13章 追憶と原点
13章 追憶と原点
「コルァァァ! 何しとんねんオドレらぁぁぁ!」
『きゃあああああああ!』
●
1つ目の廃墟の前をウロウロしていた時だ。
突如、誰かの大声が飛んできた。
黄色い悲鳴を上げた後、街の中の喫茶店に月影達は連れ込まれた。
喫茶店とは言うものの、何やらただならぬ雰囲気だ。
溜まり場、或いは経営しているのか。
華風と犬養が雪白に引っ付き、泥染が月影の傍に立つ。
何人もの厳つい男達が周りを囲んでいる。
60代程の男、2人がカウンターに寄りかかり、月影を見ている。
1人は見上げる程の巨躯を持った大男。
もう1人は髭を整えた紳士だ。
檻原 鐵。
悟道会直系、檻原組、組長。
有侠 真。
悟道会直系、有侠組、組長。
男達はそう名乗った。
不思議そうなものを見る目で2人が近付いてくる。
泥染が止めようとするが、すぐに視線を逸した。
月影は理解する。
この2人は上の立場の人間なのだと。
「ふーん、顔はお袋さんそっくりやな」
「性格は親父さん似だなぁ。懐かしい」
「えっ」
2人の言葉に月影が目を丸くする。
組員達や雪白達が互いに顔を見合わせる。
「なんやケッタイな服着とるな」
「お袋さんのセンスだなぁ」
「あ、あの」
2人が同時にこちらを見た。
「両親とはどのような御関係で……?」
「若い頃に世話になってん。ワシとこいつと……、あともう1人な」
「バブルの頃にな、まだ俺達が新入りの頃だ」
場の緊張が解ける。
有侠が月影を見て微笑んだ。
「それでな……」
「ひょわっ!」
「ん?」
有侠の言葉を遮るように、窓の方を見た雪白が奇声を上げる。
全員が首をそちらに向けると、蛇塚が窓の外にベッタリと張り付いていた。
●
「親父ぃぃ! 何勝手に兄弟と話してますのん!」
「じゃかましゃああ! 何でオドレの許可いんねん!」
喫茶店に飛び込んできた蛇塚が吹っ飛んだ。
音を立てて倒れる椅子やテーブルを尻目に檻原が荒く息を吐く。
「兄さんのお父さん!?」
「おとう……。おお、渡世のな」
「元檻原組若頭やで俺!」
月影の言葉に毒気を抜かれたように檻原が眉間の皺を伸ばす。
蛇塚が檻原との関係を説明した。
「ちゅうか兄さんと兄弟? どんな盃や」
「5分や。兄弟ちょっと遠慮しとるんや。いらんのに」
組員に支えられながら蛇塚が立ち上がる。
そのまま檻原の所に走る。
「ちょっと何? 兄弟の親と知り合いとか俺初耳やで!」
「あああああ誰じゃこいつ呼んだん!」
鬱陶しそうに払われる手を避けながら檻原が犯人を探す。
答えは蛇塚から得られた。
「親父ぃ、最近は便利なもんで、GPSで兄弟の場所判りますねん。
ちょっと確認したら檻原組の溜まり場とかそら俺が何とかしたらなあかん案件やと思いますやろぉ?」
「ストーカーかおどれは!」
再び蛇塚が吹き飛ばされた。
檻原が吠える。
「大体、盃事で親に声掛けへんのはどういうこっちゃ! こんなん正式な盃ちゃうやろ!?」
「えぇと、まだ正式なものではなくて……、確か人が確保できないとか言ってて……?」
月影は泥染を見る。
蛇塚から事情は詳しく聞けなかったのだ。
「組織丸ごと盃事のやり直しですからね、媒酌人やらがてんてこ舞いで。
下っ端なら兎も角、幹部の盃事を居酒屋で済ませる訳にも」
悟道会の組織大編成。
当然、この場にいる人間は全員、知っている話だ。
泥染の説明に檻原が不承不承と矛を収めた。
その辺の事情は月影も初耳だ。
「幹部って言うけど組への貢献なんか無いし居酒屋じゃ駄目なの?」
月影の言葉に蛇塚が床に寝転がり駄々を捏ねる。
「いーやーじゃー。兄弟との盃はちゃんとするんじゃー。
立会媒酌取持介添口上世話見届立会用意して場所借りて客呼んで鯛用意して俺は紋付き袴着て兄弟は白無垢着るんじゃー」
「兄さん、俺白無垢持ってないよ」
「いらん」
月影の言葉に檻原が突っ込んだ。
●
「おし、調査始めんぞ。着いて来い」
「何でお前が長男ヅラしとんねん。儂6月生まれやねんけど」
「あぁ!? 俺ぁ5月生まれだよ!」
「俺1月!」
『……』
犬養が雪白の頬をもちもちしながら華風達は歩を進める。
華風は月影と泥染を置いて、街中を歩いている。
月影が昔話を聞けるようにだ。
華風に父親の記憶は無い。
母親や子分達から伝え聞く程度だ。
月影にはそれも無い。
どうも、そんな節がある。
ならば優先するべきはそちらだ。
泥染も月影に付き合う、滅多な事は無いだろう。
「長男決定戦は兎も角やな、どないする」
「廃墟見て回るんじゃねぇの」
「さっきのでかなり時間取られたで。その間にサツがとっくに見とる」
「……確かにな。だがカシラからの連絡はねぇ」
捜査に進展があれば何かしら連絡が入る。
つまり空振りという事だ。
檻原達が声をかけてきたのは、それを見越しての事かと気付く。
廃墟を捜査する警察と月影が顔を合わせないように。
ではどうしたものか。
3人が考え込んだその時だ。
「……あら?」
第三者の声が入ってきた。
聞き覚えのある声だ。
「あらぁ、昨日店に来てた子達?」
「あ!」
Fall Leavesのオーナーだ。
哀矢、と言ったか。
30代後半の男らしからぬ口調に華風は面食らう。
そういう人間が居る事は知っているが、周りには居なかったタイプだ。
「あ、この口調ねぇ、職業柄そうなっちゃうのよ」
「そうなんですぅ?」
犬養の質問に哀矢が答える。
「ほら、ああいう店って女の子のお客様来るでしょ。こっちの方が信頼して貰えるのよ」
「あー、そういう」
想像以上に生臭い理由だった。
どの業界も苦労がある。
「それで、こんな所で何してるの?」
「あー」
どう説明したものか悩んでいると犬養が言葉を続けた。
「ほらぁ、最近の事件で女の子怖がってるからちょっとね?」
「きゃー、やだー、イケメン! うちの店も事情聴取受けて大変だから応援しちゃう!」
哀矢が犬養の背中をバシバシと叩く。
叩かれている犬養は得意気だ。
嘘は言ってない。
キャバクラの女達が不安がっていると店から相談されたのは事実だ。
みかじめも払わんくせにとは思うが、違法と言われれば仕方がない。
時代の流れだ。
「そんでまぁ、どっかに手掛かりでも落ちてへんかなぁって話し合いしてたとこですわ」
「手掛かりねぇ……」
哀矢は腕を組み考える。
そして出た言葉は意外なものだ。
「案外、街中に何かあるかもねぇ」
「……何でですか?」
雪白が華風の後ろから聞いた。
華風も哀矢の顔を見る。
「皮を剥いで服を着せるって工程に犯人は意味を見出している」
「意味」
「私と同じ、つまり服のデザイナーと同じような意味をね」
哀矢は真面目な顔で続ける。
「そうすると、現場っていうのは犯人にとってどういう場所になるかしら」
「工房か……、作品を誰かに見せる場所?」
「そういう事。路地裏が陳列棚、なら工房は?」
死体に服を着せる。
死後硬直が始まると関節は動かない。
ならば、切って縫う作業が必要になる。
「材料や道具の調達がしやすい街中」
「そういう事」
華風の言葉に哀矢が頷いた。
奇妙な納得を覚えながら華風は次の質問をぶつける。
「……ついでに聞きたいんだけど、被害者に関してはどう思う?」
「そうねぇ」
先程よりも長く考えた後に哀矢は答える。
「何かしら空虚を抱えていた子達だったと思うわ」
「……」
華風は黙り込む。
「もう聞きたい事は無い?」
「そう、だな。充分だ」
「ありがとうございます!」
雪白の礼を受け、哀矢が照れ臭そうにはにかんだ。
「あんまり危ない事しちゃダメよー」
立ち去りながら言い残す哀矢の背中を見送る。
姿が見えなくなった後、華風と犬養は視線を交わす。
雪白が心配そうに華風を見た。
「華風君?」
伝え聞かされる父親の姿を思い出す。
檻原や有侠の姿を思い出す。
蛇塚や月影の――。
大丈夫だ。
俺は父親のようにならねばならないのだから。
「……どないする?」
「街中の廃墟、1つあるな」
かつてのデパートだ。