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第5話: 逃避行

 

 山小屋での生活も十日程になり、おじいさんは、寝室の前の納戸を整理してソファーを使って子供には十分なベットを作ってくれた。


 翌日、ウォールマートと大きく書かれたトレーラーがやって来た。


 空色で小振りの三連トレーラーは大きなイモムシみたいにタイヤを動かして小屋の前で器用に向きを変えた。ヨーゼフより毛並みの明るいエプロン姿のドロイドとまだ若い行商人さんが、勝手に小屋の横手に回ってテキパキとなにやら取り替えていく。


 家の中から覗いていると、ヨーゼフが街から出張して来てくれる商会で、トーマスさんだと教えてくれた。最後にトーマスさんは、おじいさんに包みを手渡し暫く話し込むと、深々お辞儀をして帰っていった。包みは、子供の衣類だった。ヨーゼフが早速テーブルいっぱいに広げた。しっかりしたズボンも嬉しいが、下着が束であるのは有難い。おじいさんに飛びついて喜んでしまった。


 痩せこけた顔色も完全に良くなり、ショーは、深い銀の髪にハシバミの目をした天使の微笑みを取り戻していた。ヨーゼフが小屋に居られる時は、一日中テーブルの部屋で話をしている。


 しかし外見と別に、内心の警戒は最高レベルになっていた。トーマスさんが帰っていった夜、周囲の森に金属質のオオカミが現れていた。


 一応の安全が確保されたおかげで、中の自分に色々開発する余裕ができた。


 眠っている間にもコッソリ続けた実験で、精霊石の力場体からのフィードバックが可能になり、周囲に探知フィールドが投影できるようになった。また、触覚や目や耳の機能を擬似的に投影体でも使えるようになり、数キロ離れた場所でも部分的にその機能を再現できた。空間投影は潜像のままであれば肉眼で見えないので、触れられなければ気づかれないはずだ。ただ音と違って離れた光景を見るには周囲の光を捉える必要があり、完全に透明な潜像のままでは上手くいかなかった。


 これを使っておじいさんが行商人さんとの会話で子供の事を街には広めない様念押ししている事を知る事ができた。エルフという単語の脈絡が判らない。


 翌朝早く、おじいさんが一人で小屋の尾根の向こうに出かける。


 かなり離れた岩を廻り込むと、あのドラゴンがうずくまっており、おじいさんが近づくと起き上がった。胸の装甲が僅かにズレてのぞき込んだおじいさんは、中の何かと難しい顔で見つめ合っているようだ。話し合っている様に見えるが、音声化してない。ドラゴンは頭を高く上げて周囲を見まわしており、接近はためらわれた。


 やがて一応の結論でもでたのか、おじいさんが頷くと、胸の隙間から昆虫を思わせる細く長い多関節の腕が伸びて、黒いレース模様の輪を渡した。受け取るとおじいさんは、ペンダントトップ部分を確認してクビに嵌める様な素振りをしながら開け閉めを数度試している。どう見てもおじいさんのゴツい首には合いそうもないサイズだ。


 ショーはヨーゼフの用意した朝食を取りながら、思考をフル回転していた。あれが首輪だとして、閉める瞬間に何かの力場が起動した。この距離で分かる、微弱と言うには少しハッキリした力場形成だ。この手の小説でよく見る“奴隷の首輪“と言うモノが自然に浮かんだ。少なくともあのドラゴンは自分が現状理解する前から此方を探していた。捕らえる目的でまず間違いなさそうだ。おじいさんを信じたいが、ヤバイ!


「どうしました」


 部屋を出ようとする僕の前に、ヨーゼフがドアの前に立った。


「ちょっとだけお外にいく」

「ショー、食べ終わったら、一緒に行きましょう。テーブルに戻って」


 子供らしくグズっても、トイレに行くふりしてもヨーゼフは陥落しそうもない。

 おじいさんはドラゴンを見送っていた。じきに戻って来るだろう。


「ヨーゼフ僕はどうなるの、教えて」


 暫く見つめあって、変わらない様子でヨーゼフは口を開いた。


「朝ごはんを食べたら、今日は何の話をしましょうか、大丈夫、ここに居て良いんですよ」


 安心させるような優しい笑顔。これはあらかじめ作られたものだと、捻くれた警戒心が警告する。ボクの中の無意識がこのドロイドのインターフェイスの解析を始め、威圧をこめて口に出す。


「退いて!」


 ヨーゼフは確かに怯んだが、ドアの前を動かなかった。


「退いて!」

「不明の危険が有ります。肯定できません」


 単調な言葉が、被せて発せられた、定型的なルーチンに入っている。


「アクセプト、生存を他者の判断に委ねることはできない。コマンド受容。判断が可能となるまで離脱を試みる、衣類と食料の用意を!」


 解析を強化しながら更に威圧を強めて言葉にする、それ以外の何かも出てるような気がするが、取り敢えず気にしない。


 ヨーゼフは不承不承動き出すと、非常持ち出し袋らしいバッグを持ち上げた。目を離さないよう注意してヨーゼフを先に歩かせると、二階の部屋の前で誰にもドアを開けさせないよう命ずる。おじいさんのドロイドが自分の命令を優先するとは思えないので、急いでバックパックから重そうな水ボトルを取り出すと、代わりに衣類を詰めた。


 部屋の空間全部を外に音が漏れないようにシールすると、久しぶりに少女像を投影した。同時に錬成陣を展開しベットのシーツと前もって集めておいた少しの資材を錬成して少女像にスーツをラスタライズする。数十秒後には慣れたモノで胴体に潜り込んで胸元から顔を出した。


 バックパックを背負う。水ボトルごとでも重くはないが、少しでも身軽にしないと、オオカミが心配だ。おじいさんを遠巻きに囲んでいる半数が戻れば、完全に包囲されてしまう。部屋のシールをそっと消し、窓の外に〝閉じた窓の壁面〟を投影したまま窓を開けて地上へ素早く降りた。


 気配を消して周囲の光景に紛れながら全速で谷の岩場を目指す。もちろん、窓は中から鍵も閉めたし足跡は残さない。金属っぽいオオカミたちは、小屋が見渡せる所にいる。まだ、さほど警戒している様子もない今のうちに距離を稼ぐ必要がある。


 おじいさんをオオカミの中に残す事が不安になったが、もう、誰を信じて良いのかわからない。誰が何を命令してるのかわからない、おじいさんが自分の意思で〝奴隷の首輪〟を使おうとしているのが理解できない。小屋を離れるとただ不安だけが大きくなる。


 ********


 街に行けば食料が手に入る事はわかった。でも、お金を持っていない。小屋で見ていない。まだわからない事だらけだ。まずは街を実際に見てから考えよう。


 少しミントっぽい湿らせたクッキーのような非常食を1本食べて、午後の半ばには街が見える山裾にたどり着いた。城壁は無いようだ。どこも同じようなブナ?の林が広がり、2階建て程度の家と白いドームが川沿いに点在している。


 ここは、まだおじいさんの小屋に近すぎるかもしれない。夜も移動すべきか?…いや、それ以上に向かう先の情報が必要だ。トーマスさんがここから来たなら、姿を見られないほうが良さそうだ。町が見渡せる岩場の中腹にはまり込んで、空間投影の壁で擬装するとすると、感覚を遠隔投影して観察を始めた。


 これまで不思議なことに、鳥も獣も虫すら見ていない。余りに単調で広大な森。おそらくテラフォーミングに問題があった事に関係しているのだろう。もっとヨーゼフに聞いておいたらと悔やまれるが、仕方ない。実際、命を救ってくれたおじいさんに何も言わずに飛び出してきてしまった。


 あちこち観ていると驚いたことにミツバチがいた。家より大きなマッシュルームみたいなドームの中はビニールハウスのような感じで、葉物野菜や背の低い果樹等が植えられていた。家の周囲のプランターにも花が咲いていて、ドームから迷い出たらしいミツバチが僅かに飛んでいる。


 観察する一方で、近くを飛んでいたミツバチを1匹捉えて隠れ家に誘導する。詳細に解析してから、はなしてあげた。


 錬成関係の回路には、ライブラリ登録ができる魔方陣があり、形状の記憶くらいは簡単だった。離れた潜像をコントロールしてモニタするのは、効率が悪い。投影を結像して操作するための力場機関が、投影体に含まれていれば、リンクするだけで観測がずっと遠くまで出来る。つまりは空間投影体に形があった方がやりやすいので、早めにミツバチ型を開発しよう。


 その場所に潜んでさらに一昼夜町を観察した後、夜明けとともに山裾を川の下流へと移動した。オオカミが心配だし、ちょっと臭ってきたのでお風呂が恋しい。日中の暖かいうちに小休止して岩場の小さな泉で体を洗うと、もっと大きな街を目指す。


 ********


 一週間後、城郭都市に着いた。かなり大きく広がっている町なので、みんな顔見知りは、ないはずだ。どうにか紛れ込まないと、携帯食は最後の一本があるだけ。


 途中の町で、カギの掛かってないドームから、止むに止まれずジャガイモを掘り出して1株いただいた。蒸すだけなら錬成鍋の魔法陣で出来る。野菜泥棒は中の自分が真っ当なAIっぽく抵抗したが、そこはガマンさせる。買い物のやり方がどうしてもわからないので、しょうがない。


 観察しても町の商店でお金を払う様子がなく、どうやっているのかイマイチ解らなかった。


 レジっぽい所があるので会計していると思うが、通り過ぎるだけの人も手をかざす人もいる。多分、ナノマシン器官か何かでデータ通貨を交換してるのと思うのだが、中の自分は持ってない。融通の効かないAI良心が頭の中にいる以上、食料の購入手段は第一優先事項だ。


 この辺りには、かなり高低差のある台地が点在していて、細い盆地と言うか広い谷が巨大な迷路の様な地形を作って広がっている。高い断崖とヨーロッパ風の建物が連なる村の光景は、懐かしのアルプス、実際は知らんけど、を思わせ、崖の直下から始まる疎な集落が、遠くに霞む大きな川の周辺で城郭を持つの市街の広がりになる。


 台地の崖下には、いくつかの頑丈な建物が、間隔を置いて岩壁に食い込む様に建っている。これがこの国の主要産業、ダンジョン入口のはずだ。


 これまでの町の生活を探り続けてわかった事がある。


 人が育てているのはドームの中の限られた作物だけ、おそらく家畜はいない。食料の多くは地下や露出した地上のダンジョンからポップする色々な擬似生物=魔物から得ている。


 ビックリだ。ニューヨーク国は狩猟採集民だった。


 ********


(補足)

皇宮艦:極限探査戦艦アンタレス:エイリアス:アンタレス

「ご領主はアルゲディに無事入られました。領も人命だけは守られたようで、奥様とご家族はこちらに。奥様はもう、海賊家業に乗り気ですよ。どうするんですか」


皇宮艦:シールド巡航艦アルデバラン:エイリアス:アルデバラン

「デネブがカラーの分体に囚われました。状況から、体を捨ててルド様をテレポートしたようで、フォーマルハウトの所でしょう。これでスワンは皇弟が総督です」


皇宮艦:長距離貨客船アルゲディ:エイリアス:アマルティア

「そうもいかないようですよ。でも、皇宮艦も本来は公団所属。シリウスが戻るまでは、ハルモニアの旗艦命令が優先されます。抜かりなく影の月で会いましょう」



********


探査艦母艦デネブ内郭:6次元量子電脳キグナスα:キャラクターコア

「まずった、コントロール落とした!…仕方ない、ポーラスターに伝えよう。プロキオンはルド様のデルタ形質に絶対気づくよね。早く体を造らないと奪われる」



********



(用語説明)


 探査戦艦アンタレス

(エイリアス:アンタレス、オリジン:アレクサンドリア、デルフィ)

後方に閉鎖型ブースターのスカートを持つラグビーボール型、900m級。

全体に暗色の高密度船殻と特に強固な空間シールドを常時展開し、極限環境を強行探査する探険船。戦艦重武装と近接格闘装備を備える。

主機関:二重オーブボイド、推進方式:重力推進と重粒子ブースター


 巡航艦アルデバラン

(エイリアス:アルデバラン、オリジン:アナトレー、デルフィ)

後方に閉鎖型ブースターのスカートを持つドーム円盤型、800m級。

主要部に暗色の高密度船殻が使われて複数の空間シールドと力場機関を常時展開する。重武装と搭載機を備える。探険船の補助任務にあたる。

主機関:二重オーブボイド、推進方式:重力推進と重粒子ブースター



 貨客船アルゲディ

(エイリアス:アマルティア、オリジン:カリストー、パストラル)

外周に可変ブースターを持つクオーツ六角柱型、600m級。

長距離貨客船、比較的豪華。探険空域への補給や視察、現地本部の設営等を想定。外郭に軽い白色装甲、居住管制区の内郭に高密度船殻を使用。

主機関:オーブボイド、推進方式:重力推進と重粒子ブースター、MMドライブ


艦艇外観イメージのため、用語説明を追加しました

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