第44話: 惑星強襲、公団視点
ノルンとザイオンの間に浮かぶ記念碑構造物、神槍は、ノルンと連惑星重力中心を二つの焦点とするコンパクトな楕円軌道を周回していた。そして今、その破裂しかけたコロニー宇宙船が青白いハーローに包まれて輝き始める。
およそ10kmを超える構造物もすっぽり飲み込む巨大な相位光線の空間が、周囲100kmほどの空間を青白い指向性の光で満たす。光線は途切れることなく宇宙を切り取り、神槍から剥がれた外壁を焼き散らし始めた。
「多数の破片が観測されていますが、光束に包まれた事で有意な計測データが減少しています。」
ハルモニアの作戦室に落ち着いたオペレーターの声が響く。主に、評議ホールに陣取った観戦者にあてた報告だ。
星系を俯瞰する作戦チャートでは、太陽を挟んだ対岸のカラー艦隊陣形が次第に瓦解していくのが見て取れた。変動する重力場を少しでも繋ぎ止めるため、ハルモニア側のミラー艦陣形が収束していく。
戦艦カラーが太陽をかすめる内惑星軌道を単独で進んでいる。船体を軽くする為、ほとんど全ての搭載機を放出して速度を上げている。
「操縦された破片が高加速で離脱中。小さいです、作業艇クラス。重力加速でカラー艦軌道と交差します。」
「重力加速の固有波形が照合できました。スワンのチャリオット・ファルコンに間違いありません。確認するまでも無いでしょう、出奔したシルビアナ艦長です。カラーに捕獲指示を出しますか?」
ハルモニアは、振り返ると皇団長に直接問いかけた。フラベルティ艦長が当然の問いかけをするエイリアスを不服そうに見つめた。
「致命的な攻撃を禁ずる。機関と身体の破壊を認めるが、可能な限り生かして捕獲を試みよ。」
王座のボーダー皇団長は、周囲とハルモニアにだけ届く声で答えた。
「さて、何を見つけたのかな…エラセド、無事に逃げ果せたらお前に任せよう。私は、カラーと彼女の残存飛行隊を越えられないと思うがね。」
ヴァルキュアのウインドウが2度点滅して皇団長に答えると、艦はハルモニア艦隊の内陣を静かに離れ、カラーの進路から大きく間隔をとって、星系を横切るヴェーダへの外周軌道へ進んだ。同じ軌道では、いずれにしても間に合わない。
…オペレーターとハルモニアが同時に首を傾げた。
「テレポート・デコーヒレンスと重力波形がデネブ母艦に該当する観測データがあります。記念碑構造物の発するハーローに被ってますが、複数の観測から80%以上の精度で、皇宮母艦デネブです…しかし、デネブは…」
「宇宙気流内縁で凍結しているのを分隊が監視してます。エイリアスのダミー分体が本作戦前に船体に入っているはずです。…定時報告に異常なし…」
ハルモニアも腑に落ちない様子。分体との量子通信の連結を強めリアルタイムの集中解析を求める…が、反応が鈍い。自動応答のロジックチェックを重ねても決定的な結果が出ない。
しかし、時は待たない。記念碑建造物の外壁が吹き飛び燃え上がり始めた。
宇宙空間でも炎のフレアは発生する。特に大コーンには、未だ大量の空気が残っている。作戦本部の星系図に複数観測機が捉えた立体的な高精細映像がアップされ、また別の困惑が拡がった。
「フレアが離れないな…星雲状の円環が取り巻いて見える…。スペクトル分析…該当元素がない。あの黄金色は、元素のフレーム発光と別物、微細空間場の縮退白光集合だ…。」
分析室のリーダー係官が、作戦図に割り込んだが、本部スタッフに理解の反応がない。
ハルモニアにもその知識はないが、多くのスタッフを乗せる有人公団艦には、皇宮艦にない地力がある。専門スタッフがそれぞれの最善を尽くしている。
星雲円環は輝きと厚みを増してビーム径の半ば以上に拡がり、光線を遮断する。
黄金色の渦巻く円盤に、燃え上がり捻じ切れる神槍が飲み込まれていく。接触面がビームのハーロー越しでよく見えない。
黄金銀河はビーム径を満たすと薄くなり、渦巻く樹状構造に細分化していく。ある種のフラクタル集合図形の様だ。ハルモニア艦の辺鄙な部局の数人の数学者たちが狂喜している。それでも、彼らがどんなに叫ぼうと観測部の映像精度は上がらなかった。時空が歪んでいる。
「60°-120°、時空バブル…膜境界、次元断層…群体励起…テレポート?」
部局から切れ切れの音声がもれでて、一つの言葉に集約された。
「もっと観測を! もっと詳細に!」
フラベルティ艦長は、艦隊行動に集中すべきか、調査研究の声に注意すべきか躊躇した。ハルモニアも皇団長も表情を変えない。
「デネブ発見。第二船体を閉ざすところです。発光群体の影でドック展開場面が確認できませんでした。」
「構造物の記録データから再現……、外壁か付帯施設しかありません、標的の確認…それらしい回収物がありません。擬態艦が、構造物にいたもかも知れません。」
ここにデネブがいるなら凍結している宇宙気流のデネブ艦が擬態か、複数艦いるのか…。
ハルモニアが続く指示を発信する前に、宙域が歪んだ。ハルモニアの重力破砕帯がボケて干渉縞が消える。ミラー艦群の位置がズレ、船体が軋む。
連惑星とハルモニア艦の中間に7つの紅い灯が見えている。そこから重力のジャミングがおこなわれ、ハルモニアも即応した。
盾と盾のぶつかり合い、干渉周波の先読みで互いに破砕帯を押し付け合う。
一気にハルモニアの重力波圧力が倍増した。
ハルモニアの下部半球船体が開いている…、ハルモニア下部区画に内蔵された半空間から、もう一隻のハルモニア艦が船体の一部をのぞかせて重力波の二重共振を始めた。周囲のミラー艦が振動波に翻弄されて行動不能になっていく。
7つの紅い星は、押し負けて破砕帯を避けながら消えた。艦隊からの砲撃が遅れて消えた空間を通過した。
*********
カラー艦の数百m上方で太陽コロナ域を通過するはずのチャリオット・ファルコンは、ひたすら加速を続けていた。1㎞作戦級戦艦と10m級宇宙艇のニアミス。正面から当たれば、勝負にならない。
カラー艦が赤道カタパルトで粘性チャフ射出。まともに突っ込めばヤスリで削られる様なもの。選べる軌道が無くなる。ファルコンが追い込まれた。しかし、速度は落とさない。ひたすら加速を続け、見かけの質量を保つ。
カラーは、扱い慣れた重力障壁を前面に押し出した。接触すれば失速する。無理に抜けたなら、太陽に落ちるだろう。ファルコンがさらに加速した。
皇団長の意を汲んだカラーは、障壁の収束を緩め、厚い空間場で捕獲を試みる。
なお、加速するファルコンは、その小さな船体に不釣り合いな、硬い強固な重力場を波動させ進路前面に重力干渉場の衝角を伸ばした。脆く鋭い断層空間場。
切り裂く衝角をバリアに、トーラス最小の戦艦は、最強の戦艦が纏う重力干渉場の一点を貫いた。巨大な空間場が鋭い断層を飲み込もうとして破断し、反動衝撃が双方を襲う。
捻じ切れる空間断層の脈動を縫ってチャリオット・ファルコンが太陽表層をかすめて跳ね飛んだ。コロナのカーテンに一条軌跡を引いて焔の水平線に消えたが、その真っ直ぐな航跡はクサリ状に捻れていた。
戦艦カラーは、離脱する極小の重力船を見送った。
重力機関同士の至近距離での干渉は、オーブボイドのスピン制御を歪ませていた。スピンの設計にない振動は航行と力場コントロールを大きく阻害して、両艦とも見た目以上のダメージを受けていた。
その間にも神槍を中心に拡がる黄金の発光粒子雲は、単純な角度が作るフラクタル構造を観測不能な程に細密化して、ある種の量子魔法陣と思えなくもない九十九キロメートルの黄金ディスクを作っていた。
それがあるレベルに達した時、星系を横断する相位光のビームは、凍りついた…と思われる。
展開する艦艇からは視覚でも接触でも観測できないが、ハルモニアの作戦図上で、確かに時間停止したビームが光速の移動速度を停止していた。半球構造物のビーム発光が続いているので、空間が圧縮されている筈だ。
アース星系に落ち込むデブリを弾き続ける艦艇には、見えない。実際の現象を知るべくハルモニアの観測・研究部門は、かつてない興奮に包まれていた。
ビーム内のエイリアス艦も時間停止に巻き込まれているのか、観測データが取れない。近傍に弾かれた艦艇がいるが、ビーム自体を視認することはできない。
「停止したビームに潜航して移動する艦船がいます。空間振動から推測して、おそらく三百メートル級…移動速度の論理値が計算できません。光速を超えてしまいます…重力焦点と同じく見かけの船影でしょうか…。ビーム内の艦艇が排除されている可能性があります。」
ハルモニアの作戦本部が、観測と研究セクションの暴走で少し混乱してきた。
さらに、時間が経過してビームがノルンの凍った地表をかすめ始めた時、星系図が表示できない現象が起きた。
人間でも目眩に似た重力のたわみを感じ、星系全体に奇妙な空間衝撃が走る。
辺縁の暗黒湾に浮かぶ半球構造物と長大なビームが瞬時に消えて、ノルンに接触しかけていた黄金の星雲量子魔法陣が反転した。後の詳細な分析でビーム全長がおそらくゼロ間隔まで圧縮して、発光源の半球が瞬時に、つまり超光速でノルン上空に移動し魔法陣に接触、消滅した。
観測をそのまま解釈すれば、伸ばしたビームの距離を固定して瞬時に移動する超光速航法が存在することになる。現象の解釈に各セクション議論は紛糾した。遅れて観測機のデータが集まる。
「ビーム内の中型艦、ノルン上空に瞬時現れ、船影捉えました。ID応答に反応…、皇宮艦ポーラスターの生存を確認。」




