7章 壊相
7章 壊相
何が問題だった。
ぐるぐるとそんな考えが頭の中を占める。
忽滑谷は持ちうる限りの伝手を辿って闇医者を訪れていた。
顔を変える為だ。
廃病院を再利用した建物。
手術室と診察室以外は手付かず。
それ故の陰湿さが更に思考を暗い方へと推し進める。
何が問題だった。
伝説の月影、その息子。
取材を申し込もうとして断られた、そこまでは良い。
華風一家と話は着き、二度と近寄るなと釘を差された。
それで済んだ話の筈だった。
誰かに尾行されていると気付いたのは次の日の夜だ。
筋者ではない、しかし、堅気ではない連中。
入れ替わりで男達が忽滑谷を見張っている。
しかし目的が見えなかった、途中までは。
所詮脅しだろうと。
新聞記者などやっているとままある事だと考えていた。
危機感を覚えたのは部屋の中に入られた時だ。
これ見よがしに、自分の服が切り裂かれていた。
それだけならば引っ越せばいいだけの話だ。
わざわざ闇医者の世話になどならない。
あの時着ていた服だけが切り裂かれていた。
他の物には一切――小さなスキャンダルや資料には――手付かずで。
手術台に載せられ移動する。
何の変哲も無い、緑色の手術室だ。
麻酔がかけられる。
医者と目が合った。
木の虚のような目。
その中に鬼火が揺らめいている。
こいつ、医者じゃな――。
●
手術着を処分し、男は喪服に着替える。
組長不在の組長室から赤い月を見上げた。
鬼門 雲片。
悟道会直系、獄釜組、若頭。
40代後半。
一見すると、筋者には見えない風体だ。
月影達がいる山の隣の山、獄釜組が所持する山。
抜き取った物を売り飛ばす為に、そして残りを処分する為に組員達が動いている。
誰かが料理をしているのだろう。
肉が焼ける匂いが漂ってきた。
「親父の遺言、なかなかに厳しいヤマだ」
「……」
鬼門は若干痛む頭を抑えながらもうひとりの男に話しかける。
60代程の、こちらも喪服を着た男だ。
阿用郷 維那。
悟道会直系、獄釜組、舎弟頭。
鬼門はワイングラスに赤い液体を注ぐ。
阿用郷にも勧めたが、断られた。
「叔父貴。八瀬の叔父貴から連絡は……」
「あった。飛行機が見つかった」
言われた意味が一瞬、理解出来なかった。
脳に言葉が吸い込まれた瞬間、鬼門の目が軽く見開かれる。
それ以上に事務所が、否、山中がざわめいた。
鬼門の顔に青筋が浮かぶ。
「うるせぇぞ」
鬼門の一声で水を打ったように静まる。
「確認が取れ次第、また連絡すると」
「……それは」
何というべきかわからずに鬼門は言葉を濁らせる。
八瀬の不可解な行動にも、これで納得がいった。
「そういう理由なら迂闊に話せませんね。あいつにも話せない」
「年内にはわかるだろう、との事だ」
「そんなに」
「死体が見つからないらしい。シートに残ってるかもしれない髪やら何やら採集して鑑定するそうだ」
かもしれない、を強調して阿用郷が言う。
想像以上の状況に鬼門は重く息を吐いた。
「……わかりました。それは待つしか無い」
「ああ。残る問題は」
「織ですね」
テーブルの上にある写真を優しく撫でながら鬼門が聞く。
「何でヤクザに?」
「俺が聞きたいよ」
だが、と阿用郷が続けた。
「蛇塚組の連中、八瀬を探してる。捜索してやるから兄弟になれとでも言われたんじゃないか」
「あー……」
月影が八瀬を探していた事は知っている。
その捜索を裏から手を回して止めさせたのは獄釜組。
唯一の肉親。
連絡は取れども行方知らずとなれば、どんな手段を講じても探すだろう。
ましてや、両親が行方不明ともなればだ。
月影の行動力を甘く見たのはこちらだ。
それに関して何かを言う気は無い。
必ず迎えに行く、それだけの話。
だが。
「……誑かした奴は殺す。全員だ」
赤い月を見ながら、鬼門は一息に飲み干した。
●
触らせて、お金を貰う。
触らせて、お金を貰う。
その日だけ、食事が豪華になった。
みんな、お腹いっぱいになる。
外の人は気付かない。
だから自分で警察に突き出した。
成人してすぐの事だ。
●
「でも駄目だったな。殺さないといつまでもついてくる」
「とんだ誤解だな」
枕元にあった何かを握り、白装束の男の胸に突き立てた。
それが携帯電話だと気付いたのは男の肋骨から音が立った時だ。
間違いなくヒビが入ったか折れている。
だと言うのに目の前の男は動じず、雪白を見ている。
「――っ!? 雪白君!?」
物音に起こされた犬養が叫んだ。
同時に華風も飛び起きる。
男を突き飛ばし、雪白は携帯電話を振り上げる。
「ごめんね、起こしたね。すぐに終わらせるね」
「アカン!」
犬養が雪白を華風の方に突き飛ばしながら前に出る。
男の首に向かって蹴りを放つ。
何本かのスコップがナイフのように投げられた。
犬養が避け、壁に突き刺さる。
研ぎ上げられたそれは人間を殺傷しうる凶器だ。
「犬!」
「何とも無いわ!」
「お前ええぇ!」
2人の声が雪白の激発にかき消される。
ビリビリと窓ガラスが揺れた。
華風を振り切り、雪白は男に殴りかかる。
「これでは描く所の話ではない」
男が突如、姿勢を低くした。
突進する雪白は急に止まれず、男の肩に自ら乗り上げる。
俵担ぎにされた。
ジタバタと藻掻くも、男はびくともしない。
いつの間にか窓が開けられ、突風が吹き込む。
同時に部屋の扉が開き、蛇塚と月影が入ってきた。
「……!」
月影が何かに気付いたかのように息を呑んだ。
2人の顔を見た後、男が飛び降りる。
「雪白君!」
「――っ!」
犬養の手が伸ばされ、そして空を切る。