表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
極道芸術怪綺奇譚  作者: 六年生/六体 幽邃
1部 ある芸術家の喜び
3/24

2章 演者が死ぬ脚本


 2章 演者が死ぬ脚本


 事故が起こったのは公演の後。

 明日に備えて舞台上で簡単な打ち合わせをしていた時だ。


 舞台の上には沢山の照明器具がぶら下がっている。

 箱のような形をしたライトだ。

 その内の1つが落下した。

 

 死んだのは俳優。

 落ちてきたサスペンションライトに唐竹割りにされ死亡した。


「そんなに重たい物なの?」

「んー、大体15……20kgはなかったと思うけど……」

 

 そう言いながら蛇塚が舞台に目を向けた。

 月影も舞台を見る。


 相応に大きい舞台である。

 大体、横15m、奥行き12m、高さ10mだろうか。

 

「潰れるならともかく、真っ二つに割れへんやろ……」

「うーん」

 

 股裂きの刑は手足の先に牛を繋ぎ、火を着け追い立て走らせる処刑だ。

 要はそれ程の力が無ければ裂け無いのだ人体は。


 多喜が事情聴取を受けている。

 事故当時の状況を説明しているのだろう。


 血を浴びた大道具が生々しい。

 あれでは使い物にならないだろう。

 

「中止かなぁ」

「ま、せやろなぁ」


 そんな会話をしている時だ。


「現場検証が終わったなら稽古に入りたい。明日も公演を控えている」

 

 まだ残る血飛沫が目に入っていないかのように多喜が言った。

 関係者であろう誰かが声を上げた。


「しかし役者は」

「代役はいる」


 ちら、と多喜が役者を見た。

 視線を向けられた男が慌てたように頷く。


「……大道具が」

「急げ」


 だがしかし食い下がる声は止まらない。


 演者が死ぬ脚本。

 呪われた脚本。


 そんな声に対して多喜は動じない。


「君達は」


 一呼吸。


「本当にそんな話を信じているのか?」


 誰もが口を噤んだ。

 呪いという非現実的な発言を窘められたからではない。

 

 飲まれていた。


 演劇への執念、公演への執着。

 自らが手掛けた世界の、完成への渇望。


 ホールの赤が地面を舐める炎のように揺れる。

 誰もが理解し得ず、混乱した。


 多喜にとって、人死には公演を止める理由にならない、と。

 

「失礼」

 

 薄緑のスーツが動いた。


「席にまだ空きは?」

 

 月影以外は。


 ●


 題名、剣鬼。

 休憩を挟み3時間。


 ジャンルは和風ファンタジー、だろうか。


 荒廃している世界の、1人の剣鬼の生と死を描いた劇だ。


 劇はまだ名も無き剣士が強さを手に入れる決意をする所から始まる。

 ボロボロの着物に、刀1本。


「名は無い、我はただ喰らう者である」


 名の無い名乗りを上げながら強者、そして神や仏に挑んでいく。


「喰らわねばならぬ、喰らわねばならぬ。我はそう生まれついた者である」


 強敵を倒す度に捨てられる人間性。

 死体を積み上げていく毎に剣士は老いていく。


 強くなる毎に剣士は様々な物を手に入れる。

 ボロボロだった着物は豪奢な物へと変わり、刀も名刀に変わる。

 

「喰らわねばならぬ、喰らわねばならぬ。立ち止まりは死である」


 剣士が手に入れる度に、風景が変わる。

 植物が徐々に、暗くなり、枯れ、朽ちていく。 


「崖の淵。ただ荒野で1人」


 全てが枯れ、道すらも無くなった荒野の淵。

 剣士は1人で立っている。


 暗転する直前。

 老いた剣士がこちらを見た気がした。


――終劇。


 評論家達はこの劇を現代日本への風刺だと言う。


 高度経済成長、バブルを経て長引く不景気。

 疲弊しながらも消費を止められない社会。


 消費するだけの怠惰な若者。

 留まることを知らない欲望。


 それらを精密に、緻密に組み立て、演じ、非常に高い技量で表現された劇であると。


 ●


「疲れましたねー」

「今日はもう頑張らない。雪白君をもちもちする」

「される」


 公演が終わった後、月影と雪白は事務所に戻っていた。

 2人揃ってソファーで頬をもちもちしたり、されるがままになったりしている。

 

 凄まじいまでの本物志向。

 大道具や小道具にも拘りが見て取れた。


 そして役者。

 彼らは道具に呑まれること無く役を演じ切っている。

 

 美術館や博物館に飾られている日本刀。

 あるいは、職人が作った包丁。


 現代人が違和感無くそれらを扱うには相応の修業が必要だろう。

 道具を使うだけでは無い、1枚の絵になる程の修行が。

 

 月影は一口、茶を啜る。

 雪白はぐったりとしており、疲弊が見て取れた。


「叔父貴、お疲れ様です。……雪白君、大丈夫かぁ」

 

 後ろから声をかけられた。

 長い髪をくくった、野良犬のような男だ。


 犬養 はやて

 蛇塚組の若衆。


 事務所の隣のマンション。

 蛇塚組が買い上げたそこに、雪白と2人で住んでいるらしい。


「今日の晩御飯どないするぅ」

「なんか胃に優しいさっぱりしたもの……」

「おー」

「あと刺身蒟蒻」

「好きやなぁ」


 犬君に任せとけ、と犬養が笑った。

 どうやら、料理の担当は犬養らしい。

 

「雪白君は料理しないの?」

「電子レンジ爆発させる子は台所出禁です」

「もうさせない、多分」

「成程」


 犬君のご飯美味しい? と聞くと雪白が目を輝かせながら語る。


「犬君のご飯は凄いんですよ」

「そうなの?」

「雪白君」


 直球の褒め言葉に犬養が静止の声をかけるが止まらない。 


「美味しいし凄いんですよ」

「雪白君! 何やねんもう! 元気やん! 帰るで! 失礼しますぅ!」


 犬養が顔を真っ赤にしながら雪白を引き摺る。

 また明日ー、と呑気な声で2人を見送った後、月影は煙草を咥えマッチを擦った。


 真っ黒な煙草に火を付ける。

 果物と花の香りがする煙をゆっくりと吸い込んだ。


 ●


 朝に一報が入る。


 代役を務めた俳優が、自室で唐竹割りにされた。

 2日目の公演が終わった夜の事だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ