ビスケット
ポーケットのなーかーにーはー
ビスケットーがひーとーつー
頭の中でフレーズがぐるぐると回る。
さっき通った公園で、小学生くらいの女の子たちが歌っていた。
詳しい歌詞はすでに忘れてしまったけれど、知っている歌だ。
ポーケットをたーたーくーと
ビスケットーがーふーたーつー
ポンポン。
ポケットを軽く叩いてみた。
控えめに言って、今日は気分が良かった。だから散歩なんて珍しいことをしているわけだけれど、郷愁を誘う歌に出会うとは思っていなかった。
ビスケットーがーふーたーつー
ポケットを叩く。
僕のポケットの中身もふたつに増えるだろうか。
いや、それとも二つに割れてふたつになってしまうのだろうか。
そうなると悲惨なことになる。
ビスケットーがー
この分ではビスケットはどんどん小さく細切れになっていってしまう。
あるいはどんどん増えていつかポケットから溢れてしまう。
どこか単調な女児の歌声は懐かしさと共に仄暗さを含んでいる。
ポケットに手をやって、それに触れた。
形の歪さに、後頭部がヒヤリとする。
ポーケットーをたーたーけーばー
ビスケットーはーふーたーつー
二本と三本の指に分かれている。
僕のポケット中身までふたつになってしまった。
いや、ふたつに分かれてしまった。
切り取って、きれいに拭って、それからポケットに入れてきたというのに。
今日のいい気分が台無しだ。
女児の歌声が徐々に遠ざかっていく。
これ以上ポケットの中身が分解されるわけにはいかない。
足を速めて、住宅街へ足を向ける。
昔ながらの家が並ぶ住宅街なので、監視カメラなんて面倒なものはほとんどなかった。
その点は安心できる。
でももう、安心はできない。
ポケットの中身を巧妙にゴミ袋の中に詰め込み、素早く立ち去った。
思ったより早い別れになってしまった。
仕方がない。
ポーケットーのーなーかーにーはー
ポケットの中には何もない。
また新しく探さなくてはならない。
それまでは我慢だ。
そう長くは待たずにすむだろう。
一駅隣には大学がある。
それに三つ隣の駅前には大きな飲み屋街がある。
機会と場所はある。
安心しよう。
ビスケットーはー
ビスケットの歌は、一体何枚まで続くのだろう。
最後はどうなったのだろう。
そんなことはどうでもいい。
今はもう、どうでもいい。
――了――