第22話: 魂のかけら
地球の地表を眺められる空の上まで無事にやって来た。間違いなく大進歩だ。
で、結局一旦、樽の中に戻された。
周囲ではマシンドロイドが消毒作業みたいな事をしている。
樽ごと別区画に移動して、体ひとつで短い通路を歩かされて、コパートメントに連れ込まれた。広くはないが、これまでで最高に文明的で心地よい個室だ。
荷物は少し遅れて、愛用のパイプ棒も含めて全て届けられた。少し安心した。
ベットに座っていると、向かいの壁がスクリーンだったようで、さっきのイケメンが等身大で現れた。
「私はイライジャ、このパシフィック軌道塔の駅長代理を拝命しています。会話が可能と見受けますが、話してよろしいですか。」
OK、きました、文明人の扱いです。下手にでてよかった。
ニッコリすると、イケメンが明らかに怯んだ。人間臭い精霊だ。
「ご親切にありがとうございます、宜しくお願いします。名前がありませんが、訳あってモンタと名乗っております。」
我ながら律儀だ、これでモンタになってしまった。
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イライジャが書類通りの調書を取るとイライザで応答する施設のAIを紹介した。
疲れたら休んで良いので、このアバター映像のコンセルジュと会話を続けて欲しいと言う。データ採りにしても順当な処置だ。思ったより地球は、まともそうだ。
そのまま2日勾留されたが、会話ができてトレーの食事が暖かい。何とカプセルタイプのシャワールームは下半身バスになっていた。お湯が張り付かない程度の重力もあるので、小さい身体を丸めればお湯につかれる。幸せを満喫する。
スクリーンを操作して、頭上に見られる地球の事を聞くまでは。
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地球には2か所の軌道塔があり、このパシフィック軌道塔とアフリカ軌道塔だ。
複線のリニアモーター鉄道と自走エレベーターが敷設されているが、200年間、どちらも定期運行はしていない。死者の反乱とアップルフォールがあったそうだ。
地球は、まだ、隔離されている。
パシフィック軌道塔は赤道近くの海上にアンダーステーションがあったのだが、長年のうちにズレてクリスマス島に降りているそうだ。地図で説明してくれたが、どっちにしてもインド洋のような気がするのだが、パシフィック軌道塔で間違ってないらしい。
ちなみに、今居るのは一番大きなセンターステーションではない。静止軌道の中間駅センターステーションは、整備車庫があるが無重力なので住むのに不都合。それでさらに外の終端トップ駅との間に外中間駅サミットタウンがある。人間の住人が生活する施設は、一番下のアンダーステーションのタウンとここサミットタウンだけらしい。
軌道塔はトーラスに無いし、お話にも聴いたコトがないのでわからないが、トップ駅を大規模にすると色々と面倒らしい。
そんなことより、月の「死者」たちの事だ。
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ある種の量子フィールドを参照光に使ったホログラム記録で、合成結晶ガラスに生きている脳の活動状態を写しとる研究があった。相位空間でホロ記録を投影し、然るべき設計の量子電脳AIの一部として機能させると、その人物の擬似人格を再生することができた。
開発の大筋は、南北アメリカ大陸の半分以上を占める拡大アメリカ合衆国でなされたが、記録方式の中核技術は、当時、孤立を深めていた日本からもたらされた。
経緯の詳細を即席でインストールできないので、今は大きく飛ばして話を聞く。
血流による酸素供給が止まると数分で脳の機能は分解を始める。その前、完全に脳の活動が止まる前に複数回の量子ホロ記録を取り、生前の一定期間の脳の活動電位ホログラムと量子電脳空間で補完合成しした相位記録を作り、再度、結晶ガラスに分子固定する。このチップから投影されるホロ画像を電脳空間回路の一部とすることで、生前の人物と記憶をAI人格として蘇らせることができる。
そんな技術が、ある時代に完成した、との事だった。
ホロ記録の投影は分子ピクセル相当の立体像だが、画像解析して部分的に記憶を読み出したり、情報を生きている人間に戻す事はできないと言う。当然だろう。
回路の一部として、任意の人間を音楽チップのように交換できるAIを作ったという訳だ。なかなかに悪趣味である。だが、心当たりがある。azs記憶と同根だ。
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azs記憶チップは後期コロニー公団のAIが必ず持っている必須部品の一つだ。
ホロチップのコピーは不可能ではない。しかし、量子ホロ記録であっても投影を別のチップに転写する時点で、どうしても劣化する。せいぜい3代目が意味消失の限界だろう。
その点、azs記憶チップは、当時まだ記憶キューブから投影されていたが、錬成ライブラリから元素固定で再現できた。再現したホロ情報のコピーではなくて、ライブラリ登録されたチップを錬成する事で、さしたる劣化なしにどの船団でも製造する事ができた。
オリジナルのライブラリーを含むキューブは、第一太陽系のコロニー建設公団がどこかに保管していたはずだが、AI発生初期の逸話は、もう伝説になっているので、正確な事はわからない。
その時代のライブラリ登録の技術には致命的欠陥があり、その後の人格キューブ製造において、azsチップと同じ記録様式のライブラリを再現できていなかった。
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人類が生み出した初期のAIは、地球を覆うクラウド情報や特定の人物との長期の会話を自己学習して成立したらしい。AIと言うよりコンピュータ・プログラム、機械のアプリだ。
その後、多くの人の添削努力と機械同士の論理チューニングで、機械としてのAIは、いくつかの代表的な製品として一応の完成をみた。ところが、ツールとしてのAIを離れて人間とまったく同じインターフェイスを目指すと、ことごとく全て異常をきたしたと言う。
異常というのは、強すぎるかもしれない。イライザから、この辺りを聞き出すことが難しかった。うんと遠まわしに、こう、無重力の霧に包むよう粘着して聞き出すと、極端な破綻人格に行き着く、と言う事らしい。政治は芸術だ、ハイル・バンザイ…だそうだ。
イライザの説明が理解できた訳ではないが、見当はつく。トーラスでも、よく似た経験の後で、エイリアスはマスターキーや船長から同じくazs記憶を受け継いでいる。
そう、azsチップだ。元々の出所は歴史の彼方に置き去りで、誰にもわからない。AI量子電脳の人格空間にこのホロチップ投影回路を加えるだけで、AI主体が、普通に安心して話ができるまともな成長をする。伝説の謎だが、ロジック回路でも記憶回路でもない、キャラクター回路に入る事で有効なのだ。
これは重要な事だった。ココロを人工的に造るには、論理機能と記憶機能を統率するキャラクターが必須だった。心は、この三つの部品で出来ている、と言える。
キャラクターは多分にイメージに依る所があるので軽視されがちだが、高度なAIにとってイメージこそが意思のDNAとでも言うべき要素だった。AIの「こころ」が外の世界に反応する時、ロジックでもメモリーでもなく、キャラクターこそが意志の根幹、自我の座所だからだ。
ホロデータの特性上、内容や部分的な解析ができないので、azs記憶と呼ばれるチップの実態は謎のままだ。無意識記憶とも呼ばれて、意識も記憶も呼び出せない。ニュートラルで非常にクリアーな、誰か人間の脳髄記録としかわかっていない。記録様式も特殊で、これ程クリアな採録のためには、元の脳髄が無事だったと思えなかった。
だが、わずか8ミリ程の結晶ガラスを量子電脳の演算空間に組み込むだけで、AIのまともな成長が保証されるのだ。標準部品になった。
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思い出に浸っている場合ではなかった。
そんな人格再生技術をどう使うかと言うと、功績のあった人物、国家が有用と考える人物の記録チップを政府が管理する施設に集めて、必要なつど相談役として活用しようという計画ができた。
最高にパーソナルなデータであり、個人の意思や人格を考慮すると、効果と価値は微妙だった。肉体的な負担や危険も相当なもので、晩年の採録が推奨されたが、自己顕示欲の強い権力者の中には、生前にいくつもの記録を残し、AIの自分を活用する者も稀にいた。
そんな状況を集大成したのが、拡大アメリカ合衆国のシャーマン大統領だった。
彼は、前任者が始めた「人類の知識の保管庫」計画を大きく変更して、月に「人格と記憶の保管庫」を造る事に執念を注ぎ込んだ。それは後世に、死者の復活に取り憑かれた男、と評価されるほどだった。
死者の記憶を扱う技術は、社会的な問題を多く引き寄せた。
軋み始めた計画は、シャーマンの希望するような、空の月を『人類の賢者をいつでも呼び出せる知識と良識の泉』とする事にはならなかった。
良識ある人々は、死後に自らを残そうとはしなかった。より多く遺された人格は、生前の行いを記憶から辿る必要上に回収された訳有りケースが多かった。
特に、独裁者、カリスマ的な人物。あるいは極めて特異な犯罪者、異常な研究者。残されていた人格記録は、平均的に見ても普通の一般的人格ではなかった。宗教的な社会現象を引きずる事もあり、これを社会に置く事は、時に、ひどく危険な状況を招いた。
そこでシャーマン大統領は、月の施設に秘匿情報庫を増設して社会の中に置く事が不適切な人格データを集め、管理を厳格化した。これは、犯罪者という括りではなく、重要度と影響度に分けて、遠隔操作のみで再生できる社会的隔離が必要と考えられる人格を月の最下層に置いたのだ。
そして、公式には「人類の知識を人格ホロ記録ごと未来永劫残す目的」に建設されたのが、情報庫「ワイズダムホール」だった。
施設は完成してのち、当然そこには、ヨシュア・シャーマンの人格記憶も、厳重な特別扱いで納められた。
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(補足)
アース太陽系:惑星ヴェーダの第5衛星ディンプル:探検家倶楽部ハウス
宇宙探検家協会:会長:リチャード・スミス
「宇宙気流からは、少なくとも八つの前史文明の遺物が見つかる。しかも、遺物はどれも破壊し尽くされて痕跡のみだ。気流に留まれば、いつか我々が九番目さ。」
探険船サザンクロス号:船長ミモザ
「でもなぁ、時代とスパンが解らんのやろ。まだ大丈夫は、人の性やからなぁ。」
スミス
「トーラスの時間の進み方は一様でない。考古学者は名探偵になる必要がある。」
ミモザ
「厄介やね。でね、ちょっと行きたいとこがあるんやけど。お願いできへんか。」
スミス
「らしくないほど、しおらしいね。私の他は誰が必要だ? 公団は私が抑えよう。最悪でも探検の成果は残したいからな。こちらも準備しよう、大物狙いなんだろ。」
ミモザ
「もちろん、上手くいけば凄いもんが観られそう…だけど、こればっかりはわからん。スタートは解ってるけど、結局、成り行きで上がるまで抜けれんと思うよ。」
スミス
「探検とはそう言うものだよ。でも、人間はそこをゴールと決めて止まる事ができる。そこが君らエイリアスと違う所さ。気にするな、君らは行ける処まで行け。」




