第40話: 光の道とマスターコード
…単純な構造の筈だった。…可動方向はわずか二軸、鏡界面のオンとオフ…パラメータにしてわずか3bitのスイッチング…。
…制御機構がないだと、…全く、越後のモグラ星人ども、百年も何を見ていたのやら…。この反射殻が発する力場帯の全てが制御機構で、吸収力場で、放射空間場だ。光子核の波動圧から受け取るエネルギーを完全に循環させている。
これが、単純な制御機構だと……、…スイッチひとつでも、エネルギー流路に同化して循環の螺旋振幅の中でしか切り替わらない。設計思想が人類のものとは全く違う…、同化と循環を前提にしたエネルギー構造のインターフェイス。…だが、空っぽだ。…制御機構を満たしてコントロールの同化を循環させるだけの演算リソースがない。
六連円環構造の電子戦艦メタトロンは、古代の半球構造物のジョイント部分に無数のケーブルを伸ばして絡み付いていた。ケーブルの先端はさらに多くのナノボットに分岐して、施設の奥深くで増殖したナノマシンへ連結している。
古代の異質なインターフェイスは、解析し終えている。予測できなかったのは、発生した力場構造の規模と複雑さだ。単なる機能のオンオフに、これ程のリソースが喰われるとは。
反射半球と光子核を循環する空間場。時間と共に密度を増して表層を埋め尽くす力場機関は、メタトロンのコントロールに素直に反応して光子の波動圧を蓄積している。
同時に、同化して行う操作のひとつひとつが、わずかに絡みつく引力となって戻る。操作の反動は循環し、抗し難い引力となってメタトロンを絡めとってゆく。蜘蛛の巣のチョウ、蟻地獄のアリ。
圧倒的な同化の吸収力にメタトロンは腹を括った。既に自分を含むコントロールの構造は力場機関に近い側からデルタ次元への様式に分解し始めている。この循環の外へ脱出はおろか、意味のある報告を届ける事も無理そうだ。ならば、自分の機能停止を極力先に伸ばして予定の作戦を実行するまでの事。
エネルギーの螺旋循環が数回周回する先のタイミングで、連星と目標が適切な窓に入る。アース太陽系の重力変動による空間歪曲が射線に影響するが、計算済み。射線上の光速移動に問題となる自然障害無し。
ビーム径は約99Kmある。人工の障害物など誤差の範囲だ。
メタトロンの船体に圧縮された空間エネルギーが打ち寄せ、固有時間がブレ始めた。観測された事象のタイミングが信頼できない。もっと多くの解析に同化して、反動と引力を巧みに絡めてこの世界に踏みとどまる。目標と定めたエンゲージまでコントロールを維持し続けなければならない。
この時、電子戦艦メタトロンは、人類の記録にない次元領域に到達していた。船体を同化し分解しようとする圧倒的な次元の相変位を超えて、意思による存在の抵抗を維持し続けた。
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「だめだな、これは。」
高千穂で人間の集落向けに広く商いをしてきた大黒屋の若旦那こと、黒須米米は、狭い脱出艇の中で四人の腹心と肩を寄せ合うようにして、メタトロンが影の月に喰われていく光景を見ていた。
「先に紹介をもらっておいて正解でしたね。それにしても、あっけないですな。」
「記録してるな。何が役立つかわからん、ここも危ない気がする。早くアステロイド「黒の巣」に入るぞ。ヴェーダの店と倉庫をホールディングスの本部に登録中だから、帝国の住民票が取れ次第、黒の巣のメンバーはヴェーダでDAIKOKUビクトリー・ホールディングスの企業役員として表に出るぞ。」
「大旦那様は、本当によろしいのですか。若が里の店にお命じになれば、簀巻きにしてでもお連しますが…。」
「もう、その話はするな。オヤジは里を出ないし、大黒屋も出ない。だが、稲荷の錬成ライブラリーが持ち出せた。産業科学院に顔も繋いだ。商売始めのネタは仕込み済みだ。今でなければ、いつ出るのだ。」
大きな家ほどの鉱石アステロイド「黒の巣」は、外で売れそうな高千穂の産物をライブラリ登録するため黒須米米が何年もかけて内緒で作った施設だ。石炭袋の高千穂は、公式に通商ルートを持たないが、七曜の何人かは外との商いで里の不足を補っていた。
北斗の船長達も、海賊行為ばかりしているわけでなく、密貿易や一般に流通していない物品の取引が主な仕事だ。需要があって禁制の品でもない。なぜ、正式に商売しないのか、黒須米米には、いまだに理解ができなかった。
「黒の巣基地は頑丈だが足が遅い。始まれば帝国だって発信源を叩かないハズがないからな、逃げるぞ。」
「かしこまりまして、若。…社長とお呼びした方がよろしいでしょうか。」
「ヴェーダに無事に着いたらそうしよう。ところで、脱出艇の中は、落ち着くな。今後も会議をこれでやるか? 何というか、フィットした安心感が密談にちょうど良い。」
「そうですな、何で高千穂人は、狭い所に集まると落ち着きますかなぁ。」
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「ハルモニアより通達。対象のエネルギー規模と、射角と思われる構造体の方向が連惑星を捉えていることにより、対象の敵性を重大な危惧と認めます。各艦長およびスキッパーは、目標が射程に入り次第このまま個別の判断で撃ってよし。有人艦は目標から推測される射線に入らないように。正面はエイリアス哨戒艦が担当します。総艦隊機動に再度移行する場合、フェーズを指定して通達します。各人の奮闘を祈る。」
「艦隊中央打撃群、スケイルロングアローにて最大戦速。軌道接線で接敵と同時に右舷回頭、分隊ごと一斉射。まず満遍なく削って効果を見る。」
ハルモニアの全艦通達に続き、グレイス・フラヴェルティ艦長が振り抜いた指揮バトンの軌跡を、コンソールに取り付いたオペレーター達が麾下の有人艦展開命令に変えてゆく。
フラヴェルティ艦長は、ハルモニアを居住基地とする中央艦隊群の指揮者で、若さゆえ艦長以上の肩書きを持たないが、艦隊居住基地の艦長は提督に準ずる立場にある。そして、彼女の戦術シミュレーションスコアを超える者は、現世代の艦長たちの中にはいない。
通常、真空中の艦隊機動が密集したり直列するのは好ましくない。前の艦に射線を塞がれ、後続の艦はブーストガスや破片を浴びる事になる。
例外として、強固な電磁バリアやイオンベールに包まれた小艦隊の群が、全艦で創り出したプラズマ噴射流の道を加速の足がかりに、川を遡る魚群のように一体機動で駆け上る事がある。
フラヴェルティ艦長は、士官学校の論理演習でしかお目にかかれないような見事な艦隊機動を、作戦指令室の星系チャートに出現させて見せた。
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宇宙空間の距離を挟んでの艦艇戦は、旧世界中世の馬上試合に例えられる。接敵する迄の単調な時間が長く、攻防は瞬間。しかも、接敵の一瞬を有利にするための勝負の駆け引きが軌道の最初から始まっている。
しかし、今回の相手は鈍重で無表情。同じ明滅を繰り返す意味不明の相手だ。敵認識に意思疎通の過程を経ているのか疑問に思う艦長も居るだろうが、機動に入ってからは、目前の状況に集中するのみ。
光速移動できるエイリアス哨戒艦が、ジャンプ励起位置から最短の射線上に出現している。
テレポートが破れるデコーヒレンスの特徴的なスペクトルがハルモニアに連結する艦隊でも観測されて、星系図の推定表示が確定した位置と機種名に置き換わっていく。
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やはり早いのは、宇宙空間に常駐するベテルギウスなどの重力陥穽基地を緊急発進した哨戒艦だ。
宇宙空間にたたみ込まれた「たこつぼ空間」の陥穽空間は、入出港に一般にテレポートを使うが、外部に接続する狭い傾斜空間で光路が接近すると干渉により不意のデコーヒレンスがある。そのため基地を出るエイリアス艦は、間隔を置いて順次にしか発着しない。
ベテルギウスは、年老いた重力陥穽空間に設けられた哨戒艦基地で、重力障壁が破れ始めて渦巻状の通路が内外から見えているので、高出力船ならばブースターのみでも出入りできる。そこで小隊単位を連結して牽引射出し、初動が速くなる。
ベテルギウスは、リゲルと違い、隠蔽されていない離発着の便利な空間基地だが、後千年もしないうちに陥穽空間そのものが解消して消滅してしまうだろうと言われている。
これらの歪曲空間は、第五文明期以前に発生したと考えられていて、現在の人類文明では論理的に発生できても固定技術を持たないため、作る事ができない。見つけたモノを利用しているだけだ。真空中の空間歪曲障壁は、デブリどころか微細な宇宙塵も寄せつけないし、ステルス性は光学兵器を無効化する。
タコ壺の重力陥没が、さらに完結して次元断層の泡空間となった状態を半空間と呼び、次元ゲートで連結できる。これは陥穽空間よりも更に隠蔽性質に優れて、殆ど質量や重力を通常空間に生じない小さな別宇宙なので、次元ゲートに連結して移動させるにも負担がない。ただし、艦隊基地が入る程の泡空間は、未だ発見されていない。
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公団艦隊の再配置を待つ事なく、未知の半球構造鏡面から高エネルギーの空間衝撃が広がり、光子核を含む円盤状の脈動空間が裂けた。
後の解析でエネルギー順位のより高い空間と結合したと考えられ、発生した高密度の相位光線の柱が分散する事なく、真っ直ぐに植民二重惑星へ伸びてゆく。
拡散がないので、周辺の艦艇から直接視認で確認できないが、空間振動によるエネルギー量の観測と射線方向でビーム通過を監視すれば、星間物質への衝撃光を測定できる。
全ての情報が光速を超えてハルモニアの作戦チャートに集められ、径百キロ程度のレーザー光束が映像化された。約90分後に植民連星の間を通過する。
惑星に先端の直撃はないが、ビームはまだ続いている。射軸が変わらなくとも長く発射が続くようなら、惑星の公転により接触するだろう。
接触したアステロイドが強い光圧を受けて移動し始めるが、分解する程の破壊力はないようだ。やがて射線上の哨戒艦がビームに呑まれた。防護場のイオンベールが吹き飛ぶ事はあっても、船体を溶融する程の熱量は無い。
それでも長時間、相位光線の直撃に包まれると、電磁バリアだけでは放熱が間に合わず損傷する艦が出始めた。作業艇程度では長く持たず、発火する場合もあり得る。何しろ離脱しようにもビームに包まれると範囲が広すぎる。
電磁障壁やチャフフレア、光子帆など、艦の特性によるビームの遮断を試みるも、百キロの範囲では効果が見られない。
幸いにも計算上、惑星大気に直撃しても大規模な環境破壊は避けられそうだ。幾らか上層大気が飛ばされて、強い電磁パルスで敏感な機器が壊れるかもしれない。オーロラが赤道部でも発生したり、長時間照射が続けば、上昇気流から異常天候やハリケーンの発生もありうる。
しかし、巨大構造物による90光分の遠距離射撃にしては、素晴らしい正確さだ。何らかのガイドシステムがあるに違いない。観測を密にする。
データは、ハルモニアにも同時に渡されているが、作戦司令室の代表分析官が声を上げた。部署のオペレーターが検算を繰り返している。
「詳細なビーム経路が出ました。ザイオン、ノルンとも先端の直撃は回避していますが、…進路上に軌道構造物。記念碑建造物「グングニル」をビーム中心が直撃します。」
氷殻も電磁バリアもないコロニーコーンは、宇宙的には風船程度の強度しかない。薄い金属と炭素ワイヤーで囲われた数メートルの礫層など、僅かな時間で燃え上がる。
ハルモニアからの警告に従い、両惑星全域の管制が隕石警報を発令した。
皇団長を擁した王座の認証がアドミラルコードとなって星系に重力放送の運送波を満たしていく。
王座に座るレオニスマルコ・コル・ボーダーは、トーラス星団全エイリアスに対し、外部勢力の敵対侵入による非常事態をAI強制命令によって宣言した。
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(補足)
ニューヨーク国:水源クレーター:魔王城、シティブレインの間
施設長:パーン所長
「クレーターの地下遺跡が活性化している。渦流群体から万華渦流が離れて樹状群体になだれ込んでる。もし遺跡が相位変換機構なら、何かの形で物理宇宙に顕在化するぞ。」
マスターキー:ブリュンヒルデ
「…大丈夫。ターミナルに出現しない。突破口は既に開かれている…」
パーン
「フレイアとオベロン転移体も実体化するなら…、初めて本物の次元量子電脳空間が物理次元に現れる事になる。願わくば、我らに制御できる存在であれと祈る。」
ブリュンヒルデ
「初めてではない…、おそらく遺跡はザイオンに落ちた古代船の頭脳区画…万華渦流がかつての役割を取り戻す…はず…おそらく…うまくいく」
パーン
「そうあって欲しいと、心底願う。精霊王と女王の帰還が果たされんことを。」




