表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/67

第53話: 斑尾のキャラバン

 

 ・ ・ ・


 知らない天井だ。


 ふかふかのフトン。気持ちの良い目覚め、瞬時に意識がはっきりして、覚えの無い板格子の天井が見えた。木と紙の部屋など、生まれて初めてかもしれない。


 …いきなり昨日の記憶が戻った。


 恥ずかしながら、狭い部屋の白い布団に横になったところから記憶がない。


 風呂と言うより、大きな桶で洗われた。丁寧な扱いだが、自分を調理前のイモのように感じて恥ずかしい。それでもタップリのお湯は、心底、心地良かった。


 問題は、その後だ。やはり木の板と滑らかな植物の茎で造られたスノコのような「身だしなみ」スペースで、私の手足と機動甲冑がメンテナンスユニットにセットされていた。…どうして、コレがココに…。どう見ても、私のユニットだ。


 十二歩譲って、甲冑をホールドしたメンテポッドが帝国の一般ユニットとしても、私の手足を調整してるのは、明らかに私個人のトランクだ。純正の内臓ユニットも一緒にある。


「勝手ながら、早くメンテナンスの必要がありました。セットしますと有料になりますがクリーニング調整が必要ですので、始めさせていただきました。」


 いや、だからソレは私の私物だ。どこかで失くしたメンテ用ギグトランクだ。


 口を開くが、言葉が出てこない。どこからコレが…、何をもって自分のだと主張できる…? しかも、原始的な揉みほぐしチェアーと並べて置かれている。


「オーバーコートの仕上げが、ニューヨークポイントで20、お手足のクリーニング全てで100。お嬢様のお身体をリフレッシュしますのに、もう100必要ですが、お使いになりますか?」


 なりますか?…と言いながら、デッキチェアーに私を横たえてトランクのアタッチメントを開いている。


「甲冑に比べて、私のメンテが高過ぎないか?…それに、このユニットに見覚えがあるのだが…どこで手に入れた?」


 喉元のチョーカーにイニシャル「A」のハートトップをつけたサーバは、わずかに呆れたような表情を見せた。


「ここは、迷い家、ですよ。迷って流れ着いた失せ物ばかりの仮の宿。どうしますか…代金を支払われますか?…お嬢様がお客でないのなら、流れ着いた失せ物になります。ここの商品として留まりますか?」


 意味を噛み締める。完全に解ったわけではないが、何がしかの理解はあった。


 ここにはルールがあり、逸脱はまずい結果に繋がる。冷静な判断が、いくらか戻ってきた。


「いや、ポイントで払う。今後、対価が生じるサービスは、事前に言ってくれ。」


 コウモリめいたカチューシャで振り返ると、サーバが初めて笑顔を見せた。


「残念です、承りました。…店主は良い方です。留まっても悪くは致しません。」


 それからしばらく食事や建物の他愛もない話を楽しみながら、サーバが擦傷や打撲に塗り薬を擦り込み、肌や髪の保湿ケアをしてくれた。揉み解される程に眠気が抗い難くなり、メンテナンス済みの四肢を戻して、サーバに手を引かれるように部屋に戻ると草を編んだマットの上にフカフカの布団が敷かれていた。余りに魅力的で感触を確かめようと横になった瞬間から、記憶がない。


 半ば開いた紙の薄壁の向こうで、天蓋の隙間から差し込む朝の光が奇妙な庭園を切り取って照らしている。そこにサーバが、格子パネルに手を添えて、膝を板敷の床に折りたたんで座っていた。


 サーバのチョーカーにAのハートトップ。後ろに石と白い砂を配置した中庭。


 昨夜、庭の向かいの一番離れた部屋で、紙格子越しの灯りが人影で揺れていたのを思い出した。自分の他にも客が居たのだ。不思議な感慨がある。


「勝手ながら、適当なお夕食をステイシスパックでお包みしておきました。身支度をお手伝いしましょうか?…ここに留まらないのなら、ご出立の用意が要りましょう。先ずは、カフェで御食事などいかがですか。」


 人工の内臓が音を立てる事はないはずだが、急に飢えを感じて腹が鳴ったような錯覚があった。コレも幻肢症状の一種か?…警戒を解いた覚えはないが、実のところ腹ペコだ。


 中庭の廊下に進み出ると、対面の部屋は開いていてカラッポだ。シルビアナは、素直にサーバの後について通路に出た。


 紙と木の迷い家を出ると通路のワゴンに腰掛ける子供二人が目に入った。大柄で鮮やかなプリントの薄いローブを、まるで花束のようにリボンで結んだ変わった衣装…、猫が一匹いるみたいだ。衣装に気を惹かれて顔を見過ごした。前を歩くサーバとよく似た女給がついていた。


「…メニューの説明を致しましょう。」


 目の前に実物そのままの食事が投影で並び、シルビアナの注意を奪う。匂いすら感じそうなメニューに誘導されて自然とバーの通路に足が向かった。…次の夜、ひとり砂漠で視覚を再生し、銀髪の子供に見覚えがあるのに驚いたシルビアナは、ちゃんと確認しなかった事を悔やむことになるが、この瞬間だけはメニューの映像を理解する事が何よりも大切だった。



 ******



 愚姉が出立した。


 サーバのアリスから、彼女らの手袋とサイニーソをプレゼントした…コレも初回ご利用特典のつもり。強度があり腕と足の大部分をピッチリ覆うので、当面の砂塵対策になる筈だ。


 もう少しサービスしても良かったのだけど、…アリスが愚姉をサーブする様子を見ていたらトゲトゲな気持ちがムクムクしてきた。私のお世話をするためのミミックさんの眷属がナントカナと仲良く話している。意固地な不公平感…、これは嫉妬なのかな。


 ファルコンの船倉にあったメンテナンス・キットは、返しても良かったが荷物になるだけ、逆に危険だ。なら、愚姉の進路上に時々コフィン・カフェが出現した方が現実的だろう。お風呂とメンテナンスは、全部タダでも良かった。


 でも、アリスがニコニコとシルビアナのお世話をしている光景を見て、気が変わった。有料、それも気分でお高めの料金設定にした。He理屈も抱き合わせた。


 自分でも心の狭い幼女と思うが、…良いのだ。…タダでもらうより、きっと愚姉の人生のタメになる。…そんなこともなんとなくあるかもと、クウも言ってる。


 ただ、たいした疑問も感じずに自分で納得した愚姉が不安だ。


 自由商人の国ヴェーダで、完璧なカモネギの素質を持つお嬢様が裏社会を渡れるものだろうか。幼女に危惧される帝国軍人て、ホントにどうなんだろう。


 ・・・


 ともかく、愚姉が扉の外に出ると同時に迷い家とコフィン・カフェの実体設備を分解し、最後に黒い扉の投影が暗転して消えた。扉の向こうの愚姉が急いで大岩の上に移動するのを察知して、第二形態の監督は、サイズを縮小しながら丘の向こうに消える。


 サーカステントを支えていた足長蜘蛛を見られたかも知れないが、追ってくる様子はない。しばらくして、丘の人影が海の方に駆けていく。


 昨夜の食事をお弁当にした時、トレイがわりにベラトリックスの冒険・原作者カット特装版絵本①〜②合本を入れておいた。ショーが思う処が有って(ヒマニマカセテ)発注したもので、たくさんの役に立つ注釈が絵のあちこちを囲んでいる。


 しかも可愛らしい表紙は、シリカ強化プラスチック製。小さなトレイとしても使えるが、特装版のエッジは焼入れした強度で、角がヒットすればデザートサラマンダーでも悶絶必至の硬度を実現している。夕食にデザートを入れてない代わりの、お子様おもちゃ…のつもりデス。…喜んでくれるとイイナ…。


 そうじゃなくて…。


 私が初歩的な事を愚姉に伝えないので、ショーの配慮と見た。


 岩山から海を見た愚姉は、ファルコンの侵入角が想定とズレたと考えて海沿いルートを選択してる。…でも、あれは蜃気楼、ホントは、見かけの数倍の距離が沿岸都市まである。


 私は、敢えて伝えてない。愚姉徘徊のゴールは、私をクローン材料に消費する決断につながる。姉妹であるかどうかは別にしても、もう少し、私とシルビアナには、時間があった方が良いと思うのです。…by シルキー…


 ・・・


 そんなこんなで監督が頑張って先行して、姉の進路を予測した路地裏に罠を張る…クモだけに。


 私は、その間も仮シルキーやラボと細々した問題を解決していく。コフィン・カフェは、日々進化しておるのです。


 半空間の神槍廃墟を利用して建設中のブラウニーズ・ラボラトリーでは、デカいイベントが始まってるそうだ。あるセレベンティス部族の族長の座を賭けたデスマッチだそうで、挑戦者が敗れたなら、捕獲した逃亡一族を凍結処分しなくてはならないらしい。


 しかも、勝ったら勝ったで、セレベンティスの大人の問題が難しい…みたいだ。


 何にしても、油断のならない超進化種族の狩合い。デネブさんと母さんが厳重警戒態勢に入ってる。あちらのチアキさんは、真面目な索敵係で超過勤務しているそうだ。もしかして酔っ払って寝ているクウと相棒なのは、二人をセットにしておく意味があったのかも知れない。考慮しよう。


 そして午後の終わり。ここと場所を定めてテントを展開したカフェに、想定外のお客様がいらっしゃった。ケットシーの砂船がテントを見つけて接近してきた。興味を引いてしまった様で、通り過ぎてくれない。船主をポットさんがバーで歓待の後、テントに船を入れて、宴会になった。



 *******



 整備済みの機動甲冑に身を包み、再び荒野と向き合う。


 朝と言うには日は高く、岩場の谷間には暑い空気が揺らめいていた。砂漠に不慣れな自分でも分かる。出立が遅すぎる。


 シルビアナは、工業用熱遮断素材のクロスをマントにして頭からスッポリ被り、バイザーを下ろしていた。腕と足はサーバに貰った消耗品の小物で包み、ブーツのふくらはぎにも熱遮断クロスを巻いている。軽いので苦にはならないが、クロスの断熱反射面のせいで全身金箔だ。効果は実感できるが、凄く目立つに違いない。


 岩の奥で低い連続音と砂塵の崩れる音が続き、突然、カフェの扉がのっぺりした影になり、霧散した。岩を貫通した通路の向こうに、幾つもの柱の様な物が交差して遠ざかるのがチラリと見える。通路が砂礫に埋れて直ぐに見えなくなった。


 急いで外に出るとブレードで足場を刻み、岩の上に駆け上がる。離れた丘の向こうに、大きな蜘蛛のような工作機械が消えて行くのが見えた。


 シルビアナは、ほんの少し昨夜を懐かしみ、気持ちを切り替える。腰に固定した愛用のバッグには、水とレーション…多少の嗜好品。その上にはシュラフや昨夜の夕食だったランチパックを背負っている。


 地図が欲しかったが、迷い家だから、まともな地図がある訳がない。士官学校での地表行軍訓練の知識が実地で役立つ時が来るとは思っていなかったが、今は、大抵のことに立ち向かえそうな気がしている。


 難事に立ち向かうには、まず自分を整えよ。…平常心を四肢の先まで満たせ。前を向いて、顔を上げ呼吸を整えよ。困難の向こうにゴールを見通せ…恐れるな。…教導師長の言葉が聴こえた。…踏みしめて、感じて、まず一歩。ほら、簡単だろ。


 皮肉な物だ。捨ててきたこの身の枷が、今になって私を導く。


 ためらうことなくシルビアナは、熱砂が揺らめく荒野に足を踏み出した。


 ・・・・


 昼間の熱射から逃げる様に岩陰を進み、陽が落ちてから距離を稼ぐため全速で駆け抜けた。吐く息が冷気に白くなってから、頃合いの高台で簡易シールドを張る。


 身体が隠れる程度の平らな岩の窪地。狼トカゲは、上からも来た。遮蔽物のない岩山の開けた頂がシルビアナの選択だった。見晴らしの良い塹壕に座り込む。


 シールドと断熱クロスの簡易テントでシュラフに包まり、体温の消費を抑える。夜を通して移動する事も考えたが、昼間に炎熱を逃れて休憩できる場所が無かった。夜明け前に行軍を再開するため、今は休息する。


 バイザーの照明でランチパックは、十分確認できた。暗視モードでも見えるが、食事に色がなくては興醒めだ。昨日の夕食のステイシスシールを破り、シルビアナは、サーバの選択に呆れた。


 小さな絵本の様なトレイをのけると、大きな陶器鉢いっぱいのスープに浮かぶヌードルが湯気をたてている。こんな陶器の鉢を運んでいたと思うと、無性に笑えてきた。…でも、温かい湯気に食欲を誘う香りだ。すり鉢型の器の下に三角のライスボールと焼き目をつけた詰め物料理が一品添えられていて、食欲をそそる匂いをさせている。バッグを固型化して台にすると、小さなトレイを載せて、プラスチックのスプーンとホークで口に運ぶ。


 初めての風味・食感だが、温かいスープの刺激的な香りが冷たい体に染み渡る。ライスボールの中にも調味した具材が入っていて意外に麺に合う。鉢のスープに浸された麺料理には、肉や野菜が絶妙なサイズでレイアウトされている。考えてみれば、コース料理のスープからメインディッシュまで全てひとつの器に凝縮して簡易化した調理と捉えられる。しかも、味わいが複雑で満足感も深い。


 荒野の真ん中にしては、どうして、この料理は完成されたディナーだ。笑った事をサーバに謝る。また、あの扉に出会うことがあったら、ぜひ料理の名前を教えてもらおう。味付けは濃いがサッパリしている。凍りつく砂漠の岩場でスープを最後まで美味しく味わった。


 器の底に現れた朱色の意匠が目に入った。記憶が衝撃をもって連結して義父の言葉が蘇った。


「これは鳳という伝説上の霊鳥を雷文…電磁力場で囲った意匠で、器の魔除ないし聖別と言われている。紅釉薬の均一な超微粒子再現が現代の分子制御技術でもってしても完全とは言えず、ここまで鮮やかな焼成赤発色にならない。地球のある地域でしか製作できなかった磁器だ。まあ、そこでは取り立てて珍しい物ではなくて「ドンブリ」や「ラーメンドンブリ」と呼ばれ、特定の料理のための器だったという説もある。聖別されているなら儀式的な料理だったかもしれないし、家庭での祝祭料理だったかもしれない。今となっては、推測でしかないがね。」


 何の判断にもならない、タレントは活性して沈黙している。ピースが足りないのだ。つまり、何かの答えがその向こうにある。直感がそう示している。


 公団の公開された通信ログは読んでいる。団長の布告もシリウスの宣言も記録からチェック済みだが、まさか…これが十三番目の星杯か?…今私が食したモノは聖別された食事なのか? …まさかねぇ。疑問がひとり口に出た。


「ラーメンは、料理の名前なのか?」


 …みそラーメンおにぎり定食、ギョーザ付…酒場で人気の晩ご飯。


 また、ハッキリと子供の声が聴こえた。索敵しても、誰もいない荒野だ。


 答える声があると思わなかったが、記録されていない。幻聴だ。

 貴重な水を消費して鉢を洗っておく。荷物になるが、棄てられなくなった。


 明日の為に眠らなくては…だが、落ち着かない。トレーにしている絵本が目にとまった。ちゃんと開く。可愛らしくデフォルメされた自然回帰主義者らしい少女が狼トカゲに襲われている。つい引き込まれて、絵の縁に細かく書き込まれた注釈も読み耽った。…早く寝なくては…。


 どこかから微かに…ピィーピィ、ゴロゴロ…、鳥のさえずり…笛の音が聞こえる。


 風の向きで、聴こえたり途切れたり。…獣が騒いでいるのか風の音か…、音楽的にも聞こえる。気のせいかリズミカルな金属音まで聞こえ出した。岩山のずっと下から谷間を伝ってくる様だ。何がいるのか知らないが、やはり、無闇に進まず、山頂で留まったのが正解だった。




 *******






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ