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第45話: 強制的に、旅立ちの時


 シルビアナは、惑星ノルン離脱のタイミングに合わせて、チャリオット・ファルコンをヴァルキュリアの下部船倉から押し出した。いかにブリッジの乗員があまり経験していない惑星離陸といえ、航行中に船倉の開放が気づかれないわけがない。王都の宙港で、頻発するハッチとセンサーのエラー表示を大袈裟に修理している。


 アビゲイルの演技に感謝だ。


 ファルコンは、黒い球状の高密度モノコック船殻に、一見剥き出しのコクピットが埋め込まれた様な外見をしている。コクピットは、立ち姿のまま背中をホールドする円形ポッドタイプで、独りなら意外と広い。航法装置含め、最小限を更に研ぎ澄ませた造形の極致だ。


 光学シールドを強めれば、上面に刻まれたスワン王国の意匠も宇宙空間の薄闇に溶け込んでしまう。極めて滑らかでコンパクトに完結した重力推進は、わずかに距離を取っただけで検知されることはない。それでいて、ファルコンのオーブボイドは、瞬時に大型船に匹敵する深度の重力空間場を発生する。


 王家の重宝とされる所以だ。


 シルビアナは、これまでその存在を伝えられていても触れたことはない。


 しかし、一度ファルコンに主人と認めさせたなら、自分の手足と同じ様に自然に応えてくれる。そもそもシルビアナの四肢は、帝国製の作り物だ。いや、精緻で頑強な芸術品と言っても良い、オーダーメイドの美しい手足だが、シルビアナには、公団に繋ぐ枷に感じられた。


 船倉のファルコンには、意志というほどの自我はないが、一度リンクして繋がれば素直に反応が返り、シルビアナは自室に閉じこもりながら、ファルコンのシュミレーターモードに深く埋没していった。


 どこにでも行ける。…その万能感に酔いながら、生身で宇宙を感じられるサイボーグの身体にすら、初めて感謝の気持ちを抱いた。


 そして、初めて直に触れる宇宙。ファルコンのコクピットから感じる惑星軌道は、今までの操船と比べ物にならない開放感に満ちていた。宇宙に手が届きそうだ。


 シルビアナは、静かに離れていくヴァルキュリアを見送りながら、広大な空間の一点を見つめた。


 サイボーグ体の視覚が遠い空間に浮かぶ白い点を見つけ、ファルコンのコクピットは、目標の拡大解析画像と軌道航路を表示する。シルビアナは慣れた様子で、王国の遺産を彼女の未来が用意されているはずの祖地、グングニルコロニーへ、奪われた王家の墓のどこかにある秘密の部屋へ重力の舳先を向けた。


 *********


 映像でしか知らなかった「祖地」を間近に見る。


 巨大なコーンの外壁には亀裂が走り、既に無数の剥がれて飛び散る壁材が粉塵となって取り巻いている。駆動部で火花が散り、磁気ダンパーの性能をこえた歪みに船体がうねっているのが分かる。


 公団の残した監視システムの詳細が掴めなかったので、光学ステルスで慎重に接近する。目星をつけておいた外周整備ドックは、すぐ見つかった。コーンの回転に合わせて接岸するのは技術を要するが、ファルコンは苦もなくドックを捉えた。


 普通の航宙艦では、絶対に無理な入港だ。非力な作業艇にも、これはできない。通常は、回転軸の延長上にある入港施設か、可変同期可能なホイールに接岸する。このドックは、外壁沿いの作業用で、コロニーを離れるためのものではない。


 ファルコンの航行頭脳を通してドックの管理機構を解析する。大して高級な頭脳コアもなくナノボットがドックの開閉を監視していたが、既に機能不全をおこしているのか反応がない。罠の可能性も考えてシルビアナは調査に入った。


 施設のあちこちから信号の行先を調べて、生きている管理中枢を探す。全ての扉は、シルビアナを主人の一人と認識して彼女の望む場所への案内をしたが、見つかったのは破壊の跡のみ。彼女は諦めなかった。確かに王家の墓の管理権限は委譲されて、なんらかのドロイドが行動しているのだ。


 執念だけを支えに数日の調査で、遂に見つけた。


 コロニーに残された電池が、ある外付け施設に集められている。離れて観察すると何台もの施設維持ドロイドが外壁には取り付いて行動しているのがわかる。


 王家の管理権限が生きている様なので、ドロイド達の視覚が自分に反応しない様マスキング命令をまとって施設に入り込む。機械達は、シルビアナの単純な指示に従いながら、見えていない。彼女から離れた途端、操作されていた事も忘れた。


 施設は、一般的な公園だった。植物が生い茂って荒れているが、それ以上に混沌としていた。そこら中をおかしなゴーレムが行進していて、目的が読めない。まともに動くとも思えない剥き出しの部品が高い天井まで積み上がり、機械表面だけでなく、岩の窪みから草木の間までカビか胞子の様にナノマシンが埋め尽くして、高圧の電磁場を空中に作っている。


 これまでの人生からは、全く用途が想像できない空間が広がっている。


 信号の流れを追って、地下隔壁に潜入した。


 そこで放棄された幾つかのエイリアス育成カプセルを発見して、やっとマトモなログを呼び出せた。


「よかった…、1体は確かに育成成功している。」


 ログによれば、数か月前に確かに生存クローン1体をカプセルから解放している。分かる限りでは、この場所を用意した工事ドロイドの管理ユニットが保護している。


 記録によれば資源不足からか、成長促成のコントロールに失敗している。まあ、医者の処まで持ち出せれば、まだ成長コントロールは、間に合うかもしれない。


 公園に潜伏して様子を観察すること数時間、小高い丘状に地面が加工された平地に大きな樹木があって、そこには機材もドロイドも寄り付いていない。太い枝の葉陰に移って監視を続ける。正体のわからない女が住み着いて居る。


 女は高位のバイオドロイドに見える。表面的に随分損傷している。何かの代理体かもしれないし、本当に壊れているのかもしれない。


 雑多な機械が天井まで積み上がり、剥き出しのナノマシンが辺りを埋め尽くす様子は、どう見てもマトモな設計とは思えない。目的も機能も、それが有るとしてだが、シルビアナの知識では判らなかった。


 壊れたエイリアスというのは、本当に存在するのだろうか。


 士官学校の単独降下訓練で新人を怖がらせるだけの作り話だと思っていたが、急に自信がなくなってきた。木に登る訓練などした事もないし、葉陰から覗くと、ここは、そんな怪談に出てくる狂った機械の墓場そっくりだ。


 そして見つけた。小さな私…。想像していたよりずっと小さく、人形の様なフリルのドレスを着ている。サイボーグの視覚で拡大して詳細に観察する。


 自分で話す事も動く事もない様だ。自律的な運動能力に障害は無さそう…数歩だが立って歩いている。しかし、表情は僅かも変わらず言葉を発する様子はない。周囲の機械になされるままだ。


 当然だ、飾り立てて呼吸をしていても脳が空っぽだから、まさに生きた人形そのものだ。クローン部品は、そうでなくてはならない。


 つまり、この酔狂なドレスはあの壊れた女の嗜好と見ていいだろう。


 シルビアナは、カプセルに納められる幼い少女人形を詳細に監視し続けた。


 相変わらず外部に反応する様子はない。クローンの緩んだ表情と違い強い意思を感じた様な気もするが、まばたきのない瞳は無表情だ。


 フリルが多用された幼児のドレスは深い切れ込みが作られていて、貧弱な二の腕と短い足がハッキリ覗いていた。低重力に向かない古風な衣装は、シルビアナの幼い記憶を刺激して、白い滑らかな手足を強く意識させた。


 自分の芸術品の様な手足に遠く及ばない。寸足らずで短い…なまの手足。


 …あれは、私のものだ。


 シルビアナに、自分でも驚くほどの激情が湧き上がった。感じたことのない、魂を焦がす様な苦痛の感情。絶えて思い出す事もなかった嫉妬の感情が、押さえていた心の殻をひび割れさせて溢れる。堰を切って吹き荒れる感情の痛みに、シルビアナは、十年ぶりに声を殺して泣いた。


 ドロイドでも涙が出るんだ…。


 シルビアナの人工の眼球を、溢れる生来の涙が濡らした。


 …激情に任せて行動してはならない…未知の対象が多過ぎる。魂を掻き毟る痛みに抵抗し反発する。怒りの感情を掻き立てる。もう少し…あと少し…。怒りをエネルギーに変えて、行動の刻を待つ。未知の状況にひとつだけ明らかな目標がある。


「あれは、私の体だ。…ワタシノモノダ…」



 *******



 全身が痛い。…鈍い頭痛は間もなく治り、打撲のような痛みも体内のナノマシンなどの働きで徐々に薄らいだ。捻ったかもしれない…肋骨に若干のダメージ。


 意識を取り戻したシルキーは、埴輪ロイド達のログから何が起こったのか直ぐ理解した。自分会議室でタスク分割していた仮シルキーの自分達と一時無事を喜び合った後で、最新の状況報告を受ける。カプセルに監督とミミックさんのマスコットドローンが同行している事も知った。


 監督は、マルチタスクに不慣れな為、起動調整しながら、カプセル側のハエトリグモ型ドローンで、カプセルの収められた小さな船倉を探索中。


 ミミックさんは、コウモリ型のドローン。


 ミミックショップ1号を錬成するたびに店員さんが初期状態なのは不味い…ということで、経験値引き継ぎ用の頭脳コアをマスコットドローンに仕立てた。ハロウィン仕様マリオネットの髪留めに連結する事で、フレッシュな店員さんボディに馴染みの人格が宿る。私の1番のお世話役だから、錬成の度に新人では都合がわるいものね。


 今は私の胸元にぶら下がって、リボンのようにチョーカーを隠している。


 もう1匹?いた。チョーカーに貼りついた金の針が、暗闇で光っている。


 こいつとも、マシン語のプログラムで会話もどきができる。監督の仕様書会話と大して変わらないが、行動指示言語なので語彙が乏しい。詩的な表現で監督に及ばないものの、瞬時の受け渡しでは勝っている。


 それにしても、カプセルが開いていて保護力場が動いていないのでは、防御効果がガタ落ちなのはしょうがない。直ぐにシールされたが、その数舜に私は貧血を起こしたらしい。しかも、そんな事よりワルキューレスタイルのナントカナ王女は、私が壊れても完全に死んでなければ良し、と扱ったようだ。


 ダンジョン獲物のお肉扱いだね。ますます、スワン王家とかの評価が下がった。


 まあ、想像はつくよ、最初から王家存続の緊急事態用のクローンを育成したって、ログに宣言文があったからね。


 でも、監督のミスか、運命の悪戯か知らないけど…こうして人格が宿っちゃったモノはしょうがない。この際、転生かどうかは置いといて、こうしてちゃんとした意識と人格がある幼女は、断じてお肉や部品ではありません!


 情報次元的にも、それは言える。ただのお肉に時間収束に際しての運命線の挙動なんて関係ない。私は、現状に際して確かに情報次元の収束に貢献してる。ある意味、ナントカナよりも生物だ。


 という事で、押し入れ程度の船倉から反撃の準備を始めましょうかね。



 ********


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