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極道芸術怪綺奇譚  作者: 六年生/六体 幽邃
4部 ある芸術家の楽しみ
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18章 才能


 18章 才能


 愛人の子ですら無いのだ。 

 

 ヤクザと付き合った女が、抗争に巻き込まれない為に別れを切り出された。

 母親は1人で子供を育てた。

 

 バブル崩壊後、抗争は激化し、景気は悪化する。

 

 高校の卒業式の日、母親が死んでヤクザになった。

 組に入って間も無く始まった抗争で父親が死んで――。


 嗚呼、超えられなくなった。

 そう思った瞬間、人間である資格を失ったのだ。


 ●


 蛇塚組の事務所で、月影のポンチョのような外套に雪白達が潜り込んでいたのは覚えている。

 

 この事件は裏社会の人間の仕業ではなく、ただの誘拐犯の仕業ではないか、

そして、被害者達が自らの意思で行方不明になった可能性も捨てきれないという話をしたのも覚えている。


 その後どうしたか。


 調査に出て、話を聞き回った結果、判った事があった。

 被害者達は行方不明になる前に、何か良い事があったらしい。 


 そこで、ある程度の予測が立つ。

 誘拐犯は、被害者達に良いニュースを聞かせる事が出来る音楽関係者ではないかと。

 

 そこまで判れば後は芋蔓式だ。

 行方不明になったキャバ嬢の客を洗えばいい。

 

 そこから先は泥染の仕事だ。

 月影や雪白にさせられる仕事ではなく、若手には荷が重い。

 

 その後どうしたか。


 ヤクザである事を隠し、客と実際に会話し、信頼させ、自宅に招かせる。

 決定的な現場を押さえ、被害者の状況を確認し、後は金なり何なり巻き上げればいい。

 

 客の情報を調べ上げ、行きつけの店を調べる。

 いつものスーツではなく、少し砕けた遊び場用のスーツだがそれなりに馴染んでいた。


 この歳で入墨が見えない程度とは言え、袖が短い服を着るのは気恥ずかしいものがある。

 若作りには見えない、と月影に太鼓判を押されたので信じるしか無い。


 先代の大島組、組長は泥染の入墨を良く思っていなかった。

 入墨が、と言うより泥染の入墨に対する姿勢だろう、と今になって思う。


「それ以上はやめておけ」


 腕の入墨を肘下から手首まで入れようとした時の事だ。

 実の父親を越えようと、自傷じみた行為をしていたのを見透かされたのだろう。


 否、それは自傷だったのだ。


 感傷を振り切り、泥染はピアノの前に立つ。


 照明をギリギリまで落としたバーで、ピアノを弾きながら向こうから接触してくるのを待つ。

 店の雰囲気を壊さない、ゆったりした曲を弾く。


 目的の人物が来た。

 音楽家、永楽 篝。


 テレビで見たときとは打って変わって、カジュアルな服装をしている。

 泥染は見張っている事を気付かれないように演奏に集中する。

 

 何回か演奏を繰り返した頃、永楽から話しかけてきた。

 若者だけに声をかけているかもしれないと懸念はあったが、そうでもないらしく、あっさりと引っ掛かった。

 

 聞けば、何かしら感じる物がある音楽家には全員、声をかけていると言った。

 そう言われれば、若者達も悪い気はしないだろう。

 

 的確に褒め、為になるアドバイスを何度も貰えば、あっさりと攫われてしまうのも理解できた。


「そういや先生、この前テレビでさ、言ってただろ」

「……何の話かな?」

「常に深い情動に触れるってどうやってるのか気になってね」

「気になる?」

「気になるねぇ」

 

 互いに声を潜めて会話し、タクシーで向かったのは廃墟と見紛う洋館だ。


 ●


 周りには木しか無いような場所だ。

 夜の帳が降りているせいで不気味さが増す。


 大仰な門と噴水のある中庭を超え、階段を登り、洋館の中に入る。

 玄関ホール、吹き抜けの階段の下にある扉が開かれる。


 音楽家らしく、家の中にはピアノや他の楽器があった。

 廊下や部屋の中には西洋甲冑が幾つか飾られている。


 廃墟のような外観とは打って変わって中はしっかりとしていた。

 聞けば防音の為に工事をしたらしい。


 薄暗い照明が部屋を照らす。

 今の所、奇妙な点は無い。


 応接室に通され、2人は再び酒を飲み始める。

 他愛の無い音楽談義を弾ませながら、泥染は永楽が酔い潰れるのを待った。


「しかし今更だが君は誰かに教わったのか?」

「……いや、趣味が高じて。気楽な独身だしな」

「ふーむ、なかなかどうして……」

 

 暫くすると酔いが回ったのか、永楽がソファーに倒れ込んだ。

 泥染は上着をかけてやりながら、肩を揺する。


「先生? 風邪引いちまいますよ?」

「……」

 

 完全に寝入ってしまっている。

 泥染は音を立てないように応接室を出た。


 しかしまさかの大物が引っ掛かった、と泥染は屋敷を見回す。

 稼いでいるだけあって、相当の広さだ。


 音楽家、永楽の家。

 もし被害者が見つかれば、かなり搾り取れるだろう。

 

 寝室は恐らく2階だろう。

 まずは、毛布を取りに行きがてら、何かがありそうな場所に目星をつけたい。


 玄関ホールの豪奢な吹き抜けの階段を登る。

 登った先は三手に分かれており、まず正面の扉を開けると、そこはダンスホールのような部屋だった。


 泥染はまず右に向かう。 

 廊下には官能的な絵画が沢山かけられていた。

 

 幾つかの部屋を見て回り、寝室らしき部屋を見つける。

 中に入るとヴァイオリンや、楽譜が設置されているのが見えた。

 

 本棚の中には音楽に関する本の他にも、怪しげな本がある。


 何か声が聞こえた気がした。

 泥染はベッドから毛布を引き剥がし、応接室に戻る。


 そっと、応接室の様子を伺う栄楽は夢の中だ。

 毛布をかけてやり、泥染は再び探索を始める。


 先程の声は何処から聞こえたのか。

 何人かで歌っているような声だった。

 

 再び聞こえてきた。

 何処だろうか、と泥染は考える。


 1階を探索する。

 玄関、風呂場、トイレ、リビング、台所、食堂。


 特に怪しい所は無い。

 となれば次は2階の左側を探索するべきだろう。


 泥染は再び階段を上る。

 エレベーターが欲しい、と口を出そうになるが我慢した。


 左側の廊下にはグロテスクな絵が飾られていた。

 見慣れているが、それでも見たい物では無い。


 そして何より、声が大きくなってくる。

 誰か、それも何人も居る。

 

 足音を殺しながら泥染は廊下を進む。

 ある部屋の前で足を止め、中を覗き込む。

 

 病院のような白い部屋に白いベッドが幾つもある。

 そこには胡乱な目をした男女が何人も寝ている。


 慌てて部屋の中に入る。

 彼らは革のベルトでベッドに固定されている。

 

 最早、面影すら消えかけているが、間違いなく行方不明になったキャバ嬢や音楽家達だ。

 声をかけるが、泥染の声が聞こえていないかのように虚空を見ている。


 部屋が急に暗くなる。

 背後から誰かに毛布で包むように抱きしめられた。


「バレバレだよヤクザの泥染君。探していたのはこれだろう?」


 袖口を軽くたくし上げられ、腕の入墨を撫でられた。

 その後に永楽がベッドを指差す。

 

 弱みを見付けられた人間とは思えない声音で永楽が息を吐く。

 

「歳を取るにつれ感覚は摩耗するが、新たな楽しみも増えた」

 

 闇の中に永楽の声だけが落ちる。

 ぞわ、と全身に鳥肌が立つのを感じた。

 

「天才を踏み潰すのは文化の損失だ。だがそうでないなら?」

「……」

「誰憚る事も無い。彼は才能が足りなかった。彼女は続かなかった。誰もがそう言い、見逃すだろう」


 泥染は言葉の先を聞きたくないと突き飛ばす。

 

「わざと踏み潰しているなどと、考えもせず、否、誰もが優越感と快楽を感じて踏み潰す」


 多少、よろけたものの平然と永楽が言葉を続ける。


「そして彼らも」

「何……!?」

 

 大声量、男女混声の合唱が耳を突いた。

 思わず耳を塞ぐ。


「ここにいればずっと夢を追いかけられる」

「……!」

「才能が無い事も、夢破れた事にも気付かない、いいや気付きたくないのだ」


 思わず手が出た。

 永楽を殴った後に玄関ホールに向かって走る。

 

 鍵を開け、外に出ようとするも扉が開かない。

 何度か叩き、蹴ってもびくともしない。

 

 何処か裏口はあっただろうか、と他の部屋の扉を乱暴に開ける。


「楽しい事など何も知らず、足掻き藻掻く、そんな哀れな音がする」


 声に紛れて、ずる、ずると何か重い物を引きずるような音が追いかけてくる。

 ガシャガシャとした金属音も聞こえる。


「は……?」


 現れたのは、この洋館に相応しい動く西洋甲冑だ。

 泥染は状況も忘れて唖然とする。

 

 中身が永楽である事に気付くのと、引き摺っている剣が鈍く光るのは同時だった。

 分厚い鉄板が振り回され、周囲の家財が破壊される。


 今度は屋敷中に歌が響いた。

 ヒステリックな、悲鳴のような歌。


 先程の部屋に居た人数では到底出せない声量だ。

 探索していない部屋にまだ、誰か居たのか。


 泥染は剣を避け、階段を登り、ダンスホールへ逃げる。

 ホールには何が書きたいのか判らない絵が飾られている。


 空気を切る音がして、剣が体を掠めた。

 模造刀だが頭に当たれば死ぬ。


 その殺意に泥染はある可能性に思い至る。


「同意なら態々、俺を殺す必要は無い。底が見えたな」


 がしゃり、と鎧が動いた。

 泥染は場内に武器になる物が無いか目を走らせる。

 

「……!?」


 突如、永楽が辺りを慌てたように見る。

 少しして異変を泥染も感じ取った。


 洋館に静けさが戻っている。

 誰かの足音が大きくなっていく。


 永楽の向こう側に小さな火が見えた。


 ●

 

 閉ざされた門が再び開いた。

 外の閂が外され、誰かが入ってくる。


 新月の夜、真っ暗で誰が来たか判らない。

 だが、皆が彼の来訪を出迎えるように歌を止めていく。

 

 部屋の中で、ベッドの上で女は音を聞く。

 長年使われず、退化した体は起こす事も、物を見る事さえも叶わない。


 徐々に歌が止み、足音の方が大きくなる。


 この音を知っている。

 昔、誰もが耳を奪われた輝きだ。

 

 全てのの音が止まった中に、しゅ、とマッチを擦る音が聞こえた。

 誰かがポツリと呟いた。


「おかえりなさい月の影」

 

 壺中の天。

 永楽 篝。


 対。 

  

 新月。

 月影 織。


 いざ尋常に、勝負。


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