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第39話: その頃、孤児院では

 

 ニューヨーク国の首都、ニュー・マンハッタン地区は、地球のマンハッタンとは違って緩やかな広い丘が南国を思わせる鮮やかな内湾を取り巻く地形に広がっていた。内湾と丘を更に取り巻く弧を描く山脈は、海に注ぐセントラル川の所だけ巨大な力で抉られたかのように鋭く切れていた。


 街の一番広い中央大通りは、丘の上の立派な屋敷が集まった住宅街に海から真っ直ぐ登っており、道の突き当たりには、重厚な門を閉ざしたひときわ立派な屋敷が大きな庭越しに伺えた。


 屋敷の主人、バンダー・バーミリオンことBBは、1日の緊張を流し去るように一杯のワインを楽しみながら、整えられた庭越しに広がるマンハッタン港の夜景を眺めていた。彼の激しい気性からバンダー・スナッチなどと陰で呼ばれるニューヨーク商会の重鎮だが、一族の特徴からか、家族思いで親族との時間を何よりも大切にしていた。


 そんな男の元に次男の嫁からコールが入っていて、時間ができたら話がしたい旨のタグがついている。厳つい男の目尻が緩み、ため息が漏れる。バイオレットは、あのバカに勿体ないお嬢さんだ。話していてこんなに楽しい人物は、残念ながら周囲に限られている。若干の期待を込めてウインドウを開いた。今、彼女の邪魔にならなければ良いが。


 ********


 気持ちの良い夏の朝、孤児院の幼年教室にいたボクをリリーさんが呼びにきた。ビートさんとケティさんが絵本版ベラトリックスの冒険を読んでいるところで、ちょっと残念だけど、教室を出る。


 ケティさんは無事に男の子のお母さんになって、少し教室にも顔を出すようになった。ブレイズさんの人生に大きな影響を与えた「ベラトリックスの冒険」は、確かに面白かった。


 孤児院の1階には、そのベラさん本人とバイオレットさんがお話ししていて、もう二人いる。


「昨日は、美味しいランチをありがとう。この子がスミレよ。仲良くしてくれると、嬉しいわ。」


 ボクを見つけたバイオレットさんは、立ち上がって出迎えてくれた。後ろに隠れるようにはにかんでいる女の子は、お母さんにそっくりなスミレの目をしている。


 ボクが前に出てそっと手を出すと、恥ずかしそうに手をとった。うん、孤児院にも酒場にもいないタイプだ。ボクの周りにいる女の子はみんなグイグイ来る人…精霊ばかりだ。…おう、シルキーからチェックが入った。いっつも繋がっているわけじゃないのに、素早い反応だ。


 その後ろで興味深そうに見守る青年をバイオレットさんが紹介するが、自分で前に出ると、屈んでボクの手をとった。


「ブレイズの弟で、メノラーといいます。よろしくね。まだ一人前と認めてもらえないけど、義姉さんの店を含めた小売部門の経理事務をしています。」


 ブレイズさんとはまるで違う、スマートな男の人だ。ザイオンに来て初めてネクタイと背広を見たよ。ちょっとデザインが違って、丈が短いけど背広だと思う。


 ジャージーさんがミルクティーとババロアだかエクレアを出前してくれたので、明るい孤児院の談話室の窓際でテーブルを囲んだ。なんでも、アダーラさんが、ブレイズさんの荷物をまとめているそうだ。


 バイオレットさんもそちらに行こうとしたらしけど、部屋の様子を見てスミレちゃんについている事にしたそうだ。おそらくバイオレットさんが見る事で、ブレイズさんの精神衛生にクリティカルヒットするモノがあるようで、優しいアダーラさんが処分するらしい。アダーラさんが仕分けできるほどよく知ってるって、どうなのかね。バイオレットさんと仲悪そうに見えないので、一安心だけど。


 ひと通りのなんと言うこともないお話の後で、好青年のメノラーさんが説明してくれた。ブレイズさんのお父さんとメノラーさんの仕事の師匠から指示を受けて、急遽ローザンヌに来たらしい。


 ちょっとドキドキして聞いていると、メノラーさんが笑った。目尻がブレイズさんに似てる。


「お店も商品も心配ないよ。で、このグッズとランチの製造は、魔法錬成で合ってるかな。商会が問題視するのは、そこなんだ。」


 ボクは、素直に頷くと錬成レンジと旧時代のライブラリーが見つかった事を説明した。メノラーさん、その辺は聞き流してくれた。


「基本的には良いんだけど、一年後、来期の納税処理に問題が出る。」


 メノラーさん、そのためにわざわざ来てくれたらしい。


「通常の工業品と開拓農業生産品、ダンジョン採取物、そして量子魔法の錬成品で税制上の扱いが違う。この中で、錬成品が最も税率が高くて認可が取りにくい。」


 錬成モノは、個人消費や宇宙船などの特定場所だけの提供なら自由だけど、これを商品として不特定多数に売るには個別の許可がいるそうだ。


 ボクがビビっていると、メノラーさん笑顔で励ましてくれた。悪質で長期に渡るケースでなければ問題にはならないそうだ。でも、見せしめに摘発される場合がないとは言えず、そこを狙われる場合があるので、お父さんが途中の町にいたメノラーさんを来させたそうだ。…有り難いことみたいだ。


 で、実務上の詳細に入ろうとして、メノラーさんは、ベラさんとボクを見比べためらっている。幼児と仕事の相談をして良いものか誰だって躊躇うだろう。


 ベラさんが笑いながら話し相手を引き受けてくれた。でも事実上、通話ウインドウのエチケット画面とおんなじ、お話はボクが聴いている。


 要するに錬成商品を広く流通させるには、個別に専門家の評価をもらって認可を取る必要がある。食品から工業品まで多岐に渡るコンビニコーナー全体の手続きは、煩雑さと時間から現実的でないという事。


 べつの方法として、錬成からライブラリーまでを一括して、ニューヨークなら様式図書館、或いはヴェーダのアトランティス産業科学院に保証してもらう方法があるが、これは普通の事業主では先ず受け付けてもらう事が難しい。だから、試験販売として地域と数量を限定して数年売る間に、必要な商品から認可を取るのが順当だろう、と勧めてくれた。


 ボクはベラさんを見上げて、意見を求めた。


「産業科学院に私の教室はないが、知り合いはいる。でも、このライブラリーはアレクサンドリア館長の監修を受けてるんだろ。」


 ボクが頷くと同時に、治療院の方からやって来たバゴが窓から覗き込んだ。


「ショー、魔王城の様式図書館からシルキーライブラリーと錬成レンジの保証認証が来てるけど、商会に登録しておけば良いかしら。いつ請求したの。」


 シルキーの仕業だね。メノラーさん、クチをパクパクしてる。良い男がだいなしだよ、バイオレットさんが笑ってる。


 バゴに食ってかかるものだから、メノラーさんのタブレットに認証を送ると、食い入るように見ている。ため息がつきながら、ボクの方を向いた。


「確かに正規のもので、様式図書館館長本人とデルタターミナルの認証まで数分前に登録されてます。これは参ったな、こんな事初めてだけど…父の勘は間違ってなかったってことか…。」


 どうゆうこと?


「父さんに言われてるんだ、ブレイズ兄さんは色々問題を起こすけど、出逢いに恵まれていて、これだけはタレント並みの才能だと。」


 好青年のボクを見る表情が変わった。


「昔から思っていたけど、まさかね。父から君に会うように言われて来たけど、ハッキリ言って無意味なお使いだと思って来た。兄貴(あいつ)の後始末を義姉(ねえさん)のためにするのは納得だ。でも、君については口座がホライゾン・スワンでもバーミリオンが関わる意味がないと思ってた。」


 意味がわからない。ベラさんを見ると、ボクの前にデネブ妖精が実体化した。


「私から…、ぼっちゃまの口座は対外的には最高レベルのセキュリティーにありまして、口座名とクラス以外の情報は公開されません。この場合、口座名はスワン王国のホライゾンとなります。これは、スワン王家相当という隠喩です、星はそこにあっても夜明けに消えますからね。」


 よくわからない説明だが、習慣的なものらしい。デネブ妖精がメノラーさんにカーテシーで挨拶してる。カノープスは公爵家だから王家相当なのかな、シルキーの方が王家に近いような気がするんだけど、…クローンは予備の身体だったっけ、王家の事は何も知らないけど、もう少し注意しておこう。


 ともかく、好青年はちょいワル青年に様子を崩すと、どんどん先に話を進めてバイオレットさんのお店に合う小物の取引をまとめにかかった。いきなりストレートな業務提携に、ボクはストップをかけた。


 シルキーライブラリーは、一個人につながるライブラリーで、研究室規模の生産設備で潜像を転送している。物量の対応は魔法工学的に可能でも個人ライブラリーなので、突然停止する事があり得る。その時の保証がボクにはできない。今は、試験運転なのだ。


 メノラーさん、ちょっと考えて、全く問題ないと言う。試験運転なら、そう明示すれば良い。ずっとテストショップです、といって続けても問題ない。お客様に不利益を与えない方策を用意すれば良い…それを考えるのが経営の責任だと言う。なるほど、これがボクの仕事だ。


 有意義なひと時を過ごして、皆で美味しいデザートも食べた。ベラさんとバゴをバイオレットさんと残して幾つか書類を認証する間、スミレちゃんに孤児院を案内してあげた。9歳のスミレちゃんに今日はお休みの幼年教室を懐かしがられてしまった。


 昨日のお話しに出てくる酒場を見たがるので、そっと裏口から案内すると、ご近所さんの一人に即発見されて、連行された。スミレちゃんも一蓮托生だ。目を白黒…白菫させている。


 ご近所のおばさんたちには、バイオレットさんのお店を知ってる人もいて、スミレちゃんはボク以上にたっぷり可愛がられた。扱いがボクより優しいような気がする。バイオレットさんが探しにくるまで、このイベントは続いた。


 ********


 公園のだいたい中央、小川のほとりに半球状の投影スクリーンが、漆黒の宇宙と近傍に浮かぶノルンの煌めく惑星を写している。荒れた公園の草木や天井まで届くジャンク機材の支持架と鋭い対比を見せて、不思議な眺めになっている。


 シルキーマーレ・ホームカンパニーのプレオープンは順調で、女装ぼっちゃまの常識的な運営のおかげでマトモな成長が望めそうな気配だ。めでたい。


 監督たちに必要なのが、この常識さだと思うのだが、ここにはマーレ母さん以外に、それを持ち合わせるモノがいない。なんでかなー。


 ともあれ、鉄道とホテルを経営する一族と提携できた。9歳のネコ被りムスメから少し危険を感じるが、ぼっちゃまと釣り合いは良さそうだ。私との繋がりを超える事はできないので、ここは、バイオレットお姉さんを見習って暖かく見守ってあげよう。


 そして問題点があらわになった。


 やっぱり私のためのお店と一般向けの工場は、将来分けた方が良いだろう。お客様に不利益を与えない経営の責任。この言葉は、私にも響いた。


 私と独立した強力な魔力の供給源を見つけて、今、グングニルの魔水晶に付属している力場機関をコピーすれば錬成工場は即時完成する。公園に安全な半空間を取り付けて、そこに錬成工場を置ければ最適だ。


 現在、私の発電機と錬成魔法陣は図書館から借りた半空間で稼働している。ストレージ空間と私が呼んでるところだ。流石に潜像のままで発電機は発電しない。実体を持たせて、しかも私が持ち歩ける空間がこの半空間で、パッケージ差し替え機能の関係上、図書館と共有している。おいそれと作れるモノではないようだ。


 適当なマイクロボイドが見つかれば、魔水晶を増やす事も可能なので、監督にお願いして準備だけは進めておこう。また、タスクが増えて負担をかけるが、建機の皆んなへの信頼は揺るがない。


 ここを無事に脱出できたら、皆んなのベース基地を作りたいところだ。またひとつ叶えるべき夢ができた。




 ********


 (補足)

 影の月:表層施設、富嶽


 文曲船長:メグレズ

「気密された建物に入りなさい。入れったら、入りなさい。小林隊長、もう実力行使して下さいよ。」


 自衛団隊長:小林権堂1佐

「この連中は、いざとなったらタンクに押し込む。船長は、天文台の住宅を頼む。家族や帰りそびれた近隣の業者がいるはずだ。」


 高千穂天文台:陰陽寮:阿倍九院

「間違いない、影の月は光子推進機関ではない。確かに光波で推進するが、これでは恒星間速度に達しない。5期文明以前の陥穽空間発生機関を第8期文明が推進機に改造して、しかも、失敗している。」


 陰陽寮:桐洞狐弧

「どうして失敗と言えるんです。圧縮した空間を宇宙船にできたかもしれないでしょ。多数の移民船を一度に運べますよ。」


 阿部九院

「缶切り問題だ、缶詰の中の缶切りは使えない。七つ星の半空間が良い例だ。半空間の外に外殻船が必要で、それは半空間に入れない。」


 桐洞狐弧

「つまり作り出した圧縮空間が影の月に固着して移動できないと?」


 阿部九院

「その管制機構、中の缶切りはデルタ次元にあった筈だが、抜け落ちている。大昔の文明期に何かあって失われたに違いない。」


 桐洞狐弧

「六次元電脳とも違う情報次元の力場電脳、そんなモノ絶対に作れないでしょ。できるとしたら、どこかに落ちてる素元(もともと)の電脳空間を探して拾うしかないでしょ。」



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