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極道芸術怪綺奇譚  作者: 六年生/六体 幽邃
1部 ある芸術家の喜び
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1章 劇団・天理座 


 1章 劇団・天理座 

 

 先は見えず。

 欲に囚われ。

 衆生は切って捨てた。


 剣に全てを捧げ。

 何もかもに勝ち続けた。

 

 神も。

 仏も。

 良きも。

 悪きも。

 

 行き着く先は立腐れ。

 行くも帰るも何も無く。


 崖の淵。

 ただ荒野で1人待つ。

 

 ●

 

 雨月の夜、月影 はとりが蛇塚と5分の盃を交わしてから数ヶ月。

 芝桜が咲く頃。


 車の後部座席でうとうとと船を漕ぎそうになるのを何とか堪える。


 月影は蛇塚と共に仕事へと連れ出されていた。

 と言っても血の臭いがするような仕事では無い。

 

 蛇塚組所有の――表向きは別の会社が所有している――演劇ホール。

 そこで公演を行う劇団への顔出しだ。


 今日は3日間の公演の初日。

 舞台が終わり、客が帰った頃に顔を合わせるらしい。


 ヤクザとの関わりが殊更、忌避される昨今。

 客が帰り、人目が無いにしろ、如何にも極道です、という人種では都合が悪い為、連れ出された。


「親父、資料です」

「おー」


 助手席から蛇塚の子分が資料を渡してくる。

 月影と、蛇塚ともう1人。


 雪白 青。

 20代前半程、真っ白な髪が目立つ、小柄な青年だ。


 堅気だが、蛇塚に世話になっていると言う。

 

 資料を同時に受け取り、視線を下ろす。

 月影と雪白は渡された資料を僅かに見て。


「君達ぃ? おんなじの渡されたでしょ?」


 同時に蛇塚を挟み、手元の資料を覗き込んだ。


 ●

 

 演劇ホールに近付くに連れ、劇団のポスターが増えていく。


 劇団、天理座。

 学生運動の時代からある劇団である。


 月影は車の窓から外を見る。

 演劇ホールから帰るであろう客の姿がまばらに見て取れた。


 寂れた街並み、人気の無い公園。

 何某かの廃墟を通り過ぎると目的地が見えてきた。


 昔は大勢の人間が訪れたであろう演劇ホール。

 そして、チカチカと目に入る赤い光。


「……パトカー?」

「何やねん、事故でも起きたん……、兄弟、そういう時は子分が開けるのを待たなあかんねん」

「そうなの?」


 真っ先に車を降りた月影に苦笑いを浮かべながら蛇塚が車から降りる。

 最後に降りた雪白がドアを締めると、車は駐車場に向かった。

 

 駐車場から劇場までの階段を上る。

 建物の前には警察官が大勢立っていた。

 

 立入禁止のテープの前に立つ。

 中を見ようと跳ね回っている月影の横で蛇塚が警官と何か話している。

 

 気付けば雪白も隣で跳ね回っていた。

 中には入れなさそうな為、ぐるっと外周を一周りしてみる。

 

 ホールの周りは木で囲われている。

 特に何の異常も無い。

 

 半周した所で月影は目的のホールとは別にもう1つ、ホールが有るのに気付く。

 丁度、後ろに隠れる形にそれはあった。


 2人は同時に首を傾げる。


「……あれはなんだろうねー?」

「なんでしょうねー?」


 外装は剥げ、床は抜け落ち、雑草は伸び放題の状態だ。

 何十年も使われていないのだろう事が一目で分かる。


 中を覗くと、床を突き破って雑草が生えていた。

 紛うこと無き廃墟だ。


 ふと、視線を感じた。

 廃墟の中からだ。


 風で月影のコートが揺れる。

 薄緑のコート。

 

 しばらく立ち止まっていたが何の変化も無く、風音だけが過ぎた。

 月影は歩を進め、入り口に戻る。


 蛇塚と警察官との話し合いは終わったようだ。

 駐車を終わらせた蛇塚の子分達が後ろで物騒な目付きをしている。


 雪白が何も言わずに月影の後ろに隠れた。

 少しだけ顔を出して辺りを伺う。

 

 蛇塚がこちらに気付いた。

 

「何やねん、何処行ってたん」

「後ろの建物見てたー」

「あぁ、あれか。前はホールが2つあってん」

 

 だが不景気で片方は営業を停止したらしい。

 税金対策で、あのまま放置しているようだ。


 蛇塚の後を追って建物の中に入る。

 上着を脱ぎ、片手に持った。

 

 月影は中を見回す。

 先程の廃墟とは違い、当然、綺麗に保たれている。


 だが、何やら物々しい雰囲気が立ち込めている。

 建物入口では関係者と思わしき人間達が警察官から事情聴取を受けていた。

 

 耳を澄ませてみるとどうやら、舞台で事故が起きたらしい。

 相応に凄惨な事故だったのだろう、皆の顔が心なしか青褪めている。


 舞台衣装のまま聴取を受けている人間もいる。

 中には錯乱している者もいるようで、叫び声のようなものが聞こえてきた。

 

 聴取が済んだのであろう関係者達がヒソヒソと声を潜め何かを話している。


 演者が死ぬ脚本。

 

 その言葉を月影の耳が捉えた時だ。


「騒がしいぞ」


 一声。

 それだけで場がしん、と静謐に変わる。


 建物の奥の扉が開いている。

 劇場の赤を背に、入口に男が立っている。


 真っ黒なサングラス。

 真っ黒なマオカラースーツ。


 ピンと伸ばされた背筋、肩まで伸びた白髪。

 70代程の男。


 男が蛇塚と視線を合わせ、そして背を向けた。

 蛇塚を見ると、鼻を鳴らして歩き始めた。


 男の背を追いかけるように月影は劇場へ入る。

 

 眼下に広がる真っ赤な客席。

 左右に分けられた真っ赤な舞台幕。


 眩いばかりの舞台照明。

 そして舞台の上に広がる血飛沫。

 

 客席に男が座っていた。

 劇場の真ん中の席。

  

 舞台が最もよく見える場所。


 理解する。

 成程、この人が座長か。


 ●

 

 多喜 巌。

 77歳。


 劇団の特徴は、極端な本物志向。

 脚本から演出は全て彼の手によるもの。


 役者、小道具や大道具にも異常なまでの拘りを見せるという。

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