第17話: バチモン転生 かも
白い天井だ。
あまりよく見えないが、次第に焦点が合ってきた。
ひび割れも多く、よく見るとあちこち剥がれ落ちて、ボロボロだ。
頭を動かすと、毛むくじゃらの真っ黒いお腹が見えた。クマか!
転生か!転生なのか…。女神様、爺神様でもいいけど、会ってないんですけど、
中のアレが、期待していそうなので、取り敢えずやっといたが、…実は、横になんかが立っている。
白いテーブルクロスみたいな布をかぶった背の高いマネキン。胴も腕もパイプのようだ。黄ばんでいるが一応白い。顔は穴が一つ空いただけののっぺりした面だ。
何を喋ってるのか、不明瞭で聞き取れない。しばらくじっと聴いていると、いきなり目の前が真っ暗になった。意識がゆっくり落ちる。
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何度目かのやり直しで、やっと調子が出て来た。
「ワタシハ第59代、拡大アメリカ合衆国、大統領ヨアヒム・シャーマン、デアル」
…やっぱり神は、いないのか? まともな転生を期待してたわけじゃないけど、アメリカ大統領は予想してなかった。
でも、この白いカカシが大統領って、なに。
「ワタシハ、59代拡大アメリカ合衆国、大統領ヨアヒム・シャーマン、デアル。…コノ、ワイズダムホール、の発案者にして現在唯一の管理者 デアル。」
「エージェントに、施設の使用を認める。偵察し、生存者を見つけ、報告セヨ。ブリーフィング・ルームにて、タクティクス情報を得て待機セヨ。必ず情報を、持ち帰るノダ。イケ」
大統領だというカカシはゆっくり、部屋の中を遠回りして、開きっぱなしの扉から出ていった。どうも、動きからしてもバイオ体とは思えない。見たまんまで、マシンドールのカカシではなかろうか。
身体を固定していたハーネスが外れた。全身をほぐす様にゆっくり動かしてから硬いベッドを下りる。足が届かないで、少し苦労した。もしかして、自分小さいか?
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手術室のような印象の部屋には、ほとんど何も無かった。スイッチや照明は手の届かない高さで、壁には何か剥がしたような跡がいくつもある。これは、ワザと取り除いたようだ。
自分が運び込まれたと思しき金属質の箱だけが、場違いにキラキラしている。
情報末端らしき物を探したが、多分、天井にぶら下がる機材がそうだろう。最終調整室といったところか。といって、何かタクティックなオペレーションがインストールされているわけではない。よく見ると、天井の末端は回線が古びて切れているように見える。
この部屋から得られるものは、何もなさそうだ。開けっ放しの出入り口に向かう。横の壁に曇っているが全身ミラーがあった。
黒い毛に全身覆われた子供、と思う。黒い目がキラキラして、笑顔を作ると、ギザギザの白い歯が目立つ。頭は黒い毛がボサボサで、ヌイグルミのクマ的可愛らしさの期待は全く裏切られた。ただの毛玉だ。
扉や取手の高さからしても、子供サイズで間違いなさそうだ。
「ほとんど、妖怪か謎生物だね、これは…。」
意外と可愛いい声が出た。発音も初めてにしては明瞭。体の動きも問題ない。
調子が出てくると、あのひび割れた皮製みたいなベットにも飛び乗れそうだ。
部屋の外に目をやって、飛び退いた。思わず二度見する。
自分と同じような黒や茶の大小の着ぐるみが、通路に無造作に転がっている。
ミイラ化したり、毛皮が崩れて分解している物がある。通路に沿って避けられているが、2〜30体はありそうだ。
通路は乾燥しているせいか、匂いはない。新しいものではなさそうだ。
照明は部屋よりかなり暗い。発光パネルが途切れ途切れで、やはり、メンテナンスができていない。
これって…、もしかしたら、アイツよりヤバイ状況を引き当てたか…
はいはい、状況確認、現状確認!…と。
並んでいる「むくろ」を注意してみながら、自分の体に触れてみる。だいたい同じだ。トーラスの一般的なドロイドに近いか。
何か思い出す事がある。引っかかる。目を瞑り、じっと思い出す。自分の中に何かある。いくつものデータが解凍されるように、無関係な場面が思い出される。急に何か開けた気がした。そうだ、思い出したことがある。自分には梓の次の記憶がある。
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そうだ、自分は一度、転生したことがある。前世の幼い自分は、すぐに梓の事を忘れていた。これは…そもそも、転生と言えるのか?…情報世界を連結する様式接続に共鳴や反射といった現象があったような気がする。
azs記憶は宇宙に散らばっていて、ただでさえ複雑なのだ。
こういった事は、ポーとラスターが詳しかった。落ち着いてくると、もっと聞いておけばよかったと、今更ではあるが思う。
しかし、当時は、時間収束に関わる運命線の挙動を解析するのが精一杯で、基礎研究の細部まで報告を受ける時間は無かった。夜伽の寝物語に聞いた程度だ。
そうだ、実際はどうあれ、記憶は情報接続した。
今はこの体だ。これはトーラスのドロイドに似ていても別系統だ。おそらくは、マスターキーの人工細胞に近い。開発初期の症状があったはずだ。人工細胞特有の病気で形質異常を起こしている。歴史上では、その改良研究の過程で思わぬ有用性が見つかり、ドロイドの体表毛皮が開発されている。
この施設の具合からしても、人工細胞の胚が汚染されて成長に不具合が出ている可能性が高い。今すぐ、支障をきたすわけではないが、成長障害を起こして、将来的に耐用年数が短くなる、だったと思う。
もっとインストールしておけば良かったと思うのは仕方がない。治療法も手段の有無も確認出来ていない。結局のところスタートに戻り、ここの施設を探検しよう。許可は出ている。
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施設は、複数の背の低い与圧ドームと地下区画からなっていた。
地上ドームの窓から、暗い空に浮かぶ青い惑星を見た。重力から、もしやとは想像していたが、目を凝らして見分けた惑星の地形は、前世で夢にまでみた姿だった。幾度も目を凝らして、呼吸が冷静になるまで、間違いでない事を確認する。
荒凉とした真空の砂漠に昇る地球光…「ザ・ホーム」ここは第一太陽系の月だ。
あれほど探し求めた地球航路、地球の情報接続に今更たどり着くとは。
しかも、こんな、何だかわからない状況で。…あの生涯はなんだったのか…、
おそらくあれは事故ではないだろう。暗殺。プライムタレントであっても直感が働く隙を与えず突然に改変不可能な大きな範囲を潰せば、当たり前だが回避できないだろう。そこは、常人と何ら変わらない。
ステラパレスはそれなりに防御されていたが、意図的な破壊に耐える施設ではなかった。エイリアスにもドロイドにも、人は殺せない。だが、自分が興味を持てずに距離を置いた政治の世界で、自分は、自身が感じるより過大評価されていたようだ。人を殺せぬエイリアスに破壊を作らせるなど、公団には大した障害ではなかったようだ。意図せぬ事故など、どこでもいくらでも起きうる。
シリウスやミモザにしつっこくアーケードを移すように迫られたが、時間が惜しかった。人間、それも若く個性的なタレント達が集中していられる時間は短い。あと一歩の所まで来ていたのだ。引き時などという感想は、後で思う事だ。後、少しだったのだ。
シリウスは、自分を構成する何万のエイリアスから、最古参のアドリアーナを片時も離さずにつけてくれていた。
あの時、爆炎を振りほどきながらテレポートに入った彼女の手は、わずかに届かなかった。そもそも閉鎖した施設の中でテレポートしても知れている。何気ない距離の一瞬を隔てた過疎重力場、完璧なタイミングで五代皇を飲み込んだ。見事なタレントの仕事だ。
…はいはい、現状確認ね。…少なくとも、自分は一人ではないようだ。一方的な意識伝達が来るばかりみたいだが。
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(補足)
トーラス宇宙気流の内宇宙:ボイド近縁、大深度重力域
皇宮艦・旗艦シリウス:ボタニカルガーデン、イナンナ館
皇宮騎士団、団長:スター級エイリアス:シリウス
「十分な数のマイクロボイドをアーセナルに組み込んだ。こちらと併せて自力とはいかなくとも牽引可能だ。ノアの生物種も次元適応はひと通り済ませた。」
自由騎士、帝冠精霊:スター級エイリアス:ポーラスター
「こんな博打に…せずに済めば良かったのに。アーセナルはいい、地球は…未知」
「『ゲー』の意図を読み違えていなければ、これしかない。現に地球は魔力が浸透しているのだろ。和国霊異船団と交互にでも量子通信できるのは、お前だけだ。」
「…彼らは慎重に行動している。地球は監視対象で隔離されているが、未だ地上に人類は生存している。アップルフォールの結果がダンジョンスタンビートとよく似た変異生物を産んだのは偶然とは…とても思えない」
「我らはここに来る事で『ゲー』の時間線に囚われた。我らがここに居続ければ人類は終わる。ゲーに融合した人類を人と呼べるなら別、だが。」
「霊異船団は元々人とはいえないモノ達が混じってる。人でも妖でもデルタ知性でも地球生命である事に変わりはない。…ゲーに喰われるのは同じ事」
「ゲーを吸収した人間か、ゲーに吸収された人間か…。同じ状態でも結果が違う。ましてや、もともと地球に神や妖怪が居たとなるとなぁ。ハルモニアには頑張ってもらおう。対旋律なしで、我らだけではこの運命線は収束できんだろう。」
「もう、この深度に来るのは最後にしたい。…毎回、ギリギリの軌道は精神衛生的にダメ。地球の甘味文化がココでしか再現できないから我慢して潜り続けたけど、ハルモニアもいい加減吹っ切れる、これで、出てくるのに失敗したら許さない…」
「我らのデルタ成分はどこまで『ゲー』に同調しているのだろうね。大丈夫、私とて王座のレガリア、最後に正しく揃うさ。若い身体も用意している。楽しみだ。」




