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幸せの定義  作者: 八重
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大人の日

 居酒屋チェーンの暖簾をくぐると、たちまち喧騒に包まれた。食器の音、忙しく動き回る店員の足音、大人達の笑い声。

 その喧騒の隅で、阪山健太郎は座っていた。視線はスマートフォンに向けられている。

 近寄ると彼はすぐに気づいて、片手を上げた。

「よお、久しぶりだな亮太」

「お久しぶり。なんか頼んだ?」

「まだ頼んでない。全員揃ってから始めるってさ」

「時間制だっけ」

「二時間、食べ飲み放題、2000円」彼は合言葉のように、プラン内容を反復した。

 手元のタブレット端末を操作すると、すぐに店員が来た。先程の健太郎のように、プラン内容を確認して、店員は去っていった。

 適当に料理とお酒を注文したところで、話題はお互いの近況のことになった。

「いやー、しかし本当に久しぶりだな。卒業以来か。亮太はどうしてた?この一年半くらい」

「うーん、別に普通かな。学校行ったりバイト行ったり」

「本当に普通だな。サークルとか入ってないのか?」健太郎は苦笑しながら言った。

「僕がサークルなんて入ると思う?高校ですら帰宅部だったのに」

「まあ、それもそうか。地味だもんなお前」

 阪山健太郎は、小学校時代からの友人だった。クラスの中で目立つタイプの彼と、高校では、三年生の時にクラスが同じで、美優とも顔見知りだった。

 高校卒業後、彼とはお互いに連絡を取り続けており、お互い20歳になったのでお酒を飲もうと言って、久しぶりに会うことにしたのだ。

「で、健太郎はどうなの?彼女できた?」

「嫌味かよ。合コンは死ぬほど行ってるけど。何故か彼女は出来ないんだよな」彼は笑いながら言った。

「合コンで彼女探すからじゃないの?」冷やかすように言った。

「うるせえ。お前はどうよ?天音と今も付き合ってんの?」

「うん、まあ」

「なんだよ、煮えきらねえな」

「まあ、その、色々あってね」僕は適当に誤魔化した。

「そういえばさ、天音って三年生の途中でしばらく来なくなったことあったじゃん?あれって結局何だったの?」

 僕は閉口した。あまり話したい話題ではなかった。

「あー・・・・・・、聞いちゃまずいやつ?」

 僕は何も答えなかった。それを肯定と受け取ったのだろう。健太郎も黙ってしまい、気まずい空気が流れた。

 去年の誕生日から、僕と美優との関係性はほとんど変わっていなかった。進展も後退もせず、停滞したまま。その停滞を保つのにお互いが少しずつ遠慮しあっているような状態だった。

「まあ、色々あったんだよ」

「そればっかりだな」

「昔も今も色々あって、それで・・・・・・」

「上手くいってないのか」

「上手くいってないというか、なんか噛み合わないというか」

「話してみろよ。詳しいことは言わなくていいから」

 こういう時、彼は結構頼りになる。思えば、美優に想いを伝える前に、真っ先に相談したのは彼だった。

 僕は、詳しい事情を何も話さないまま、今の心情を吐露した。

「まあ、詳しいことはわかんねえからなんとも言えんが。あれだな、依存ってやつじゃないか?天音は」

「依存?」

「そう、お前が優しいからついつい甘えちゃうんだよ。多分、知らんけど」

「なるほどねえ」

 そう考えるとしっくりくるような気もするが、彼女の事情を考えると、それが依存なのかどうかは分からなかった。

「でも、お前好きなんだろ、どうせ、そんなダメな奴でも」

 間違っていないので、否定はしなかった。ただ、変にからかわれるのも癪なので、肯定もしなかった。

「いやー、なんか数年後には結婚してそうだしなお前ら。俺も早く彼女作んないと」健太郎は笑いながら言った。

「そう上手くは行かないと思うけどね」

「まあ、程々に頑張れ。でも、天音は普通に優良物件だと思うぞ。ちゃんと捕まえとけ」健太郎はからかうように言った。

 なんだよそれ、と笑いながら僕はチューハイを煽った。

 夜はまだまだ続きそうだった。



 目の前の妹は、慣れないお酒に頬を赤く染めている。これは慣れるまでは外で飲むのは無理か、そう思いながら天音橙子は、ポテトチップスを肴に缶ビールを飲む。

 自宅のテーブルを母、父、妹、そして私が囲んでいる。家族でお酒を飲むのはこれが初めてだった。

 この酒宴が開かれるきっかけとなったのは、妹の美優が二十歳になったことだった。妹はそういうことに無頓着なのかと思っていたので、自分から飲みたいと言ってきたのは意外だった。なんでも、今付き合っている彼氏と、お互い二十歳なったら一緒にお酒を飲もうと言われていたらしい。しかし、いきなり彼氏の前で飲むのは無理だ、ということで練習を兼ねて家で飲むことにした。

 すると、家では飲まない父や、普段は全く飲まない母も参戦してきて、家族全員で飲むハメになった。

 先程から、父は恋愛について話してくる。彼は普段そんな話をすることはない。恐らく、お酒を口実に娘達の恋愛話を聞き出したいのだろう。父の策にかかるのは癪なので、軽くあしらっていると、自然に美優に矛先が向く。

「美優はどうなんだ、山崎君と」

「どうって、何が」

 美優が顔をしかめながら答える。明らかに嫌そうだ。

「デートとかは言ってるのか」

 父がどこか楽しそうに尋ねる。母は黙ったままだった。

「いいじゃん、そんなのどうでも」

 しばらく質問攻めに会い、すっかり拗ねてしまった美優は、明日も講義だから寝ると言って、早々に部屋に戻ってしまった。

「あーあ、拗ねちゃった。お父さんがしつこいから」

「そんなにしつこかったか?」

 父が母に尋ねると、母は何も言わなかった。先程から母はどこか様子がおかしかった。私は嫌な空気を取り繕おうとして、母に尋ねた。

「実際のところどんな人なの?その・・・・・・山崎君だっけ。私は会ったことないからよく知らないんだけど」

「いい子よ。真面目そうだし」

 私は父の方にも目を向ける。

「いや、俺もあったことないからよく知らないよ。でもまあ、いい人なんじゃないか?あんなことがあっても変わらず接してくれて。俺は正直、美優の晴れ姿は見れないんじゃないかとまで思ってたから。少し安心してるよ。彼がいてくれて」

「そうかしらね」母がボソリと呟いた。

「どういうこと?」

 母は何も言わなかった。

 沈黙が流れた。そろそろお開きにしようかと腰を浮かしかけた時、父が言った。

「そういえば、あと1年位で出てくるんじゃないのか、奴は」

 母の顔が強ばった。多分、私の顔も同じだろう。

「その話はあまりしたくないかな」

 そう言ったが、父は構わず続けた。お酒が入っている時ぐらいしか話せないと思ったのだろうか。

「あの男まるで反省してなかったよな。あんなのが、あと一年ちょっとで解き放たれる。あの母親も何考えてるんだろうなあ。いくら、息子のことでも悪いことをしたんだから、情状酌量なんて求めず、きちんと償わせるべきだろう」

「裁判なんてそういうものでしょ。それともお父さんは私がなにかして、相手側に死刑を求刑されたら償いだからって受け入れるの?」

「それとこれとは話が別だろ」

「同じでしょ。結局自分の子はかわいいのよ」

黙っていた母親が口を開いた。

「もうやめてよ、そんな話」

 私も父も黙り込んだ。

「裁判なんて思い出したくないわ。だって、結局あれは、あの子に辛い記憶を思い出させただけだった。もう思い出させたくないの。だから私は山崎君のことも正直、あまりよく思ってないの。最初は美優の支えになるんじゃないかと思っていたわ。でも、今は考えが違う。彼は全部知ってしまった。もし美優が忘れられたとしても彼に会ったら嫌でも思い出してしまうんじゃないかって。だから・・・・・・」

「それ、まさか美優に言ってないよね」

「言うわけないじゃない」

「まあまあ、美優たちが決めることだろ。俺達がどうこう言えることじゃない」父が母をなだめにかかった。

 今度こそ、私は席を立った。

 リビングを出ると、美優が廊下に座り込んでいた。

「寝たんじゃなかったの?」

「こんな早くに寝れるわけない」

「ずっといたの?」

 美優は頷いた。

 美優は立ち上がると、どこか頼りない足取りで私の部屋に向かい、私のベッドに倒れ込んだ。

「そこ私の」

 いいじゃん、と彼女は呟いた。うつ伏せになっているせいで声がくぐもっている。

「全部聞いてた?」

 美優は答えなかった。

「お母さんの言うことは気にする必要は無いと思うよ。あんたのしたいようにすればいい」

 彼女からの返答はない。うつ伏せになっているせいでその表情は見えない。

 そうじゃないの、と彼女は消え入りそうな声で呟いた。

「私は別に、亮太君が自分の人生の妨げになるとは少しも思ってないの。その逆で、亮太君が辛いんじゃないかって、私といると。私がどんなに強くなったって、一度見せた弱さはなかったことにならない。私は全部話してしまった。自分一人じゃ背負いきれなくて、彼に無理やり押し付けた。お姉ちゃんはさ、もし亮太君の立場だったらどう思う?あたしみたいな面倒臭い女のこと。逃げ出したいと思わないのかな」

 答えに迷った。そもそも山崎君に会ったこともないからよくわからない。

「私に聞かれてもなあ。でもさ、あんたのこと好きだからずっと一緒にいてくれてるんじゃないの?過去も弱さも受け入れて、それでも一緒にいたいっておもってくれてるんじゃない?」

 適当なことを言ってしまっただろうか。妹の表情は、見えないままだ。

「あんたも大好きなんでしょ?ならいいじゃん、一緒にいれば」

「大好きだよ。ずっと一緒にいたいって心から思う。でも、だからこそ迷惑はかけたくない」 

 彼女はそう言って顔を上げた。目には涙が滲んでいた。

 私は黙って彼女の頭を撫でまわした。いつもは文句を言う彼女も、されるがままになっていた。

「ま、頑張りたまえ」

 彼女はすん、と鼻を鳴らした。


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