16章 新月
16章 新月
外は冬の曇天だ。
テレビは発見された飛行機の中を写している。
荒れた機内は急上昇によるものか、乗客のパニック故か。
当時の人間が居た痕跡がありありと残っている。
2席だけ静謐さを保っている場所があった。
あそこに座っていたのか。
最後まで美しいまま逝ったのだ。
飛行機ごと行方不明になるという外側だけでなく、内側も。
「従兄弟叔父さん」
月影はテレビから目を離さずに言う。
もう悔いも未練も無い。
「来年の初めくらいに葬式しようか」
ぐ、と誰かが声を飲み込む音が聞こえた。
●
「そういう事だから」
「……どういう事ですねん」
蛇塚組、組長室。
前で茶を啜る八瀬を蛇塚は見る。
子分達には近付かないように言い含め、2人だけで向かい合う。
暖房が効いている部屋なのに、外のように冷え冷えとしていた。
直系に昇格したとはいえ、檻原組と蛇塚組は親子関係だ。
そして、その檻原組と獄釜組は同期の関係だ。
そうでなくとも八瀬は蛇塚より年上だ。
明確な上下関係がある。
「判るよな?」
「判りませんわ。ハッキリ言うて下さい」
八瀬が蛇塚を睨んだ。
「織に近付くな」
人喰らいの獄釜組。
その名前は健在らしい。
「惚れただと? 勝手な真似を」
「八瀬さん」
「どっか行っちまったら責任取れんのか」
「……それは」
何かを言おうとして口籠る。
一目惚れとは言え、蛇塚は惚れ込んで盃を申し込んだ。
月影はどうなのだろうか。
その疑問が解消された事は無い。
される事は無いだろうと諦めている。
それでも、と言おうとした所でドアがノックされた。
「2人共……、もう遅いけど」
「あ、ああ」
ドアの向こうから月影が話しかけてきた。
張り詰めた空気が解ける。
窓の外を見るともう真っ暗だった。
ドアを開けると月影と雪白が心配そうな表情で立っていた。
「あのね、気晴らしにパーッとしてきたらどうだって」
「ん、何するん?」
「キャバクラでーす。赤楝蛇さんがおすすめしてくれました」
「えっ」
雪白の発言と同時に八瀬の周りの空気が急に冷えた。
冷や汗が蛇塚の背中を伝う。
事務所内に視線を走らせると、頭を抱える蝮と得意気な赤楝蛇の顔が見えた。
「ちょっと後で話あるんだけど」
「違うんです! すんません!」
光の速さで蛇塚は頭を下げた。
●
キャバクラは焼肉屋に変更になった。
赤楝蛇に世話を焼かれながら月影は八瀬に不満を漏らす。
「過保護」
「何とでも言え。変な事に巻き込まれたらどうする」
「そう言って学校も駄目って言うんだから!」
「高認受かったんだからいいだろぉ?」
月影と八瀬の会話に蛇塚が噎せた。
華風がおしぼりを用意する。
「ちょっとそれどないですの?」
「泥棒猫」
「会話を放棄せんで下さい!」
言い合う2人を尻目に、月影は目の前で焼ける肉にお預けを食らう。
雪白も同じ気持ちなのか、じっと網の上を見ている。
月影の手持ち無沙汰な様子を見て、泥染がビールを片手に話しかけて来た。
それを切欠に、いつもの面子でワイワイと話が弾む。
「……叔父貴、学校行ってないんですか」
「行ってないですよぉ。従兄弟叔父さんが家庭教師」
「マジすか、すげぇ!」
「雪白君、そんなじっと見てもお肉は早く焼けへんで? あとこの野菜で肉包むんやで」
「じゅるり……」
だからね、と月影は切り出した。
「何か仕事無い? 俺がちゃんと出来るって事を見せたいの」
その言葉に今度は八瀬が噎せた。
華風からおしぼりを受け取りながら八瀬が制止する。
「ばっ……! 何言ってんだお前!」
「俺はちゃんと帰る! 赤楝蛇さん何か無い!?」
月影の断言に八瀬が口をパクパクさせる。
赤楝蛇が考え込む。
紙とペンをポケットから出し、筆談の準備をする。
月影や周りにいる組員達も赤楝蛇の手元を覗き込む。
『キャバ嬢や路上バンドの失踪事件が続いている』
●
「糞が……」
車の中で鬼門が断言した。
恨みがましい目で月影達が入った焼肉屋を見る。
鬼門の隣に座る男が言う。
僅かに化粧品の匂いがする男だ。
「どうします?」
酒天 竜頭。
悟道会直系、獄釜組、若衆。
40代前半程、白髪交じりの男だ。
穏やかな風貌をしている。
酒天の動じていない様子に、鬼門は舌打ちをしながら答えた。
「どうしますも何もあるか。記者が大勢、織に張り付いてやがる」
「そうですか」
「面倒くせぇなぁ、何人か攫っちまいますか」
運転席で別の男が声を上げた。
酒天とは違い、こちらは荒々しい風貌だ。
茨城 湯透。
悟道会直系、獄釜組、若衆。
茨城の言葉を受け、鬼門は考え込む。
少しして、結論が出た。
「駄目だ、前に1人食ってる。今は待つ」
「ですよね……」
春先に月影に纏わり付いた不快な記者の事だ。
今は冬、処分は夏の事とは言え、立て続けに失踪が続けば不審に思われる。
残念そうな声で茨城が了承する。
鬼門が煙草を咥えると、酒天が火を付けた。
「出せ」
「押忍」
動く車の窓から外を見る。
食べ終わったのか、丁度、月影達が店から出てきた。
記者が月影に近付こうとするも、傍に立つ蛇塚組を見てそそくさと目を逸らす。
暫くはこの状況が続くだろう。
無理に動けば組だけでなく、悟道会全体に迷惑がかかる。
遺言の仕事を完遂する為に、それだけは避けたい。
鬼門は後ろ髪を引かれる思いで窓から視線を外した。
あれは俺達の役目だよなぁ。
ぎり、と煙草のフィルターが噛み潰された。