消えた日
「はい、山崎です。はい・・・・・・・・・・・・少々お待ちください・・・・・・・・・・・・亮太?あんたに電話。天音さんて人から」
母が受話器を差し出しながら僕を呼んだ。僕の恋人の苗字が天音だが、どうして固定電話にかけてきたのだろうか。何だか嫌な予感がした。
「もしもし、代わりました、山崎亮太です。」
「ごめんなさいね遅くに。美優の母です。あの、亮太くんの所に美優来てないかしら」
「来てませんけど。あの、どうかしたんですか?」
「それが、あの子まだ帰ってきてないの。今日は塾の日でもないし・・・・・・どこにいるのか」
時計を見ると、日付が変わろうとしていた。こんな時間まで帰っていないとは、一体何をしているのだろうか。
「僕からも連絡してみますね。何かわかったら折り返し電話します」
「そうしてもらえると助かるわ。お願いします」
年老いた数学教師の声が教室に響いていた。けれど、僕の頭には何一つ入ってこなかった。
昨晩、彼女に電話をかけたが繋がることは無かった。何度かかけると、電源が切られているという旨を伝える電子音が流れた。
今朝になって、美優のお母さんから、警察に捜索願いを出すと連絡があった。彼女は結局、帰ってこなかったようだ。
彼女は、朝まで遊び歩くような女の子ではないし、まして、そのような派手な友人とつるんでいるようにも見えなかった。彼女は少し寡黙で、真面目な子だった。頭の中で不安が膨らむばかりだった。
昼休みになって、男子トイレの個室でスマートフォンの電源をつけた。美優からの連絡が無いか確かめるためだった。とにかく何か連絡が欲しかった。
携帯会社のロゴが表示され、ローディングが始まる。画面端の円の回転がやけに遅く感じた。ようやく起動し終わると、メッセージが一件入っていた。
『助けて』
僕は駆け出していた。どこにいるのか、なぜ助けが必要なのか、今まで何をしていたのか。そんなことを考える暇もなく、体が勝手に動いていた。
傍から見たらとても不細工な走り方だっただろう。実際何度かつまづいて転けそうになり、何人かの生徒の肩にぶつかって、突き飛ばした。教師や生徒の怒鳴り声が聞こえたが、構わず走った。
学校を抜け出してから、美優に電話をかけた。しばらく呼び出し音がなった後、電話が繋がった。
「美優!今どこにいるんだ。心配してたんだぞ」
「亮・・・・・・太君?どこにいる・・・・・・場所・・・・・・場所だよ・・・・・・ね・・・・・・」
「おい、大丈夫か?落ち着いて」
明らかに様子がおかしい。やはり何かあったのだと直感した。
「わかんない・・・・・・自分がなんでここにいるのか・・・・・・わかんない・・・・・・思い出せないの・・・・・・怖い・・・・・・わかんないよ・・・・・・亮太君・・・・・・助けて・・・・・・お願い」涙声になりながら美優は助けを求めてきた。
僕は取り乱す美優を宥め、何とかGPSで美優の居場所を確認した。
美優のお母さんに連絡を入れてから、美優のいる場所に向かった。高校の最寄り駅から電車で2駅の場所だった。
住宅街の、人がギリギリ通れる位の幅の薄暗い路地で美優は蹲っていた。
美優の体は小刻みに震えていた。近づくと、彼女のセーラー服はボロボロで、所々肌が露わになっている事に気づいた。
「美優」
呼びかけると、彼女は顔を上げて、安堵したように大きく息を吐いた。
「亮太君」
美優の左目から雫が落ちた。
僕は着ていた学ランを彼女に羽織らせて、そのまま抱き寄せた。その時、美優はビクリと肩を震わせた。いつもと違う反応に、驚いて僕は彼女から離れた。
「ごめん・・・・・・」
「違う・・・・・・違うの」
「昨日からずっとここにいたの?」
「わからない・・・・・・気づいたらここで寝てたの。服もボロボロだし、動けなくって、だからそれで」
「僕に連絡したの?」
彼女はうなづいた。
どうして自分がここに居るかわからないという彼女を連れて、僕は近くの交番に入った。
彼女が捜索願を出されていることを伝えると、すぐに対応してくれた。
しばらくして、美優のお母さんが迎えに来た。彼女は僕にお礼を言った後、美優を連れて去って行った。
次の日から、彼女は学校に来なくなった