序章
序章
バブル崩壊から30年前後。
長引く不景気は未だに影を落とし、廃墟がそこかしこに残る。
例外無く。
裏社会も例外無く。
度重なる抗争、分裂、法規制、高齢化。
かつての栄華は見る影も無く、裏社会の利用者は掌を返した。
極道社会は衰退の一途を辿っている。
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――世は斜陽、しかして月の影あり。
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遠くに月が見えた。
雨の中に梅の香りが僅かに混じっている。
雨雲の切れ目から月光が差し込んでいる。
ざあざあと雨が降る中、座っているベンチは照らされている。
雨月の夜。
2人はベンチに座って雨脚が収まるのを待っている。
肩にマフラーを羽織った、蛇を思わせる男。
数多くの男達を従える男が、今晩は供も連れずに歩いている。
蛇塚 藤吾。
悟道会直系、蛇塚組、組長。
40代後半程の男が足を組みながらゆったりと口を開いた。
「はぁ、従兄弟叔父」
「はい」
20代後半程の男が頷いた。
聞けば両親は生まれてすぐに行方不明。
赤ん坊だった男を引き取り、育てた従兄弟叔父が急に家に帰って来なくなったと言う。
携帯電話は通じるものの返事が帰ってこない。
警察も腰が重く、探偵に依頼しても結果は芳しく無い。
挙句の果てに全ての探偵事務所から調査を打ち切られ、どうしたものかと途方に暮れている所に。
「俺が来た」
「はい」
「そらぁ、邪魔したなぁ」
「いえ」
薄く笑いながら言うと、首を振りながら真面目に返された。
会話が途切れる。
雨が止み、朧月に変わる頃、蛇塚は男の顔を見た。
「手伝うたろか」
「……」
「そん代わり――」
煙草を咥えると同時にマッチを擦る音がした。
バツの悪そうな顔で蛇塚は火に煙草を近付ける。
蛇塚は思い切り紫煙を吐き出す。
煙の向こう、僅かに湿った月を見た。