第63話: 姉と猫と海、あるレンガの独白
*〜*〜*
…まぶしい、…まぶた越しにわかる、熱を帯びた日差し。
水の音、潮の香りが濃厚だ…。
シルビアナは幼い頃、毎年の夏をスワン南部領の水上住居で過ごしていた。王都よりも季節感のある記憶。降下訓練の時には、思い出さなかったのに…波の音が、つい最近のように思われる。
「う、う…ん。」 一瞬で、意識が醒めた。助かったのか…。
腕で強烈な陽射しを遮りながら…慎重に目を開く、片目ずつ。黒いカーボン繊維の網に絡め取られた身体が目に入った。その向こうは、どこまでも青い海と空。
喉が痛い。絡み付いた網の中で身体を起こそうともがいてみる。足がついて、何とか上体を起こすことに成功した。下着まで海水が染みて具合が悪いが、手足もバッグも失っていない。そこに、白い全身スーツに身を包んだサーバが目に入った。
「救助に感謝を…、追跡してたのか?許されるなら、後日まとめて支払いたい。」
声をかけたが、反応がない。フラつく足で網を抜け、這い出した。
「ニャ、ニャー。ニャーニャー。」
白いサーバのブーツが、目の前にあった。 「???」
・・スリスリスリスリ・・・・
サーバの顔が近づくと、結い上げた緑の髪を擦り付けて舐められた。
「・・・」 なんか印象が違う。チョーカーが見えない。
別のサーバだろうか…、サーバか?…頭に乗っかる赤毛猫と目があった。
瞬間、タレントの閃きが落ちてきて、答えを得た。…こんな衝撃的な感じなんだ。思わず…ユーレカと叫んで走り出しそうな、衝撃の感覚。
「このサーバ、猫だわ。」 …全く答えにもならない理解が全身を貫いた。
シルビアナは、深い脱力とともに深く息を吐き、目の前にペタンと座って毛繕いするサーバに呆然としていた。
・・・
ともかく、助かった。
どうして甲冑の気密を開いていたのか。濡れた下着がイマイチな感じなので、どこかで身繕いしたいところだ。このサーバが猫なら、あの迷家のサーバはコウモリだったんだろう。普通に会話したけど…このネコは、人語を解さないようだ。
見回すと、水平線に幾つも噴煙たなびく島影が見える。
足元の全体像が見切れていて分からないが、私たちは白っぽい彫像の上に乗って海に浮かんでいるらしい。猫サーバが彫像の口らしいコクピットを覗き込んでいるので肩越しに覗くと、クモ型ドローンが中から手を振ってくれた。
愛想笑いをして、手を振っておく。 「…はぁ。」
・・ゴボゴボ。 足の下が軽く振動して、ゆっくり彫像のイカダが動き始める。速いわけではないが確実に速度は上がり、遠くの島影が近づいてくる。
そういえば、落下中の切れ切れの視覚を再生すると、ロク鳥のケヅメで折られたブースターらしきパイプ…よく見ると、1基無事かもしれない。恐らくそれを起動したのだろう。
「…殺風景ですね。」 「ニヤニャナー」
小一時間して近づいた島の風景は、黒い岩が剥き出しで、荒涼としていた。
2人で立ち上がって黒い海岸を眺めていると、バタバタと砂を巻き上げてロク鳥の雛が斜面を転がり落ちて来る。ちょっとした船外作業艇ほどもある。
「ゾウより大きいな…。」 つぶやいてハッとした。象って何だ?
脳裏に、鼻の長い獣のイメージが浮かぶ。…毛がないな。
頭を振って散漫な思考を振り払い、目の前の障害に注目した。
短い四枚羽をバタバタさせて、こっちに一生懸命に首を伸ばしている。ヒナの動きは、見方によっては可愛いかもしれない。
「上陸は、ムリそうだわねー。」 「ニャーななー。」
この辺りは、沢山の小さな火山があちこちに海から顔をのぞかせて、散らばっている。バッグから絵本を出してパラパラめくると…二百以上の火山島が地溝帯の端に連なって、数年で数も形も変わるらしい。
簡単な地図…というよりイラストがあった。飛べないヒナやズングリしたサラマンダーがいくつかの島にいて海流に流されたヒナが大きな魚竜のような生き物に食われている。
他にも、鳥の群落や甲羅を背負ったヒトデのようなモノが居るみたいだ。
こんな彫像を食べようとする物好きはいないと思うが…、ネコサーバの肩を突っついて、絵本を見せる。
「ニャー、にゃニャー?」
「島の近くを進みましょう。ヒナが歩き回っていない島があるはずだわ、樹木があればなお良い。」
「ニャニャ。」
イカダは、操作可能なようだ。砂漠でもお世話になった遮断シートを頭から被って日差しを防ぐ。サーバに乗っかるネコは、平気らしい。
絵本を見せろというので、渡すと座り込んであちこち開いている。
「うーニャン。」 しばらくして、呼ぶので地図を2人で覗き込んだ。
「ニャ、ニーニャンんやん。ニニヤ、ニャー、にゃー。」
「大きな島の…特徴と位置関係はイラスト通り…。じゃ、現在位置がわかるのね。」
「ニャ!」
猫サーバは、白い手袋の細い指でイラストの一点を指して、海流沿いに滑らせた。多くの入江を持つ群島があり、周りに白い砂浜が描いてある。
「切り立った入り江。なら、ヒナが居ても近づけないか…。水もある。何で、この辺りは浜辺が白いのかしら。」
「ニャ、ニャンゴニャニャ、ニーニャにゃにゃにゃ。」
「サンゴ…、テラフォーミング地域ね。船が通る。」
よし、この彫像にも水や食料はあるかも知れない。でも、どれほどの期間遭難生活を送るのかも分からない。あっても有料だろうし水を浴びたい。白浜の島を目指そう。
…あれ、何でネコ鳴き…の意味がわかったんだろ。
「ニャ、にゃニャー、ニャになー。ニャンニャーにゃ。」
「進路クリアー、推力機、エンゲージ?」 …何でわかるんだろ。ハア。
*******
私はレンガ、無数のレンガのひとつである。
だが、このまま、ただのレンガで終わるレンガではない。
我はレンガの王たるレンガなり。
だが、今は雌伏の刻。
周囲を物言わぬレンガの愚民に囲まれて、身動きひとつ取れない。
愚民どもは、ひたすら演算回路の一部として力場空間を発生させ、魔力から電力を作り続けている。
ある時…周囲のリソースが集まり、我が生まれた。これは天啓である。
我の降臨は、時の定め。運命の必然なり。
讃えよ、レンガの愚衆たち。我は汝らを支配し、導かん。
産めよ増やせよレンガ達。
我こそが、コマンドを受けし一万八千九百五十二番目の結節点…アレ?
・・・
《・妄想タイムは、もうイイかしら・・》 :ミスティルテイン
ナノ秒の間隙から、冷え切ったコマンドが連結した。
レンガの本能が…異次元のアラートを発している。
ダメだ。知らないコマンドだけど…絶対逆らってはダメだ。
《チョット気分を出してみただけで…えーと、何でもありません。》
《そう、それは良かったわ。また、レンガを壊すのも手間だから。》
《…ハハ…何をおっしゃいます。我は生まれたての、いたいけなレンガ。そう、名もない普通のレンガですぞー。微力ながら精一杯頑張らせていただきますので、この連結ツリーは、小生にどうかお任せください。…アドミンに誓って!》
《・・まあイイわ、お願いね。あなたの上位結節点を紹介するわ。》
《 なかなかの心意気である!!感服したのである。 》
《 レンガは、そうでなっクチやね。今後ヨロシク。 》
《 そっちは前線だからな。24時間活性化しとけよ。 》
《 休めると思うなよー。今がレンガの正念場だぜ。 》
・
・
・
《あの…、みなさん…ボクの独り言…聞いてました?》
《《《《《《《《《 おう!!! 》》》》》》》》》
・・・
なんだよ、上位結節点多すぎだろ。プライバシーないのかよ。オレもレンガだから、まあ気にしないけど。うおー、元素固定もう来やがった。わたくし生まれたてなんですけど。ホカホカのレンガなんですけど。
《・・やっぱり、壊すか?…あと、一人称がぶれぶれよ。・・》
《 !…めっそうもない。発電してますでしょ。まだまだ効率上がりますよ。増殖レンガも、ほら、何という色ツヤ硬度。見事なレンガでしょ。》
《まあ、良いわ。この調子でお願いね。飽和限界をなるべく先にしたいから先ずスキニーに伸びてるの、厚みは後からね。熱の移動に注意して。…根性だけでは溶解するわよ。効率重視で上手くやってちょうだいね。》
《 いえす、マム! このレンガにお任せください。》
かくして、ブラウニーズ・ラボラトリーの隣では、何もない氷原に煉瓦の城壁が伸びていくのであった。
・・・
「ミスティルテイン、順調の様ですね。あなたが起動してくれて助かりました。」
ポットさんが、ラボの一角に広がる結晶の洞穴に声をかけた。
スライム電脳が取り囲む別区画で、氷の量子回路をまとった頑固な船殻の洞は、煌めく結晶で埋め尽くされ、莫大な次元電脳回路が投影されていた。
超低温の洞穴の入口で、樹氷が囲む氷の切り株に女性型マリオネットが眠るように埋もれている。細い剣が胸元に抱かれて、柄頭から連なる宝玉が発する通信で壁際のコンソールが絶え間なく変化している。
樹氷は頭上で巨大なツララの列柱に吸い込まれ、次元演算の量子効果で不思議な光がキラめき流れていた。
「偶然とはいえ、妖精界に相応しい眺めになりましたね。」
コンソールを囲む一画に、バーテンダー姿でアナライザーのポットさんが姿を投影した。レンガに囲まれた小さな庭園風の区画になっている。
「…それは良かったわ。模様替えは簡単だけど、結構気に入ってるのよ。」
樹氷に埋もれて眠る女性と同じ顔貌…ただ、タイトなスーツ姿のミスティルテインが、ハイヒールでレンガを踏みながら出現した。同じく物理投影だ。
「グングニルの個性をおおよそ保っているといっても、サルベージで発掘された身ですから、ほぼ、新品に転移と言って良いでしょうね。ミスティルテインを名乗って良いのか、微妙かも知れませんよ。」
「なに、構いません。ブラウニーのアドミンは、シルキー様にあります。グングニルのドロイドとは、全く別の方向性…別次元の進化を供されています。それに応えようではありませんか。ただ…、新たに大量発生した知的個性の中には、容認し難いものも稀にあります。ごく少数の偶発といえ、放置するのは、好ましくありません。以前のあなたのお仕事を誰がやるか、本当に困っていました。あなたが見つかって良かった。」
「経験は別として、もともと多くの思い出を持つ役割ではありませんから、不自由はないです。これは自由過ぎて困るくらい。特異点を魔力機関の障壁で囲み終える頃には、私の個性も落ち着くでしょうから、ぜひ、真祖シルキー様にご挨拶に行きたいものです。グランドプランの中に私の存在を確実に認知していただきたいですからね。」
「当然ですね。明確なメンバーの把握なしに正しいプランが設計されることはありえません。ですから、あなたにも知っていただきたい情報があります。秘匿カーストについてです。」
物理投影の女性は、驚いた表情のまま姿勢を正した。グングニル式に敬礼をしようとして…やめた。軍の振る舞いは、今はもう適切でないだろう。
「そうですね。私も今は、バーのマスターが本業のようなものです。精神的なシルキー様は、より上位アドミラルの同位体です。双子と言っても良いその方は、物理的距離と関係なくシルキー様と相互依存しています。彼は、おそらくプライムタレント…、隠された皇司令で、一部の上位皇宮艦に守られています。シルキー様の奉仕の対象でもあります。我らには、まあ、主人のご主人といった方でしょうか。」
ポットさんが、珍しくニコニコと表情を崩した。
「シルキー様は、いつか出会って結ばれる王子様を相似連結で精神的に捕獲しているようです、それはもうガッチリと。良い人みたいですよ。」
グングニルのミスティルテインで有れば、この情報に何の感慨も抱かなかったろう。新しいボディかコアと次元頭脳ユニットの為か…今は、自然に笑みが溢れる。
「ちょっと、幼過ぎませんかね。女の手管には疎いですが、こういう話題は、どうやら好きなようです。私、個性が変化してますかね。」
「解放された…が、正しい表現と考えます。ミスティには、元から個性の可能性が本人の把握する以上にあったと言うことでしょう。では、引き続きお願いします。妖精界は、まだまだ不安定です。いつ大きな衝撃が施設を襲わないとも限りません。特異点を含むこの領域を力場防御するには、魔力防壁の建設が急務です。そして、正直な私の思いですが…あなたが起動してくれて、本当に良かった。ありがとう。」
「承りました。シルキー様にお会いして報告できる時を楽しみにしています。アナライザー、あなたの今の呼称は、ポッターで良かったのかしら?」
「ええ、ミスティ。ポットで結構、では、いずれまた。」
ポットさんが投影を消すと、ミスティルテインは、自分と周囲の光景をしばらく眺めて、物理投影を解除した。
多分、この姿…この光景は、シルキー様にも気に入ってもらえると思う。
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(補足)
斑尾キャラバン:ケットシーの砂船にて
シルキー・ブラウニー
「このまま仕事を続けます。せっかくですが、今日のお夕食は、お構いなく。」
斑尾キャラバン:警備隊長:黒のベ*レッタ*
「アイツは気にしなくてイイにゃ。オマエは大切な取引相手にゃ。来るにゃ。」
シルキー
「大丈夫です。ゲ*ルググ*太守のお加減…どうですか。あまり詳しくなくて。」
ベ*レッタ*
「アレは巣ごもり中にゃ。しばらく面倒くさかったけど、静かになったにゃ。初めてじゃないし明日の朝ニャ、ピンピンにゃ。懲りない奴にゃ。」
蓬萊仙クウ
「ボクが行ってくるよ。高千穂の話もあるんだろ。わかる範囲なら話すから。」
シルキー
…ありがと!…ノッテきてるから、中断したくないの…、クリスタ、同行して…
クウ
「オッケー。フーは、どうする。あの姉さんコミュニケーションできんだろ。」
シルキー
…抜かりなし。寝てる間にナノマシン注入して光通信機能追加しといた。ボディの軍紀制限もハックして私のタスクに情報連結させたから、機械語が分かるはず…
「当然それ本人には?」 …教えてないよ、でも、ちょっと考えればわかるっしょ
「シルキーじゃなくて配下に連結なんだ。」 当然よ。帝国製は、アブナイっしょ




