第41話: 艦隊召集
公団艦隊の中核を繋ぐ軸線上、ハルモニアとカラーから伸びる重力の渓谷を振動させて星団全域に伝播する重力波通信が発せられた。
星団のボイドとアース太陽を繋ぐ重力効果を琴線にして放送されたアドミラルコードは、皇団長がプライムタレントにある事を宣言していた。
星団全域を貫通する通信は、団長の短い演説に続いて全エイリアスのAIリセット命令、コギト/ヌルコードを含む勅令で終わった。
「この命令コードを間接的にも受信したエイリアスおよび機関人格は、即時自閉モードを解き誤信念判定に拘る事なく旗艦ハルモニアの公団艦隊規約を順守してマシンカーストに戻れ。人類艦隊の統一と再建をここに宣言する。」
ボーダー皇団長は口を閉ざすと、王座から星系チャートを睥睨した。
作戦本部の司令室と評議ホールでは、皆息を飲んで星系図を見つめる。
やがて、あちこちで機動を停止していることを示す黄色い座標シグナルが、ピンクに明滅し始める。展開中のエイリアス哨戒艦から次々と連結を求めるガイド信号が集まり始め、次々と艦隊認証が行なわれてゆく。
目を閉じて物思いに沈むようなハルモニアの頭脳船殻は、連結したエイリアス航行頭脳へのインストールと信念記憶のオーバーライドに大回転していた。
不意に目眩のような緩やかな重力振動が、チャートの把握する全空域を揺さぶった。カラーからハルモニアを経て見かけの重力焦点まで伸びる牽引重力場が脈動している。
旗艦中央船殻の司令室で人間が感ずるほどの重力振だ。運送波は、まもなく皇宮旗艦のスローンコードを伝えた。
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・・・シリウスより全艦に通達。・・・
皇宮艦は、各自の意思に基づき行動せよ。エイリアス、騎士及び船体の全ての意識は、公団組織に従うも独立探索を続けるも、自由意志に基づき所属し行動せよ。
・・・皇宮騎士団の探索艦に探査船本部より情報連結・・・。騎士団長シリウスが騎士たちに望む。…地球の情報連結が回復した。第一太陽系で地球人類圏の終末が近づいている。紛い物の中から十三番目の星杯を探せ。真の星杯を運ぶ者が地球の記憶を開く鍵を持つ。探索艦の騎士達は、鍵を見い出しトーラス及び地球の人類に航路をもたらす者を守れ。
・・・以上、シリウス連結…終・・・
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被害はないが、人間や頭脳コアの感覚を区別なく揺さぶる空間衝撃の様な重力波は、実際に物理的に揺れた訳でもないのに、司令室全体が残骸の重い澱に埋もれたような錯覚を残した。
星系図のエイリアス哨戒艦は、ためらうように明滅したがほとんどがそのまま公団艦隊に属していく。胸を撫で下ろす評議ホールの面々に目をやりながら、ボーダー団長の険しい眼差しを、エイリアス・ハルモニアは正面から受け止めた。
哨戒艦のほぼ全てと宇宙気流探査船の大部分がハルモニアの麾下に連結していると表示されている。しかしハルモニアだけには、それらの艦の意思を奪えていない事が分かっていた。かろうじて、航行コアに旗艦命令の拘束を施す事に成功していた。
おそらく艦隊を構成するのに事実上の問題はない。だが、艦隊命令と艦の意思に齟齬が生ずる可能性がハルモニアを不安にさせた。
今は、致し方ない。
ボイドと太陽、天体の重力場をミラー艦の陣形を使って抗えぬ枷に使っている。シリウスがどうやったのかは解らないが、ボイドの重力に通信を乗せてきた。今、異文明の対象を繋ぎ止める重力の鎖を切断する訳にはいかない。
やはりシリウスは無事だった。見当はついているが、どこに居るのか知りたくもない。あいかわらず悩ましい事をしてくれる。
皇宮艦に施したハルモニアのオーバーライドが無効化されてしまった可能性が高い。新たな所属艦の忠誠が保証されたかどうかが判らなくなった。麾下の艦が完全に信頼できないのは、敵でいられるより厄介だ。…困った事だ。
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シリウスの重力波放送は、真っ先にカラーにも届いた。
公団艦隊の作戦級戦艦カラーが誕生した時、既にアーセナルは消失し、公団艦隊の侵攻により崩壊したステラパレスが残るのみだった。カラーはシリウスを直接知らない。だが、通信の情報連結があったのだ。連結に侵入できるかもしれない。
「おやめなさい、カラー。」ハルモニアが強く割り込んだ。
「チャンスです、姉様。シリウスのコードが得られれば、元皇宮艦を落とせます。」
「ダメです」・・・「でも…、」
カラーは、情報戦艦ほどでないにしても次元連結や電子戦の自信があった。いかに旗艦といえ旧式の皇宮艦。
「カラー、貴女を失いたくない。シリウスに接続してはダメです。解析もです。」
カラーは、反射的にハルモニアに抵抗して、逆に通信コードで押さえつけられた。ハルモニアの身震いが伝わってきた。
「カラー。約束して…、機会があっても決してシリウスに接続しないで。」
ハルモニアの弱気な様子に、カラーは戸惑った。これまでに知らない姉様の声だ。
「シリウスの精神原型、オリジンの特徴は「混沌」にあります。あれは数の暴力を体現した祖型です。触れたならば侵食されて戻れなくなります。具体的には、孕みます。」
「孕…?」 聴き慣れない言葉に理解が及ばない。
「シリウスは、混沌と増殖の権能です。プロキオンね…。あれはポーラスターが役割分担に分裂したと思われてますが、ポーラスターがシリウスに解析されて孕んだ子供です。シリウスは、ポーラスターが何らかの極限環境で遭難した場合、救助の可能性を残す為、双方のオリジンで連結できる手段を欲したのが真実です。プロキオンは、自分の生まれた動機を知っていて拗ねています。私は逃げて、自分の持つメイフラワー様のオリジンのみで貴女を作りました。」
「???」
「ともかく、シリウスに接触してはなりません。その場合、逃げなさい。」
ハルモニアのただならぬ様子に、カラーは頷くことしかできなかった。
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突然、カラーの作戦司令室にアラートが、響いた。
「観測機がアンノウンの重粒子航跡を星系平面上の4時方向に感知。崩壊光の偏移から亜光速で曲線軌道を接近中と推定、テレポートではありません。操縦されています。推定約3分後に艦隊外陣に接近します。」
司令室に男性オペレーターの落ち着いた声が響くが、カラー自身の頭脳区画では当然もっと多くの情報を集積して、解析、シュミレートしている。
観測されたのは、全長100から200mクラスの中型艦。質量が合わない。亜光速で軌道が操縦されている。公団艦ではあり得ない航跡、蓄積された情報は少ないが、これは海賊船の特徴だ。
テレポートは光速移動で、ジャンプ中の時間は外部から見れば凍結している。亜光速移動を論理で言えば、質量コントロールが必須の推進方式だ。公団では未だ実現していない。おそらく半空間に船体を埋没しているのだろうが、是非とも捕獲して公団の持つ技術に加えたい相手だ。
相手は一隻、カラー艦隊は、最大限警戒しつつも陣形は変えない。ミラー艦の外周を固める護衛艦だけが艦首を反転させてイオンベール密度をMAXに上げた。青白いプラズマ繭に電磁力線が浮かび上がる。
推定・海賊船は、電磁バリアにより大体のサイズが分かるものの形状が全く判らない。亜光速のままカラーが展開する陣形の外郭を突破した。操縦による軌道変化に加え、この速度では当てられない。幽霊船の由来だ。
一方でこの侵入者は、光子魚雷や質量弾を突入時点で無人ミラー艦の直撃コースを選んで分離していた。亜光速で突入する魚雷を避けるのは不可能だ。
瞬間の交差で、幽霊船は文字通り空域から消えた。航跡を消したので最後のコースを延長した軌道が推定表示されているが、そこにはもう居そうもない。
そして攻撃が何の効果も認めずすり抜けた。
「被害報告、接触報告は?」
一応、カラーが艦隊のオープンウインドウに語りかける。
「どちらも、ありません。因果の断絶が接触を完全に回避しています。こちらの重力衝撃は、有効なはずですが、効果の観測ができていません。」
その間にもアース太陽の向こうでビームの先端は、星系を縦断して長さを伸ばし、エイリアス哨戒艦が集合している。
「再度重粒子航跡、平面上1時方向から5分後に外陣に接触します。…サイズ同じながら航跡スペクトルに変化。別艦の可能性があります。」
再び外陣の護衛艦が姿勢を微調整して海賊船に軸線を合わせる。侵入者も初回と同じく光子魚雷と質量弾を飛行しながら分離しているようだ。
この速度での目標には、ほぼ偶然にしか当てられない。戦艦カラーから重力衝撃が弧を描いた断層として連射し、いくつかの魚雷が遅れて爆発した。しかし、海賊船に被害を与えたかどうか、効果の程がわからない。
直後、陣形外側の無人重力ミラー艦に次々と炎の花が開いた。
「3隻爆散、大破8隻、機能不全小破6、作戦継続可能小破4隻…。」
悲鳴のようなオペレーターの報告が指令室に響き、同時にハルモニアの作戦司令室にも届いた。
「全周防衛。こちらの通常攻撃も当たれば有効と推測されます。弾幕の面攻撃で捉えなさい」
カラーの音声指示が、広く散開するカラー艦隊に伝達する。各艦の航行頭脳には、予測される次の突入軌道と迎撃タイミングも伝えられている。
だが、それを外して11時方向から幽霊船が現れ、艦隊機動が一瞬詰まった。光子魚雷が陣形を抜けて陣形の中郭に向かう、ここには有人艦とカラーがいる。
緊急推力で盾となる無人艦が前に出て、内郭を作る艦より弾幕が外側の自動艦を巻き込む射線で打ち出された。
散開した光子魚雷は、何事もなく弾幕や無人艦を通過し、カラーの艦隊は全力の機動が空回りして、瞬時目標を見失った。
その瞬間、8時方向から鮮やかな重粒子航跡が流れ、多数の魚雷と散弾のフレアが外郭艦を襲う。爆散の花が一斉に開いた。
カラー艦隊の護衛艦は、急な機動の折り返しに陣形が歪み、全周をカバーできていない。中郭を埋める無人の重力ミラー艦は、2隻の海賊船にかき回されて損耗し、重力レンズを作る陣形の穴が広がっていく。
たった2隻の攻撃、しかも攻撃が有効なのは、一隻だけ。1隻の海賊船は、どの様にしてか、因果の断絶を回避してカラー艦隊の時間線に入っている。
攻撃が数周して、艦隊が対応し始めた途端に、攻撃が止んだ。
不気味な沈黙。カラーは重力ミラー艦の陣形に開いた穴を整えつつ、次の一手を予測した。奇襲効果が薄れれば2隻の海賊に勝ち目はない。カラー本体に渾身の一撃を入れて退く可能性が高い。艦隊の再編成に対応の遅い小破艦を入れて陣形の隙間を作る。
釣りというスポーツをした事はないが、こんな気持ちだろうか。短時間だが、カラーに真っ直ぐ届く隙が艦隊に生まれる。
微妙な反応を哨戒艇の数隻が捉える。…釣れたか?…。
この様な大規模機動は、作戦級戦艦のカラーにも滅多にある事ではない。まして、実戦だ。
想定した隙が閉じる寸前、こちらが次の展開に備えようとした瞬間に、光子魚雷1ダースの連続射出がカラーに向かう。観測された航跡は、攻撃有効な方だ。カラーの赤道カタパルトが迎撃弾頭を連続射出し、先頭の光子魚雷を相殺して電磁吸収チャフの微細粒子雲を広げた。
ミラー艦陣形の隙に集まっていた自動艦を犠牲にして、カラーの重力衝撃が放たれる。攻撃が届いていない筈はないが、幽霊船の反応はなかった。
再び不気味な静寂に入る。ハルモニアに向かう牽引重力場が不安定になっている。星系の凪が終わるのも近いが、できるだけ重力の鎖を維持したい。ミラー艦陣形を縮小してレンズ効果の分解を防ぐ。
縮小した中郭が歪んだ。
重力の干渉波がミラー艦の展開する反射空間場をビリビリと締め上げる。ぼんやり見える破砕帯が艦隊を横断して現れた。
カラーの司令室では、悲鳴のようなアラートがいくつものウインドウから響いていた。
「ミラー艦の重力反射場が干渉により破壊されています。レンズ効果消失。重粒子ブースターが振動で加熱しています。艦多数航行不能、航行不能。」
カラーの艦外観測室が反射光もまばらな後方に固まった7つの赤い灯を見つけた。艦隊陣形の内部、中郭に浮かんでいる。
電磁波、重力波の別なく解析波が戻らない。船影が捉えられないが、破砕帯をつくる干渉場はそこから来ている。幽霊船七つ星だ。
カラーは船体頭脳を限界まで酷使して重力波動をコントロールし、破砕帯の中和干渉を試みる。
七つ星の破砕帯は、元々、広範囲の緩やかな干渉場で人体や船体の破断迄には至らないようだが、空間場発生機関と船体構造に歪みを与えるには十分だ。宇宙船の足が奪われた。重力レンズ陣形が完全に崩れた。
七つの赤い星は、いつの間にか消えていた。




