95.試供の品と禁忌の品
本日の舞台は、ギルド【黒爪】である。
外には巨大な何かが徘徊しており、少し離れた所に人が集まっている。
その中には見た事のある者も混ざっているようだ。
「な、何だあれ!」
「運が良いわねー?珍しい所に遭遇したみたい」
「暢気にしてる場合じゃないぞ…まず鑑定!」
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種族:ドラゴン・ゾンビ Lv280
状態:【黒爪】
技能:
<カースブレス> 闇属性範囲魔法 Lv250 【呪印】の数分威力上昇
<呪いの鉤爪> 闇属性範囲攻撃 Lv270 【呪印】付与
<癒えぬ傷跡> 【呪印】状態の対象は光属性と回復を使用出来ない
<朽ちぬ巨体> 弱点部位以外へのダメージを高速回復する
<私が作りました> トース産は悪臭と汚染物質を放出しません
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なんと、徘徊しているのは大型アンデッドで、一般的な建造物程は大きい。
こちらに気付いては居るようだが、襲ってくる気配はない。
「闇属性…?いや、それよりヤツの気が変わらない内に逃げるぞ」
「フラックは初見だから、知らないと思うけど…あれ、サブマスターのペット」
「…はあ?」
「ペットの背中に乗ってるのがそうよ」
今日はマーカ主導で"ホーム"見学ツアーである。
フラックは楽しみにしていたのだが、期待していた何かとは違っていたようだ。
マーカがアンデッドに向かって声を上げ、手を振ると、
思いもよらない速度でこちらに向かってくる。
ドッ ドッ ドッ ドッ…
グガアアァァァ!
「お、終わった…」
フラックの前方には、咆哮を上げ、鋭利な牙を見せるアンデッドの姿がある。
ペットと言われているが、どう見ても殺意の塊である。
いきなり死を覚悟する事になってしまった。
…
「怖がらせて悪かったね。僕はサブマスターのトース。よろしくね」
「あ、ああ…俺はギルド【ワークプレイス】のフラックだ」
アンデッドはフラックを襲う事無く、体を伏せた状態で待機している。
実は、このアンデッドはシルヴィアへの報酬である。
いわゆるプロトタイプの個体で、試運転を行っていたのだ。
このままではオーバースペックなので、弱体化を行い、戦いやすくする。
「今日はマスターを呼んできた方が良いかい?」
「いえ、今回は仕事ではないので」
「なるほどね。暫く見ない間に色々と変わってるから、ゆっくり見て行ってよ」
トースは言い終わると、またアンデッドに乗り、試運転を再開する。
それを見送った二人は建物へ入る。
…
「本当に色々と変わってるわね」
「凄まじい規模だな…少なくとも俺のギルドでは比較にならない」
フラックは色々な物を見て驚いたが、一番気になる所はその規模であった。
依頼カウンター等、そもそも無いとギルド認定されない物もあるが…
標準的な大手ギルドでは、それに食堂、簡易ショップ、仮眠所くらいの設備だ。
ストレス無く百人以上収容できる所は、かなり上位のギルドである。
なお、メイドが働いているギルドは他に存在しない。
通常は手の空いたメンバーが掃除するか、依頼で外部の者に頼む。
即日支払いなので、一般人がこの依頼を受けに来ることもある。
「このメシも美味かったしな」
「気に入って貰えて良かったわ。薄味だからちょっと心配だったのよ」
マーカは言い終わると、低めに手を上げる。
すると、何かを察知したかのように店員が現れる。
店員は紙のカードのような物を持っており、それには今回の料金が書かれている。
何気に魔法道具であり、任意の文字を浮かび上がらせる事が出来る。
長くは持たないが、暫くは文字を書き換えて遊べる品だ。
「支払いか?ここは任せ…三万アグラ!?」
「今日は私が払うから、身構えなくて良いのよ?」
「…頼んだ」
ここは、黒爪三階にある高級料理店である。
一階の飲食スペースとは違い、収入が多い者しか利用できない所だ。
逆に言えば、支払い能力さえあれば誰でも利用出来る。
マーカはギルドショップと黒爪の両方から報酬を得ているので、
今回の食事代金程度であれば余裕だ。
「次は今回の見所、ショップスペースね」
「普通のギルドだと、薬や乾燥食料くらいなものだが…」
二人はショップスペース入ってすぐの店へ行く。
「この間連絡したあれ、引き取りに来たわ」
「おお、マーカちゃん。新製品もよろしく!」
そう言って渡されたのは、新しい鑑定アイテムの試供品である。
この店はギルド公式のもので、基本的に最新のアイテムが揃っている。
ただし、消耗品だけの品揃えだ。
「この間話してた、新製品の鑑定アイテムよ」
「これがそうなのか。…幾らなんだ?」
「あのショップで出す時は、二万アグラ前後になると思うわ」
「うっ…」
覚悟はしていたが、やはり実際に値段を聞くと、怯んでしまう。
それを察したのか、ショップの店員が話しかけてくる。
「それは外向きの値段。ウチのメンバー同伴なら、何と五千アグラなんだ」
「はあ!?」
「更に言うなら、メンバーなら千アグラだ。遠回しな勧誘作戦だな」
「…とりあえず二つ買わせてくれ」
「あいよ!」
製造技術が漏れない限り、言い値で販売出来るケースがこれである。
…
「フレイム・シューターが今ならこの価格!今を逃すと次は無いぞ!」
「新製品、範囲回復アイテムだ!お試し価格がこれ!一人一個まで!」
個人商店が並ぶゾーンまで来た二人は、商品アピールの声を聴いている。
「こ、これは…どれも凄まじいが、絶望的に金が足りない」
「基本的にLv100以上の高収入メンバー向けの店だから…」
「毒消し専用薬ですら買えないぞ。その分効果は高いみたいだが」
パペット三人組も同じ目に遭ったが、最初は何も買えない。
この場においては金こそが正義であり、持たざる者は触れる事すら出来ない。
「ちなみに、何が一番気になった?」
「選ぶならフレイム・シューターだな。道具で高出力の魔法を使えるのが良い」
「ふーん、ちょっと待ってて。貰ってくるから」
「貰う…?どう言う事だ?」
マーカは、フレイム・シューターをアピールしていた店へ行き、何か話し始める。
暫くすると店員がフレイム・シューターを念入りに拭き、マーカへ渡したようだ。
「うおおお!やったぜ!ついに俺もデビューの時だ!」
店員は何故か興奮し、声を上げて喜びを表現する。
何が起きているのか分からないフラックだが、マーカが合流して真実を話す。
「はいこれ。後で使ってみて」
「良いのか?無料で貰ってるみたいだったが」
「私は好きな商品を取り寄せて、それをあのショップで販売出来る権限があって…」
「デビューと言うのは、取り寄せる対象に入る事か」
「そう。その時必ず試供品を渡すルールがあるから、それで無料になったの」
「成程な。と言う事は、俺はこれの使い心地を確かめれば良いんだな」
思わぬ収穫があったフラックだが、これだけでは終わらない。
「私のアイテムも取り寄せて貰いたいですわ」
「あんたは確か妖精狩りの…ジュディットだったか」
「ええ、本業はショップ経営ですのよ」
思わぬタイミングでジュディットが現れるが、これが本来の持ち場である。
他の者と違うのは、収入ではなく販売物の拡散を目的としている。
「ジュディットの販売物はエグ過ぎると言うか…そのままではちょっと」
「どんな品なんだ?」
気になったフラックがアイテムの詳細を尋ねる。
ジュディットはそれに喜び、話しながらアイテムを渡してくる。
「持続的にダメージと苦痛を与えつつ、対象を生かし続けるアイテムですわ」
「な、何て物を…」
「返品は受け付けませんわ。御贔屓に」
初めから計画していたかのような手際で商品を渡され、立ち尽くすフラック。
邪気を感じない笑顔にも、油断してはならないのだ。
「受け取った以上は、必ず試用するルールが…」
「まいったな」
性能は良いのだが、使った瞬間に何かを失いそうな品を手に入れた。