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極道芸術怪綺奇譚  作者: 六年生/六体 幽邃
1部 ある芸術家の喜び
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3章 千秋楽


 3章 千秋楽


 今日の公演は中止となったようだ。

 警察は殺人事件として捜査を進めているらしい。


 ●


 ホールには多くの警察官が出入りしている。

 昨夜の事件について話を聞かれているのだろう。

 

 完全に暇になってしまった。

 ホール近くの公園で、どうしたものかと月影は思案する。


 雪白は事務所で仕事。

 ベンチで1人である。

 

「失礼、ちょっとお話いいですか」

「?」


 何やら話しかけられた。

 40代程の男だ。


「実は私、こういう者でして」

「はぁ、記者」

「フリーですが」


 名刺を受け取ると、男が隣に座った。

 忽滑谷ぬかりやと名乗った男はメモ帳を取り出しながら話を続ける。


「ほら、昨晩事件が起きたの……、知ってます?」

「まぁ、触り程度には」

「それの取材してましてねぇ、何か御存知じゃありません?」

「えぇ?」


 と言っても月影が知っている事など殆ど無い。

 関係者に聞くのが一番ではないか、と返すと忽滑谷は困ったような顔をした。


「それがねぇ、妙に口が固くて……。前回の公演でも死人が出た所為でしょうねぇ」

「……? 一昨日の事故で?」

「いえ、前回公演。この街に来る前の公演ですね」


 そこでも同じ演目を行い、そして死者が出た。

 今回と同じように、剣士の相手をした役者が、だ。


 それでか、と月影は得心する。

 あの混乱は実際に死者が出た所為なのだ。

 

 どうやら月影は何も知らないようだと判ったようだ。

 忽滑谷が話を切り上げて立ち上がる。


「うーん、何かありましたら名刺の番号に。お名前頂戴しても?」

「あ、申し遅れました。月影といいます」


 名乗った途端、忽滑谷の動きが止まった。


「……月影? ……伝説の月影!?」

「いや両親が」


 言い終わらない内に両肩をがっしりと掴まれた。

 思わず痛みに呻く。


「ご両親についてお話を! どういう訳かあの事件は関係者が見つからなくて……!」


 先程よりも勢いよく忽滑谷が近付いてきた。

 このままでは押し倒されそうな勢いだ。

 

「是非ともお話を!」

「あの、ちょっと近いです」


 あまりにも近付き過ぎる忽滑谷を押し返そうと腕に触れた時だ。


「痛ぇー!」

「!?」


 突如、忽滑谷が叫びながら地面に転がった。

 痛い痛いと喚きながらのたうっている。


「ほ、骨が折れちまったよぉー! こりゃあ責任取って貰わねぇとなぁー!」

「……えぇー」

 

 絶対折れてない。

 その証拠に近くにいる警察官が全くこっちに来ない。


 近所迷惑になるし適当に済ませてしまおうかと考えた時だ。

 

「そこまでだ」


 混乱の現場に立ち入ったのは若い声だ。


 黒いスーツ、スカジャンを肩に羽織った青年が男達を率いて立っていた。

 20代前半程の男。

 

 華風 飛鳥。

 蛇塚組若衆、3次団体華風一家組長。


 当然、後ろに立っているのはその筋の男達だ。

 忽滑谷の顔が青褪める。


 華風の後ろから男が2、3人、前に出た。


「怪我をなされたそうで、こちらでお話を」

「え、いや、あの……」

「お話を」

 

 僅かばかりの抵抗の声は無視され、忽滑谷が男達に引き摺られて行く。

 さながら、運ばれる宇宙人である。


 忽滑谷の姿を見送ると華風が心配そうにこちらを見た。


「肩は大丈夫ですか」

「え? あ、うん、大丈夫」

「後はこちらで。ごゆっくり」

「う、うん。ありがとう」

 

 月影がお礼を言うと華風が一礼して立ち去る。

 それを見送りながら思い出す。


 ごゆっくりと言われても予定が無い。

 甘い物でも皆に買って事務所に帰ろうか。


 そう思ってベンチから立ち上がると、再び誰かがこちらに来た。

 

「今の蛇塚組の幹部か? 随分と若い」

 

 声をかけてきたのは多喜だ。


 ●


 組織大編成。

 悟道会、会長が代替わりと共に行った組織編成だ。


 高齢化する極道組織の生まれ変わりと、減少する本部の若手確保を目指し、

増えすぎた3次団体、4次団体等の下部団体を吸収、合併。

 

 また、高齢化により抗争への参加が不可能な組員の引退と引き継ぎ。

 これらを同時に行う。


 引退する組員や幹部達には充分な金を渡し、穏やかな余生を。

 若者達の力で新たな極道組織として生まれ変わる、という建前だ。

 

「押し付けられたな。随分と資金を持っていかれた筈だ」

「その辺りは俺の領分では無いので」

「そうか」


 ベンチに再び座り、2人は飲み物を飲んでいる。

 月影は経緯を振り返る。


 行方不明になった従兄弟叔父を探す代わりに兄弟盃を交わせ。

 蛇塚から出された条件だ。


 かと言って、何か仕事をさせられる訳ではない。

 たまに、荒事ではない仕事に連れて行かれるだけだ。


 こちらを見ていた多喜が重く口を開いた。 


「……ご両親の事は、いや、失礼。希望は持つべきだ。月並みだがそうとしか言えない」

「……」


 多喜の言葉に曖昧な表情を浮かべる。

 咳払いをしながら多喜が話題を変えた。


「君も何か芸術を?」

「両親程ではありませんが、多少は」

「そうか……。劇はどうだった」

 

 多喜の質問に少し考える。

 

「……本物志向を名乗るのは伊達じゃないな、と思いました」

「ほう」

「そして役者達の研鑽も凄まじい。何一つ違和感無く場面が作られている」

「評論家のような意見は出ないか」

「まぁ、それはあっちに任せようかなって」

 

 月影に作品を評する能力は無い。

 良いと思った物は良い、悪いと思った物は悪い。


 それだけの話だ。


「剣鬼はずっとあのままなのですか」

「……今はもう、そうとしか思えない」

 

 月影の問に多喜はそう答えた。

 会話が途切れる。

 

 沈黙の中に視線を感じた。

 刺すような視線。


 周囲をを目だけで見回す。

 砂地の上を男がこちらに向かって歩いてくる。


 40代後半程だろうか。

 目付きは険しく、ガッシリとした体つきの男だ。 

 

 目が合う。

 何処かで見た顔だ、と月影は考える。

 

「剣鬼の役者だよ」

「おお!」


 剣明 一閃。

 天理座、俳優。


「……座長、警察が話を聞きたいと」

「そうか」


 多喜が立ち上がる。


「話せてよかった」


 月影も立ち上がり、見送る。


「今日は千秋楽。今日が終われば我々も立ち去る……」


 背を向けたまま言い残して、2人が春風の中に消えていった。


 ●

 

「剣鬼はあのままなんだって」

「そうなんですか?」

 

 夜。

 蛇塚組の事務所。

 

 昔懐かしいVシネマが流れている中、月影と華風は新聞記事を漁っている。

 図書館でコピーしてきた縮刷版だ。


 雪白がテレビから流れる銃声や怒鳴り声の度に犬養の背中に隠れている。

 慣れ切った様子で犬養は茶を用意した。


「火ぃ」

「へい」


 隣に座っている蛇塚が子分にタバコの火を着けさせた後、舌打ちをした。

 言われなくてもやれ、という舌打ちだ。

 

「押忍! すんませんでした!」


 意図を察した子分が頭を下げる。

 苛立ちを抑えた後、蛇塚が月影に話しかけてきた。


「なんかおかしいん?」

「おかしいっていうかー……」


 言葉に出来ない違和感を覚えた。


「剣鬼さん死なないんですか?」

「そうだねぇ」

 

 雪白の問に月影は頷く。


 劇は剣鬼の生と死を描いた物。

 このままでは剣鬼は死なず、立ち尽くすだけだ。

 

 どう思う、と蛇塚に聞いてみる。

 蛇塚の動きが止まった。


「えー? なんかあるやん。そういうワザみたいなん。書かへんことで想像させるやつ」

「そういうタイプに見えた?」

「……いや、無いな」


 ホールでの言動を思い出した蛇塚が否定した。


 観客に想像の余地を持たせるような性格ではない。 

 むしろ逆。


 現実を捻じ伏せ、世界を降臨させるタイプだ。


 ならば、あの脚本は。

 新聞記事を漁り、目的の記事を見つけた。


 劇、剣鬼の初公演の記事である。

 バブルの頃の記事だ。

 

 読み進めようと目を落とすと、記事に白い光が落ちた。

 鏡や金属に反射した光。

 記事が光に隠される。


「……?」

 

 外は夜、太陽光などある筈もない。

 そう思いながら窓を見る。


 闇の中に何か居る。

 蛍光灯の光を、金属の何かで反射している。


 舞台から這い出た剣鬼が1人。

 窓の外に立っている。


 茶色がかった紫色の着物と名刀。

 荒野で待つ姿そのままで。

 

 剣鬼が刀で窓を突く。

 防弾ガラスであるそれを、刀が易易と貫き、粉々に粉砕した。


 突如の事に誰もが動けず、進路にいた組員が薙ぎ倒された。

 暴風のように飛び込んできた剣鬼が刀を振り上げる。


 月影に向かって。


「兄弟!」


 怒号の中、叩き切られたのは読もうとしていた新聞記事だ。


「!」


 真っ二つになった新聞記事を確認し、剣鬼が外に逃げ出す。

 割れた窓から顔を出し、行く先を確認する。


 演劇ホールに向かっている。


 ●


 朽ち果てた劇場。

 朧月に照らされた廃墟に確かな気配がある。


 蛇塚と月影が足を踏み入れる。

 その後ろを子分達が歩いた。

 

 雪白は犬養に引っ付いている。

 事務所には残しておけないからだ。


 踏み荒らされた雑草。

 誰かがいる。


 足元に気を付けながらホールに入る。

 劇場へ。


 色を失った観客席。

 誰もいない筈の客席に1人、座っている。


「こんばんわぁ、多喜さん」

 

 蛇塚が怒りなど無い様に振る舞った。

 ゆらりと、蝋燭の炎のような動きで歩く。


「詰まる所、演じるとは何だ」

 

 多喜が座ったまま続け、蛇塚が足を止めた。


「この世で最も演じられている劇は何だろうか。シェイクスピアは知っているだろう」


 ロミオとジュリエット。

 ハムレット。


 夏の夜の夢。

 ヴェニスの商人。


「技量に差がない2つの劇団が、同じ脚本を演じても、どちらかは駄作となる」


 如何な名脚本であろうとも。


「本物だからだ。役者が本物に成ったからこそ傑作となる」

「であるが故に、あの劇は未完」


 月影の言葉に振り向かず頷いた。


「そうだ。初公演、初稿にあった剣鬼の死の場面は破り捨てた」


 高度経済成長、バブルを経て長引く不景気。

 疲弊しながらも消費を止められない社会。


 消費するだけの怠惰な若者。

 留まることを知らない欲望。


 現れ得ぬ才能。


「明治、昭和は遠くになりにけり。かつてあった才能は死に、誰も現れず荒野と成り果てた。

故に未完、剣鬼を打ち破る者は居ない」

 

 舞台の上に剣鬼が飛び降りた。

 

 今夜お目にかけよう。

 今夜だからこそ。


 多喜が高らかに宣言し、そして――。

  

「ふざけるなっ!」


 怒号が迎え撃った。


「本当になかったのか! 何年も何十年も! 本当になかったのか!」


 蛇塚が唖然とした顔で声の主を見た。

 声を張り上げたのは雪白だ。


「自分が! 自分の好きな物を信じられないだけだ!

誰も枯れてない! 犬君も、社長も、月影さんも!

みんなすごいんだ馬鹿にするな!」


 誰もが剣幕に呑まれた。

 しん、と耳が痛い程の静寂。


 マッチを擦る。

 黒い煙草に火を付ける。


 マッチの処理をしながらゆっくりと煙を吸い込み吐き出す。

 果物と花の香りのする煙だ。


「作品を。座長殿」

「……」


 誰も割入らない。

 本来、煙草に火を付ける役目の人間でさえ。


「あなたの最高傑作を。荒野で待つ剣鬼を」

 

 携帯灰皿に吸い殻を捨てる。


「一切の倫理を捨て、作品か生き様で語れ。それがルールです」

「……そうだったな」


 蛇塚が雪白と一緒に観客席に座った。

 月が舞台に降りる。


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