第18話: 月の渚にて
硬くて長い毛に覆われた子供のような毛玉謎生物。この体が、マスターキーの人工細胞と同じ精霊体ならば、食事が必要なはずだ。
まず生きている情報末端を探す。想像と違うが、操作できる案内板を見つけた。
この与圧ドームは、施設の構内図から、大規模な施設に後付けされた建物だとわかる。元の施設は「ワイズダムホール」情報キューブの保管庫らしい。そこは地下で厳重に隔離されている。保管庫と説明がある以上、当たり前だろう。
何かAIの歴史をインストールして、それらしい記述を見たかも知れないが、そんなに地球の歴史に詳しかった訳ではない。そもそも、探していたのは地球そのもので、大陸の名前は分かっても地名や国名となるとかなり怪しいレベルだ。
他のドーム施設は普通に通路から入れた。錆びてはいないが、隔壁ドアが変形や劣化で開きにくくなっている。この体は特別に力が強い訳ではない。拾った頑丈な金属パイプを持ち歩いて、軋むドアをこじ開けた。
気密が保たれている場所はそんなに多くなくて、おおよそ必要な場所は、直ぐに見つかった。
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偵察報告、その1。情報保管庫の内部は爆破されていた。正面ロビーや全体の気密が無事だっただけに、地下へ続く施設の有様はショックだった。
偵察報告、その2。小規模ドーム2つが無事で、中は一面ブドウ畑だった。
ブドウは、トーラスの惑星にまだ移植されていない。だが、コロニーでの栽培は盛んで、バビロン系と福音都市系のシャトーには有名な銘柄がある。実は、少年時代のシーズン休暇を仲間達とシリウスの農場で過ごした事があり、葡萄畑やワイン収穫を実体験として知っている。
スタジアム程度のドーム内部は、古びていても自動機械の管理が行き届いていて、立体的な傾斜区画ごとに、植え替えた若木から収穫できそうな物まで背の低い葡萄の木がきれいに並んでいる。天井の採光パネルとミラーにも破損はなく、おそらく多額の投資で造られた施設で、完全自給の自動機械が置かれているのだろう。
同様の大型ドームが気圧ロックされているのは、事故で施設の気密が破損しているのかも知れない。情報保管庫からは距離があるので、巻き込まれた訳ではないと思う。
偵察報告、その3。自称、合衆国大統領のカカシが、ドームの外のビーチチェアーで、地球を見ながら寝ている。
月面で大丈夫とは、なかなか頑丈な身体だが、一応、全面金箔の、どでかいビーチパラソルと防塵電界らしきフェンスの陰に居る。ビーチチェアーも金属で熱交換器らしいパネルに繋がっている。丁寧な砂浜らしき造形が、辺りに広がっている。キッチンカーやヤシのオブジェなんか、時間と手間が掛かっていそうだ。
見ている間に、もしも壊れでもしたら恨まれそうなので、そっと退散する。
たまに「お仲間」のムクロを見つけたが、見ないフリして通り過ぎる。意外な所に挟まっていたりしてドキっとするが、大体の事は解った。ぶどうジュースを4ℓパックに失敬して、ブリーフィングルームに行く。
ブリーフィングルーム以外で、ブドウとワイン以外の食料は見つかっていない。地下のワイナリーには、ちょっとした財産が眠っていた。しかし、広いと言っても、一杯になっていないと言う事は、誰か回収に来ているのかも知れない。自動機械が破棄するとは思えない。
ブリーフィングルームの一画に、残念なサービスコーナーがある。
ウォーターサーバーと砂糖水しか出ないコーヒーメーカー。いかにも後付け剥き出しのシリアルバーメーカーみたいなの、はっきり言って、ウサギの餌(あるいはウ○コ)製造機だ。コレで維持されているサービス全部だ。
サービスコーナーの補充メカに入る原料を、別のメカボットが運んで来るので追跡したら、ブドウ農園の発酵カスと肥料製造タンクに行き当たった。微生物由来らしい。
そんな訳で、ブドウジュースで誤魔化しながら、約一週間、ウサギの餌を食べている。調べた限りでは、この餌もピンチだ。
あと半月位で、連絡船の燃料が用意できる。燃料製造施設は独立していて入り込めなかったが、アルコールと砂糖成分を主にした固形燃料だと思う。
推測するに、つまり原料はワインだ。倉庫が溢れない訳だ。
有機物を燃料に消費しているなら、可能性として、肥料が足りなくなり収量が落ちるはずだ。損傷のない大ドームが閉鎖されているのは、畑を休ませているのかもしれない。多分、空気やら水やらも、色々と足りなくなっているのだろう。
農業の事など、教養番組をたまに見たくらいしか知らんが、自分の中の情報通がこれまで見た光景からざっと計算してデータを裏付けてくれた。自分の考えが並列でくるように、結論が自然に分かるのは助かる。
同時に疑問が浮かぶ。あのカカシ大統領にこれ全て用意できるだろうか?
自分も素人ながら、この施設が工夫してやりくりされているのが判る。月面でビーチの等身大ジオラマを作ったのが彼なら、結構、凝り性に違いない。だが、室内のサービス設備などのライフラインの工夫には、別人の仕事が入っている気がする。今のところ、あちこちで行き倒れているムクロ先輩以外、誰も見つけていないが、自分の育成施設の在り処と併せて気になる処だ。
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ブリーフィングルームで寝起きする半月の間に、ぼんやりした夢のような記憶がハッキリした並列記憶に落ち着いて混同もなくなってきた。
量子クラウドで分析するようにはいかないが、知らないことを調べる術があるのは心強い。接続している一方の並列思考は性格に問題がありそうだが、何とかなるだろう。
この体はには、マトモなナノマシン器官がまったく無い。量子クラウドどころか、何のサービスもここには無い。子供の頃読んだ、無人島漂流そのものだ。
でも、理解している限り体内にそれなりのナノマシンが常駐しているし、原始的な回路も有る。
バイオ胚育成室も見つけた。施錠されていないと思ったら、もう、育成する胚がまともに残っていなかった。自分が恐らく最後の育成なのだろう。使えそうなナノマシン原料を粉のまま持ち出して、服用する。
普通は、ナノマシン素材をただ食べるだけでは器官が成長するなんて事はないが、自分には中の連中が居る。
データリンクが出来るほどに連結がクリアになった所で、OSを移植して体内にナノマシン器官の回路を広げる。調整槽がないのは痛いが、古ボケた育成カプセルを使う気にはなれない。
脳の保護力場とインターフェイス接続が一番時間を食う筈だが、数分で済んだ。あまりに呆気なく早かったのは、感知できない元になる回路が既にあったのかも知れない。
それなら、ここでもナノボットが作れないか、再度、建物探索に出よう。出発までの時間を、これに当てる。
無人島に一人で行くなら、何をもっていく? 深い森に迷うならでも良い。
心理テストにも使われる、古典的な言葉遊びだ。
もっていくなら、ナノボットだろう、それも自己増殖タイプ。カプセルっ子のような真似は無理でも、量子魔法陣が使えたら色々出来る事がある。トーラスの外で魔力の供給ができる事が条件だが、確か、地球に魔力が浸透している可能性があったはずだ。魔法陣を起動してみれば、確認は簡単にできる。
そうだ、ステラパレスで幼い頃に、エイリアス達が読んでくれた地球の物語だ。
無人島で生活し脱出する物語、仲間と出逢って荒野に建国する物語。たくさんの物語を聴いて成長した。いつか自分も…と、胸躍らせてベットに入った幼い夢。
現状には、確かにチョット問題がある。だが、ニート帝などと呼ばれて皇宮を離れる事もできず終わった前世とは違う。ここで子供の頃の、もう一つの冒険の夢が実現しようとしているのだ。
5代皇、ルルド・スメラギ・シューティングスター
ここに転生し、いざ、地球へ。母なる緑の大地に立つ。
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(補足)
記念碑建造物:神槍に附帯小コーン、隔壁のすきま
バイオ保育カプセル内:名もない幼女
「うるさい、勝手にやってろ。…五代皇ハーレム男…、お前なんかモンスター太で十分だ。今決めた、こいつの名前はモンタ。そして私は・・・……」
猫です…、ぶっくまーくが3つもあるのに気がつきました。
読んでくださった方がいる!…しっぽまでデンキが奔りました。
ありがとうございます。




