第2話: はじまりの山
ゆっくりと周囲を確認する。なんか覚えているより解像度が高いと言うか、鮮明に見えるような気がする。そろそろ喉の渇きがやばい。奥が広がった岩の裂け目には苔や枯れ枝がたまり、動物の住処だったかもしれない。これもヤバイかも。
頭の中の自分は、意識のない間も再構築を続けていたようで、可能な限りのナノマシンを使って回路を構築していた。特に外部デバイスとの結合に成功して、かなりのキャパシティーを得ていた。
慌てて喉元に手をやると、結晶体とスライムが体に同化して皮膚が再生し始めていた。違和感はあるが痛みは無い、首に巻いていた白い髪の毛のような束は、細く崩れてほとんど残っていない。どちらもナノマシンを多く含んでいたらしい。
本来、自分のものでないイニシャライズされていないナノマシンは使えないはずだが、何か管理権限が残されており利用できたようだ。今は何よりも容量が欲しい。OSのインターフェイスが持っている機能はすべて構築する。
頭蓋骨内側の錬成回路が拡張され、基底部の保護魔法陣が強化されると、取り込んだコア結晶を起動できた。喉元に吸収された結晶体は、キグナスαのマイクロボイドコアで、それを包んでいたスライムは、糖質系量子コンピュータの一部だったようだ。
コア結晶のコントロールに含まれた固有名が判る。
デネブの精霊石。…今は、まだ、何のことか解らない。
精霊石の中心に大深度のマイクロボイドがホールドされており、必要なだけの魔力を供給してくれる。結晶内部に固定回路があり、その1つを励起すると錬成力場の展開・相位機関構築・投影を座標に固定と瞬時に予備工程の量子魔法陣が起動して目の前に少女の立体像が浮かんだ。長い白い髪を結あげた上品な女性で丸めた身体に服を着ていない。
そっと手を伸ばすと映像に触れることができた。力を少し強めれば幼児でも揺り動かすことができる。髪も肌も、どこを触ってもつるんとした同じ感触で、暖かくも冷たくもない。空間に投影された力場体だ。
しばらく挑戦して投影像の姿勢を動かすことに成功した。幼児の体を抱き上げさせ、歩こうとするがうまくいかない。力場体には構造があっても重さがない。摩擦もあまりなくて何かを持つとバランスが保てないのだ。
中の自分が必死にコントロールを広げているのが分かった。しばらくして彼女に幼児の体がめり込み始めた。力場機関の投影なので立体像の胴体の中は空っぽだ。静電気のように少しざわざわするが胸郭の中に収まり、映像の手足に質量をシュミレートする。
ライブラリーに見つけたハーネス構造を胴体の中に投影合成して幼児の身体をホールドすると、何とか上手く立ち上がることに成功した。胸元に頭を出して岩壁の割れ目から外を見る。日は傾き始めていた。
目の前に優美な双丘がある。裸はまずいと思う。少しパニくりながらも、中の自分が別の形質錬成回路と思われるシークエンスをいくつも起動して、小さめの分子固定機関…いわゆる錬成鍋の結像に成功すると、付属のライブラリーからインナーのようなボディスーツを選んで展開する。
投影像がブレながら収束して力場体の身体に固定された。同時に形質錬成力場が、周囲の枯れ枝や土砂をエフェクト付きで巻き上げ錬成鍋に吸い込んだ。座標陣を広げてスーツを体表上でラスタライズする。端から生地は画像を上書きして物理質感が広がり、最後に形質錬成場を閉じると土状の廃棄素材が錬金鍋のあった場所に散らばって落ちた。空間映像体と違ってラスタライズした生地には、触れた感触も質量もあった。
我ながら奇妙な格好と思うが、少女の胸元から顔だけだして移動を続ける。
こうしないとあたりが見えないし息がしづらい。ドラゴンの事もあったので足跡をできるだけ残さないように注意した。幸い投影体には泥もほとんどつかないし、服の質量のおかげか動きは格段に安定した。
調子が出てきて低木の斜面を数キロは下ったと思う。やがてまばらに苔や灌木が生え始めて谷間の林に入った。湧水を見つけ投影した手ですくい取り注意して覗き込む、普通にきれいな水に見える。胸元の口に運んでみる。
冷たい、美味しい水を貪るように飲んだ。一息ついたが、食べられるものが見つかるかどうか分からない。こうして力場体に埋もれていると、風や空気の冷たさは和らぐが、体温が保てるわけではないようだ。夜が近づいている、なんとかしなければ。
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それから次の日、一日中さまよった。
夜は林の岩場で壁状の力場を展開して風を防ぎ、布っぽい物をラスタライズして体に巻きつけてしのいだ。水は問題なく飲めるが、食べられそうなものが見つからない。鳥も獣も見かけないし、ベリーとか木の実すら無い。
服のように食料を錬成できないかと試してみたが、ライブラリーもメニューも見つからず、苔スムージーや苦いおが屑のペーストができただけだった。素敵なティーカップは造れるのに。
投影体にはまり込んで移動するのは、すごく慣れた。
ブーツや手袋付きのスーツが錬成できたので、数キロ程度はひと息で走り抜け、大きな岩場もひとっ飛び、少し人間を超えた気がしてきた。それでも、林の端が見えない。森と言うには木が疎でも、もしかして此処、何処までも樹海なんじゃないか、という気がしてきた。
3日目、見晴らしを求めて山の中腹を進む。
緩やかにカーブして続く山脈は、見渡す限り続いていて、谷を渡る時に水を飲むだけ、もう限界。意識が落ちた時も、中の自分の頑張りでいくらか移動できた。そのナノマシンのサポートも、体力がつきればおしまいだろう。
4日目、空腹は痛みを通り越して、夢の中をさまよっているよう。ひたすら移動するが、時間感覚も目覚めているのかもわからなくなった。
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(補足)
エマージェンシー コール
水源クレーター:魔王城、ニューヨーク管制:オペレーター
「光速テレポートのデコーヒレンスを外輪山北西に感知。ノルンの光跡に一致」
「スワン王国、騎士団長の警告に整合しますが、デネブの量子通信に接続なし」
「軌道上の公団艦隊、動きなし。ワイアーバンPA003、射出、2・1・0、TOC」
魔王城最奥、シティブレインの間:調整者フォーマルハウト
「デルタ次元で大深度の情報連結があった。『ゲー』に無関係ではなかろう。」
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頭痛に揺り起こされて意識が戻り、溺れるように息をすると、か細い泣き声が聞こえた。
部屋の中、ベッドの上で自分が声を上げている。恐ろしく大きな手がすぐに自分を抱き上げ、これもまた大きなスプーンで、甘いシロップかお粥を口に入れてくれた。頭が働かずただ飲み込んだ。何度も大きな手が体を拭いて水やお粥を飲ませてくれたと思う。
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その山小屋の主はかなりの老人だった、最初の印象は白髭ナマハゲ、動けるようになってからは、野生化したハイジのおじいさんにした。本当はあまり似てないが、大杉に囲まれた山小屋が大昔のアニメを思い出させたのだ。
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ある夜、扉をたたく音におじいさんが起き出してみると、家の前に布に包まれた子供が倒れていた。包まれていた布は女物の衣類らしく、他にも破れた厚紙製のブーツが落ちていたが人影はナシ。いぶかりながらも、衰弱した男の子をおじいさんは夜なべで看病した。
微熱と衰弱で、ベッドを出るのに4日かかった。この小屋には、おじいさんが1人で暮らしていて、ヨーゼフと言う汎用ドロイドが一体いた。麓に町があり、相当離れているらしい。
目覚めるといくつか尋ねられたが、言葉に違和感があって、ただうなずくことしかできなかった。後で考えると英語のみたいな発音の外国語だが、意味は普通にわかった。自動翻訳の類らしく、喋ろうとすると中の自分が動いて、同じような拙い言葉が口から出た。ただ、何を話せばいいのかがわからない。ボクは転生ですか、ともきけないし…。
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小屋の1階は全部がほぼ一部屋で、大きなテーブルの真ん中に囲炉裏みたいな暖炉があって、黒い四角い石が発熱している。薪も炎もない。二人でお米!のお粥を食べながら、ぽつりぽつりと聞かれる事を話すが、小さい子供なのでわからないのは仕方がない。ドラゴンや投影体のことは言わない方がいいだろう。昼間おじいさんが外に出ている間は、ヨーゼフと話をした。
ヨーゼフは、おじいさんよりひとまわり小さい、全身が赤茶けた毛皮に覆われた人型ドロイドで、腹掛けツナギを着けたヌイグルミのようだ。
最初に部屋に現れた時、我ながらあざといとは思うが、びっくり顔で固まっていると、「毛皮は強度や保守に効果的で、衣服は道具を身につける為」だと、優しく説明してくれた。
意外と低音で良い声で喋る。難しい単語が解らないような顔をしておいた。
ドロイドだからなのかヨーゼフとは話し易く、子供が聞くような単純で面倒な会話を、辛抱強くこちらが疲れるまで続けてくれた。間違いなく後で、おじいさんに報告するだろうが、今得るものはとても多かった。
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ここは、トーラスと言う世界のザイオン国、らしい、この辺りでは王様はいなくて、国中の市長が集まって決めた事を、役所と教会の働きで治めている。
ちょっと違った、…ザイオンというのは惑星の名前で、150年程前にトーラスにたどり着いた人達が3番目に入植した惑星で「福音都市」と「アマゾン」の2つのコロニーが入植してテラフォーミングにあたったが、途中で何かに困って福音都市はトーラスに戻って、後から来た「ニューヨーク」が、大きな盆地から海までのこの一帯をもらった、という事。
だから国の名前は「ニューヨーク」領だけど、トーラスのひとたちからは魔王国とも呼ばれるらしい、ダンジョンがいくつもあるそうだ。魔王が居るのか、と聞くとヨーゼフは笑って「いる」と答えた。
市長の役所がにんげんの政府で町を造って、スター教会はドロイドや精霊の司祭がうんえいする施設で、結婚や葬式、病院、孤児院など色々やってる。昔の教会は福音教会というにんげんの神様の建物だけ指したが、色々あって精霊のうんえい施設をスター教会といって生活の色々を助けてるそうだ。ただ単に「大教会」といえば福音教会の事で、ザイオンでは大きな街にだけある立派な建物で誰でも入れるけど、特定の人達のものらしい。
スター教会は、トーラスに来る前の、移民船時代の役割分担を引き継いでいるらしい。コロニー船では、航行と船体の維持、空気や食糧の用意を船長AIとドロイドクルーが担当し、乗客の生活に関わる市民活動を、人間の中から選ばれた市長が代表して、協力して120年もの航海を成功させた。コロニー船が役割を終えた後、一部の船長やクルー達は、姿を変えて人間と一緒に地上に降りたのだ。
トーラスには、7つのコロニーが、たどり着いた。
各船団は、みな100年以上も別々に航海したので、もともとの仕組みは同じでも、それぞれに変化していて、「福音都市」では、にんげんに特別な意味が強く「ニューヨーク」では、さほどでもなかったらしい。植民がうまくいかなくて宇宙に戻ったのとは関係ないそうだが、大教会は、神様を自由に選べて精霊が司祭を務めるスター教会を、教会とはちゃんと認めていないそうだ。スター教会の精霊は、もとの船長AIたちが変化した人工生物で、機械だから魂に関わることはできない、という理由だ。船長AIの子孫たちもまた、宗教が国中に強い影響力を持ち過ぎるのを嫌って、サービス組織を教会と呼んで言葉の意味をすり変えた、…ヨーゼフの話から推測するに、こういう事みたいだ。
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(補足)
エッダ領:スワン王国北域、カノープス公爵家、領主館にて深夜の会話
家令アン
「お屋敷が隔離されました。おそらく遠方からの重力障壁、戦艦の出力かと」
家令アルデ
「王家の時と同じく陸戦隊がいるはず。でも惑星上なら干渉隙ができます。」
メイド長デネブ
「それ程の干渉となると地上は無事に済みません。調整槽のルド様を私が!」
領宰アマルティア
「ご領主を精霊石で船体にテレポートします。IDはカラーです。ご武運を。」
猫です。この時期は特に首の後ろから毛がぬけて、コロコロが手離せません。
2話目です。アップの仕方が、猫にも少しわかってきました。




