20章 葬儀
20章 葬儀
ニュースは永楽の屋敷を写している。
あれだけ張り付いていた記者達は皆、そちらに向かったようだ。
阿弥陀像の埃を落とす。
来客を知らせるチャイムが鳴り、月影は玄関の扉を開けた。
●
新年に似付かわしくない空気の中にいる。
月影と八瀬は両親の葬儀を執り行う事を告げる。
「そうか……」
沈痛な面持ちで有侠が頷いた。
事務所の重い空気が更に重くなる。
有侠組、事務所。
年明けに喪中である事を告げると檻原に引き摺られ、ここに投げ込まれた。
「すみません、新年なのに」
「どうせこいつが無理矢理連れてきたんだろ」
「ええやんけ別に、今更縁起が悪いも無い」
ぎょうさん取り憑いとるわ。
悪びれもせずに酒を飲む檻原を横目に有侠は2人に雑煮を勧めた。
礼を言いながら箸を取る。
『頂きます』
焼いた餅に鶏肉と三つ葉のシンプルな雑煮である。
2人同時に餅を伸ばした後、汁を啜った。
「それで日程は?」
「まだ何も決まってないです。宗派とか何も知らないので……」
「あー……」
「ワシも知らんぞ」
「俺も知らねぇよ」
なんやねん、と檻原が手で顔を覆った。
「何で知らんねん、そういうのはお前が適任やんけ」
「お前こそ何で知らねぇんだよ饂飩玉タカってた癖に」
ぐぬぬ、と双方が唸った。
そして同時に八瀬を見る。
「お前どないやねん」
「獄釜の奴、何か言ってなかったのか」
「聞いてないです。てか兄貴も知らなかったんじゃ」
「いーや! 葬儀屋になるくらいやから知ってた筈や、何か思い出せ!」
「ええええ」
檻原の無茶振りに八瀬が振り回されている。
月影はその様子を見て首を傾げる。
「その、獄釜組さんは、両親とは?」
「ん?」
有侠が答える。
「俺達ともう1人、世話になった奴がいて、それが獄釜だ。去年死んじまってなぁ」
「そうですか……」
「アイツが1番、先生達に懐いてた」
昔を思い出しているのか有侠が少しだけ目を細めた。
「浄土真宗唱えてたのは覚えてますけど」
「それアイツの宗派やんけー!」
感傷に浸る間も無い。
有侠が檻原を止めに入った。
●
「何とかしろよお前の親父だろ」
「無理です……!」
有侠組の事務所から帰る途中、蛇塚達と出くわした。
初詣の帰りらしい。
悟道会関係者への挨拶回りが終わった為、今度は雪白を連れて出かけていたようだ。
犬養や華風も一緒である。
八瀬が檻原に無茶振りされた恨みを鬱憤を蛇塚で晴らしている。
他の組員は目を逸らしている。
それを見ながら月影は雪白をもちもちしていた。
「雪白君はおみくじ引いたかな?」
「大吉でした!」
「よしよし」
おみくじの結果に満足しつつ、月影は前から気になっていた事を聞く。
「そう言えば雪白君は何で蛇塚組に来たの?」
「えーっと……」
犬養が代わりに答えた。
「アホが田舎から出てきたばっかりの雪白君をだまくらかして組に連れてきよったんですわ。
そのアホは絶縁したんですが、雪白君が行くとこ無いし金も無いしで」
「大変だったねぇ」
月影は改めて雪白の頭を撫でる。
雪白は嬉しそうに撫でられている。
「絶縁と破門ってどう違うんだっけ」
「絶縁が1番重たいんです。破門は復帰出来るんですわ」
「成程……」
賢い、と月影は犬養を撫でた。
雪白もつられて撫でる。
それを見た蛇塚が恨みがましい目でこちらを見た。
「犬ぅ……、何やねんお前羨ましい……」
「次は兄さんをなでなでしよう」
「えーほんまにー? 嬉しいー」
八瀬からの突き刺さる視線を背中で受けながら蛇塚がこちらに近付いてくる。
遮るのは街中に似つかわしくない、アクセルを吹かす音だ。
甲高いタイヤの音とブレーキ音が真後ろで聞こえた。
ワゴン車のドアが開き、何本もの手が月影に伸ばされる。
雪白を犬養の方に突き飛ばす。
だが、目的は月影であったらしい。
引き摺り込まれた先には喪服の男達が居た。
その中に見知った顔を見付ける。
「鬼門さん……!?」
「どうも」
鬼門の指が月影の顎を撫でた。
八瀬の怒鳴り声が響く。
「話が違う! 作品は全部お前らに売った! それで終わりの筈だ!」
「済みません叔父貴、親父の遺言で……」
そう言って1枚の紙が八瀬に投げられた。
受け取った八瀬が信じ難い目で紙を広げる。
「月影織の全てを墓前に供えろ、と」
「なっ……!」
そう言い残し、車のドアが閉められた。
八瀬が車を追いかけようと車道に飛び出す。
「八瀬さん!」
車に取り付こうとした八瀬を蛇塚が抱き止めたのが見えた。
タイヤを鳴らし、車が走り去る。
●
「雪白君は部屋で待っててな。知ってる人間が帰ってくるまで開けたらアカン」
「うん……、気を付けて」
普段とは逆に、雪白が犬養を撫でた。
犬養は急いで蛇塚組のワゴン車に乗り込む。
車内は武器を持った男達が寿司詰めにされている。
犬養の後に有侠と檻原が乗り込んできた。
車は山に向かっている。
獄釜組所有の山らしい。
●
真っ赤な月が見える。
ボロボロの阿弥陀寺像がある。
廃寺の本堂に喪服を着た男達が詰めている。
廃村や廃寺を抱いた山奥。
誰も立ち入らない故に荒れた山道。
朽ち果てた墓地を見下ろすと湖があった。
どう見ても事務所では無いだろう。
組の事務所では無い事に疑問を抱きながら月影は手渡された服を見る。
喪服に、黒いコート、革手袋。
裾にスリットと折り目が入れられており、見た目よりも広がるようになっている。
袖を通すと誂えたようにピッタリだった。
「お似合いで」
「!」
いつの間にか鬼門が傍に居た。
「き、鬼門さ……」
「蛇塚組が麓まで来ています」
「……」
鬼門が月影の髪の乱れを直した。
不安を隠せずに、鬼門に詰め寄る。
「どうして」
「親父の遺言ですので」
「それは……、鬼門さんもヤクザだったんですね」
「はい」
上の言う事は絶対、それは知っている。
だが、こんな強硬手段を取る必要があったのか。
葬式や告別式に出席するだけの話では無いのか。
「俺を供えるって……? 何をしたらいいんです」
「言葉通りの意味です。親父の仏前に貴方の全てを供えるだけ」
鬼門が月明かりで赤く染まる。
「命もね」
言われた意味が理解できず、理解した瞬間に飛び退る。
腕を捕まれ、壁に追い詰められた。
目が合う。
酷薄と、執念と、歓喜が入り混じった表情に言葉を失う。
背中に回される腕に辛うじて体裁だけを取り繕う。
「お、れは何か失礼を……?」
「貴方にならメンツを潰されたって怒りはしませんよ」
鬼門が月影の首筋に顔を寄せた。
突然の変貌に月影は動けない。
「今度は何処にも行かせない」
それだけなんです、と鬼門が耳元で囁いた。




