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第48話: プライム・タレント

 

 ローザンヌの短い夏が終わろうとしていた。暑かった夜が過ごし易くなりノルンのきらめく姿が雲間に見え始めると、新しい生活が近づいていると感じるらしい。


 孤児院では、学校に上がる幼年組の子ども達がソワソワしだして、マリー先生が一段と忙しそうだ。


 ショーは、ニューヨーク国に随分なじんだつもりだったが、そんな秋が節目の学校生活が意外に納得できてない。ローザンヌの季節感が梓翔太の転生記憶に近いだけに、馴染んだ春スタートの学校感覚が懐かしい。


 ベラトリックスさんは、ダンジョンと孤児院の生活リズムを続けているが、どうも出先はダンジョンではないらしい。宇宙の上で何か決定的な事が起こっているそうだ。そのため、半年前からロキが戻らないし、月の狩人のお姉さんたちもいなくなった。


 建前が研修で来ていたのだから、夏の終わりに学校に帰るのが当たり前と、誰も怪しむことがない。アービンさんが若手の狩猟者を雇って東ダンジョンの注文をさばいているので、そろそろ、ベラさんも手を引きつつある。


 治療院には、バゴを頼って司祭見習いが3人ほど来ている。ここを基地に、順番に田舎を巡回しているが、いつも1人はエストハウスの治療院に残るように、バゴが取り計らっている。


 ある暑い日に、異様な緊張がローザンヌの谷間を包んだ。


 空から降ってくる重苦しい圧迫を、誰も気づいていないようだ…が、この日はご近所のおばさん達も、早々に解散して、酒場の客が少ない。


 日が暮れてもその感じが続き、遠くで何か軋むような嫌な感じが強くなる。急に現れたデネブ妖精がボーとしている。そっと捕まえて覗き込んだ。


「デネ…デネ。大丈夫?」  …反応が鈍い。


「ぼっちゃま…、何か…ご命令を…」 …、なんかよくない感じがする。


「デネブは、ポッチャリでデブじゃない。」 ……!!


 白い妖精のドロップキックが炸裂したが、素早くいなした。

 ボクとて男子、手のり妖精如きに遅れはとらない、!…後ろから来た。


「アレは、ルド様の為に多めのナノマシンを蓄えていただけで、本当の姿ではありません…て、調整槽を覚えておいでですか?…意識脳波は無かったはずですが。」


「ロキが教えてくれた。予備のナノマシンは、髪と皮下脂肪に蓄えるって。デネブはエイリアス体にも船体にも資源を蓄える事が多くて、昔から気にしてるって。」


 立体投影の妖精をそっと顔の前に両手にのせると、実際に見えているはずの目を見つめて言った。


「ベラが気にしてる帝国の強制命令が始まったんだろ、嫌な感じがするもの。」


「坊っちゃまには影響しないはずですが、おわかりですか。明確な指揮系統にないエイリアスだと、囚われかねません。」


「デネブに命ずる。ボクのところでボクのために働け。デネブの全部でボクを助けろ。…これで良い?…ちょっとは楽になった?」


「ぼっちゃま…。」 …掌で手乗り妖精がウルウルしている。


「実は、船体が公園ユニットのテレポート圏内にあります。私がユニット回収するのが安全でしょう。海賊をおとりに使います。」


 デネブ配下の工作船アルビレオが擬態デネブ母艦にすり替わり、本体はこちらに移動中だそうだ。いざと言う時のためにコッソリ準備していたらしい。


 承認した。


 ボクの皇宮艦への支配力は未知数だけど、デネブ配下の艦艇はこれで大丈夫らしい。もともとカノープスでボクのメイド長だ。誰かの自由にはさせない。


 バタバタ足音がして、ドアのノックと同時にアービンさんとベラさんが飛び込んで来た。


「ショー!、頼みがある。酒場に来てくれ、アダーラとシャウラが不味い。」


 ボクは、ベラさんに抱えてもらって、急いで酒場に向かった。


「ハルモニアが、特殊なコード伝達をしている。ショーの明確なアドミラルが必要だ。直接触れている間に、私にも頼む。一言、「我に従え」だけで十分だ。」


 胸元に小さな手を当て、できるだけ真剣に言った。…「我に従え」。


 何か洞窟に反響するような重さが言葉に乗っかった。ベラさんがちょっとびっくりしたように足を止める。


「ありがとう、ショー。それで良い、2人にも頼む。」


 酒場の二階でリリーさんが介抱している2人にも、同じように胸元に手を置いて語りかけた。目を見開いたまま、気絶していたアダーラさんとシャウラさんは、数回深呼吸していつもの様子にもどった。


 いや、ボクに跪き手を取って口付けた。何かが繋がった感じがした。


 ジャージーさんとリリーさんが見ているが、構わない。アダーラさんとシャウラさんは、これまで見た事がないほど真面目…?…な様子で、ボクも真剣に言った。


「許す」 …自分で言ってて、…何を許可したのかわからないけど、2人は幸せそうに微笑んだ。


 そこにバゴが飛び込んで来た。


「私は大丈夫だけど、それ…私にもお願い。ショー、許すって私にも言って!」


 スピカのバゴには、なんか譲れないモノがあるらしい。


 少し軽めだけど言ってあげた。だから、不服そうにしないの。



 ******


 その夜は、何事もなく過ぎて…、いや、夜空ではいろいろあったらしい。


 デネブは、一時消えていたが、翌朝、無事の報告をしてくれた。


 ボクは、ちゃんと夜は眠って孤児院の朝の日課をこなした。シルキーも眠れているようで、安心した。


 アダーラさんとシャウラさんが手伝ってくれた。いつもと変わらない様子に安心したが、ちょっと親しげな感じがする。


 星の彼方でシルキーは、大丈夫そうだが、ベラさんになるべく早く相談しておこう。面白い仲間が増えて、また何か企んでいる。


 それより、やっと登場したシルビアナ王女の方が、ボクには心配だ。一応、シルキーのモトだし、明らかにいろいろ抱えている様子だ。


 ボクには、軍人の考え方がわからない。転生前を含めて経験がないので、ゲーム程度の知識しかない。普通に考えて、現状でシルキーの命を握る重要人物なのだから、軍が分かる人に相談しておくべきだろう。でも、シルキーの方が強そうな気がするのは、どうしてだろう。


 *****


 空の上では大変な事が起こっている様子で、マーレさんの近況も合流したデネブの本体から教えてもらえる。でも、ローザンヌでは、クラウドのニュース以外、これと言って変化もなく、静かな時間が流れている。


 いよいよ、年少組の年長クラスが公共学校に通う日がやってくる。そちらの方が、孤児院で大事だ。


 さらに数日後の夜、ボクは、重い無音の衝撃が孤児院のある旧市街を囲んだのを感じて目覚めた。


「カラーとハルモニアの重力障壁です。」


 デネブ妖精が教えてくれた。バゴが一緒のベッドにいる。直ぐにベラさんがやってきた。


「酒場組が町外れを偵察に出た。デネブ…以前と同じか?」


「軽い、薄い、焦点がない、この辺だとカマかけてるだけと思う。」


 ボクは以前を知らないが、言ってることは分かる。ザイオンに来る元になった事件のことだ。デネブは、それで身体を失っている。


「孤児院を出よう、みんなに危険があるんでしょう。」


 ボクの言葉に3人が暫く黙って向かい合った。リンクしては、いないようだ。


「東壁に行こう。可能ならダンジョンに入るのが良いだろう」


 ベラさんの言葉にバゴが頷くと、直ぐに行動に出た。いつもと違う子供用の作業着でベラさんに抱かれて、暗い寂れた街を駆ける。目立たない様に、通りや倉庫の屋根の下を通って町外れに向かう。


 緩い重力障壁は、陽炎の様に市街を囲んでいるが、昔のスタンビートの保存の為、いくつかの土塁や地下道が残っている。


 ずっと川の方で斥候のシャウラさんが誰かと接触したらしい。戦闘と言うより、互いに様子見。アダーラさんもそうらしい、互いに相手が見えていない。


 崖に小さな扉だけのダンジョン入口がある。裂け目を塞いだだけの入口で、普段は締め切りだ。その前の開けた空間に、影がひとつ降ってきた。


 何本かに編み込んだ長い髪、ぴっちりした硬そうな制服とゆったりした外套。よく見ると、つば無しの帽子をかぶっているようだ。どうやら帝国軍人風らしい影が扉の前に立ち、ちょうど空の霞からノルンの光が射し込んだ。


 地球の満月より明るい氷惑星の反射光が、可愛らしいと言った方がいいエイリアスを照らした。ベラさんは、ボクをマントの胸元に埋めると、話しかけた。


「カラー、そちらも本調子じゃないようだし、こちらは二人。会わなかったことにしないかね。」


 軍服?少女が、無表情に散歩でもするように前に出る。


「ベラトリックス教授。お忙しいようですが、せめて艦隊に行動予定を出してください。艦隊は、アトランティス産業大学への出向を止めるものではありません。艦隊本部に船体の登録を更新して下さい。」


 目を細めて、後ろのバゴを見る。


「それに、こんな状況で迷彩シールドを纏ったままでは、攻撃的とみなされても仕方ないですよ、スピカ。」


 いつのまにかバゴが前に出て、カラーにひと当てしたらしい。衝撃音がいくつか連続した。


「身体には、非接触か…、因果の断絶が入ってるね。」


 ベラさんの胸元に押し付けられた状態で言葉が聞こえる。


「でも、そちらも手が出ないだろ…、でもないのかな。」


 デネブの精霊石で辺りを受動スキャンする。簡単な相位機関を扱うくらいは、ボクだけでもできる。でも、それから始まったバゴとカラーの打ち合いは、全く判らなかった。ベラさんは、退避に専念している。


 これは、見逃してくれそうもない。そもそも、カラーは、何を求めてここにいるんだろうか。


 突然、不思議な光が散って二人の人間が現れた。空気の破裂音が遅れて響いた。


 ひとりは若く見えるが、多分年配の男性。ノルンの反射光では細かく判らない。色の薄い髪を後ろにまとめている。もう一人は男性よりも背の低い、いかにも聖女様といった少女。落ち着き過ぎていて、こちらも年配に見える。


 ベラさんが、息を詰めて身をこわばらせるのがわかった。


「ハルモニア、お久しぶり。そちらは、カノープス卿とお見受けするが。」


「その通りです。…ベラトリックス、旗艦命令です。艦隊に戻りなさい。」


 ハルモニアの鈴を振るような明瞭な言葉に、空がのし掛かるような圧力が込められている。旗艦コードが幾重にも埋め込まれた命令だ。


 ベラさんが強張った笑顔で首を振るのがわかった。


「作戦行動中だ、シリウスの継続した命令がある。すまないね。」


「ルド…、そこにいらっしゃるのですね、ルド・カノープス。お父様からお話があります、出ていらっしゃい。」


 父だそうだ、クラウドで写真を見る前に出会ってしまった。しかし、動きがぎごちない。張り付いた笑顔が、まるでピエロの化粧のようだ。


「ルド…、誰だ…、息子よ、父だよ。アレク…クラヴィア、ルドとは誰だ。」


 皆が、固まった。どうしよう、親子の対面が始まらない。


「ルド、いらっしゃるのよね。カノープスのお父様ですよ、出てらっしゃい。」


 ハルモニアは、押し切るつもりだ。どうしよう。


 イケメンのお父様が、ハルモニアに押されて、ぎごちなく前に出た。


「ルド…息子…誰だ。息子よ奉仕の道に戻るのだ、人類への奉仕…息子よ、アレク」


 お父様だとしても、そこの聖女様に何かされてる。戻せるなら良いけど、凄く嫌な感じだ。ベラさんの胸元を無意識に引っ掻いてしまった。傷はつかないが、慌てて力を抜いた。


「ハルモニア、あなたの大切な人間の意思を壊すのはやめなさい。どの基準で見ても悪趣味です。人工細胞の構成比など解析方法でいくらでも変わるのだから、人間をドロイドに強引に当てはめるのは、トーラス憲章から開拓地の常識まで全てギルティです。貴女の悪い趣味は、本当にダメです。」


 ノルンの明かりが陰ってハルモニアの表情がわからない。カラーとバゴのぶつかり合いも止まったようだ。


「ベラトリックス…。わかっていただきたいのですけど、今は時間が貴重です。カラーを、これ以上孤独の時空においては置けません。だから、これが最後です。旗艦命令です、艦隊に戻りなさい。」


 ベラさんが静かに首を振る。壊れたお父さんも、ハルモニアの傍で首を振り続けている。


 ハルモニアは、深く息を吐くと目を閉じた。それでもわずかの隙もない。


「とても新しい武器があります。効果があるかないか、全く五分。兵器とは言えませんね。でも、効果があった場合、目標の場所も状況も関係なく、因果の中で抹消します。」


 ハルモニアの傍にカラーが立つ。その手は触れる事なくすり抜けた。二人は、静かに天の一角、ハルモニア艦の位置を仰ぐ。


「これ程近くにいても、因果の断絶が触れ合うことを許しません。情報宇宙が司る時間線の摂理です。逆に関係性の因果を辿る兵器があれば、何処にいようと、どんなに守られていようと、この時空内であれば目標を必ず破壊します、論理上は‥ですが。」


 ハルモニアの前に小さなカプセルが、投影された。宇宙船の機関と思われるメカメカしいマガジンに装填された。


「反物質を微量含むMox弾頭です。残りの成分は、デネブの頭脳体を圧縮したもので、凍結中の船体に行ったのはコードを移した分体です。この弾頭がオリジナルだとしたら、さて、何処に飛ぶかしらね。」


 発射されたのは、遙か宇宙のハルモニア艦内。バゴの速度でも届くはずがない。


 荒地の薄明かりに立つベラトリックスを起点に、何かが歪んだ。


 見えるものではないが、空気が水飴のように粘り、同じ辺りの光景が鏡のかけらのように砕けて練り合わさる。


 ショーは、喉元の精霊石が砕け散り、眩い閃光がダンジョンの崖を撃ち崩すのを見た。…見た光景…数秒未来の光景を、過去の自分が見ている。数秒間に引き延ばされた自分が、水飴のような粘る時間の中で結果を拒否して別の時間線を求める。


 思考ではない。デネブへの扱い、父だと言う人物の扱い。全て怒りが結果への自然な時間の流れを否定してねじ曲げる。


 だが、僅かな数秒の時間で異なる結果に変わるはずもない。時間線は行き詰まり何千、何億、拒否の意思が砕けぬ限りループし続けた。それは生物の血管が破裂を迂回して成長するようでもあり、繊細な時空連続体に破壊が広がった。


 自然界は、自ずとバランスを保ち、宇宙の時空構造も常に小さな破壊から連続体を回復し続ける動的なバランスを守っていた。


 突発的な因果の破壊が、最寄りの安定にシフトする。ループして行き詰まった時間線は、遡ってより容易い因果の連鎖に再構築される。


 ハルモニア艦で弾頭は、発射されなかった。しかし、弾頭は、消費されていた。


 因果のバランスに反射した弾頭は、ハルモニアの艦内に着弾した。弾倉を弾が貫く。発射されていないはずの固有弾が、その唯一の弾を貫く。艦内を穿つ。幾つもの事象が確率的に揺れながら収束していく。


 しかし、そこにも現象を拒否する意思があった。


 皇団長、レオニスマルコ・コル・ボーダーは、王座から作戦司令室が焼け落ちるのを見た。一瞬の幻は、数秒後の現実に繋がっている。数え切れない幻が集まって、どうしようもなく現実に傾いて行く。


 王座のシールドが展開している。…服が焦げ、…床が閃光に焼けている。


 皇団長は、結果を否定して時間がループした。


 幻の中で、焼け焦げた周囲の人々が、それに気づかぬように同じ行動を繰り返している。死者の国にひとり取り残された皇団長は、ここで認めてしまえば、この光景が現実になる事を、本能的に知っていた。


 無数の繰り返しのどこかで、グレイス艦長を傍のシールド内に抱き寄せていた。


 焼け落ちる指令室、舞い踊る炎は人の形をしている。その向こうでエイリアスハルモニアだけが彫刻のように凍り付いていた。燃える長身の男がハルモニアを抱き寄せている。


 初めて対面したが、燃え上がる松明になっても見分けられる程度には、知っている。今のカノープス公爵、ゲオルギス・カノープス卿だ。繰り返す時間の中で、彫像のよう停止したハルモニアを燃える腕で抱き寄せて玉座…の向こうを見つめている…ように思う。


「ハシバミの目にプラチナの髪、義母はは上と同じ顔立ちだな…。私がゲオルギス・カノープスだ。」


 何処ともわからない、ぼんやりした空間で、圧縮された無数の光が平行した筋となって周囲を取り巻いている。カノープス卿とショーは、空中に立って同じ目線で向かい合っていた。


 ショーには、語る言葉がない。父だと思っていた男の知識に、自分の名が無いらしい。


「ハルモニアがゲームをしているつもりなら、チェックメイト。カノープスは、退場するしかない。しかし、カノープスは、義母上の孫を生かす事に成功したらしい。君のゲームは続いているぞ、本人にその気がなくてもな。」


 ここは可能性の狭間、幻に違いない。カノープス卿のイメージが背を屈めて顔を近づけ、和かに微笑んだ。


「義母上は、十分長くは生きられなかったが、アリシアが成人するまでの時間を共に過ごす事ができた。…君は、もっと多くの時間を持っている。それが私のゲーム成果なら、未来が得られた事で満足しよう。…スワンの認証を持って行くと良い。…良い航海を、…ルド・スメラギ、…我妻わがつま愛子いとしごよ。」


 狭間の時間が動き出し、また、一人になった。


 ループに鬱血していた因果の時間が、自然と安定に向かう道を見つけて一気に溢れ出す。時空の連続体を食い破るかに見えた断絶も、それなりの時間線に収束して、宇宙は、何事も無かったかのような日常に接続した。


 しかし、いくつかの痕跡が時間線の前後関係に関わりなく、残されていた。


 ショーたち三人は、誰もいない町外れに残されて、ベラトリックスとスピカは、覚えのない戦闘の形跡を身体と装備に残していた。


 重力障壁がローザンヌを包んだはずだが、観測された事実がなく、記録にない。


 天空のハルモニア艦では、全艦にアラートが響き、広範囲の船体機関が原因不明のダメージを受けていた。


 ハルモニアの記憶では、特殊弾頭は発射されなかった。火器管制記録に発射の事実は無い。だが、弾倉からデネブ弾頭が消費されていた。ハルモニアの機関は何発もの特殊弾頭に貫通されて重大な被害を受けている。だが、貫通の観測がなく、人的被害もごく少数。


 評議ホールで、王座のシールドだけが数え切れない破壊に耐えて損傷していた。


 シールドの中に、皇団長と団長に抱えられるように守られた艦長の姿があった。


 二人の服が王座同様に焼け焦げている。傷はその様子にしては軽く、直ぐに手当てすれば跡も残らないというが、皇団長レオニスマルコは、酷く衰弱して原因不明の危険な状態だった。


 特殊弾頭は、接近中のカラー艦をも数回貫通し、重力機関の不具合と併せて戦艦カラーを行動不能にしていた。太陽から内惑星軌道に待避するのが精一杯の状態。


 そして、ハルモニアにもカラーにも、攻撃を受けた記録がなかった。


 公団艦隊の中枢を行動不能にした未知の攻撃には、ひとつだけ手掛かりが残されていた。


 破壊された王座は、皇団長の認証を停止していた。


 被害を総括した司令部は、後に分析から得られた仮定のストーリーを報告した。


 ハルモニアの特殊弾頭の発射を巡り、タレント同士の相対戦が行われた。皇団長は、ハルモニア乗員を守り切ったが、王座は、団長でなく未知の相手をプライムタレントに認証した。


 未知の対戦相手の記録はなく、状況を運命づけたと想像されるカノープス公爵の激しく焼け焦げた遺体のみが、王座とハルモニアを遮るように残されていた。


 この破壊は、カラーとハルモニアの行動を長く阻害して、特殊弾頭の評価を絶望的に難しくしたのみならず、作戦の根幹に関わるデータを消失し、互いに整合しない残された事実は、戻す事が困難なパズルそのものとなった。


 ******


 公団艦隊の大規模な作戦行動は、終局の様相を見せていた。


 多数の艦艇がデブリを処理して、トーラス宇宙気流に繋がるランプ通過の安全確保を急いでいた。艦隊には、この狭小な接続航路が兵站補給の生命線にあたる。


 状況は極めて特殊で、司令艦2隻がどちらも機能停止していたが、有人艦隊に限れば被害は特に大きく無い。


 だが、カラー艦隊は、適切な補給なしに元の機動力を回復する事が難しい状態だった。


 補給の受け渡しには、因果の断絶が障害となる。断絶の解消には高機動航行による時間調整が不可欠だ。カラー艦隊は、作戦前に長い緊張を伴う航海をしたが、さらに、孤立して状況に立ち向かう事になった。


 指揮戦艦カラーと麾下の艦船が合流することは、当分望めない。だが幸い、ハルモニア本部艦隊の通信によるサポートが届く。各艦長たちは、再び乗員を鼓舞しつつ、困難に立ち向かい始めた。




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