第12話: ダンジョン調教
ブレイズさんと少し若いアービンさんが、東壁の旧ダンジョンから戻っていた。マーレさんは、ムカデみたいに連結したコンテナを引き連れて、ドロイドポーター達が自走するパレットに積み替えていくのを監督している。
マーレさんは、3日から5日続けてダンジョンに入り、孤児院と酒場の仕事は別として、それと同じ日数休む。奥まで行くほど時間がかかるが、目的の素材がポップする場所はおおよそ決まっていて、依頼があれば遠くまで行く事になる。
それに奥へ行くと単純に魔物が強くなる、と言う訳ではないらしい。一つのダンジョン丘の内部には幾つもの中心がある。たとえるとダンジョン丘とは、中空の巨大な樹形が何本も絡み合った鉱物質のサンゴ礁の様な物と考えると分かり易い。
木の枝が地中のダンジョン空間で、枝についたコブ状空間のモンスターハウスから果実のように魔物がポップしている。
枝と幹は不規則だが法則性のある螺旋構造で、一つの木の幹側に行くほど通路の空間は広くなり、発生する魔物も大型化する。それ自体が緩やかな螺旋を描くダンジョン幹の空間は、最下層の地下水のしみでる細い割れ目から始まって丘の中を登る毎に広がっていくので、基本的に大型の魔物が下層から外に出る事はない。
ダンジョン幹が最後に口を開く丘の上は、結晶から金属までまで混じり合ったキノコみたいなケイ素質の塊で埋め尽くされており、大きなダンジョン魔物が徘徊している。ダンジョンを出た大型の魔物は、他の個体をほとんど捕食せず、やがて動かなくなるとケイ素質の塊に変質してダンジョンの一部になる事が分かっている。
これほど巨大なダンジョン樹は、スタンビートのあった今のニューヨーク地域にしかない。南半球ではなだらかな崩れ易い丘程度のダンジョン地形が、ここでは百五十メートル以上も垂直に迫り上がる台地を作っている。福音都市が試みたテラフォーミング農地とデルタ生物が過剰反応した特異環境だとされている。
旧ダンジョンは、慣らされる前の野生に近いダンジョンで、生まれる魔物も奇妙で危険な種類が多くリスクが大きい。しかし、ここでしか取れない有用な素材がいくつかあり、大型の素材はこの東のダンジョンに集中しているので、外に出ないように魔物を間引くダンジョンポイント以外にも利益になる。
マーレさんの孤児院の主な運営資金は、ダンジョンポイントから出ている。
どうも酒場はついでの収入らしい。
ブレイズさんに「なんで孤児院に酒場…とか、ついてるの」と尋ねた事がある。
ブレイズさんによると、最初にあったのは治療院だけらしい。60年近く前に、どこからかやってきたマーレさんが形だけだった治療院に住み着いて、次第に今のように広げて行ったそうだ。
だから「孤児院も酒場も2階も、みんなマーレの趣味だ」と言い切っていた。
趣味だから、品質も料金も妥協を許さない。精霊の倫理観ってよくわからない。
ちなみに、その時マーレさんは全身にもっと酷い傷を負っていたらしい。精霊なのだからちゃんとした設備で修復すれば元通りきれいに治るはずだが、不自由ないからと自然治癒のままにしている。
マリーさんは、ブレイズさんのそんな軽口をたしなめながらも「はぐれていたいからだろうね。」と続けた。
ちゃんと修復したなら役所の仕事もできるようになる。でもマリーさんはマーレさんが元の何かに戻らないために、そのままにしていると思っている。だから、「いつか、時が来たらマーレはここを出ていくのだろうね。」と、つぶやいた。
昼も夜も忙しいマーレさんとも、時にゆっくりした午後を送ることもある。
幼年部のお遊戯授業を逃げだして酒場のお手伝いに行くのは、マーレさんの許可で黙認されていた。
マーレさんとはダンジョンや街のあれこれを話し、ブレイズさんは歴史物が好きみたいだ。わからない事は、エストハウスのティーチャーでインストールできる。
孤児院のエストハウスは、私設でも幼年学校なので、孤児以外の幼児も昼間は預かっている。寂れた地域だから良い保育所は限られているし、孤児に特別な偏見もないようだ。
おかげで、公共学校と同じように教科をインストールできるティーチャーというナノマシン調整ジムが導入してあった。
ティーチャーは、大きな壁面スクリーンと連動した教室モード、四つの個人インストーラー、一つの生体調整槽がある本格ジムだ。調整槽は治療院にもう一つ汎用のものがある。外来だけの治療院にはクラリスと言うドロイドが一体いて、エストハウスの用務員的なこともしている。すぐに仲良くなった。
人間のナノマシンは、母親の胎内で母系遺伝して子供に受け継がれるが、成長に伴う後天的な調整や機能の補充はどうしても必要で、たまに調整槽に一日中入ることになる子供もいる。
単純な検査や治療はクラリスで大丈夫だが、ナノマシン器官の大きな調整や接続障害の手術はティーチャーを使ってもドロイドには難しく、精霊のマーレさんしかできなかった。司祭のバゴは治療院でも歓迎されて、忙しそうだ。
ところで、みんながロキを精霊だと思わないのは、何故なんだろう。
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南半球にもダンジョンはあるが、アマゾン入植地では、ここまでの変容がない。
単一作物の集中が植生変容やスタンビートの引き金になることが分かったので、ある素材を使ったドーム農場を分散して作る事で、農地へのデルタ世界侵食を防いでいる。北半球のダンジョンと同じ植生変容も開拓地周辺に見られるが、規模が浅く、地上に露出した物がほとんどで、福音都市が困難に立ち向かっていた時でも、スタンビート程の魔物発生は見られなかった。反面、アマゾン入植地はどの地区も、なかなか開拓面積が広がらないでいる。
スタンビート直後の詳細な調査で、単一生物が占める場所の拡大が過剰侵食を発動すると解っていた。農地はある程度分散できるとしても、人間は群れるのを止めるわけにはいかない。一旦、ザイオンの入植地は、ドロイドを除いて軌道上に退避している。
福音都市では、わざわざ惑星上に降りなくても、特にトーラス宇宙気流に莫大な資源が剥き出しで並んでいるのだから、コロニーを必要なだけ建設すれば良いと言う風潮が支配していた。
アマゾンもコロニー建設に取り掛かったが、マスターキークラスのAIと多数のドロイドを地上に派遣する事で、開拓の継続を細々とだが行った。福音都市でも全ての市民が行政府に従った訳ではなく、地上に留まり観察と試行を続けたグループもあった。
災害から六年後、ニューヨークがトーラス星団に合流した時、アマゾンと福音都市の有志からなるザイオン開拓研究グループは、一つのアイデアを得ていた。
魔物の発生メカニズムが実験的にも解き明かされて、デルタ世界とA世界の物質交換は、技術的に実現していた。デルタ世界は関係性の世界なので、物質と情報の変換が正しい表現かもしれない。
そしてゴブリン・スタンビートの継続した調査で、北半球に向かったアマゾンのマスターキークラスAIが捕食されていたことが判明した。ドロイドには機能不全の例はあっても、捕食による喪失例は無かった。
規模を増やしたドロイド達の調査で、攻撃的でないオークの一群が発見され、その上位個体の中にAIの特長的なロジックが見つかった。このサンプルを相位変換して、デルタ次元の持つ情報とA次元の物質を関連付けるデルタ世界生物の法則性が解き明かされていった。
デルタ宇宙で機能する代理AIを相変換してデルタ次元に送り込めば、デルタ世界のエネルギー生物と協調出来るかもしれない。突拍子もないアイデアだったが、どこからか、6次元事象のタスクに応じた量子コンピュータが提供された事で、極めて強力な量子電脳空間であればAΔ次元の交換をコントロールできる事がわかった。
ニューヨークは、その心臓とも言える、現状で最強の量子力場電脳シティブレインを提供し、10年間を共にした大樹がニューヨークコロニーの管制を引継ぐとともに、オベロン船長は大樹システムから個性を分離してシティブレインのコンソールに収まった。
デルタ変換する事で機能する量子回路の空間力場は、何もかもが強引な場当たり構成だったが、シティブレインの力場機関が過去の技術的常識を凌駕する柔軟性で目的に調和した。
D-ロードと仮称するドミナス探査体は、惑星降下がかろうじて可能なMMドライブ90mプラットフォームに輪切りにした円筒船殻を置いて、上方を円錐屋根で塞いだだけの物だった。何しろ120年ぶりの大型の地表飛行ユニットだ。熱交換にしても、天候対策や大気粉塵の侵食など、どのコロニーにも大した経験がなかった。
幸い、力場機関の空間構造フィールドは、得られる電力次第でバリアに充てられるだけの強度と構造の強化ができた。船殻構造よりもD-ロードの、魔法陣を連想させる量子フィールド元素操作システムや次元交換空間場でデルタ次元を結ぶ手数に開発の努力が向けられた。
実験の場所は惑星ザイオン北大陸の特長的な巨大クレーター中心が選ばれた。スタンビート地区の上流域にあたる。このクレーターから海に至る地形が、デルタ世界では重要な場所だと分かっていた。
その日は、良く晴れた寒い朝だった。
蒼天よりD-ロードは、まとったぶ厚い霧のベールから鋭い尖端を覗かせて、クレーター中央丘を囲むように建設された実験施設の真ん中に正確に降り立ち、デルタ世界を操作可能なAIを送り出すための予備実験に入った。
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(補足)
惑星ザイオン軌道上:アマゾーン管制、アルカディア工廠分離ドック
シティブレイン、独立AI オベロン卿
「何度でも言うが、もう少しなんとかならんのか! 娘達を羨む訳ではないが…」
アルカディア工廠総轄AI:パーン工廠長
「エイリアス航宙艦は美しい。必要だからだ。君の目的には、今は必要ない。」
神槍AI:フレイア船長
「搬送プラットフォームに船殻を載せただけだからなぁ。目的には充分だが。」
オベロン
「初めての惑星降下がコレとは。機種呼称がないか地球のデータも解凍したが、この船影に該当するは〈アダムスキー型円盤〉だけだったぞ。せめて、あの重粒子ブースターは欲しかった、電力はあるからな。これでは給水タンクと変わらん。」
パーン
「一度降下するだけには、過ぎた機関だ。イオン蒸気スラスターで、我慢しろ。」
フレイア
「とんがり屋根にツノでもつけたらどうだ。D-ロードなんだろ。かっこいいぞ。」
オベロン
「フレイア、…お前は、だまれ!」
……………
翌日、アマゾーンのアルカディア分離工廠にて
「Δ生物対策の、渦流エネルギー浸透プローブが届きました。S型のホーン極です」
「ニューヨークが開発していたアレか。よく間に合ったな。だがアレはツノだな」
「角ですね。まあ、ニューヨークは思い入れがありますから頑張ったでしょうね」
「奴が気付く前に、取り付けてしまおう。…間違いなく、絶対にごねるからな。」




