第16話: 夜の個人授業
エストハウスには、バスルームが2カ所ある。
少し大きい子供は、大抵は大きいタイル張りのお風呂で交代して入る。女子が先に使う。数人いっぺんに使う。慣れた物で、小さい子からシャワーで洗うと、お湯に入れていく。お風呂を嫌う子もいるらしいが年長に迷惑はかけない。聞こえてくる歓声で、みな笑顔なのがわかる。こうして少しずつ大きくなっていくのだろう。
ボクは、そんな、ほのぼのとした光景を、ロキに捕まったまま洗濯室から眺めている。小さいバスでバゴとマリーさんが、幼年部の孤児院の子をお風呂に入れているので、時間待ちだ。
別に、マシュー達とワイワイ一緒に入ればいいと思うのだが、やっぱり幼年部の扱いで、誰もこっちでバゴとロキに洗われるのを、不思議と思わないらしい。
お湯の取り替えも簡単で確かに効率的だけど、なぜバゴとロキは服を脱いで、一緒に狭いバスに入るのかな。それはまあ、確かに服は脱がないと濡れるよね。それと、ロキはボク以外だれも洗ってないよね。
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エストハウスの夜は早い。
幼い子が寝た後、年長の子は、上級の学校に行く前に、勉強したり何か造ったりしている。そんなリビングも10時には消灯する。ベットは大部屋だ。たまに酒場から声が漏れてくるが、直接こちらに開く窓が無いので、意外と静かだ。
ボクはマーレさんの部屋の隣、相変わらず個室だが、ロキとバゴと同室ともいえる。マーレさんは、今日も部屋には居ないようだ。
「さあリラックスして、こちらにいらっしゃい。始めましょうか。」
「…ルド様…今日は、ボクといっしょに… 二人でいっぱい、頑張る」
二人とベットの上で向かい合って座る。最近の日課になっている。
「それでは昨日の続き、相似連結とライブラリの関係からですが、」
バゴが中心になって授業を進め、3人で量子クラウドのローカルなリンクを作る。ロキは、あまり喋らないが、デネブの精霊石にアクセスして、中の自分や別の記憶を持ってくる何かの連結を、整理しているらしい。そのおかげで、夢や一貫性のない記憶が三重人格に落ち着いてきた。
全員、梓翔太の転生だけど、置かれた場所が違う。記憶の共有は出来ている。でも、混同がなくなり、朝起きると過去の記憶がある程度で量子通信リンクの範疇で管理できるようになった。戸惑いはするが、大きな前進のようだ。
どの自分も名前はない。あるのだが、どうも納得できてないと言った方がいい。
特に自分…、ルド・スメラギ・カノープス、だと言う。それは良い。母親と父親がいて兄と姉もいるそうだ。クラウドから映像を取り出せると言うが、まだ、見てない。見ると「翔太」に戻れないような気がしている。いつかは見るつもりだ。
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カノープスが家名。エッダ船団には、指導的立場を生まれながらに期待されるような市民のファミリーがいくつかあった。地球の王族名門をルーツにするものも確かにあったが、基本的にはコロニー船で成立したローカルな家系だ。
乗船時に平等に乗客であったとしても、購入したチケットにはランクがあった。分譲されたコロニー居住権は子孫に引き継がれ、時には取り引きの材料にもなった。限られたコロニー空間を多く使う権利を持つものは、それなりの責任も負うこととなり、貴族と言うわけではないが、尊重されていた。
カノープス家は、船と市民を繋ぐ代表的なファミリーの一つで、乗客であっても、船の改造や運用に積極的に関わって才能を開花させてきた。
これらのファミリーを一般より際立たせる特徴は、ナノマシン親和性と情報の分析能力に現れて、判断力や決断力に富んでいる。個人差は勿論あるが、コロニーの閉鎖社会は、その能力を生物的な遺伝的特徴にまで昇華させた。
タレントと呼ばれるようになるこの種の能力者は、問題の解決に際して、能力が発現した場合に限り、正解への最短コースを必ず通る。能力の発現程度と得意分野は様々だったが幾つかの家系が船団を代表して積極的に育成された。
タレント能力の原理はいくつかの仮説があるが、証明されてはいない。
現象が時間軸に沿って収束する時点、即ち、現在=[今という座標]は、過去と未来に幾らかのノリシロを持つ状態とされている。タレントとは、この一定のベクトル的アソビ部分を感じて望む方向に現象を収束させている、と考えられている。
しかし、意図的な発動が困難な事から、時間線に沿った因果の振る舞いに何かの大きな法則性があって、その結果、力学的な最短ルートに導かれる運命力学のような学問が提唱されたが、今に至るも検証は困難だった。
結果論なので才能を数値で測ることが困難だが、事が終わった後から俯瞰すると、明らかにタレントの判断が最適解である傾向が見られた。それは、身体能力を使わないゲームで特に顕著に現れて、ボードやカード、シミュレーション、ルーレットですらタレントは、非タレントを圧倒する勝率となる。
ただし、前提となる情報と状況の把握が不十分であればタレントは発動せず、政治判断や社会問題にこれを適用すると、本人の帰属意識と視点の違いから真逆の相対する判断をする事がある。およそ対抗集団同士のタレントが争った場合、多くは悲惨な結果となった。
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こういった歴史より、トーラス星団開発における初期の公団は、各船団のタレント家系を一機関に集中させて開発シミュレーションを一本化し、惑星領府の権威を尊重しつつ横断的に全域支援するための集中組織を作った。複数のタレントが競うシミュレーションを1人のビジョンに集約する。そして、実行組織にエイリアス哨戒艦隊を麾下においたこの集権組織は、やがて、技術、資源、動力をも集中する指令本部として機能し、星団の調査と開発を一気に加速した。
このような、特定の人物・特定の家系に組織の決断を負わせる構造は、旧世界の帝国制に似ていた。だが、3惑星7領府を横断する軍事組織を帝国と呼ぶのは実用に抵抗があり、トーラスでは使われていない語彙から、プライムタレントを公的にはスメラギ(皇司令)に、皇帝府は皇宮に置き換えて呼ばれた。
本来は、開拓公団の一組織だったが、その鮮烈な能力は、即応可能なエイリアス艦隊を統率する事もあり、各開発地から大きく支持されて機能を拡大し続けた。
数世代して開発が人口の需要を満たし安定成長期に入ると、皇宮府の権威と戦力は、併せて帝国と呼ばれがちな開発公団中央組織の邪魔になった。
個人ないし、ごく少数の血縁集団に全面的に頼る判断、その意思に基づく強権的強力な組織というのは、非常時には効果的でも安定した平時にそぐわない。官吏や行政は組織において有能であって、いち個人の直感だけに頼る開発計画など、余りに不安定で異常である、という真っ当な見解が、やがて開拓公団の大勢を占めるに至った。
強烈な存在感を示した3代皇の世は既になく、この時代は、比較的凡庸な4代皇の短いプライム在任の後だった。外部との交渉をほとんど持たず「引き篭もり皇」「ニート帝」などと揶揄された5代皇プライムが15年ほどの間、皇宮ステラパレスを独占した。当然の事ながら、皇宮の政治的な権威は失墜した。
開拓公団の本部は団長を中心に結束を強め、航行コアに加えて人間の船長と乗員を乗せた公団艦隊が3惑星軌道を哨戒していた。開拓地の事業は全て開拓公団が直轄して引率する様になって行った。
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この5代皇の時代、皇宮の関心と活動は全く別の領域にあった。
二重小惑星の皇宮を形成するもう一つのアステロイド基地、皇宮アーセナルはこの間も艦隊と技術の増強を続け、探査船を宇宙気流内側のボイド圏深部と星団外周カイパー宙域、内と外の未踏域を制覇すべく、かつてない巨大な活動に全資源を集中していた。
人類が生存している間に、トーラス星団という特異な宇宙に地球の記憶を移植する必要があった。人類とその眷属が、この星団の構成要素になりうるか、単に吸収されて終わるのか、その選択が1人のプライムタレントの行動にかかっていた。
ただし、それは一つの直感であって、何ら根拠のあるデータを提示しなかった。
5代皇プライムタレント、ルルド・スメラギ・シューティングスターは、当代の親密なタレント達だけと皇宮ステラパレスで成長し、外の世界を見る事なく生涯を終えた。短い人生のすべてを費やして、アーケードの6次元量子電脳とタレントに可能な限りの時間線を手繰り、収束と分岐のありようシミュレートして、辿りつくべき未来の選択肢を求めた。
皇宮アーセナルでは、タレント達の決断に必要な情報と認識を集めるため、エイリアスの艦艇群が入れ替わり発着と改修を繰り返していた。この新世界トーラスの圏内においてすら、未知の領域を踏破するには、これまでにない推進力が、新たな機関が、それらを乗りこなす航行技術が必要だった。
コロニー船長とマスターキーの経験を引き継いだエイリアス達は、それぞれの個性の先に新たな能力を開花させながら、一つ軌道ごとに未踏空域を超えて世界の縁を削り続けていた。
皇宮を成す二つのアステロイド基地、ステラパレスとアーセナルは、こうして十数年間の絶え間ない努力で、未知を超える進化を唯一の武器として、皇司令に必要な世界のピースをひとかけらずつ集めていった。
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(補足)
トーラス星団外縁、第一氷殻基地、アルカディア工廠区画
ザイオン惨事の7年後、研究会の成果を受けて
アトランティス船団:ポセイドンAI:ネモ船長
「すまない、行けないのだ。同じ立場としては、今も挑戦したいと思っている。」
独立AI、オベロン卿
「力場電脳の規模がシティブレインに近いだけだからな。仕方ない、わざわざ出向いてもらって、こちらこそ済まない。船を出た船長は、歴史上初めてと思うぞ。」
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オベロン
「処で船長、『同じ立場』とは何のことだ。文脈上に不明瞭なセンテンスだが…」
ネモ
「これは失礼。同じネタ枠船長のよしみ、という意味だ。漏れ聞いているぞ。ユグドラシルでオベロンは微妙だが、ポセイドンのネモに比べると激マシと思うぞ。」
オベロン
「ネタ枠!…断じて… それはない。あと、フレイヤ貴様、なぜ突然ここに居る。」
神槍AI:フレイア船長
「おもしろい話が聴けると私のタレントが囁いた。直感は信じる方だ、電脳的に」
ネモ「・・・」 オベロン「・・・」 ネモ「・・・」 ・・・
オベロン「頼むから、ネモ船長。フリーズしてないで…。なんか言ってくれ。」
フレイア
「実は6次元量子電脳の提供先に心当たりがある。私がついて行こう、次の旅は」




