14章 変生
14章 変生
それが発見されたのは匿名の通報があったからだ。
駅前にある廃デパート。
その中から異臭がするとの通報。
立ち入った警察官が見たのは沢山のマネキン。
剥がれた人皮を貼り付けられたマネキン達。
そこはまさしく連続殺人犯の工房と呼ぶに相応しい有様であった。
●
事務所で華風達は月影にもちもちされていた。
「怪我してない?」
「してないれふ」
哀矢の助言を受けて廃デパートまで来た3人は僅かな異臭に気付いた。
こっそりと中に入り込むと、人皮の貼り付けられたマネキン。
急いで脱出し蝮に報告を入れた。
その場に居れば不法侵入で捕まりかねないからだ。
蝮の許可を得て警察に匿名に通報を入れた。
その後、尾行が無いか注意を払いながら事務所に戻った。
「本当?」
「ほんとれふ」
上から下まで見られた後、華風は解放された。
次は犬養がもちもちされた。
「道具なんかは引き上げた後みたいですね」
「そっかぁ、調査はどうするんだろう?」
「どうでしょう……? カシラが決める事ですから」
「そっかぁ」
犬養を見ながら月影が返事をする。
蝮が苛立った声を上げる。
「田舎とはいえ駅前だぞ……!? 誰も気付かねぇのかよ」
「真っ暗だもんねぇ、駅前」
犬養を見終わり、最後に雪白のチェックに入った。
雪白の後ろに蝮が並び、今後の方針を月影に伝える。
「暫くは警察の捜査待ちですよ。まぁ、作業場が見付かったんなら犯人も身動きしねぇでしょ」
「どうだろうねぇ?」
雪白のチェックが終わり、何故か蝮のチェックが始まった。
華風は皆に茶を入れる。
2人は同じ歳らしく、子分と叔父の立場の差はあれど割と気安い関係に落ち着いたようだ。
それ故のあの提案だったのだろうと今になって思う。
「……なんだよ」
「別に?」
泥染がこちらを見ていた。
何を考えているか全く掴めない表情だ。
一緒に茶を入れた後、皆に持っていく。
蝮のチェックが終わり、今度は赤楝蛇がチェックされていた。
何故か並行して雪白が月影のチェックをしている。
チェックされながら月影は蝮と話している。
「まだ終わらないっすか」
「そんな気がするねぇ」
雪白にもちもちされながら月影が言った。
●
夕方。
辺りが夕日で真っ赤になっている。
華風は1人、自宅に向かっていた。
駅前の廃デパートは、まだ警察官に封鎖されている。
情報が上がってくるまでは待機、と蝮から命じられた。
華風一家では若などと呼ばれているが、蛇塚組では新人の1人だ。
業界のベテランと血の繋がりがあろうとも、若と呼ばれようとも新人は新人。
大人しく指示に従う。
とはいえ、空いた時間を持て余すのも事実。
ならば、と華風はFall Leavesに立ち寄る。
廃デパートでの事を報告する為だ。
哀矢の助言を受けての行動だ、その程度の義理は通すべきだろう。
菊野と犬養に連絡を入れた後、店の前に来て足を止める。
思えば、客の前でこの話題はマズイのではないか。
足を止めたと同時に店の扉が開いた。
砂糖のような甘い匂いがする。
哀矢と目が合う。
「あらぁ」
「あー……、どうも」
会釈をし、要件を伝える。
場所を改めるように言われるかと思ったが、何事も無く迎え入れられた。
「いいのか?」
「いいよの。ファミレスで話せるような事でも無いし……、ここならピッタリでしょ?」
店の窓際に置かれている椅子に案内される。
暫くすると哀矢が茶が入ったカップを持ってきた。
「……」
弄っていた携帯電話をポケットに仕舞う。
哀矢が席に着き、話を切り出した。
「それで……、どうだったのかしら」
「あぁ、アンタの言った通りだったよ。駅前に警察官居るの見たろ?」
「まぁ……」
現場に立ち入った事は伏せ、異臭で通報した事を話す。
「あら、入らなかったの?」
「不法侵入になるし……」
「律儀ねぇ」
笑いながら言われた。
華風は照れ隠しに茶を啜る。
首筋に視線を感じた。
ちら、と背後を見る。
店内の客が全員こちらを見ていた。
好奇ですらない、マネキンのような無表情な視線を華風に向けている。
背中に冷たい物が走るのを何とか堪え、華風は時計を見る。
そろそろ閉店時間だ、と立ち上がろうとするのを哀矢が制した。
「ちょっと待ってて」
そう言って哀矢が客に閉店を告げる。
表情を取り戻した客達が素直に店を出た。
「お待たせ、華風君」
「ん? あぁ」
立ち去る切欠を失い、話題が宙に浮いた。
「それでぇ、どうするのかしら」
「どうするとは?」
「工房は見付かったけど犯人探しは続けるの?」
「んー……、警察の捜査次第かなぁ。山の中は何も無かったって言うし」
工房が見付かったは良いが何も判らないのだ。
犯人の正体も、動機も判らない。
「少なくとも、もうこの街で犯行は無理だろ? 街中の廃墟なんてあれしか無いんだし」
「そうねぇ」
廃デパートの前に立っていた警察官に話を聞いた所、街郊外の廃墟も調査されたようだ。
手掛かりは無かったようだが。
「しかし駅前でなぁ」
「案外、気付かれないものよねぇ」
「そうか」
今思えば、考えもしなかった。
そうすると犯人もまだ、この街にいるのだろうか。
「……」
「どうかした?」
「俺、アンタに名乗った覚え無いんだよ」
廃デパートに入る前の会話を何度も思い出す。
華風は哀矢に名乗っていない。
「何処で名乗ったかな」
「……」
哀矢が表情を崩さずに沈黙を保つ。
華風は黙って立ち上がる。
「そうね、少なくとも敵では無いわ。何処かの組織って訳でも無い」
「ほう」
その言葉を鵜呑みにする程、純真では無い。
華風は戦闘態勢に入る。
「言ったでしょう? 被害者は何らかの空虚を抱えていたって」
「……!」
ぐらり、と華風の体が傾いた。
抗いがたい眠気、なぎ倒されたティーカップが落ちる音が遠くに聞こえる。
「何を」
「貴方の味方よ、私」
哀矢が心外という風に顔に手を当てた。
「自分は今の立場にあるべきでは無い、なんて思いから解放させてあげる」
「……!」
全くもってその通りだ。
泥染は大島の組長だ、何故、菊野は若頭に甘んじている。
だが、タダで殺される気は無い。
意識が暗くなる。
華風は携帯電話だけは落とさないようにポケットを握りしめた。
●
確かに警察は来た。
だが、令状はなく任意の捜査、ましてや廃墟。
開錠と施錠の関係もあり、正直にアポイントメントを取って立ち入りの依頼をしてきた。
ならば、警察が来る時だけ片付けておけばいい。
駅前での犯行と同様、気付かれないものだ。
●
ガラスが朽ち割れた廃美術館。
残された絵画や彫刻が放置されている。
あの廃デパートがファッションショーの工房ならば、ここは個人のアトリエだ。
試作品、没作品。
自身の感性だけを追求した作品。
哀矢は寝息を立てる華風を展示台の上に寝かせる。
床に置かれた日本人形とマネキン、ショーウィンドウに立たされた死体がそれを見守る。
裁断、裁縫道具を確認する。
ここのショーウィンドウにあるのは手掛けてきた作品の中でも特別なものだ。
街中の宣伝とは違う。
Fall Leavesで商品化されないもの。
流行や価値観の変化に影響されないもの。
あらゆる制約を受けないもの。
誰憚る事なく自由に作ったもの。
そして彼ら、彼女らも多大な虚無を抱えていた。
ブランドで、強い個性で虚空を埋める事を求めた。
見せかけをここに残し、何も持たない人間は作品となる。
がさり、と大きく葉音がした。
風は吹いていない。
何事かと外を見に行く。
異常は無い。
野生動物だろうか、と展示場に戻る。
「……!?」
展示台に寝かせていた華風が居ない。
代わりに先程まで無かった空気がその場にある。
匂い、気配。
明らかな敵対の意思を示す何か。
普段は下ろしている髪をしっかりと掻き上げる。
指輪付きの手袋を穿き、部屋を出る。
遠ざかる足音が反響する。
明らかに人間のものだ。
足音が止まった。
哀矢は走り、そして足が止まった。
美術館の中庭。
縦横無尽に紅葉が散っている。
満月に照らされる紅葉。
真っ赤に染まった地面の真ん中に立つのは華風を横抱きにした男だ。
白いマーメイドドレスのようなコートを着た男。
覚えている、店に来た時はぶかぶかの黒いコートを羽織っていた。
哀矢の足音に気付いたのか男が振り返った。
華風が別の男達に手渡される。
白スーツと黒スーツの男が哀矢を睨みつけながらも遠ざかる。
「……伝説の月影でも降りてきたのかしら」
「息子です」
「!」
違和感。
香り高い檜のような、甘さの欠片も無い香り。
男物の香水、明らかに調和しない。
「見事な物ね。何処のブランドかしら」
「仕立てです。無名の職人に」
月影がドレスを脱ぎ捨てスーツ姿に変わる。
桐一葉。
哀矢 楓。
対。
無名。
月影 織。
いざ尋常に、勝負。