません」

 昨夜のディナーで半泣きでアイナから逃げた、腰抜けメルグ公爵と同一人物とはとても思えない。

 船はバルコニーの下を通過しつつあった。アイナはそこで、此方を見下ろして居る人物に気がついた。ジョルジュもバルコニーに進み出てきた姿を見つけ、呻く。


「イヤミフラシア殿か……!」


 深紅のドレスをまとった魔女――Aランクの魔法師にして、『慈悲深き癒しの聖女』の二つ名を持つ魔女イヤミフラシア。


「あら、目が良いのねぇ。執事長どの」

 鮮やかな深紅のロングドレスに身を包んだ魔女は、妖艶さを漂わせた美貌の持ち主だった。黒い唇に紫色のロングヘア。気だるげに髪をかきあげなら、バルコニーの手すりによりかかり船を見下ろす。


「メルグ公爵に何をされた!?」

「何って……治癒よ。メルグ公爵さまが痛い、痛いと申されるので。痛みをとる治癒を……。けれど、少々魔法が強すぎたかしら? 体はハッピー、心もパラダイスな感じになったみたいだけど」

 ウフフフ……と楽しげに笑う。


「なんということを……!」

 魔法で肉体を改造されたのだ。


 王宮内の噂ではイヤミフラシアは治癒術を司る魔女だ。

 Sランク魔法師ラソーニ・スルジャンに付き従う、五人のAランク魔法師のうちの一人。だが、その力は日増しに強まり、いつしか死者の蘇生さえ可能になったという。


 貴族のご令嬢が病気で亡くなった翌日、イヤミフラシアの魔法で蘇った。余命数日と宣告された地方領主が、イヤミフラシアの魔法で元気になった。そんな逸話が幾つも王宮内で囁かれ始めた。

 奇跡だ! 癒やしの女神の化身だ! と彼女は称賛され、王宮での名声は高まった。

 そしてSランク魔法師、ラソーニ・スルジャンを取り巻く精鋭――『魔導五芒衆(ペンタグリア)』の一角となった。


「うふふ、私の濁魔(ダクマ)術はねぇ、人間の血に魔力で練り上げた、特殊でスペシャルな元気の源――疑似魔法生命素――を注入するの。すると、あーんなふうに、とっても元気に! 心ウキウキ、気持ちよく、ハッピーになるのよ」

 次第に声が遠ざかる。運河を進む船尾さえ城のバルコニーから離れつつあった。


「じゃぁ……よい旅を」

 イヤミフラシアはひらひらと手を振った。自らが追ってくる気はない。いや、必要がないのだ。


濁魔(ダクマ)術、友人の魔法師から聞いたことがあります」

「知っているのですか、ジョルジュ殿!?」

「えぇ。重病人を回復し、死者さえも蘇生可能な、究極の回復魔法との話ですが、悪い噂も付きまとっておったようです」

「悪い噂?」

「奇跡的に復活された貴族のご令嬢も、瀕死の重病から回復した地方領主も、人間の肉を喰らわねばならない身体になった……との噂です」

 ジョルジュが表情を険しくする。

「な……!」


 ジョルジュとアイナは顔を見合わせ、甲板のメルグ公爵に視線を向けた。

 つまり人を喰らう化け物が、船に解き放たれたのだ。


「ジョルジュ殿、皆さん、マリア姫を頼みます!」

 ジョルジュや乗り込んだ兵士たちには、船内にいるマリア姫の護衛を頼む。


「アイナ殿、あやつはもはや普通ではありませんぞ!」

「だからこそだ、船内に入られる前に運河に叩き落とす」

 アイナは駆け出した。

 騎士である自分が姫の脅威を排除しなければならない。


 愛用の騎士のサーベルは剥奪されたが、近くに居た兵士の一人から、王国支給の標準装備の剣を借り受けた。アイナは剣の柄の感触を確かめながら、甲板へと躍り出た。


「ンーフフ、肉の匂いがしますねぇ……」

 向こうからべたべたとディブリード・メルグ公爵が向かってきた。


「止まれ!」


「グフゥ? ブサイク女騎士ィ……! そうだ、よくも……! この美しく気高いボクに傷をつけてくれたなァアア? 今から、おまえを裸にひんむいてぇ、オークの巣に放り込んでやるるるゥ……!」

 もはや正気ではなかった。元々下品で最低なクズだったが、表情はオークよりも粗野で、猥雑で汚ならしい言葉を吐き散らす汚物そのものだ。ただならぬ魔力の気配と、食欲と殺気が混じった視線に悪寒がする。


「黙れ、その汚らわしい口を閉じよ! 貴公とて領主であろう、名声を汚してなんとする! それ以上近づくのなら……斬る!」

 剣を抜き両手で構えつつ、アイナは最後通告。

 距離は5メルテ。どんな動きにも対処できる間合いを確保する。


「イヤッホォゥウ!」

 ドウッと床板を蹴るや、メルグ公爵は見た目からは想像できない速度で突っ込んできた。

「くっ!?」

 まるで肉弾だ。しかし、避けられぬ動きではない。相手は狂気に駆られているが、攻撃手段は打撃のみ。

 メルグ公爵が叩き込んできた拳が、耳元で音を立てるが冷静に避ける。そして、


 ――剣技巧(ソードスキル)銀月斬(ルナギリア)ッ!


 アイナは剣を加速させ振り抜く。音速を超えた刃が銀の月となり、肉塊を斬り裂いた。

 ぱっ、と赤い飛沫が弧を描いた。

「ぶッ……ぎゃァアッ?」


「やったか!?」

 操舵室からジョルジュが叫んだ。


 致命傷となる一撃を加えた手応えはあった。ブヨブヨの横腹が心臓に達するまでバックリと裂け、赤黒い血がドバドバと流れ落ちる。

 だが――

「いっ痛ッ……! チキショゥ、おお? んんー? これ、痛……くなぁああい? ぶひゃひゃ!? 全然、平気ィイイ!? これはいい……! 最高だッ! あの魔女の魔法は、凄いいぞぉお!」

 メルグ公爵が天を仰ぎ歓喜する。アイナが叩き込んだ致命的な傷がみるみる塞がってゆく。


「なにぃ!?」


 貴族服は血で汚れ切断されたまま。しかし肉体の傷を覆うように赤黒い巨大な「かさぶた」がジュルジュルと蠢き、傷を埋める。まるで血を吸ったスライムのように脈動しながら肉と一体化し、傷を完全に塞いでしまった。


「これが……濁魔(ダクマ)術の力……!」


 しかし同時に、赤黒い稲妻のような筋が、メルグ公爵の皮膚の内側を侵してゆく。全身の血管に魔女の魔法が浸潤しているのだ。

 もはや人間ではなかった。身も心も蝕まれてゆくのが傍目にも判る。


「ボッ、ボボ……ボクはぁ今ァ、最強ッ! 最高に素晴らしい力を手に入れたんだァア! もう痛くない! なにも怖くないィイッ! これから、いくらでも食べられるゥゥッ! 今夜はぁああ……姫ぇ! マリア姫のお肉をぉおお、食べたいィイイッ!」


 絶叫しながら首を巡らせると、狂気で赤黒く濁った目をアイナに向けた。


「醜い! 魂まで腐り果てたか、メルグ卿ッ!」


「はぁあン? 醜いのはオマエの顔だ、無礼者がぁ……っ!」

 メルグ公爵の両腕が突如伸びた。

「なっ!?」

 何の予備動作もなく、腕を振り出すやリーチが二倍近くに伸び、鋭い手刀がアイナに襲いかかる。

 右腕の襲撃はギリギリで避けたが、左腕の攻撃が腹部にヒットする。

「かはっ!?」

 不覚だった。あまりにも変則的な攻撃に対処できなかった。伸びた両腕がアイナを捕まえ、首を絞めた。


「ニィヒキキイ、捕まえたぁあ……!」

 凄まじい力だった。息が出来ず、声も出せない。剣を振ろうにも力が入らない。

「く……はッ」


「いかん、アイナ殿ッ!」

「我らも加勢を!」

 ジョルジュと操舵室いた数名の兵士が救援に向かおうとする。

「お前らはぁ後ダッ、シャァアア!」

 メルグ公爵が口から酸性の溶解液を吐き出し威嚇、液を浴びた剣がボロボロになった。

「くっ、これでは……近づけん!」


「ブシシシィ、まずは、このメス騎士をぉお調理ィイイ! 服を剥ぎ取りィイイ、下ごしらえぇ……」

 右手で首を絞めたまま、アイナの胸元へ左手を伸ばすと胸当てのアーマーを引きちぎった。

「――くっ! おのれ……!」


 と、その時だった。

 黒い一陣の風が甲板を駆け抜けた。手を出せずにいる兵士の一人の背中を踏み台に、空へと跳ねる。

「んなっ!?」

「んにゃっ!」


 それは、猫耳族の少女ミゥだった。

 黒髪と黒くて長い尻尾をなびかせて、高く飛ぶ。


「ブヒャヒャ! 次は服を……ンン……?」

 メルグ公爵が空から迫る影に気がついた。


 ミゥはそのまま落下――かかと落とし(・・・・・・)をメルグ公爵の頭頂に叩き込んだ。

「ぎぶッ!?」

 べごっと音がして首が歪む。

 ミゥはそのままくるりと一回転。もう片方の足で顔面を蹴りつけると、間合いをとって軽やかに着地。


「くはっ……! 腕が……!」

 アイナの首を絞め付けていた腕が緩んだ。


「おまえ、キライ、へんたい」

 しゅっと黒い猫耳を撫で付けると、べぇと赤い舌を出す。

 そして再び飛びかかる。猫のように俊敏な動きで肉薄すると、鋭いツメでメルグ公爵の顔を引っ掻いた。


「ギャァアア!? 目が、目がァアア……!」


<つづく>


【作者より】

 大ピンチのアイナを救ったのは猫耳族の少女ミゥ!


 次回、ついにディーユとの合流……!

 おたのしみに★


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― 新着の感想 ―
[一言] >公爵に似た肉塊(笑  正直、そうとしか言いようがないですねぇ(- -a  彼はすでに死んでいて、その細胞に残った記憶の残滓に引っ張られてマリアを食おうとしているに過ぎない気がします。 …
[一言] 前回で公爵に何があったかと思えば、まさかイヤミフラシアの濁魔でしたか……!! ラソーニと対峙する前には、どうやらその前に五人の精鋭をどうにかする必要がありそうですね! そして、絶対絶命の…
[良い点] 前話のラストで異様な姿となったディブリード・メルグ公爵ですが、既に人間を辞めていたようで……。 しかも人間の肉を貪る化け物に成り果てていました。(汗) 本人的には、素晴らしい身体能力が得ら…
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