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幸せの定義  作者: 八重
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寄り添う日

 美優に最後に会ってから、一ヶ月が過ぎようとしていた。毎日のように送っていたメッセージも、三日前に止めてしまった。一度たりとも返信が帰ってこなかったからだ。それは彼女からの確かな拒絶に思えた。

 あの日、美優に何があったのか。何らかの原因で記憶の混同が起きていたこと、彼女が何かに怯えていたこと、そして、彼女の乱れた衣服。それらの要因から何が起こったのか、薄々予想ができた。しかし、それを認めたくはなかった。

 だが、僕の予想が当たっていて、彼女が僕を拒絶しているならば、僕はもう彼女の傍にいるべきではない、そう思った。


「山崎くん、ちょっといい?」

 クラスメイトの柳原綾が声をかけてきた。綾は、美優の親友だった。基本的に美優は大人しく、友人が多い方ではなかったが、綾とは一緒に行動することが多かった。

「美優のことなんだけどね、何か知ってる?ずっと学校に来ていないし、連絡しても返ってこないから心配で」

「ごめん、俺も何も知らないんだ」

 綾の表情が曇った。

「そっか、山崎くんもわからないんだ」

「ごめん」

「謝らなくていいよ、山崎くんの方が心配でしょ?恋人なんだし」

 綾は少し慌てたような調子で、僕のことを気遣ってくれた。

「家には行ってみた?」

「いや、行ってない。ラインも返さない相手に、家まで押しかけるのは、迷惑だと思ったから」

「それもそうだよね」

「何かわかったら連絡するよ」

「ありがとう。私もそうするね」

 綾は席に戻って行った。

 美優は親友からの連絡も拒絶しているようだ。やはりもう関わるべきではないのだろう。それが彼女の望みなのだ。もう会わない、そう自分に言い聞かせた。胸の奥に何かが引っかかるような、そんな感じがした。


「亮太、何かあったの?あんた最近おかしいよ」

 自宅のソファに寝そべり、スマートフォンを見ていると、姉の美弥子が話しかけてきた。姉は近所の私立大学の経済学部に通っている。平凡な大学生として、キャンパスライフを謳歌しているようだ。

「何もない」不機嫌そうに答えた。あまり話したい気分ではなかった。

 姉は面白がってさらに聞いてきた。

「さては、女の子に振られたな?」

「違う」見透かされているような気がして、少し語気を荒らげてしまった。

「何その反応。まさか図星?美優ちゃんだっけ?あんたが付き合ってたの。しょうがないな、相談に乗ってやろう」

「うるせえな、姉貴に関係ないだろ」

 姉からの反応はなかった。少し言いすぎてしまっただろうか。姉の様子を伺うと、姉の目線は僕の手元に注がれていた。

「つまんねー、振られてないじゃん。プリン好きなんだね」

 姉は笑いながら部屋に戻って行った。

「プリン?」

 いや、問題はそこじゃない。振られてない?手元を見ると、スリープ状態だったスマートフォンの画面に文字が表示されていた。

『プリン食べたい』


 もう会わない。そう決めたはずなのに、たった一言だけで家の前まで来てしまった。右手にはケーキ屋で買った焼きプリンを携えている。わざわざショッピングセンターまで買いに行った代物だ。

 一年前、まだ付き合い始めてまもない頃に、二人で初めて出かけた場所が、そのショッピングセンターだった。その時、彼女に同じ焼きプリンを買ってあげた。嬉しそうにそのプリンを食べていた彼女を思い出して、わざわざ逆方向の電車に乗って買いに行った。

 もう一ヶ月も会っていない。彼女の身に何かがあったことは明らかだ。上手く話せるだろうか。以前のように戻れるのだろうか。

 インターホンを鳴らした。しばらくして家のドアが開き、お母さんが出てきた。

「山崎くん、本当に来てくれたのね。でも、今日は平日のはずだけど」

「休みました。授業より重要だと思ったので」

「そう、とりあえず上がって」

「はい、お邪魔します」

 家に入ったが、美優の姿は見えなかった。

「美優なんだけどね、あの子、少しおかしくなっているみたい。部屋から出てこないし、ほとんど眠って過ごしてるみたいで」美優の母親は苦虫を噛み潰したような表情で言った。

「あの、お母さんは知ってらっしゃるんですよね。あの日、何があったのか」

「ええ・・・・・・でも、私からは何とも」

「言えることではない・・・・・・ですか?」

「ええ、ごめんなさい」

「わかりました。会ってもいいですか?美優さんに」

「ええ、二階の部屋にいるわ」

 二階の一番奥の部屋が美優の部屋だった。ドアの前に立ったが、部屋の中からは人の気配が全く感じられなかった。ドアの前で深呼吸をして、ドアをノックする。返事はなかった。

「美優?入るよ」

 ドアを開くと、埃っぽい匂いがした。電気は付いておらず、カーテンも締め切られていて、部屋は真っ暗だった。

 美優はベッドの上で毛布にくるまっていた。こちらにちらりと目を向けたが、すぐに目線を逸らした。

「プリン買ってきたけど」

 美優は何も言わなかった。ゆっくりと体を起こした。寝起きなのだろう、髪は乱れていて、ぼーっとしている。

「プリン食べよっか」

 彼女はコクリと頷いた。

 一度部屋を出て、スプーンを借りに行った。お母さんが紅茶をいれてくれたので、それを持って部屋に戻った。

 美優は変わらずベッドの上にいたが、毛布からは出てきていた。

 カーテンと窓を開けていいか尋ねたが、美優は首を振った。理由は言わなかった。

 それから、お互い言葉を交わさずプリンを食べた。食べ終わった後は何もせず、彼女のそばに寄り添っていた。

 三時間位たった頃、ずっと黙っていた美優が口を開いた。

 あの日、何があったのかをぽつりぽつりと話し始めた。話はまとまっておらず、わかりにくかったが、彼女はできるだけ詳しく話してくれた。

 涙ぐみながら話す美優を見て、無意識に彼女の手を握った。彼女は目を見開いて、体をビクリと震わせた。彼女は嗚咽を漏らした。

「ごめんなさい・・・・・・、ごめん・・・・・・なさい」

 なんと声をかければいいか分からなかった。

「辛かったね」、「大変だったね」そう言うのは簡単だろう。でも言えなかった。そんな安っぽい言葉は、かえって彼女を傷つけるだけだろうと思ったからだ。

 僕は、ただ美優の手を握り続けていた。今、この手を離したら一生後悔する。そんなふうに思えた。

 泣き疲れたのだろうか、しばらくして彼女は寝息を立て始めた。目元は真っ赤に晴れて、頬に何本も涙の跡が残っていた。

 彼女に毛布を掛けてやって部屋を出た。

 部屋の外には、お母さんが心配そうな顔で立っていた。

「泣き疲れて寝ちゃったみたいです」

「ごめんなさいね、びっくりしたでしょ。少し精神的に弱ってるみたいで。嫌よね、あんな子」お母さんは少し自嘲的な笑みを浮かべた。

「嫌だなんてそんな」

「じゃあ、迷惑をかけるかもしれないけど、もし山崎くんが嫌じゃなかったら、また来てくれる?あの子、今本当に辛いのだと思う。それで、潰れそうになったとき、真っ先に頼ったのはあなたなのよ。だから・・・・・・」

「もちろんです。ほっとけないし、一人にさせられないし。それに、何より僕が会いたいので」

「ありがとう」

 お母さんは安堵したようにフッと笑みを浮かべた。

 家を出ると、彼女からメッセージが来ていた。

『ありがとう、でももう来なくても大丈夫だから』

 お母さんとの会話が聞こえていたのだろうか。

 来なくてもいいと言われたが、そんなのは無視しようと思った。拒絶されても構わない。彼女のそばにいようと思った。


 しかし、翌日教室に入って面食らった。美優が綾と楽しそうに話していた。

 美優はこちらに気づくと、小さく手を振った。手を振り返すと彼女は少し微笑んだ。昨日とは別人のようだった。強い女の子だ、そう思った。

 日常が戻って来た、そう感じた。


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