第25話: モンタ ブートキャンプ
走る、走る!!ひたすら走る。塩辛い汗か涙かもう判らない。
「もうワンセット。」
後ろに張り付いて浮かぶボットのモニターから無情な声が響く。鬼か!
もう半月の間、隔離された軌道列車で、…で、警備隊の隊長にしご、かれている、いる、いる…意識が。…人工細胞でも、負荷運動は、有効らしい。…>_<。。。
汗が目に染みて、列車のジョイント通路で転けた。狭い気圧扉の僅かな段差に小指をぶつけ、もん絶中。小指を骨折したかも…、背中に電撃が走った! …!!…更に悶絶!
モンタ…モンゼツ。…密かな囁きが、希薄になった意識をかすめる。
覚えてろ、中のやつ!! …ギザギザの歯を食いしばって顔を上げると。
「周囲への注意が疎かだ。意識が逸れた瞬間が最も危ない。身を護るのだ。」
鬼だ、鬼がいる。ポーラと同じくらいの悪魔が…、なら大丈夫か。起き上がる。
「汗が目に入るのも、塩辛いのも、身体が出来ていないからだ。貴重な水分とミネラルを垂れ流していては、直ぐに干からびるぞ。汗は最小。塩は身体が慣れてくれば出なくなる。今が、大事だ。辛いだろうが、走るんだ。君はできる、大丈夫だ。さあ、動け!」
タラシだ、タラシがいる。教官の突然の優しい口調に、不本意にも目が熱くなる、視界がボケた。小さな体は軽いが、筋力も余力もない。ドリンクを補充しては、走る。
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軌道塔を走る軌道列車は、梓翔太から見るとなつかしさを感じる新幹線のDNAを残している。ショーの見立てでは、日本はトーラス世界では遺失しているが、コロニーを含む構造・技術の多くに日本由来の表情が見られる。GLパニックの前から日本の国としての存在感は無く、弱肉強食の自国優先国際ルールに耐えられずに鎖国に振れていたが、その技術や文化の一部は全世界に浸透していた。
軌道塔もその代表で、エレベーターと列車は日本のリニア新幹線がベースになっている。梓翔太にとっては日常の一部が残っているようで、懐かしくも嬉しい。
軌道列車は、4万kmの軌道塔と続く5万6千kmの線路を離れると、各客車からのワイヤーを絞ってエビ反り、先頭の動力車と最後尾を連結して丸くリング型になる。重力を作るためだ。イオンスラスタを使ってリングの自転を安定させ、月を越えてコロニー建設LP空域までの区間を惰性移動するのが、移民の乗船ルートになっていた。弱い重力で一定時間、検疫を兼ねて地上生活者を宇宙に慣れさせる。経済的にも効率の良いシステムだ。
この36両編成の軌道列車で単純計算だいたい1度に1200人の移民を月のむこうのコロニー船にコンスタントに送り込んでいた。実際に走ってみた限り、その倍でもこの列車に乗れると思うが、数週間暮らすカプセル寝台車だと考えると、そんなものかとも思う。
新幹線の全部を歩き通した事などないが、走ってみると、軌道列車がこんなに長いのが信じられない。知っている新幹線の客車より、幅は大きいかも知れないが長さは短い。それでも、先頭車から最後尾まで気が遠くなるほど遠い。これを走って往復するのがワンセット。自由空間に浮かんでリング形に丸まった列車が、最高速度で自転して1Gを作っている。
地球は隔離されているので、列車はもちろん定期運行されていないが、車輌はちゃんと整備されていた。それを1本編成丸ごと貸し切って、静止軌道の中間駅レベルに浮かべてもらった。乗客はモンタひとりだけ。マシンドロイドが数体監視兼世話係で同行している。
事の発端は、ワインだ。
収容生活を楽しんでいると、3日目の朝にジャクスン副駅長と言う人が、すごい剣幕でモニタ越しに話しかけてきた。駅長代理と副駅長はどっちが偉いんだ。
「紹介が遅れた。君の荷物の報告を受けたが、持っているルナティックワインを、今見られるかね。」
コレは、逆らったらダメな感じだ。わずかな荷物をさばくると、梱包材から黒いガラス瓶を引っ張り出して、プリントされたラベルを正面にモニターに近づける。
「これは…これは、あまり近づけなくて結構、有難う。テーブルに並べてもらえるかね。ラベルが隠れないように頼む。」
毛は少ないが、丸っこくて人の良さそうな副駅長さん、満面の笑みだ。
月のワインセラーの状況を聞かれたので、正直に推定数と状態を伝えた。連絡船の燃料に使われていると推測を伝えると、表情が曇った。わかりやすい人だ。
「君は8年ぶりの生存している使者で、しかもマトモに話せる。コレは過去数十年なかった事だ。コロニー憲章の地球月協定は知っているかね。」
素直に首を振る。
「アップルフォールによるエクソダスの後で、コロニーワールドは、実に30年間の戦争状態に突入した。いずれも疲弊してギリギリのところに、アルファ移民団の自動機械が大挙して戻ったが、良し悪しだった。いくつかのコロニーは持ち直したが、ぬるい戦争が激化した。」
副駅長は椅子を引くと、こちらに目線を合わせて座った。
「遂には地球月の隔離を無視する勢力もあったが、ストレージウイルスは強力で、幾つものコロニーが潰えたり、破棄された。月は特に資源戦争の中心だったから、酷いことになった。そこで、月の絶対不可侵、抜け駆け禁止盟約が全コロニーによる憲章として成立した。数少ない、実効性が保たれた憲章だ。」
彼は正直な人間のようだ、どうしてもワインのラベルに目が行く。
「地球と月は進入禁止だ、何も持ち込めない。だが、もともと月にあった物が出てくるのを、検疫はいるが、止める物ではない。地球は厳に隔離されているが、月の流刑者との盟約で、我々は君が地球に降りるのを止めるものではない。もとより、こちらには君の受け入れ義務がある。ただし、地上から戻った場合、君がウイルス感染の対象外としても隔離期間があるし、地球の生きている動植物は持ち出せない。そこで、君を見込んで、取引がしたい。」
細かい事は別として、副駅長の狙いは言うまでもない。視線でラベルに穴が開きそうだ。次の話は、ワインの安全性を検査してからだろう。
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副駅長は駅長代理を通じて、出来る限りのバックアップを約束してくれた。目標は地上で何某かの調査成果を上げ無事に月に戻ること。連絡船イカルガの整備と軌道列車の貸し出しを約束してくれた。真の最終目標は、ワインを軌道上に送り出す事で間違いない。
コロニーワールドにもワインはあるが、土壌に制限があってビール以外に良いものがないそうだ。月のルナティックワインは、好事家の間では伝説らしい。土壌と言うキーワードには疑問が残るが、アドリアーナからシリウスのワインについて似たような事を聞いたことがある。農園がブルーエストの土壌を引き継いでいるとか言っていたので、そんなものかもしれない
軌道列車の設備はだいぶ簡略化されていたが一人で使うには余りにも快適で、初めは気楽に構えていた。1週間かけて徐々に回転スピードを上げて、巡航重力を地球上に合わせた。後半が信じられない程辛い。
そして、副駅長の言うできる限りのバックアップがこう言うものだとは、想像できていなかった。理屈は正しい。…だが、納得できん!!
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「君の検査データを見せて貰った。」
ある日、収監中の個室でダラけていると、角刈りの、杭打ち機で打たれても平然としていそうな軍人? が、壁のスクリーンに現れた。安心し過ぎていて、不意打だった。
「正直に言おう、このまま地上に君を送れば、その日のうちに命を落とすだろう。ジャクスン副駅長の依頼を受けた軌道レンジャー第66連隊のジョアン・マクドゥーガル大尉である。これから君をアンダータウンまでサポートする事になった。」
暇なので、ごろ寝したまま朝食の残りのビスケットを咥えて、足指を動かしていた。慌てて起き上がった拍子に、粉砕されたビスケットがベットに散らばった。
「ふむ、歯は頑丈そうだな。歳は幾つになる?」
「培養槽を出て…多分、ひと月で、あります。」
雰囲気が直立不動でないといけない的な気がして、キオつけ姿勢で答えた。
ジョー教官のひと睨みは蛇の前のカエルの気分だ。…どちらもトーラスにはおらんかったけど、翔太の記憶的に。
「それは、何とも素晴らしい。」 … 「はぁ?」
「生後ひと月の経験で、自力で月の廃屋から地球軌道にたどり着いた。これは素晴らしい成果だ。しかも君には、明かに成長の余地がある。誇るべきだ。」
教官は、微笑うと意外に目が可愛い。褒められて、急に楽になった。
「地球月憲章により、アンダータウンを出た後は、通信以外のサポートができなくなる。その通信機も君が単独で地上の素材を使って組み立てる必要がある。それに、今の君の体格では、地上を歩くだけで重力に負けて確実に遭難するだろう。だが、心配はないぞ。このパシフィック軌道塔から出るまでのサポートを、私が担当する。確かに生後1ヶ月は幼いが、信念に不可能はない。君を最短で一人前の男にしてやろう。まかせたまえ。」
ジョアン・マクドゥーガル大尉は、いい笑顔で迫って来た。画面越しでなければ、ハグされていたに違いない。突然で、圧倒されて、頭が回らないが…、ゆだねて良いのか、この身体。恐る恐る、頷いた。
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…、…で、結果がこれだよ! サポートってもっと違う想像してた!
だが、だだが、明白にたた大尉はただだしい。地上は1Gななのだ、この列車で這いつくばばっていては、地上を歩くことなど…、ぜっったいに無無理なのだ。
だ、だだから、サポートは願ってもない、だだ。幸運。…ちくせう!
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(補足)
石炭袋:影の月:和国分遣隊北斗管制:入港施設、タカチホ
貨客船アルゲディ:エイリアス:アマルティア
「では、影の月は異種属の光圧推進器であったとお考えですか。」
高千穂居留地:神子:白山 ククリ
「この里の研究者は、多数の船団ごと星を渡る為の光子エンジンだと言っています。反射半球を分割して遠心重力を持つダイソン殻に転用しているそうです。」
戦艦アンタレス:エイリアス:アンタレス
「富嶽に人間乗員が多数いたのですか? いま居留地の人口はどの位ですか。」
ククリ
「侯爵家の皆様が揃われてから里の代表をご紹介しましょう。ここで百年経っても里ほどの居留地です。浅間の姫も白山も人の集団に依って顕現しています。人は我らを置き去りにできず、我らも人から離れなかった、そのための『人里』です。」
アマルティア
「貴女は本当に『神』なのですか? 失礼ながら普通に人間として解析できます。」
ククリ
「誤解されやすい表現ですよね。集合意識でもガイアの様式知性でも構いません、ある人間集団に属する記憶です。ここに来て自分の肉体を持つに至りました。」
巡航艦アルデバラン:エイリアス:アルデバラン
「以前はどうされていたのですか? そもそも地球にそのような人間を超えた知性がいたのなら、歴史上もっと登場していても良かったのでは。」
ククリ
「人を超えているかは、怪しい所ですね。我らの発祥は人のデルタ形質に間違い無いでしょう。人の魂に転生を繰り返す小さな連結、巫女に語りかけるだけの過去の記憶に過ぎません。そして近代、世界の人と集団の意識が物理科学に傾いたことで、我らの依る曖昧な薄闇が無くなった。神という名を失いデルタ次元の様式を消失した。日本が例外だったのです。神か物の怪か、いずれも量子電脳の時代にガイアの情報生命が産まれ続けたのは大八洲だけです。」
高千穂居留地:神子姫:浅間 サクヤ
「ある時を境に、我らの存在感はV字回復したのじゃ。神と呼ばれる世界中の恐竜どもが意味消失した後で、ホント、ラッキーじゃった。だが、大地から湧き上がる魔力をたぐって、黄泉よりも巨大な深淵に触れた時は、コレはダメじゃと思った。結局、悪徳商人どもからコロニー船を奪って飛び出したのに、ここでその『ゲー』に行き着くとは!…ククリが居らんかったら、まだ、彷徨っていたかも知れん。」
ククリ
「対話を取り持つのは、私の神性ですから、先ずは安全な場所に入れました。私達にとりトーラス世界は情報次元のジャングルです。姫も逞しくなられました。」
サクヤ
「言い方があるじゃろが。それに、桜だよ、地球の父上とも繋がった。間違いない。私の依代が両界で神域を顕現しておる。ガイアとゲーはほぼ同化しておるから、私だけなら渡れると思う。地球に浅間と縁のある人間がおれば、憑依できるやも知れん。」
ククリ
「七剣が七つ星の用意をしておりますよ。影の月の留守居を皇宮の御二方に頼る事になりますが、ハルモニアの目の前で、となると、やはり北斗を出さずに済ますのは無理でしょう。貪狼と破軍の船長に遊撃を文曲船長が北斗を、武曲船長はヴェーダから軌道をとるそうです。我らが口を出せることではありません。娘と公園を奪うのは七曜の考えに任せましょう。」
サクヤ
「久々の大舞台じゃの、宇宙海賊の血が騒ぐのじゃ。奥方とも盛り上がったぞ。」
アンタレス
「はぁ、それは何とも宜しくお願いします。柏手とお賽銭あった方が良いですか」
猫です。現実のなにがしかに追いつかれて更新ペースが遅れます。
なるべく、週1くらいで前に進みたいと思います。
よろしくお願いします。




