第21話: 月観測船イカルガ
五代皇モンタ、数奇な運命に翻弄され、ここに脳内報告を記す。暇だから。
月の施設、ワイズダムホール。…これは、あのカカシ含めてマッタク役立たずだ。
二つの葡萄農園ドーム。…神様がいるなら、これを残してくれた事に感謝したい。
日課となっている施設探索を終えてブドウジュースを回収すると、住処にしているブリーフィングルームに戻った。ワインも一本試してみたが、特に酔った感じもしないし完成商品をいただくのは少し悪い気がする。ジュースの方が美味しいし。
見つけてきた壁材の中にクッションにできそうな物があったので、カーテン生地で包んでベッドにしている。トイレとシャワーは壊れていたので、ブドウ農園を活用させてもらって、それなりの清潔を保っている。農園の管理機械がこちらを無視してくれるのが最大のラッキーかも知れない。侵入者として締め出されたら、生活はずっと悲惨なものになっていただろう。
そのためなのか、農園ドームの目立たない所で生活していたと思われる先輩のムクロをいくつか見つけている。ある程度の時間をここで過ごしていた気配がある。人工細胞の病気について知識不足なので、触らないように注意してロビーの観賞用小庭のようなスペースに埋葬した。植物は皆ドライフラワーになっているので問題ないと思うが、できれば外に埋葬したかった。通路のムクロ先輩も同様だ。探索し尽くして時間だけはあったから、気持ちの問題だ。だから、有機物が貴重とは理解していたが肥料タンクに持ち込むのは、迷って止めた。
自動機械は施設を抜かりなく清潔に維持しているが、それ以外の場所は全く無視している。ドーム内であっても、小さな人間用事務区画は廃墟だった。そこは、よく探せば収穫があった。観光用のサンプルか売れ残りか、シャツやスカーフ、ロゴ入りワインオープナーに石鹸など、よくある記念品が朽ちた棚に残っていた。
衣服は諦めた。もともと衣服の在庫が少ない上、全身の毛がうまく収まる布地が見つからなかった。剛毛が生地に食い込んでマジックテープ状態、見つけたTシャツを着ようとして危うく脱出不能になるところだった。中のやつが笑い転げてるのが、後で薄っすら伝わって来た。まあ、楽しんで頂けて何よりだよ。
いろいろ便利なので、薄くて頑丈なスカーフを首に巻いてピンクのリュックを背負っている。気に入ったとかじゃなくて、選択の余地が、これだけしか無かった。よく考えなくても裸リュックだよなぁ。
もっと人間らしい見た目なら、間違いなく変態だと思うが、独りなので許してくれ、特に中のやつ。…どういう訳か、優しい賛同の気持ちが伝わって来た。何だろね、不気味だ。
そんな日常がマンネリ化して、ウサギの餌をジュースで流し込んでいると…、
ワイズダムホールのブリーフィングルームに不明瞭なアラートが響いて、正面スクリーンの一部に文字が並んだ。言い回しが古いが問題なく読める。
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観測船イカルガ .. 代用連絡船が、上空軌道位置に到着。
燃料ユニットを軌道に電磁投射 。
ユニットとイカルガ .. のドッキング…… 成功。
交換燃料ユニット、イカルガ:ケーブルリフト、降下開始。
交換燃料ユニット、回収終了。
コパートメント、固定位置へ。アンカー接続。気密テント設置完了。
ケーブルリフト、連絡員は搭乗手続きの入ってください。
連絡員は搭乗手続きの入ってください。
連絡員は搭乗手続きの入ってください。
連絡員は搭乗手続きの入ってください。
・・・・・
・・・・・
表示されなかっただけで、出発時間が来ていたようだ。できる準備は済ませた。
与圧スーツはあったものの、生命維持部分がまったく当てにならないので、サイズの合うゲストスーツと農園事務所のドーム点検キットを頂いた。短い真空なら越えられる筈だ。重くなるが、ワインの良さそうなボトルを6本持ち出す。ラベルの年代刻印が古そうな若い数字を選ぶ。愛用の金属パイプをピッケル替わりにして、ウサギの餌を背負えるだけ背負う。
月の低重力に感謝しつつ、ヨタヨタとやたら長い通路を施設の端まで行くと、気密ゲートにたどり着いた。この間に連絡艇が出発してたら笑えない事になる。
定期連絡船ではないので問題なく間に合った。順路に気密から外れる所もない。与圧テントに包まれて、天から下がるワイヤーに括り付けられたカゴに入った。
アナウンスも安全チェックもないので、自分で慎重にドアロックする。
待っていても上昇しない。
二つしかない大きな赤緑ボタンの上の赤丸を押してみると、直ぐにカゴ全体が軋んで巻き上がり出した。与圧テントは素早く萎んでかごの上に巻き上がった。外殻が外れるのがチラッとみえ、地上側の施設が遠くなっていく。これは、結構時間がかかりそうだ。
このカゴというより樽には、瓶底くらいの小窓しかないので高さの恐怖は、想像しなかれば大丈夫だった。まさか月の静止軌道までこれで登るんじゃないだろうなぁ、ざっと計算しても物凄い時間がかかる。こんなワイヤーの構造だからそんな事はしないと思うが、月が常識外の場所だとわかってきたので不安は消せない。
連絡ケーブルや軌道リフトは、普通は固定ワイヤーをカーゴが掴んで走るのだが、これはワイヤーを巻き上げている感じがする。えらく簡易的だ。
いい加減半日くらい過ぎた気がして、小さい通風口の空気が心配になった頃、カゴに軽いショックがあって止まった。
何かガコッと音がして、気圧と温度が一気に上がった。いっこうにドアのロックが解除されないので思い切ってガチャガチャやってみるが、ロック表示のままだ。
いきなり衝撃がきて、床に押しつけられた。樽のような狭い部屋なので壁に手をついて何とか堪えると、さらに振動が激しくなり加速度が加わる。
このまま逝くんかい!
イヤイヤ、行くのですか? てっきりイカルガとやらに乗り換えると思ってた。
果てしなく我慢して、また突然加速度がなくなった。当然だ。花火を燃やして向こうの惑星まで行こうと言うのだ。ずっと加速できるわけがない。地球全体がこのレベルだとしたら、早まったかも知れない。大気圏降下は、この樽では無理だ。
閉じ込められて数時間、部屋の形が真円でない事に気がついた。一方の平らな壁に、よく見ると開くパネルが埋め込まれている。
上の方はストロー付きの水のボトルが並んでいて、下を開くとトイレらしい。座ると吸い付く感じがする。後処理はどうするのだろう。衛生シートも洗浄水も…ブドウの葉も…無さそうだ。なるべく我慢しよう。
まだ何かないかと物色していると、いきなり軽い衝撃があった。
瓶底窓を覗くと、大きな機体らしき物が見える。こんな穴では全体像は無理だが、じきに安定した加速が始まった。MMドライブに特有の優しい連続加速。この樽を開く事なく、またキャリアに連結したようだ。
MMドライブのキャリアがあるなら、イカルガとか言うアトラクションは不要だろう。なんであんな大昔の手順を踏むのだ。
技術的な手順とは思えない。
と言うことは…、技術以外の別の必要。面倒な予感がする。
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約1日かけて地球の周回軌道に入った。普通のドッキングの感じで、別の構造物に受け渡される。キャリアの底部にドーム状突起が四つ見える。やっぱり標準的なMMドライブキャリアだ。イカルガは花火を点火する事なく地球軌道上の施設に回収された。
樽が与圧室に回収されると、のっぺりしたマシンドロイド3体が、外から扉を開きにかかった。結構ぞんざいな扱いでドアが開くと、中の様子を見て停止した。
できるだけ柔かに微笑んで出迎えたが、まずかったか。。時間だけが過ぎていく…
反対の壁が騒がしくなった。扉が一瞬開いて、バタバタと防護服の集団が集まってきた。これまでのことを考えると、新鮮なくらい手際が良い。
「あー、会話はできるか。話ができるか。アクセプト、回答せよ、ドロイド。」
イケメンが話しかけてきた。この体で解析はできないが、低位の精霊クラスか。
「大丈夫です。」 一応、パイプは後ろに隠して両手をあげてみる。
「月のワイズダムホールからシャーマン大統領に派遣されてきました。名前はありません。生存者の探索任務を与えられています。それ以上、情報がありません。」
イケメンは、びっくりしたような顔でなかば口を開いたままこちらをマジマジ見ている。照れるじゃないか、ダブダブのゲストスーツは半透明の気密素材で、中は最初から裸のままだ。
「食料もないので、保護をお願いしたいのですが………」 精一杯下手にでてみた。
「ちょっと待て、動くな。質問がある、キミは死者の一人か?」
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質問の意味がわかりません・・・・。
死者といえば死者ですね。転生者っぽいですし、でも、Yes.と言ったら撃たれそうですね。しかも、前の方のガードさんは、俺の頭狙ってるし。
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(補足)
パシフィック軌道塔:外中間駅サミットタウン:駅長室
ヘンリー・ジャクスン副駅長
「月の流刑者から通信が入った。もう無いと思っていたが…出さねばなるまい。」
イライジャ駅長代理
「盟約ですから仕方がない。地球月憲章で新しく外からは何も持ち込めないので、現地で造られた物を使うしかないのです。でもイカルガは大昔の観測船、保守は限界です。そもそもコロニーワールドは、彼をまだ覚えているのでしょうか。」
ヘンリー
「ここに一人覚えている人間がいるよ。あと半年で帰れる。そしたら30日の隔離だ。何とかルナティックワインを載せてもらえんかなぁ。伝説を飲んでみたい。」
イライジャ
「彼がヘソを曲げるだけです。過去の夢に浸って生きてますからね。あれを生きていると言うならですが…。立方格子のイカルガには、もう、乗船区画が有りませんよ。ワイヤーエレベーターを格子の中に入れるのでバルーンもダメ、そもそも、今回もちゃんと帰ってきますかね。」
ヘンリー
「神のみぞ知る。だが、まともな探索者なら、地上とコンタクトのチャンスだ。」




