第42話: チェンジリングには遅すぎる
アース太陽系の端から星系の半分の距離を内惑星に向けて光の柱が伸びてゆく。
勿論、宇宙空間のどこからもそんな光景は見えないが、ハルモニア艦内作戦本部の星系図には、ハッキリとその様子が俯瞰されていた。
発射と着弾に90光分の距離があると、作戦空域全体のタスクチャートは複雑怪奇な時間断片のモザイク画になってくる。読み解くのが作戦経過と共にさらに難しくなる。
それでも固有時間の相関計算は手を抜けない。
宇宙を形造る時空連続体は、数学者の想像したモデル以上にしなやかで、常に無数のズレが気づかれる事なく解消している。しかし、一線を越えれば関係性は分断して、時間線の分岐が起きる。当然、因果が断絶して情報次元の連結が切れれば物理宇宙の軌道計算は、とてつもなく複雑になる。
ややこしいのが、単に時間のズレ幅が因果の断絶に相関しない事だ。
ある宇宙船が、もし10光分のテレポートを実行したなら、艦内時計は、惑星上の時計より凍結していた10分間の時間が遅れる。長期間の高速飛行でも遅延が累積して時計が遅れる。しかし、その艦が適切な進入軌道で惑星上の宙港に着陸するのなら、何の問題もない。艦の乗員は、地上の家族より10分間ぶん歳を取っていないが、何事もなく、いっしょに生活できる。
物理宇宙の知覚の中で進化した人間に、情報宇宙の振る舞いを感覚的に説明するのは難しい。現在カラー艦隊が纏う因果の断絶は、他者からの接触を不可能にしながら、ハルモニアの重力場と干渉できるギリギリの時空連結を保っていた。
それは慎重に設定された断絶で、同じ亜時間線に偶然他者が入り込むなどありえない。作戦上に無防備をさらすカラー艦隊だが、外部から攻撃できる確率は、無視できる程の極小のはず…だが、幽霊船の一隻は1時間ほどの間に割り込んで見せた。海賊が惑星降下を、決まったウインドウの外でできると言う噂に真実味が増した。
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「まずい事になってる…ミモザから量子通信が入った。」
マーレさんは、祭壇に飛び乗ると、これまで構築していたパイロットモードの天球図を周囲に展開した。
「後、1時間ほどで百キロ幅のレーザーが、ここを直撃する。ここの鈍足なMMドライブじゃ、どう頑張っても離脱が間に合わない。化学燃料花火の方が初速は勝ってるくらいだ。」
祭壇の周りの広がるホロスコープに連惑星の降下窓を含めた軌道図が重なり、たくさんの軌道予測が砕け散って、一つの道が現れた。
「直前の離脱は目立つが、仕方ない。幸いコロニー回転軸の方向が良い。分離タイミグは光線直撃の20分前、ビームを遮るコロニーの影をたどってノルンの後ろに入る。問題は、選べる軌道が限られて神槍から余り離れることができない。コーンが盾の役をどのくらい耐えるか、それに光圧で破片がこちらに飛ぶかも知れないからね。」
「…40分後…。」 とうとう時が、来ちゃったらしい
シルキーは、マーレさんにリンクして細かい情報を受け取ると、マスターキーのデータベースを使って茶会会議室にタスクチャートを表示した。監督と助監督が公園のマシンドロイド達へ個別の指示に読み替えていく。
「10分前からカウントダウンに入る。」
マーレさんが宣言した。チャートにタイムラインが表示される。
コロニーの回転角速度を貰って脱出の初速にする。ジョイントの切断はミリ秒単位のタイミングで合わせないと、非力なMMドライブで軌道修正できなくなる。
真空中の工事ドロイド達が真ん中のジョイント以外を慎重に外していき、MMドライブの唸りが高まる。ドライブがジャイロの働きをして公園の振動が収まり、最後のジョイント磁気ダンパーが歪む。軋り音が天井から不気味に響くが、監督の計算では耐えるはずだ。
ジャンク部品から作られたジョイントの切断に若干の不安があるので、二箇所の同時切断を避けたのだ。非常用として、テルミット切断の発破もセットしてある。
祭壇の後ろ、丘の中腹に監督を囲むように工事建機達が集まり、要所の資材備蓄所には、急な船殻破断に備えて応急チームが待機する。ジョイント分離作業を終えた船外チームも同様に壁外に取り付いて待機する。
丘の上では、スパイダーとパイプブラザーズが作った安全柵を、たくさんのマリオネットが取り囲んでいる。そして、安全柵の中に脱出機に納める予定だったカプセルがハンモックされて、シルキーが収まっていた。
監督はプレハブドームに入れたがっていたが、シルキーは、公園が見渡せる丘の上を譲らなかった。この、大人なら担げる程のカプセルは、監督の最大限の譲歩だった。
入ったら身体を動かす隙間も無いようなカプセルだが、その密着と力場の働きで最大限の衝撃から保護されている。更に、シルキーに必要なナノマシンと生命維持機能が内蔵されている。
危機さえ乗り越えれば、錬成で形状変化も機能拡張も、いつでもできる。カプセルは、最小限にこだわった監督の力作だ。
「カウントダウン開始5分前。」
天井の軋り音を縫って、マーレさんの声が静かに響く。採光ミラーを閉じて薄暗くなった公園には、もう動くものはない。皆息を呑んでその時を待つ、…行列で行進する埴輪ロイド達以外。
あいつらホントに空気読まない。そう作ったの私だし、私の演算空間なんだけど…チョットイラっとくる時もある。なんかゴメンなさい。
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同時にいくつもの事が起こった。
白い影が桜の木から飛び、鈍い光が弧を描くと、スパイダーとパイプ屋兄弟が崩れ落ちた。影は私のカプセルに取り付いて、光の弧を振るう。安全柵とハンモックのカーボンワイヤーが簡単に切り裂かれて、乱暴にカプセルごと振り回された。
うっかりしていた、公園の空気に触れていたくて保護力場を起動してない。加速に振り回されて、息ができない。視界が赤くかすみ、意識が遠くなる…レッドアウト?…。
いつもシルキーを見ている監督が、真っ先に気付いた。
スパイダー達は、何が起こったのか把握できずに倒され、侵入者がシルキーを持ち去った。だが、警備ラインが全く反応していない。混乱する監督は追いかけようとして、できない事に気付いた。離脱シーケンスが始まっている。先回りして閉じ込めようとしても、全てのロックは侵入者を認証して止められない。
王家の墓の鍵が使われている。侵入者はシルビアナ・スワン王女。この場所の正統なる後継者だ。
マーレは、監督の緊急要請で会議室にリンクする。監督と建機達は機械とは思えない程、動揺していた。会議室の加速空間でマーレは、すぐさま状況を認識した。
周囲のマリオネット達の視覚を総合すると、白銀のワルキューレスタイル機動甲冑に身を包んだ女性サイボーグが、高速駆動でシルキーのカプセルを持ち去った。衝撃からシルキーの意識が一時的に失われているが、会議室の仮シルキー達によれば、既にナノマシンの防衛が活性化していて、身体に障害が残る事は無いらしい。もともと循環器の弱い身体だ、貧血を起こしているがカプセルの保護力場をこちらから起動してあるので、差し当たって生命の心配はない。
瞬時迷ってマーレは、カウントダウンのタイミングを先送りした。
会議室におかしなアイコンが浮かんでいる。ピンポン球に金の羽根が1本刺さっている。マーレが覗き込むと、羽根がお辞儀してバナナの葉みたいに見える。先日からシルキーの魔水晶に生えていた金の針だ。エネルギーを次元変換して増え、何かの法則性がある。
色々試した結果、ドロイド達がデータ交換に使う機械語がなぜか通じる事が判った。ただし返事はYESかNOのみ。…つまり、60度のオジキしか出来ない。
デルタ次元のエネルギー生物が顕在化してドロイド機械語のロジックに対応しているなら、由来は魔王城しかない。シルキーとマーレが不自由な会話で聞き出せたことは、ここで起こる事に必要があってゲートを通ってやってきた。それからフレイア船長とつながりがある、…この程度だ。
「ビームがもうすぐやって来る、もしもの時、シルキーの保護を頼めるかい。」
マーレさんの言葉に金の羽根は60度のオジキを返した。…まかせろ…という事らしい。
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マーレは分離カウントダウンを周回遅れでスタートした。監督にナノボットを使って侵入者を追跡する余裕を与えるためだ。
しかし、相手は王家の認証と帝国のID両方を持っているまともな訪問者、こちらは…ほとんど反乱軍。しかも、サイボーグの彼女は移動が超速い。
カウントダウン、マイナス90秒。公園ユニットの全ての開口部を閉鎖。ギリギリまで迎え入れていたナノボット達は以後は外郭に取り付く。公園ユニットの回収はマーレの達成条件だ。今シルキーを回収することを監督には諦めてもらう。
小コロニー区画の重量増加は予測範囲内。真空に耐えるナノボットが未だ集合中、外殻を覆い続けている。
カウントダウン、マイナス30秒。マーレが発声でカウントを刻み、監督と助監督がチームの行動をチェックしていく。
カウントゼロ。
公園ユニットを神槍に結び付けていたただ一箇所のジョイントで磁気ダンパーが弾け飛ぶ。テルミットを使わずに済んだ。
同時に振動に耐えられなくなった大コーン外壁があちこちで剥がれ飛んだ。
見た目は大規模な爆発のようだが、外壁の破片は薄くて公園ユニットと接触しても大した危険はない。これは念入りに計算済みの監督の演出だ。
コロニーの外周作業ドックの中から10mクラスのごく小さなマーブル型宇宙艇が破片を縫って飛び出した。残像を引くように超加速して公園を追い越していく。
黒い球体の上面をスワン王家の白い意匠が覆い、重粒子の光跡を引いて飛行する瞬時の映像には、白い機動甲冑に身を包んだシルビアナ王女が見えていた。
チャリオット・ファルコンは、名前の通り操縦席が外付けの珍しい設計になっている。飛行中の姿から帝国ではオタマジャクシとも呼ばれ、この十年間行方不明だった。スワン王家秘蔵の重力船だ。
監督は、その様子を見送る事しかできない…、訳ではなく、すかさず、カプセルに備え付けのコントロールボッドと相似連結する。
監督の本体が公園を離れる事は難しいが、もともと代理ボッドに連結してついていく気満々である。
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(補足)
廉貞船:アリオト船長
「ここまで公団の船が多いと、あたしにゃ不利だね。貨物船に化けられない。」
蓬萊仙(童子)クウ
「逆にめだつね。公団の補修艇に混じっても遠くまで行けない。影トビかね。」
竜宮倉千白
「こんな宇宙空間に龍脈がホントに在るかしら、ハズレたら私、役立たずよ。」
クウ
「サクヤ様には見えたらしいよ。八島の龍脈と違うかもしれないけど、次元連結は竜宮の十八番でしょ。もしも見えれば、縮地でボクが飛ぶからね。」
アリオト船長
「それより、高千穂がエライことになってるよ、外からの眺めもサクヤ様に伝えた方が良さそうだね。あたしは遠見だけで戦力ほぼないから、遠くで見てるよ。」
クウ
「それもアリかな、最悪、ボクだけでも飛んだ方が良さそうだ。重力ビームに潜れないかなぁ。あ、デカイ光線のビームなら境界ができて、陰に潜れると思う。」
チアキ
「龍相なら雷電に乗れないこともないけど、私、昔も今も事務専門で、もう何百年も昇天してないからムリ。」
アリオト船長
「桜にビームならクウが飛ぶとして、光線に乗るのは竜でしょ。本能でどーよ。」
チアキ
「私の心はずーっと白蛇よ。本能は雨降しだけだからムチャ言わないで。龍脈に居たせいで竜宮に召還されたけど、それだって、ひと月お寺で修行してやーっと顕現したのよ。」
アリオト船長
「まあ、どっちかが公園に行かないと、7つ星が浮上できない。まさか、この混雑した公団艦の中を、ウロウロと公園を拾いにいく訳にもいかんでしょ。」
クウ
「7つ星、間に合うかね。アッチでアリバイ作りしてすぐ来ても、星系半周でしょう。ギリギリだよ、さすがに遠いねー。」
アリオト船長
「相手は、ハルモニアと皇団長。それくらいしても危ないね、北斗は失えない。」




