12章 ブランド
12章 ブランド
黒塀の中に松。
いかにも、といった和風邸宅。
華風一家本部兼組長宅。
夜も遅くなり、月影達は華風の家に泊めて貰うことになった。
手土産を渡した後、馳走に与る。
従兄弟叔父の件については蛇塚に伝えた。
その上で調査を打ち切る気は無い事も伝えると、律儀やなぁ、と困ったように笑われた。
風呂に入った後、あてがわれた部屋で雪白と買った服を見る。
サイズや色は問題無さそうだ。
そういえば、と雪白が思い出したように言った。
「あの店でお客さんが話してたんですけど」
「うん?」
「何だ何だ」
いつの間にか合流していた風呂上がりの3人も雪白の話を聞く。
犬養と華風が5人分の布団を用意した。
「何か、人を食う服ってわざとそうしてるって……」
「あー、何か言うてたな」
「んん?」
どういう事だろうか、と突っ込んで聞いてみる。
月影が空気を吸いに外に出ていた時の話だろう。
犬養が雪白の話を引き継ぐ。
「ブランドのイメージ戦略ですわ。店の中みたいな不気味なイメージで売る……。
幽霊が出るとか、服に食われるとか、あのデザイナーの周りで行方不明者が出てるとか、
嘘かホンマか判らんような世界観で売っとるという話ですな」
「成程ねぇ」
モード服やフォーマルなスーツだけがファッションではない。
服やブランドの方向性は様々だ。
雪白が自分の服を見ながら難しそうな顔で言う。
「……いい服ってだけじゃ駄目?」
「いいってのが場面毎に違うって話だ。俺らはたっかいブランドスーツ着なきゃ仕事にならねぇだろ?」
「そっか!」
華風の言葉に雪白が納得したように頷いた。
その後は取り留めもない話をして床に就いた。
●
夜中に目が覚めた。
皆を起こさないようにそっと部屋を出る。
縁側に座り、月を見上げた。
庭の砂利に月明かりが反射される。
「……さっさと寝ろよ、明日も仕事だろうが」
「そちらこそ」
菊野 朱鷺。
蛇塚組若衆、3次団体華風一家、若頭。
40前半、こんな時間でもスーツを着ている。
組長だった父親亡き後、華風の面倒を見た人物。
「何かあったか?」
「いえ、ただ様子見に」
「そうか」
手に持った盆には茶が2つ。
湯気が立つそれを礼を言いながらぞんざいに受け取る。
思ったより冷えていたのだろう。
じわ、と温かい茶が体に染みた。
「何の心配もねぇよ」
「……」
華風は一気に茶を飲み干す。
泥染 龍麻。
華風の異母兄、愛人の子。
ブランドスーツで肩を切り、金回りが良く、義理人情に篤くて、腕っぷしも強い。
20年程前の抗争で死んだ父親に勝るとも劣らない極道。
今時、手首足首まで入墨を――総身彫り――入れている奴なんて、そうは居ない。
華風は入墨を入れていない。
時代の流れと言われればそれまでだが、憧れじみたものがあるのも事実だ。
泥染は大島組の組長だ、別の組の人間だ。
ならば華風一家を背負うのは自分だ。
そうでなければ並び立てない。
「そうだろ?」
自棄糞気味に華風は煙草に火を着けた。
●
再び事件が起きたのは昨日の夜らしい。
チャンネルを変え、テレビから流れるニュースを全て確認する。
●
朝。
柔らかな日差しが街を照らす。
黒服の男達やジャージを着た若衆が動き回る中に不似合いな微香が通りすがる。
朝食の匂いの中、現れたのは月影と雪白だ。
「おはようございまーす」
「お、おはようございます」
「おはようございます! 若があちらでお待ちです!」
月影の挨拶に男達が慌てて頭を下げる。
大きな声に驚いた雪白が月影の後ろに隠れた。
だぁん、と扉が乱暴に開けられた音がした。
「若って呼ぶなっつってんだろぉお!」
男達の隙間を縫って華風がこちらに来る。
挨拶に気圧された月影達を引っ張り、別室へと案内する。
苔と砂利に紅葉が映えている。
白い器が黒いテーブルに光る。
庭の見える部屋の中に朝食が用意されていた。
小松菜のお浸しの緑と卵焼きの黄色が綺麗だ。
犬養と泥染は先に食事を済ませたらしい。
漬物は白菜、味噌汁は豆腐と舞茸だ。
申し訳無さそうに華風が着席を促す。
炊きたての御飯と焼き魚のいい匂いがする。
何故か華風が子分達の大声を詫びた。
里芋の煮転がしは照りと出汁の匂いが、金平牛蒡も胡麻油の匂いが香ばしい。
「すみません、アイツら、いや、その、食べましょうか! 頂きます!」
『頂きます!』
挨拶をして食事に手を付ける。
箸休めというのはどうして箸が休まらないのだろうか。
●
食後の緑茶を飲む頃、犬養と泥染が合流した。
手には新聞を何部も持っている。
「叔父貴、またですわ」
「……」
テーブルの上に新聞が置かれた。
月影は記事を読む。
「どうします?」
「そうですね……」
泥染の言葉に月影は顎に手を当てて考える。
「作業が出来そうな所を探してみよう」
そう言って月影は地図の写しを借りた。
●
まずは現場周辺から探してみる事になった。
人気の無い、機材を持ち込んでも不審に思われない場所。
廃墟か私有地。
警察の目が怖いので、立入りは余程の事が無い限りしない事にした。
世話になった、と組員達に挨拶をし邸宅を出る。
見送りに男達が大勢頭を下げた。
雪白が恐る恐る月影に引っ付いてくる。
蛇塚組の事務所でもそうだが、未だにこの大仰な挨拶には慣れない。
先を進む3人――特に泥染は――堂々としたものだ。
「月影の叔父貴」
「はい?」
黒服の組員が声を潜めて話しかけてきた。
確か菊野、と名乗っていた。
苦虫を噛み潰したような、複雑な表情をしている。
「すんません、2人をお願いします」
「……事情は判りません。でも出来る事はします」
そう言って月影は門を潜った。