第62話: 砂船にて、太守の受難
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まあ、なんとかなった。フーの頑張りにエールを送ろう。
ミミックショップ3号機MarkIIは、墜落で錬成と通信の連結が途切れた。フーのインストールしたパイロットミミックの視覚モニターが健在なので、無事の確認はできてる。ぐったりした愚姉を海中から網ごとすくい上げ…少し揺すると息を吹き返した。なかなかしぶとい。
意識がまだ戻らないようだが、飲み込んだ海水をはきだすと呼吸が落ち着いたように見える。
フーは、網で愚姉をぶら下げたまま乾かしている様だ。…多分、無事なんだろうな。…塩水に浸けて天日干しだけど、旨味が増したりするんだろうか。
常識的には、宇宙空間仕様の機械身体に海水が浸透したら不具合の原因になるだろうから、早めに真水で洗った方がいい。
昔の船乗りが、海水で洗濯しなかった理由を、何かで読んだと思う。
姉の身体は、なかなかの高級品の様だったから、そう簡単にショートなどしないだろうけど…衣服が乾いたらきっと、着心地最低になるんじゃないかな。
私の方といえば、当面の必要を満たす日本酒と醤油を錬成して斑尾キャラバンに積み込んだ。同時にコフィン・カフェを撤収し太守の砂船に乗せてもらっている。
キャラバンは朝から陽気な空気に包まれて、甲板やロープを走り回るマウザーたちが踊っている様な足取りだ。ご機嫌なミケ猫隊長のウ*ージィさんと相談の結果、どっちにしろ海岸の街に一度寄るので商談を続けながら同行することにした。
「海の街に斑尾の商会があるニャ。そこでひとまず商品を配送するから、そこまでグ*ス*タフ…この船の名前ニャ、に乗ってくと良いにゃ。こちらも今後の発注について相談したいニャ。」
次の街から海へ出てフーの回収を試みる、あるいは、何か合流の方法を考えることにする。キャラバンは、海の街でいくつか取引の予定があるそうだ。
ゲ*ルググ*太守が歓迎してくれるので、ありがたく今度はこっちが客になる。
迷い家を大規模に投影していたので、錬成による実体部分の分解に時間がかかっていると、太守からの提案で最後尾の砂船を貸してもらえることになった。あの連結のシッポにあたる小屋だ。で、中に砂船のキモである泥岩を敷き詰めた船底が、もうひとつ入ってた。
太守とミケ猫隊長が、肩をすくめて目配せするに…。
「実は、次の街で受け渡すはずが…、どうもニャンセルされたようだニャァ。向こうの条件不履行ダニャ。」
ウ*ージィさんが、言いにくそうにしていると、太守が珍しく口を挟んできた。
「円環都市に対抗する商人がいると話したと思うが、今回の攻勢にはきっかけがある。しばらく前に高千穂商品を扱うヴェーダ商人が現れて、業界再編を掲げたプランを強く宣伝してきた。ウチを蹴落とす作戦なんか、最初はどこも取り合わなかったけど…帝国がねぇ。酒は発端だけど、この春から…まるでリバーシゲームのようだった。」
「でもニャ、オマエのシルキー商会から安定して仕入れられたら、まず負けはないニャ。」
ウ*ージィ・ミケさんが肉球の手で女神ロイドの肩を掴んだ。ハッチ兼用の口の隙間からひきこもり幼女の銀の瞳を覗き込み、裂けた大きな口が微笑んでいる。
…何も知らない数日前だったら、恐怖だったろうが、今は何となく優しい表情に見えるから不思議だ。それでも喰われそうな気がするので、出ない。
「そのダイコク商会への譲歩材料で、砂船のフロートを指定の船型に組んで引き渡す予定がニャ…、支払い困難になったらしいにゃぁ…。」
「公の取引でないから微妙だけど…契約履行を避けて仕方なく転売する事はあるにしても、無かったことにして済ますのは良くないね。ミャァ、信用を軽く扱う商会は、ヴェーダでは特に嫌われるから。…面と向かって教えてあげないけどね。」
シルキーマーレ・ホームカンパニーも新興商会だから、先発の同業者に関心はある。でも、それより今は知り合ったケットシー達が満足しているのを、単純に喜びたい。
・・・
木造デッキのクルーザーは舳先がまだ無くて、泥岩パネルを敷き詰めた船底だけを小屋の中にさらしている。広さが丁度いいので空調水回りユニットの機関部とワゴンショップを置かせてもらう。
テントを分解した監督が、脚長蜘蛛ドロイドの姿でクレーンを降ろして実体部分を移動する。宿の機関部分だけなら、大して場所を取らないし次回の錬成が楽になる。時間ができたのでゆっくり分解しても良いのだけれど、そのままでも機能するように配置していく。
アリス達4人のチーフサーバは、マリオネットのボディを実体化している。ひとまず小屋に乗り込んで居住区を作る。残りの見習いサーバ達は、実は力場体で制御コアだけだ。実体部分がカチューシャのコウモリドローンだけなので、一斉に小屋の屋根裏に飛んで移動した。
ポットさんのボディとバーは、セットで移動する。ここが一番複雑な錬成なので、分解せずに済めば、かなり助かる。クルーザーの甲板に壁を作るくらいの物理投影は、ポットさんのバーにも出来るので、簡単なキャビンが投影された。
それにしてもクルーザー型の砂船は、ちょっと変だ。
普通に考えれば水陸両用だけど、完成させれば普通の船だ。この構造では、陸上で安定しない。重力軽減で、見た目の喫水を軽くする目的に見える。…もしかして、高速船か密輸船にしたかったのかも…。知らんけど。
監督の撤収が進む中、私とミミックさんは、太守の砂船にお邪魔している。
隊長猫たちは、皆忙しい。
斑尾キャラバンは、7隻の大小ピラミッドから構成されている。キャラバンとしては、大きい方らしい。
基本は木造で、風除け帆を畳むと箱を重ねた家に見える。普通は先頭か中央にメイン砂船がいるが、このキャラバンの場合、センターに太守の住居:グ*ス*タフ、先頭に同じくらい大きな白猫隊長のドー*ラ*がいる。
因みに、ケットシーの大抵の固有名詞には修飾の超音波が入る。でも意味は、例えば「麗しの白き山」「円環森の誉れ」といった本当に定型句で、ただの「ドーラ」だけでも通じるそうだ。
グ*ス*タフの太守居室は上から二段目なので、デッキからキャラバンを眺めると、手際良く駆け回るマウザー達の仕事が物珍しくて興味深い。昔の映画のワンシーンのようだ。
砂船は、今でも風も利用して移動するが、主動力は衛星からの電力転送で振動モーターを動かしている。発電衛星は、人類のものだったりクリノイド族のものだったりするが、円環都市でいくつか専用衛星をリースしているそうだ。
ケットシー自身で電源を持つ事もあるらしいが、どうも維持するのが苦手のようでリースが好みだと言う。…「使った分だけ払う」…ケットシーの商売は、全部コレだそうだ。
それならばと、ショーが開発中の妖精ワゴンをケットシー仕様にするようラボに発注した。それに太守は、船の操作に関係ないので暇だ。住居兼執務室で試作モデルを物理投影して、私と太守でアイデアを出していく。
ミミックさんが技術と接客のアドバイザーで、もう1人、昨夜は見なかった黒猫ケットシーのお姉さんが太守についてる。警備担当らしいが、メイドさんっぽい格好をしてる。
三つ目の黒猫メイドさんとは、モフ属性てんこ盛りだが、太守に向けた冷めた眼差しが、またそそる。
「ベ*レッタ*は、恥ずかしがり屋さんでね、こうして無表情を演じてるんだ。気になったらごめんね。ボクと二人だけの時は、ニャァもうカワイイんだよ。」
ゲ*ルググ*太守の何気ない言葉に、後ろの黒猫さん視線が氷点下に下がった。この太守、ほんと大丈夫か…、踏まれて喜ぶタイプじゃないだろうね。
こんな具合に過ごしていると、午前中にキャラバンは移動を開始した。低い振動があるだけで、あんまり揺れない。
お昼の食事は、ケットシー側で出してくれた。
黒猫ベ*レッタ*さんが、まさにメイドさんのようにサービスしてくれて、床にペタンと座り込んだ太守と向かい合っていただく。
…ふむ、これが問題のナマズですか…
食べてみたけど、柔らかな白身が悪くない。ちゃんと泥抜きしてある。ただ、思っていたより大きくて…全長がケットシーと同じくらいじゃないかな。マウザーなどひと呑みだと思う。
こちらからも、話ついでの調味料やデザートを提供して一緒に試食した。
そう、さすがに私も女神ロイドから出て食事してるよ。太守は優しいし、ミミックさんが後ろに居るしね。太守は、食後に少しお昼寝するそうだ。
すぐ横のふかふかマットの上で、お付きの白いマウザーにブラシしてもらって気持ち良さそうにしてる。食事の後片付けをしているベ*レッタ*さんが気にしないので、ケットシーの習慣かもしれない。
ベ*レッタ*さんが部屋を出ると、薄目を開けた太守がチョイチョイと手招きする。私がフカフカのブラッシングを真剣に見てるのに気づいたようだ。
「良ければ、少しやってくれにゃイカ。毛繕いはトモダチのあかしニャ。」
お付きのマウザーがブラシを差し出すものだから、ミミックさんに抱えられるように移動して、受け取った。マウザーの指導でやってみる。
太守の毛並みは、なかなかにモフだった。
気持ちよさそうな太守が、ゴロンとうつ伏せに伸びたので、首から下へ背中をブラシして行く。マウザーによると、お腹はメス猫さん達など、家族や連れ合い以外はやめた方が良いそうだ。
眠そうな太守が、ふたつに分かれた尻尾を持ち上げて催促するものだから真っ直ぐブラシを通した。ケットシーのシッポはフサフサしたボンボンだと思ったが、太守の尻尾はぷにぷにした感じだ。意外と毛が短い。
ちょうど入ってきたベ*レッタ*さんの動きが止まった。
何事かと背後から覗いたウ*ージィさんも、そこで固まった。
周囲をよく見ると、お付きのマウザーが慌ててる。何事か…?
・・・
「ボクは無実にゃーろりこんじゃないニャー。ウギャー!つ・ぶ・れ・るニャー。」
直後に、太守の悲鳴が執務室に響き渡った。
黒猫さんにマウントされ動けない太守のシッポをミケさんが踏んづけて、足でグリグリしてる。
「お客人に…ニャにをさせとるか!…もういちどホント潰すニャ。すぐに戻るんだから。」
「イタイ、イタイの反対にゃー。春にブチ沼で酷い目にあったばかりにゃー。メスにゃこの痛みはわからにゃいニャー。」
「それならも少し、せっそーをもちなさい。コラ動くニャー。」
「イヤや、つぶれるニャー、コレはオスの矜持にゃー。不可抗力ニャー。」
すまなさそうなマウザーにそっと促されて、部屋を出る。ミミックさんが太守の姿をなるべく見せない様に体で遮り、女神ロイドがついてくる。
あのプニプニ感…、つぶれる? 太守の二つのシッポって…まさか…。…手を洗っておこう。
*******
「ニャに、どうしたのニャ?」
扉の横で正座している私と女神ロイドに気づいた白猫シ*グ*隊長が駆け寄ってきた。
扉の中から悲壮な太守の悲鳴が聞こえたばかり…ゴメンなさい太守さん…。
横に立つミミックさんが、白猫さんに経緯を簡単に説明すると、シ*グ*さん青い大きな目を細めると、シルキーの頭に優しく手を置いた。
「ゴメンにゃ。あいつは悪気がないところがアホなんにゃ。明日にはケロッとしてるからオマエが気にするコトはまったくないにゃ。あいつの事は、私らに任せて夜までゆっくりするニャ。」
部屋を覗き込んで、超音波で何か声をかけた。振り返ったミケ猫クロ猫さんが、部屋から大きな頭を出すと、チョット驚いてる。
「…知らなくて、ゴメンなさい。ゲ’ルググ’さんに酷くしないで下さい。」
頑張って声を出して、お詫びした。…こういうのは早いほうがイイ。
ミケさん、ため息をつくと大きな手で頭を撫ぜてくれた。
「怖がらせてゴメンニャー、オマエは何にも悪くないニャ。あいつには、定期的にお仕置きがあった方がイイのにゃ。ウチらの太守は、まだ若い。まだまだ伸びるニャ。オマエが泣く事はないのニャー。」
大きなモフモフ猫さん達が囲んで立たせてくれたので、涙を拭いて女神ロイドに抱えられる。そのまま口の中のカプセルに滑り込み、白猫さんにキャラバンの最後尾まで送ってもらった。
よし!…太守の犠牲は忘れない。今日の内に太守と語り合ったケットシー業務用の錬成ワゴンを完成させよう。
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(補足)
妖精界アキハバラ:グングニルサイド:ブラウニーズ・ラボラトリー
マーレ
「ケットシーの睾丸について教えろ…て、まあ、少しは、わかるけど。」
デネブ
「工場の仮シルキーから、緊急依頼で。専門家といえばあなたでしょ。」
マーレ
「イヤイヤ、どういう専門家だよ。雄猫とやった事は、流石にないね。」
ソフィア
「あー、アレは珍味だわよ。遺伝媒体だけでなく、複雑な組成だわね。」
マーレ、デネブ
「「食べたのかい!!」」……「いつの事だい?」
ソフィア
「私じゃないわよ。セレベンティスは、共通の精神世界を持っていて大昔の事を覚えてる。個別の思い出じゃないけど、食べたモノを知ってるかどうかは原初記憶だから判るの。」
マーレ
「ふーん、じゃあどうやってヴォーダンを殺せたんだい。成分が解っても中和できない絶対致死毒とかあるのかい。」
ソフィア
「うーん、説明しにくい。アレは毒じゃないの。アナフィラキシーて解る?…そんな感じ。過剰防衛反応と思ってくれてイイわ。暴走が自爆するまで気づかれないのがコツね。人類のアイデアだから、独立派の精神世界は知る機会がなかったのよね。」
デネブ
「珍味といえば、シルキーからおかしな食材データが届いて、ラボからサンプル解析の問い合わせが来たわ。タイガーナマズだけど、食べた生物によってタンパク質成分が適化するみたいなの。実際シルキーが食べながら解析したから経過がわかるわ。」
マーレ
「確か図書館にも…その手の研究があったような気がするね。割と有名と思う。」
ソフィア
「ケットシーの森ナマズね。セレベンティスもそうだけど、情報次元の身体組成が大きい生き物で、宇宙気流で…食べられた事があるような…。うーん、宇宙空間や高重力下で特別な成長をするわね。アレはボイドの境界でフレア竜の群体に変化するわよ。地表ではナマズだけど。」
マーレ、デネブ
「「…なに、それ…・・・」」




