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極道芸術怪綺奇譚  作者: 六年生/六体 幽邃
1部 ある芸術家の喜び
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4章 降幕


 4章 降幕


 廃墟の入口から男が中を覗いている。

 黒いコート、喪服を着た40代後半程の男だ。


 会う訳にはいかない。

 しかし、死なせる訳にもいかない。


 何かがあれば飛び入れるように神経を張り巡らせている。

 全ては従兄弟甥の為に、だ。


「……織」


 男の呟きは月夜に溶けた。


 ●


 先は見えず。

 欲に囚われ。

 衆生は切って捨てた。


 剣に全てを捧げ。

 何もかもに勝ち続けた。

 

 神も。

 仏も。

 良きも。

 悪きも。

 

 行き着く先は立腐れ。

 行くも帰るも何も無く。


 崖の淵。

 ただ荒野で1人待つ。


――退場を待つ。


 ●


 穴の空いた天井から差し込む朧月の光が舞台を照らす。

 物置のような扱いのまま朽ち果てたらしく、雑多に物が置かれている。


 不安定な足場に降り立った瞬間、刀が振り下ろされる。

 断面を見るに、本来、舞台上で使う物ではない。


 真剣だ。


 崩れた舞台道具、降り積もった土埃。

 それらごと舞台の床が抉られる。

 

 舞台道具の破片を物ともせず、剣鬼は構え直し、再び刀を振り下ろす。

 土煙の中、光に反射する刀を見落とさぬように目を凝らす。

 

 長年放置された舞台道具はいとも容易く粉砕、切り裂かれる。

 刀もそうだが、崩れる舞台道具の所為で近付けない。


 剣鬼の呻きが鼓膜を揺らした。

 土煙が晴れる。

 

 更地になった舞台でゆらり、と剣鬼が構え直す。

 互いの間合いを計りながら、向かい合う。

 

 見合いながら月影は懐に右手を入れる。

 月影が武器を出すのを、剣鬼が今か今かと待ち構えている。 


「……」 


 懐から出したのは数本の、薄い苦無のようなナイフだ。

 指に挟んだまま胸に手を当てる。

 

 左手でコートの裾を摘み一礼。

 姿勢を戻す。


「かつての天才、至芸の持ち主。飛行機ごと天に還り、死体見つからぬ鴛鴦夫婦。

死に様すら芸術に変えた中秋の名月、其の名残。

伝説の月影、その息子! 月影 織! さぁさぁ、そちらの名乗りをお聞かせ願おうか!」

 

 真正面からの名乗り。

 開き直りとも思える程の堂々さに一瞬、剣鬼の素が現れる。

 

 取り繕おうと片手で顔を覆い。

 そして堪え切れず思い切り笑った。


 笑い声に合わせるように床が芝桜で埋め尽くされる。  

 紫色の芝桜だ。


 剣明が諸肌を――着物の上半身のみ――脱ぐ。

 背中に炎を纏った不動明王の入墨が現れる。

 

 本物の刀。

 本物の着物。


 本物の人殺し。

 

「おうおう! 御丁寧に痛み入る!

男を泣かし女を泣かし、渡世で腕を鳴らしたが!

この銃刀法のご時世に真剣で! 何の因果か舞台でチャンバラと来た!

今は無き剣明組、組長! 剣明 一閃たぁ俺の事!」


 月影の爪先に剣明の踵が降ってくる。

 後ろに避ければ、切っ先が腹を狙ってきた。

 

 横に、否、地面に伏せて足払いをかけるのと刀が方向を切り替えしたのは同時だ。

 剣明が飛び上がり、空気を切る音が真横を掠める。

 

 見上げた瞳の中に代紋が見えた。


 切っ先を外に、円状に並べられた剣。

 真ん中に剣の文字。


 天理の剣鬼。

 剣明 一閃。

 

 対。 

  

 月の名残。

 月影 織。


 いざ尋常に、勝負。


 ●

 

 剣明の足が土と芝桜を蹴り上げた。

 その間を縫うように突きが襲いかかる。

 

 避けずに思い切り弾く。

 金属音の最中、がら空きの懐に飛び込む。

 

 ぐるり、と回るように体勢を変えられ薙ぐように刀が振られた。

 今度は弾かずに伏せて避ける。

 

 即座の切り替え。

 直角に振り下ろされる刀から転がり逃げる。

 

 切り替え。

 床に沿うように刃が足元を襲う。

 

 飛び跳ね避ければ、足の間に刀がカチ上げられた。

 刃の上に乗り、剣明の腕から肩へ、そのまま飛び降りる。


 着地の瞬間は無防備だ。

 どうしても一瞬の硬直が隙を生む。


 例に漏れず今回も。

 月影を影が包んだ。

 

 剣明が吼える。


 振り被った大上段。

 数多の人間を唐竹割りにしてきた剣鬼の、剣明の必殺剣。

 

 これを待っていた。

 

 落ちてくる刀を思い切りナイフで弾く。

 踏み込まない、揺れた刀が芯を取り戻した。

 

 2度目の唐竹割り。

 ぶつかり合った刃から飛び散る破片が互いの頬に薄い線を描く。


 3度目の。

 ぶつかり合い、そして割れる音。


 刀が割れ、破片が月光を乱反射する。

 光の雨、芝桜を踏みしめた。

 

 銀の光が一直線を描く。


 舞台の下手と上手。

 月影と剣明が互いに背を向け合う。

 

 血振りをし、ナイフを懐に仕舞った。

 背後で剣明が倒れる。

 

 胸に手を当て客席に向かって一礼する。

 芝桜が消えていく中、何も言わず月影は舞台から退場した。 


 ●


「これにて決着……。満足ですかいな」

 

 そう言って蛇塚は立ち上がる。


 雪白は月影を迎えに行った。

 今なら後ろ暗い話を聞かれる心配も無い。

 

 襲われたのは自分の兄弟だ。

 落とし前を付けねばならない。


 返事が無い。

 だらりと多喜の腕が席から落ちた。


「……?」


 蛇塚は足音荒く多喜に近付く。

 そして全てを理解した。


「……そういう事かい」


 満足そうな多喜の死に顔を見て、蛇塚は何とも言えぬ表情を浮かべた。


 ●


「ただいまー」


 月影が自宅に戻ったのは夜が明ける直前の頃だ。

 上着を脱ぎながら小声で挨拶をしてみる。


 返事は無い。

 しん、と静まり返った玄関から自室に入る。


 今日はもう寝よう。

 着替える前に照明のスイッチを入れる。


「?」


 机の上に紙が1枚あった。

 綺麗に畳まれた紙だ。


 こんな物あっただろうかと、開いて中身を見る。


 俺は無事だ。

 体に気を付けろ。 

 危険な事はしないように。

 

 従兄弟叔父の文字だ。


「……!」


 家から飛び出し、辺りを探す。

 だが、周囲には誰もいない。


「……」

 

 無事なのだ、それだけは間違いない。

 無理矢理、自身を納得させ自宅に戻る。


 春の風が吹く。

 朝日が街を照らし始めた。


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