第6話: 孤児院へ
城壁もダンジョンも見渡せる町外れの岩場中腹の窪みに、迷彩壁隠れの術でいつもの秘密基地(タダの岩の窪み)を作ると、水場に行く時以外はそこで観察した。城郭都市はローザンヌと呼ばれていて、谷の西壁全体がローザンヌ・ダンジョン、川向こうの東壁が旧ダンジョンと言い、危険らしい。
ダンジョンは予想以上に管理されていて、コッソリ入るのは難しそうだった。
門周辺には解体や加工工場がならび、様々な工房が軒を連ねる通りもある。断崖に沿って囲いがあり、遠目にウサギや大小さまざまな猪、大きな鹿だか牛、人くらいのニワトリ?トカゲなどが、あちこちに集められている。飼育されている感じはないので、一時的な囲いかも知れない。
朝夕、たくさんの色々なカッコした男女やヨーゼフのようなドロイドが、何箇所も崖に張り付いた建物に入っていく。またその間に、装備の統一感のある作業着ドロイドたちが連結したコンテナと並んで列を作っている。
一日中見られるその光景は、東京の大きな駅の通勤光景とほぼおなじだ。サラリーマンがレスキューやダイバーっぽい格好をしている程の違いしかない。何となく期待していた大剣と盾装備の冒険者がいないので、内心ちょっとテンション低めである。それよりも〝駅前〟広場の反対側に並ぶコンテナショップのお弁当が気になるが、方向的に店内がよく見えない。目を飛ばすか…。
窪みを隠している迷彩投影に、わずかな干渉がはしった。崖の中腹なのに、横から小さな手が伸びて空間投影をノックしている。
「ハロー、話をしてもいいかい?…迷子の精霊さん」
女の子の低い静かな声。
飛び上がるくらいビックリしたけど、この距離だ、反射的に動きを殺し、周囲に目を投影する。小柄な女の子、大昔のパイロットを連想させる服装だが、手足と腹が寒そうだ。ゴツいブーツと革の手袋をして、岩の窪みを半身で覗き込んでいる。
「デネブじゃないよね。警戒しないでよ、…多分私と貴方は同じと思うよ。…それに、この街は安全安心がウリだから、…困ってるでしょ。力になれると思うよ」
友好的な言葉の割に不機嫌そうなジト目で覗くが、整った顔立ちだと思う。
金目が光ってネコみたいだ。彼女は、独り言のように続けた。
「通じてると思うけど…、言語モジュールが機能してないかな…、もっと近づくけど、良いよね」
投影した空間障壁を泳ぐ様に分けて入ってきた。流石に手の届く距離に近づくのは、身振りで止めた。フル回転で解析してわかるのは、普通に人間の実体がある事、こちらと同じく空間投影の力場を纏っていそうだということ。言葉のコードに高位の管理権限リソースがある。人間はともかく、普通のドロイドならば問答無用で従属レベルだ。
だが、コマンドで服従を強いてはいない。目を合わせた瞬間、近接レンジ全域でお互いに接続と解析がバーストしたが、それは指揮AIの本能みたいなもので、敵対する行動では無い。むしろ、デネブの精霊石と同じ系統の管理権限リソースを確認できた。
彼女は人間に見えるが高位のAIで、話に聞く精霊か同種の何かのようだ。もしかしたら、この状況を説明できる…かもしれない。それに今すぐ逃げるのは難しそうだった。
「投影体だよね。というか、もしかして力場体だけ、…じゃないよね。身体を損傷したの?…発声器官がないのかな…」
結構長く見つめ合っていたが、相手も急ぐつもりはないようだ。AIなら相当我慢強いかもしれない。
ならばと、発声のための力場機関を形成した。
感覚器と違って固定した動作登録がないので少し手間取ったが、精霊石は少女の投影マトリクスを分子レベルで持っていて、部分的な展開も難しくはない、とはいえ、ただ声帯を模倣するのは余りに非効率。一応話せるようになるのにそれなりの時間がかかった。
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彼女はロキ。通称らしい。エイリアスだ。オリジンはシリウスとポーラスター。
精霊は、スター教会に属していて、人間社会やこの世界を維持するために、色々な役職に就いて、ドロイドを統率したり保守したりしているそうだ。
しかし、エイリアスは、普通の精霊と違って、教会にいたり居なかったり、色々らしい。
ロキは決まった役職につかずに、自由に運び屋や便利屋をしている。精霊もドロイドも命令系統や役割の上下が厳密にある、しかし、管理権限の中においてエイリアスの生き方は自由らしい。
誰の命令も受けないという、はぐれた精霊ロキは、相当に高いレベルの管理リソースを持っている筈だ。
お互いに手探りの話は長引いて、お腹が空いてきた。
忍耐力では絶対に不利そうなので、ロキの提案に乗ることにした。強制こそしないが、ロキは、その精霊AIの性質から困っていれば人でもドロイドでも、一応、見過ごす事ができないらしい。
彼女が寝泊まりしているのは個人経営の孤児院で、院長は偏屈だが煩いことを言わないらしい。とりあえず、そこに向かうことにする。
カモフラージュの投影を消して、崖を下るとサイドカーが停めてあった。なだらかと言え10メートル以上ある崖をロキは軽々と下った。
バイク本体はタイヤの幅が広いでかいカブみたいだが、荷台がとても広くて側車にもスッポリ座れる。地面が近くてチョット怖いのでしっかり掴まるが、力場は出さない。エンジン音がない。どんなモーターなのか、風切音がする。かなり飛ばして暫くすると、周囲を眺める余裕ができた。
管理権限のI/Fではロキは味方識別と言える。言えるとはいえ、完全に気を許すこともできないので、周囲と運転するロキに注意を払いつつ、ただ運んでもらう。おそらくロキは、どうにかしてピンポイントでこちらに気づいてやって来た、理由があるはずだ。
まばらな林は出てすぐに砕石舗装の小道になり、コンクリートっぽい舗装路になる。これまでアスファルトは見ていないので、無いのかも知れない。
城壁を遠目に街並みを過ぎると、細い橋を抜ける。何本も平行して架かる橋は太い杭にのった道という風で、沈下橋なのか欄干がない。川幅は随分あるがほとんどは丸石の河原で、水があるのは真ん中の10メートル程、そういえば気がついて以来、野外で雨に降られたことが無い。
川を渡ると街の様子が一気にうらぶれた。街が小さい訳ではないが、古びて廃屋も目立つ。
それでも中心部には、堤防といった方がいいような城壁があり、旧市街然とした街並みが広がっている。城壁…土塁の切れ目は、開きっぱなしのようだ。
サイドカブは川から離れて、廃屋がさらに目立つ地区を速度を落とさず抜けると、目立たない路地に回り込んで石畳の中庭で止まった。真ん中に井戸らしき水場がある。
「我がホーム、エスト・ハウスにようこそ、…自由以外は何にも無いけど、くつろいでくれたまえ」
ちびっこロキが大袈裟におじきして、正面の比較的マシな建物を指した。
正面扉は開いていて、背の高い女性が現れた。ぴっちりした服装に地味なケープを羽織り、顔の半分を黒い薄いターバンで隠している。理由は直ぐに想像がついた。顔と腕の右半分が大きく傷ついている。のぞいている左目の周りも火傷の皮膚が仮面のようにひび割れて、明るい金髪は一部しか残っていないようだ。
「そっちが、掘り出し物の客かい。」…思ったより若い声だ。
「アタシはマーレ。此処の行き場のない奴らの世話役だ。トラブルは構わないが、嘘は、なし、それで良ければ、歓迎するさ。」
「とりあえず、…入るよ」
ロキに押されて数段上がった扉をくぐる。扉の上には『b-EST ecc.』の浮き出し文字が欠けていた。
二人に前後を挟まれて明るいリビングを抜けると、そこはタイル貼りの洗濯室で、奥にお湯を湛えたバスタブが見える。ふり返るとジト目のロキに、ガッシリホールドされた。
焦っても、振り解けない。立体投影なのに捕まってびくともしない。
「さーて、出ておいで。中身はどんなかなぁ、キミ臭ってるよ。」
マーレさんは、後ろ手に扉を閉めると、腕をまくり上げて近づいてくる。
「小さな男の子の匂いはイイね。自分じゃどんなに臭ってるかわからなかったろ。頭隠して何とやらだんね。出ておいで、さあ、観念おし。」
マーレさんが、すかさず投影体に両腕を差し込んで脇腹に触れると、スポン!と音がしそうな勢いでひっこ抜かれた。力場体なのにロキに押さえ込まれて動かせない。
マーレさんに抱えられたまま、あっと言う間に下着も剥かれて、バスタブで頭から隅々まで、抵抗むなしく二人がかりで洗われてしまった。
気持ちいいけど、一生の不覚。
「さーて、お話の時間ですよ〜。ハジメニイッタヨネェ、嘘はなしだ。」
後ろからバスタオルとロキにスッポリ包まれて、正面はマーレさんがオハナシする体制、絶対に逃げられそうにない。マーレさんは、顔の上半分が隠れているが、薔薇の口許が獰猛に微笑んでいる。あ、なんかいい匂いがする。
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バスタオルで拭かれながら、ありったけの事実だけ話して開放してもらった。話はすぐ済んだ、他にどうしようと言うのか。そもそも、中の自分の記憶を除けば、たいして話すことがない。自分でも教えて欲しいくらいだ。
「これは大変だねー。」などと言いながら、マーレさんとロキは終始ご機嫌だ。
バックパックに、山小屋で貰った服があるはずなのに、「丁度いいのがあった」とか言って、女の子の服を着せられた。ロキに抱きつかれたまま大きなソファーに落ちつくと、甘いコーンスープのおかわりを持ってマーレさんも横に座る。
「実のところ、私の立場は微妙だが、ロキのたっての頼みだ、少し時間をかけて説明するとしよう。いいかい。」
スープをもらって、口をつける。二杯目だがすごく美味しい。ロキは身体に回した腕をほどくと横に座り込んで、語り始めた。
「…ルド・スメラギ・カノープス様、あなたのお名前です。カノープス家は神槍コロニー時代より続くタレントの系統で、惑星ノルンのエッダ領スワン王国最北を領有する公爵家でありましたが、ひと月程前の深夜に、突然、大規模な地形変動に遭い、カノープス公爵とご家族は行方不明になっています。領主館と領府の被害が大きく、臨時領政府からは、何らかの魔物の発生かスワン初のダンジョン変異の可能性を調査中と発表されています。また、領都の一部も少なくない被害を受けて、現在、王都の救援が入っていますが、住民の避難が間に合ったため人的損害は軽微です。ただ、十年前の帝国の進軍より王家は立ち直っておりませんので、臨時領府は帝国の監察官が事実上の采配をしています」
一息で話すには、初っぱなから重い話がきた。チョット、頭がついていけない。
帝国って何。王様とか、いないんじゃなかったのか? ロキはやりきったようなドヤ顔でこっちを見ているが、どっから突っ込んだものか……。
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「ルド様に何かして欲しいという訳ではないよ、だよね、ロキ。」
結構な間があってから、マーレさんが補足してくれた。ロキが肯く。
「…帝国はどう繕ってもやり過ぎている。それが皇団長の本意かどうかは、…別問題。惑星開拓は地球航路を前提としてはいない、と…騎士団長は考えている」
座ったまま姿勢を正したロキが、いつになく厳かな口調で語った。
「…襲撃には、双方のエイリアスが関わっている…決着はエイリアスの責任でもある。幸い…堕ちた星はデネブだけなので、御家族はご無事のはず。ルド様は、まだ3歳なのだから、無事に大きくなるのがお役目です…これからはロキがお側に居ます。エッダ領は騎士達がお守りします故、ご心配なく。」
…3歳児だった。…思ったよりも、ショックだった。…もう少し成長してると思ってたけど、転生すると幼児なのか。…はい。あと、ご家族がわからない。前世の母しか記憶に無いんですが。あ、いや、父と叔父さん叔母さんも憶えてますけど。
「ちょっと、白目剥いてるよ、はい、息吸って、吐いてー、て…エルフだったね。吸って、吸ってー、ハイよしよし。」
ゴメンなさい、呼吸を忘れてました。マーレさんが抱き上げて背中を叩いてくれました。息、はかなくて良いんですね。便利です。ロキはそんなに慌てなくてオーケーです。落ち着きましょう。
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(補足)
スワン王国・北域臨時領府とトーラス宇宙気流・公団本部の量子通信
トーラス開拓公団(帝国):皇団長レオニスマルコ・コル・ボーダー
「コロニー人口の減少が止まらない。メトセラ化の老害ばかりで沈みそうだ。」
エッダ領スワン特使、皇弟:エラセド・ラス・ボーダー
「優秀なタレントは必要だが子宮狩りは止めろ。後始末する身にもなってくれ」
公団艦隊:旗艦ハルモニア:エイリアス:ハルモニア
「神は星に人を導かれた。我らクリーチャーは人の繁栄を守護し地球へ導かん」
公団艦隊:戦艦カラー:エイリアス:カラー
「撤収、騎士団と遭遇を避ける。現場を回収隠蔽。姉様、祈る前に仕事しろ!」
(用語説明)
メトセラ化・長寿処理
後天的な遺伝子スイッチのセッティング医療処置。遺伝子機能が固定した成人後に施す。処置の年齢よりも個体差が大きく効果に現れる。長寿効果の完全適応者はごく少数で代表的なサンプルは、サム・アマルフィ、元ニューヨーク市長。
適応値によっては大幅な寿命の延長が見込めるが、一般的に曲線美を失い皮膚硬化や骨格の肥大を伴う事が多い。
戦略級戦艦ハルモニア
(公団艦隊旗艦、エイリアス:ハルモニア、オリジン:メイフラワー)
極頂部にドームを持つ扁平球型。長直径3000m級。公団艦は人間の艦長と乗員を乗せており、艦隊の旗艦機能と乗員基地の役割を持つ。赤道部に多数の艦載機と二隻の搭載船を格納する。兵装は全周をカバーする多数の小砲と2基の巨大ビーム砲のみ、推進機関のボイドによる重力効果を多用する。直営の護衛艦群とメロディーラインと呼ばれる重力効果補助艦が常に同行している。
主機関:四重オーブボイド、推進機関:重力推進と補助MMドライブ
作戦級戦艦カラー
(公団艦隊の作戦指揮艦、エイリアス:カラー、オリジン:ハルモニア)
球型。直径1000m級。六千人をこえる人間の船長と乗員を乗せており、赤道部の艦載機格納エリアに特徴的なカタパルトを展開する。全周をカバーする多数の小砲以外の兵装を持たないが、各種個体弾を艦載機とカタパルトで運用する。範囲効果に極めて優れるボイドを備え、重力効果を多用する。
主機関:二重オーブボイド、推進機関:重力推進と補助MMドライブ




