表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/67

第54話: 箱舟の太守ゲ*ルググ*

 

 砂漠の地形が変わり始めた。岩山と砂山の境界に監督が休憩所のテントを立ち上げる。迷彩色の偽装も完璧で砂に埋もれた岩山の端くれにしか見えない。


 でも、夕暮れの砂丘から、ケットシーの四角い砂船が進路を変えて寄ってきた。遠目には、移動するピラミッドの行進だ。


 船と言っても流線型の姿ではなく、筏のような四角い箱の上部に階段状の住居と風除け帆、下部には振動する突起がビッシリ並んだエラ状クッションパフ。フォバークラフトに近い静粛な乗り物だ。


 家が動いている様なモノだが、振動による滑らかな移動は、速度がのると意外と速い。それに 船体の浮上にケットシー独特の技術がある。


 秘匿された技術でなく、何人もの人間商人が見様見真似で挑戦したが、未だに製品に仕上げた者はひとりもいない。森の沼地で泥畑がこねられて、何十年もの熟成を経て板状に仕上がった艶のある泥岩がその正体で、ピラミッドの基部、クッションパフとの間に敷き詰められている。


 地面を作る物質の分子間力に反発して地表から浮上できるが、サンプルのカケラをどう分析しても、この紫の光沢を放つ軽い泥岩が、地下数mもの効果範囲を持つのがわからない。製造工程も酒やチーズのような発酵を連想する要素があり、ケットシーの製品しか実用的な性能を発揮しない。


 アトランティス産業科学院では、原理の調査研究が今も継続しているが、今のところ壁面に吸い付くヤモリに水面を滑らせたのが人類の最大成果だった。


 そんな訳でケットシーの移動住居兼箱舟は、草原や砂漠では砂船と呼ばれて羨望の対象だが、沿岸地域の漁師や船員からは、若干の嫌味が入って「泥舟」といわれる事が多い。箱舟は、性能はだいぶ落ちるが海も渡れる。帆に覆われたピラミッドがタライのように海をグルグルしているのが、人間の船乗りにはどうにも許せないらしく、船ならせめてまっすぐ進めよ!…と、思ってしまうらしい。


 舳先へさきがなくてエラの様なパフに船底を覆われた水陸両用の四角い箱は、海の男たちが愛するには微妙な対象のようだ。


 砂の上では、頑丈なロープを用いて前後のピラミッドが角で連結されていることもあり、グルグル回ることはない。


 一直線に隊列を組んで滑るように進んで行く。


 数本の連結ロープを操ってキャラバンはデカイ虫か何かのように滑らかに進路を変えていく。キレイにターンすると、最後尾の小屋が監督のテント近くに寄って止まった。


 太い連結ロープの上を、隊列中央の一番大きなピラミッドから駆けてくる影がある。


 大きな影が最後尾に到着と同時に、ずっと小さな船員達がロープをつたってワラワラと砂漠に降りて監督テントの周囲を探り始めた。丸い耳と細くてよく動く手足が特徴的で直立して走り回るネズミっぽくも見える。


 いろいろな色の短い毛に覆われたケットシーの従属種族マウザーだ。絵本によると、人間には「グレイラビット」と呼ばれる事が多いという。


 でもボンボンのような尻尾以外、チョロチョロした動きは、あまりラビットに見えないし、体毛も灰色…ネズミ色でなくて、カラフルだ。…ただし黒はない。


 やがて一体がコフィン・カフェの扉を見つけた。ためらいなくノブに手袋の手を掛けドアを開くが、入っては行かない。他のマウザーもドアの周りに集まってきた。


「斑尾バンドのキャラバンとお見受けいたします。構いませんので、ラピッドのまま中へどうぞ。仮の宿ですができる限りの歓待を致しましょう。存分にご覧ください。」


 カウンターのマスターが声をかけた。マスターに相似連結するポットさんは、踏破探検隊にいたので、ケットシーとのファーストコンタクトをリアルタイムで経験している。


 三体のマウザーが周囲を警戒しつつカフェに入り、マスターは、部屋をせわしく見回すラピッドに語りかける。


「公団の策謀ハカリゴトでグングニルが砕かれまして、我らコロニードロイドは、新たな雇主と共に世界を巡る旅に出ています。エクソダスですかな。準備も用意も足りませんが、面白い錬成品を扱う店が中にございます。飲食のご利用によって高千穂風の遺失文化の宿をお試し頂けます。御利用を歓迎致しますよ。」


 マスターは、浅いガラス碗にレモネードを注いでマウザーに見せた。手首を曲げて片手で招く。ケットシー風の挨拶だ、因みに両手でやると威嚇になる。


 子供ほどの大きさのマウザーが瞬時に集まる。椅子によじ登ってレモネードの匂いを確かめると、ゆっくり味わい始めた。ケットシー族には、柑橘系、特にレモンの成分がイイ感じの酩酊感を与えるらしい。刺激的な炭酸水のレモネードなどケットシー人気の気晴らしだ。


 コンタクト初期にわからなかったケットシーとマウザーの関係も、今では人類に理解されている。図書館経由でポットさんは、最新のケットシー情報もチェックしていた。


 マウザー族は、マウザー同士で増えるが、ケットシーもマウザーを生む。ケットシーから稀に生まれる三眼の変異マウザーが成長するとケットシーのメスになる。さらにその少ない一部が成長中に変異してケットシーのオスになる。このオスのケットシーは、特別強い精神支配力をもっていて、多くは握り拳ほどの大きな単眼になる。


 マウザーにも知性や感情があるが、ケットシーに精神支配されていて、自我と言えるほどの意思がない。寿命も短いが、記憶の一部を産まれながらに引き継いでおり、習熟は必要でも、成長して歩けるようになればすぐ役割を果たし始める。


 そして、ケットシーは、定期的にマウザーを食べる。


 生涯ケットシーの手足として働き続けるマウザーは、ケットシーが与える死が幸福感の絶頂で、その期待を求めて隷属した生を送っていると考えられている。


 レモネードを楽しむグレイラビットは、外の船上からテントをうかがう三眼ケットシーの代理体だ。もう数体の大きな影がロープ伝いにやって来ると、マウザー達の集団が扉とピラミッドの間に集まりを道を作る。周囲を警戒する中、キャラバンを指揮するメスのケットシー達がコフィン・カフェの扉をくぐった。


 黒い扉は細く、とても大柄な毛玉が抜けられると思えないが、どのケットシーも苦もなく体格よりも狭い入口をスルリと抜けた。流れるような動きでカウンターの前に集まるが、思い思いのポーズで勝手な興味を満たしている。


 直立して短いマントやブーツを身につけた姿は、中世オペラの肥った役者か精巧な着ぐるみのようだが、動きはネコのソレだった。


 ただケットシー自身は、人類に小さな愛玩ケモノの類型とみられる事が若干気に障るらしい。ケットシーに猫を近づけるのは無礼な行為で、喰われて当然が現代のエチケットだ。


「コフィン・カフェにようこそ。…試作中の休憩所ですが、錬成での可能な限りのサービスを提供させていただきます。」


 マスターのポットさんが、かすれ声で一番大柄な三毛ミケネコさんに向かって語りかける。マスターのミイラ外見は修復されているが、まだ、つぎはぎな感じだ。


「試作といえ、飲食のお代金は市中に準じてございます。迷い家という高千穂風の休息宿がございますが、こちらは魔法ですので、利用をご飲食のサービスにさせて頂きます。この店内も魔法ですが、いかがですか、なかなかの出来でございましょう。今も遺失文化に興味がございましたなら、迷い家は一度ご照覧の価値がございます。」


 ミケさん、装飾過多な帽子を大きな頭に載せていて、緑の帽子からキラキラ縦ロールのモールがぶら下がり、バランス的に小さく見える尖がった耳が覗いている。


 金目は三つだけど耳は二つなんですね、オデコの目が一番大きくて、表情がない。


曾祖父ひいじいさんの頃の呼び名だね。斑尾バンドの森は拡がって「円環都市」と呼ばれているよ。ヘルン五部族連合が、百年かけて泥畑と糸杉を壁に円環で四重に森を囲った。…都市と言うのは愛嬌で、今も森だけど五重目を広げている所さ。あたしは〝ウ*ージィ〟…キャラバンの隊長だ。お察しの通り、太守は斑尾さ。名前は…直接尋ねな。」


 ミケさん、なかなかステキな声で低音から超高音まで幅がある。ワザと女性的に聞こえる音域で話すほど人間慣れしてるが、名前に人が聴き取れない超音波の装飾が入る。


「それでは、太守のお目に叶いますかどうか。初めてのお客様に一杯何かお出しするよう、店主が決めております。甘い蜜柑酒、レモン酒、炭酸割りで軽い柑橘などいかがでしょうか。」


 マスターが「店主」の所でコッチを見るものだから、ウ*ージィ・ミケさんがバーの横に目をやってチョット引いてる。


 カウンターに特製・埴輪ロイド・女神バージョンがいる。ケットシーの皆さんが店に入ってから、努めて見ないようにしていた白い彫像だ。通常の埴輪ロイドに比べて滑らかで可動域の広い自然な動き、ムッチリした手足はそこそこ器用に動き、ふっくらした愛らしい頭部には表情のない皿のような目が強い意志に発光している。


 シルキー専用外骨格ボディスーツである。


 …だってケットシーって、カプセルじゃ頭っから齧られそうなんだもん。これで大きさも大体同じくらい。目玉は、サイズではコッチが勝ってる、マスターキーを簡単に精神支配できると思うなよ。そのためのマスターキーなんだから。


「と…とりあえず、レモン水の炭酸有り無し。シ*グ*、甘いのが好きだろ、ミカンとやらを試してくれ。高千穂について聞きたい事もあるから単刀直入に相談したいが、できそ…ニギャ!」


 クウは。朝から迎え酒して寝直していたが、ちょうど目を覚ましたようで騒ぎにつられて覗きに来た。ミケさんと目が合った。


 逃げるクウは速かったが、ミケさん、残像をひくような初動でクウを捕らえた。加速装置?…流石、肉食系、ジタバタするクウを肉球の指で絡めとって、影に潜らせないようだ。


「逢いたかったニャ!」 語尾がニャですよ、イイんですか。


「イヤァァ!…喰われるぅぅ」 …どうしよう、このまま食わせてみるか。


「人聞きの悪い事言うんじゃニャい、勘違いさせるじゅあニャいか。」


 どうやら、知り合いみたいだ。そもそも、クウが逃げられない訳がない。それが判るくらいには、親しくなっている。


「高千穂絡みの取引で大欠損になりそうニャ。米酒と焼きソースの補充先を探してたニャ。物探しだけなら斑尾のカンはさすがなのニャ。」


 ミケさん、クウを舐め回さんばかりの喜びよう。良かったねぇ。ケットシーのシッポってウサギみたいに丸いんですね。チョット可愛いと思います、触らせてくれないかなー。



 *******


 コフィン・カフェの黒い扉は、デザイン的に細くできていて、人ひとりが無理なく通れる程度の幅。高さには余裕がある。しかも今回は、物理投影じゃなくて錬成で、できている。


 ライブラリに登録されたオリジナルは、船殻用合金のビーズを圧縮治金で適度な重量と無駄に頑丈な金属ウエハース構造に力場鍛造した物だ。


 情報次元の特質を考慮して分子構造の量子魔法陣が打ち込まれていて、将来的にどんな環境に転移しても情報連結が期待できる唯一無二の一品。恒星レベルの力場変動にも耐える扉に仕上がっている。理想を並べていたら、ちょうど良いところにいた探査船母艦デネブさんの力場工作機関のおかげで作れてしまった。


 現時点で問題なのは、扉の細さだけでなくソレが組み込まれたエントランス通路も同様に頑丈な事で、カフェに入る対象をスムーズにクリーンニングチェックできる狭い通路の工夫がされている。


 今、その入口に、紫水晶玉の大きなひとつ目を持った毛玉化け猫?…が挟まってもがいている。


 縦になっても横になってもお尻が通らない…戻ろうにも頭がつっかえる。表情のないひとつ目が、だんだん泣きそうになってきた。…オス猫のシッポもボンボンだけど、二つに別れてるのね。


 なんでこうなったかと言うと、メスのケットシーさんたちがオーケーを出したので、船主の太守ケットシーがお出ましになった。本人がコフィン・カフェの入口に引き気味だったのを、バーで一杯やってる隊長のメス猫たちが挑発した。


 よせばいいのに、オス猫の意地なのか、はやしたてるメスたちに乗せられたのか、…今に至る。監督が持ち上げてるテントなんだから、どっからでも入れてあげたのに、突貫してしまった。


 イイ加減にぐったりして来たオス猫を覗き込んで、メスたちがけたたましくネコ語で鳴いている。


「…春の『集合』の時、ブチ沼のムスメに色目使ってたわねぇ。私たちが後ろにいたのに、外にチョッカイとはいい度胸じゃないの。見えてないとでも、ホントに思ってた?…。」


「普通、アタマが通ればぬけるでしょうに! 腹がたるみ過ぎ、いつから部屋の外に出てないのよ、もっと動きなさいって、ズーッと言ってたでしょ。これに懲りたら、ご飯の時くらい皆のところに降りて来るのよ。でないと、船の横を走らせるわよ…マジで。」


 …マスターキーの自動翻訳がネコ語をカバーしてるとは、知らなかった。太守って偉いんじゃないのかね。奥さんたちにズタボロにされてるよ。


 ホントに鳴きが入る前に、なんとかしてあげよう。



 *******


 監督テントの一部が解放されて、斑尾キャラバンの中程度のピラミッドが一隻、店の空間に入ってきた。連結から離れて静かに進む砂船の甲板では、目立つ高さに威厳をもってひとつ目の太守が立っている。仕切り直しで、最初の入店は無かったことになったらしい。


 コフィン・カフェの黒い扉、実は通路がスライドして広がり、もう一枚現れる。両開き扉の広さにもなるのです。


 解放されたオス猫太守は、メスの隊長たちから顔を逸らしながら取り繕ってバーに進み、女神ロイドと鉢合わせた。しばらく固まっていた両者だが、お互いの眼力にパワーを込めて睨み合いになった。ケットシーは精神支配をヒュプノ眼力に乗せて、シルキーは、女神ロイドの身代わり防郭から解析と認証を眼光レーザーで。…ぶつかる眼力が情報次元に抜けて周囲の空気を張り詰める。…どちらも譲らない。


 やがて、先に疲れたオス猫が最初に目を逸らし、ちょうどカウンターの上にいた赤い猫と至近距離で目が合った。オス猫は固まったまま崩れ落ち、ゆったりしたローブのお腹を出して寝っ転がった。


 フカフカの腹を出したままタップリ数秒間は呆然としていたが、周囲の雌猫たちの視線に気がついて飛び起きた。


「ぼ、ボクは、いったいナニをしてたんだ…。」 しらんがね。by シルキー


 …多分、服従のポーズじゃないかなー。ダブルで!


 そんな感じで、可哀想なオス猫は、メス猫奥様…隊長たちの頼みで、正式な太守入店をやり直す事になった。入店した中程度の砂船は、大小のマウザー子供と保母マウザーで溢れていた。


 *******


 ケットシーは、精神支配によってマウザーを完全に隷属している。


 個々の自由意志を許さない程の徹底した精神の支配により、その一生を自分の手足として容赦なく使う。だが一方で、ケットシーは自分に属するマウザーを溺愛しており、その度合いは、メスにおいて特に顕著なものとなる。それこそ、最後には食べてしまうほど愛している。


 マウザーは、産まれた時から持つ記憶によって役割や所属がおおよそ決まっているが、何割かのマウザーは、成長中の何かのきっかけで親と別のケットシーに属することもあり固定した隷属ではないらしい。


 幼いマウザーは集団で保育されて、ケットシーに大切にされている。もちろん食事は、大人のケットシーより優先される。


 群れを支配するオス猫は、通常一体。ある程度の広さの森を支配する集団の雄は、太守と呼ばれ尊重される。群れには、独り立ちする前や食客として居着いている雄もいるが、そもそもの数が少ない。したがって群れを盛り守るのはメスたちで、結果、オスの食事の優先度は高くない。


 もちろんメス猫隊長たちの夫にして太守たる群れ唯一のオス猫は、尊厳をもって扱われ食事も悪くない…、だが、優先度は一番最後だ、いや、居候オスよりは先に食べられる。


 時には、飛び抜けて強いカリスマ支配猫が自己中心的な圧制を強行する事も無いわけではないが、太守は部族を守るメス猫たちの夫であって、最終的にメスたちの支持を失ったオス猫が群れに留まることは難しい。


 だから、メス猫隊長達に日頃なんと言われていようとも、一緒に食事に誘ってもらえる斑尾の太守は愛されていて、安定した部族と言える。



 ******


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ