第10話: アマゾンのバビロン
惑星ザイオンの開拓権を持つもう一つの船団、アマゾンは、余り話題になることのない、いわば、模範的開拓団と思われていた。テーマは農林コロニー船で、面積当たりの乗客人口は、調べれば船団中最少と分かるだろうが、わざわざ指摘する人もいなかった。田舎コロニーなどと言う壮大なムダが、セレブなブルーエストに注目が集まる蔭で実現してしまっていた。
船団構成は、出航時のバビロン、つまりブルーエスト船団と同じ三隻構成だが、全幅30㎞、直径約6㎞(×2本)と定置コロニーなみの主船アルカディアと、8㎞×3㎞(×2)ほどの随伴船イーリアス、アマゾーン2隻からなっていた。アマゾン船団は、実のところ、ブルーエストのバックアップ随従船団だった。
後にバビロンとなるブルーエスト船団は、出航時には、アドリア海をテーマにした裕福な人々向けの定住コロニーとされていた。網目状の運河に囲まれた都市部だけでなく浅い海に隔てられた多数の島々に別荘地や邸宅が用意され、移民に必要な数十年を不自由なく暮らせる全てが整えられた。
食糧紛争より10数年後の地球、相変わらず世界の富の9割は1割以下の人々により占められていた。紛争を嫌い宇宙空間のコロニー世界に馴染んだそれらの有力者は、自らが安定させた地上の国家に限界を感じ始めていた。彼らの一部は、群れては崩れるばかりで成長が見込めない地上に見切りをつけ、子弟に権力を引き継がせると、特別な隠居先を用意した。それがリゾートコロニーなどと誹謗されたブルーエストだった。
建造と運営には莫大な資金と様々な企業の技術資産が惜しみなく投入されたが、権力の傍系であれ、雇われ組織の長であれ、目先の利く多くの者がここに吸い寄せられた。
ブルーエストが単独で快適な環境を数百年維持できると言うならば、宇宙の何処にいても生きることに困らない。ならば、疲れた老人たちが満足して死んだ後、この船団の工業力を継承して新世界の最強者となればよい。未来の子孫や結果がどうであれ、今の人生をかけて成り上がる価値がある。セレブリティーな外観のブルーエスト船団は、実のところ、餓狼とマフイアの群れる謀略の船だった。
そして、それさえもこの船団の発案者たちが期待した世界だった。
地球規模の飢餓、国境線が変わる海進、多すぎる人間と繰り返す無慈悲な選択。
時代を築いた経済的支配者達は、この箱庭のような美しいコロニーで家族や孫娘を愛しみながら、次の世代を託すべき若者たちの苦渋の闘争を、自らの苦痛すらも、死のその時まで楽しんだ。
ブルーエストの企画者たちが天寿を全うして後、抗争を繰り返す住居コーンでは〝海〟の維持が限界を迎えていた。メイン住居コロニーは、権力者達の私邸を散りばめた多島海とヴェネツィアを模した都市部をテーマに作られていたが、浅いとはいえ大量の海水質量は船の制御を難しくし、水質も悪化していた。
互いに牽制し合う新世代の有力者達は、海洋生物を中央の別区画に設けられた回遊プールで保存あるいは養殖し、海の跡地をまず草原に開発したが、塩分の除去と環境バランスが難しく、どちらかと言えば砂漠化した。結局、岩山や住居台地を隔てる谷間をオアシスが網目状に繋ぐような景観となった。
後にブルーエストは、船団を構成するアドリア・アナトリア・イスカンダルの各コロニー船を単一のバリアテーブル後背で結合し、巨大な作業区画を備える氷殻基地に再構築した。船団をひとつの基地に結合したブルーエストは、碧い海に浮かぶ緑の島々から砂漠に連なる岩山とオアシスの光景にテーマを移しバビロンと船団名をかえた。
コロニー建設公団の船団航海史に於いて技術から事件まで華々しいバビロンに比べ、そのすぐ後ろを進むアマゾンの記述は余りない。「落葉広葉樹の根圏土壌をナノマシンで完全再現」といった記事は、一般に記憶に残り難かった。
だが、バビロンとアマゾンには他の船団に無い関係があった。そもそもブルーエストの建造企画の時から明確な意図で、アマゾンに同時に資本が投入されていた。バビロンからひと月遅れで航行するアマゾンは、バビロンの緊急退避コロニーであり、互いに別の船団、独立した閉鎖環境コロニー船でありながら、随伴船イーリアス、アマゾーンが一定間隔で先行後退を繰り返して人や産物を交換していた。
バビロンが大規模な改造に踏み切れたのも、このバックヤードがあっての事。さらに喧伝してはいないが、アマゾンには軍事工廠区画が設けられていた。
もう一つ、後世の歴史家が指摘する要素が、このコロニーにあった。
表立って公表されてはいなかったが、他の船団以上にブルーエストは、航海中に乗客同士が激しい権力闘争する事を見込んでいた。それは武力抗争にまで発展するかもしれないが、企画者たちは希望的な経験則から、コロニーの致命的な破壊には至らないと考えた。
しかし、その保証として、マスターキーに、単なる船のコンソール以上の大きな権限と独立性を与えた。マスターキーの信任を得た人間が、船長AIの独占する航行以外のコントロールを握る事になる。だが、それでもマスターキーの意に反した命令は受領されない。相互に監視し合うマスターキー達だけが、船長の承認のもとでブルーエストとアマゾンに共通する軍事力を発動できた。
ブルーエストのマスターキーは、必然として市民社会の抗争に直接巻き込まれ、時にマスターキーの獲得が抗争の主なる標的となった。想像を絶する社会的な負荷に晒された無垢な乙女AI達は、幸いにも、最初の庇護者達が天寿を全うする前に力を蓄えることができた。アマゾンの軍事工廠は、船長やマスターキー達を襲う困難を技術的に支えて、この場所でAI達は、他のコロニーとは別次元の進化をする事となった。
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バビロンの任侠沙汰は伝統みたいなものになったが、コーンに大穴が開いたりする事もなくトーラス星団の重力圏に軌道を合流した。バビロンはエッダ船団とオールトーの最終艤装基地より百年ぶりに再会した。
エッダコロニーの氷殻バリアテーブルがホットドッグかウエハースのようにコーンを挟むとすれば、バビロンはハンバーガーのバンズ風に全面をカバーしていた。
彗星核質のアステロイドが集まる適当な重力溜まりで、バビロンはバリアテーブルを分離すると、氷建築の基礎になるハニカムドーム構造を広げていった。星団カイパー帯の莫大な資源を回収することで、アマゾンが合流する頃には、ほぼ球状の氷殻基地の外殻がトーラス航路の起点終点に生まれていた。
バビロンが広がっていく氷殻基地にアマゾンを迎え入れて拠点基地が形をなすと、機動力に優れるエッダが予定の行動に進むべく補修改修に入った。
エッダのコロニー船はトーラス到着より一年準備してきたが、母船化改修に一年、慣熟調整と資源の搬入に更に一年を要した。その間に、この3船団である重要な出来事があった。
この時まだ、トーラスの氷殻基地が無視できない危険が一つ存在していた。
目的星系変更の原因を作ったユーラシア船団への対応だ。
考える時間は50年もあったのだ。船団の間で充分議論された方針があった。
理由はわからないが、コロニー間の量子通信に航海中の船団以外の接続はない。
人口の母数からいっても技術進化は、地球の方が早いはずだ。量子通信の技術は地球が先行していないとおかしいのだが、どの船団にも地球とのコンタクト成功例の報告がない。
逆にユーラシア船団が自力で量子通信を運用している可能性は低い。極端な自動機械主体で、鹵獲船の乗客を除くと人間がいない。開拓プログラムは旧世界地球での利益にこだわる筈で、技術進化は遅いと思われる。
だが、宇宙の向こうで何が起こっているのかは、判らない。航行中の船団に広範囲を探索する余力は、もはや無い。
プロキシマの自動機械群が一定規模を超えた時、占有目的のマザーマシンや無人攻撃機を射出し始める可能性がないわけでは無い。或いは、地球のAIが宇宙の距離を凌駕するアイデアを持つほど進化をしていないとは限らない。
少なくとも、正確な航路情報さえあれば、 MMドライブと核融合ユニットを乗せたコンテナが、さほど間をおかずにトーラスに辿り着く可能性がある。一つ着くなら無数に連続するだろう。あちらには50年以上の資源採掘時間があったのだ。
そこで、まずトーラス最初の拠点基地は、後続コロニー船団の信頼と委任のもとで、急ぎ哨戒網の構築と迎撃の体制を用意しなくてはならなかった。
十分な資源は得た。自動機械には自動機械の増殖力で立ち向かう。
だが、仮定の脅威で乗客市民達の新世界開拓が滞るとしたら本末転倒だ。
戦闘と無縁の百年の後、星系を哨戒し、非常時に即応する戦力が必要だった。
解決策はそこに既にあった。船長AIを頂点としたドロイドクルー達は、百年の航海を完遂するため出航時とは別物に進化しており、市民はクルーに絶大な信頼を置いていた。
船長達がコロニー船を離れる事は不可能だが、人工細胞とナノマシンで人間に近い身体を持つに至ったマスターキー達は、常時スペアの肉体を用意していた。人格も既に人間同士と変わらない。
船長の能力を備えた哨戒航宙艦の量子電脳に、人間とのコミュニケーションに長けたコンソールであるマスターキーの身体を持たせ、相乗的に相互補完する。緻密な演算能力に即応的な発想力を加え、船体とコンソールは、量子通信の上位カテゴリー「相似連結」で情報を同期一体化した。
この船長の能力を備えたマスターキーは、船の分身である事からエイリアスと呼ばれるようになった。
船長とマスタキーは船ごとに個性を持って進化していた。彼ら自身で、自らのオリジンをかけ合わせて、無数のシミュレーション最適解とも言える幾つかの精神の形が求められ、生み出された。
心を形成する意志の根幹は、それぞれのキャラクターに基づく。キャラクター獲得に必要な適切な場所を求めて、彼女らはマスターキーの姿で市民の中で成長していた。
船長とマスターキーが百年かけて培った状況対応能力は、船団の誰もが認めるもので、彼女ら以上に宇宙船を操れる存在は、この三つの船団世界にはなかった。
その日、市民たちから大切に送り出された、船長AIをオリジンとする最初のエイリアス達がトーラス星団に飛び立った。
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(補足)
トーラス星団第一氷殻基地:バビロン管制:頭脳船殻デルフィ ブロック
マスターキー:イシュタル、アナトレー、アレクサンドリア、カリストー、
ヘレネ、アストライアー
「祝!、我らの娘たちに乾杯。それで、コア直結の今しか話せない事とは何だ?」
氷殻基地改修中:神槍:ブリッジ:CIC(カタストロフィー指揮所)
フレイア船長、マスターキー:ブリュンヒルデ
「この八面体結晶が、探査機に、これ見よがしに接続していた。人為的だと思う」
氷殻基地改修中:大樹 :ブリッジ:船長CIC
オベロン船長、マスターキー:タイタニア
「入力者のロジックを映して鏡像と対話が可能だ。つまり星団には、家主がいる」




