91.近場の開拓
本日の舞台は、オトルス領すぐ近くの森である。
この森を抜けると近道なのだが、一般人には危険な道のりだ。
そこへ挑むは、パペット三人組である。
時間的余裕があるうちに、オトルスの街を見に行く事にしたのだ。
「それほど経っていないが、この場所は懐かしい気分になるな」
「そうですね。ボクは歩いているだけで成長を実感出来ます」
ここは、初めての外出で目的地として選んだ場所である。
すぐ近くに山道が存在し、これを利用すれば最短距離でオトルスまで行ける。
茂みを横切るが、当初苦戦していたポイズン・ドッグは襲って来ないようである。
「ちょっと休憩にしない?山道は辛そうだし…」
珍しく、リコラディアから休憩の提案が出る。
自身の体力を心配しているのもあるが、初めての地は万全で挑みたいのだ。
「そうだな。ついでに水分補給もしておこう」
「水筒を持ってきて正解でした」
パペットに栄養補給は必要ないが、多少の水分は必要である。
稼働時のマナ消費を抑える為、生物的な要素が入っているのだ。
この水分は血液の役目を果たし、体内にマナを運んでいる。
仮に無くなっても死にはしないが、マナ消費量が上がるので良い状態ではない。
「アイス・ティー!」
リコラディアはティーカップを取り出し、魔法で茶を淹れる。
冒険を通じて三人分のマナ総量が分かって来ており、無理のない範囲で留めている。
「そう言えば、魔法で作った茶は美味いのか?」
「大雑把に言えば、レベルが高い程味が良くなるわ。これはLv60ね」
「「!?」」
以前使っていたホット・ティーよりもレベルが高い魔法だ。
実はこれらは攻撃魔法と違い、熟練度により勝手にレベルが上がる。
魔法を作った瞬間はLv1で、その作品は飲めたものではない。
発動する場合、Lv1から現在の最大レベルまでの範囲で指定できるのだ。
「俺の魔法がLv10だから、その六倍分の何かがあるんだな…貰っても良いか?」
「何気に凄い魔法かもしれないですね。ボクにもお願いします」
魔法を理解する事で、茶を生み出すだけでLv60という事に異常なものを感じる二人。
それぞれのマイカップに淹れてもらい、味わってみる。
「ここまで美味くなる物なのか。茶と言えば土の香りがする物だと思っていた」
「砂糖を大量に入れなくても飲めるのは新しい発見です」
「今までどんな茶を飲んできたのよ」
茶の品質と価格は、当然ながらピンキリである。
一般家庭向けに出回っている物は、良い物でも渋味が隠し切れない。
今味わっている茶は嗜好品レベルを超えており、貴族向けよりも上等だ。
「最初はLv1の魔法なら、俺も試してみよう。アイス・ティー!」
ゴポッ… ゴポッ…
泡立つ泥のような物がカップに入った。
口に入れるまでも無く、全員が失敗した事を悟る。
「美味しい茶のイメージを、レベル相応に落とさないとこうなるのよ…」
「やっぱりイメージって重要なんですね」
…
休憩が終わり、ついに山道に入る。
整備されていない道に体力を奪われつつも、山道の半分程まで問題なく進めた。
見晴らしが良く大岩が点在する場所で、休憩ポイントに使えそうだ。
しかし、そんな安全そうな場所で異変が起きる。
「全員伏せろ!」
ゴオオオッ!
クエラセルが指示を出した後に突風が発生し、凄まじい砂埃が舞い上がる。
斜めに立っていた岩が倒れる程の強風である。
これは一時的な現象のようで、すぐに収まる。
「何だったんだ?」
「全身砂だらけ…一気に最悪な気分!」
「吹き飛ばされなかっただけ、マシだと思いましょう…」
起き上がると同時、空から巨大な鳥が降下し、そのまま三人組の傍に降り立つ。
只者ではない雰囲気である。
「だいじょーぶ?」
しかし、気の抜けた声が飛んで来る。
遅れて、倒れた岩の付近から、二人の人物が駆け寄ってくる。
…
「直接話した事は無かったな。元冒険者のウォルスだ」
「元旅商人の、エレノアです」
「ねえねえ、これだよ?」
現れた二人組は、ウォルスとエレノアに…見た事が無い鳥の組み合わせである。
三人組もとりあえず挨拶する。
鳥は何かを言いたいようだが、よく分からない。
「この鳥とどこかで会ったか…?聞いた事のある声なんだが」
「大きな鳥の知り合い…?」
「そうだ、鑑定してみましょう」
人ではない相手の場合、会った時と同じ姿を取っていない可能性がある。
今回がそのケースだと思い、鑑定する。
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種族:魔神【風来】 Lv360
技能:
<風来> 風を自由に操る事ができる
<巣作り> 行動不能になるが、一定時間後に巣と魔神【風来】を生み出す
<宝物庫> 巣にアイテムとスキルを保存する事が出来る
<風送り> 他の魔神【風来】が自身の風スキルを参照できる
<天津風> 全ての魔神【風来】のステータスとスキル性能を大幅強化する
<風の便り> 他の魔神【風来】の情報とスキルを得る事ができる
########
「姿が全然違うが、以前クオさんと一緒に居た魔神…?」
「あたりー!」
この鳥の正体は、魔神【風来】である。
言うなれば"本体"となる個体で、以前会ったのは生み出された個体だ。
魔神の中では一番数が多く、全世界を飛び回って情報とスキルを集めている。
友好的な魔神であるが、一度敵に回すと非常に厄介である。
話を聞くと、このメンツで訓練を行っているようだ。
「実は、このアイテムを使いこなす練習をしているんです」
エレノアは棒のような物を取り出し、一行に背を向けたと思うと一振りする。
ゴオオオッ!
その瞬間、離れた所に突風が発生し、一行は全員纏めて砂だらけになる。
風は直撃していないが、強力なアイテムなので余波が出ているのだ。
この力が暴発しないように、風来が力を貸している。
ちなみにこのアイテムは、以前ピナが渡した"風来棒"である。
「とんでもないアイテムだな。まともに受けると、吹き飛ばされるぞ」
「また砂が…」
「大岩がなぎ倒されているので防ぐ事も難しそうです」
休憩も兼ねて、砂を払いながら暫く話す。
話を聞くと、風害や飛来する害虫の群れを防ぐ為の訓練なのだという。
今のトリナムは急ごしらえの施設が大量にある為、特に強風対策は重要である。
訓練はまだまだ続くようで、三人組は別れを告げ、オトルスへ向かう。
…
「よし、何事も無く着いたな。良い事だ」
「看板によると、ネイガーブという街のようです」
男性陣は新たな街に興味津々である。
しかし、リコラディアは何故かフードを被り、コソコソ移動している。
「どうしたんだ?」
「昔住んでた別荘がある街なのよ…」
リコラディアは、オトルスでは有名な商家出身で、顔を覚えられている。
今の見た目と年代は一致しないが、万が一の事を考えている。
「それなら、早く用を済ませて切り上げるか」
今回はオトルスの現状確認もあるが、冒険者ギルドの依頼がメインだ。
街に入ってしばらく歩くと、大きなギルドが存在するので入ってみる。
表の看板には"黄鉄"と書かれており、これがギルド名のようだ。
…
「シトリー乗せ」
「ドラタ乗せ」
中はとても広く、幾つものテーブルが並んでいる。
その内の一つでは、硬貨を積み上げる娯楽が繰り広げられている。
「リリアル乗せ」
「そ、そんなマニアックな通貨を持ってるとは…ええい、ストリア乗せ!」
斜めに傾きつつある硬貨塔に、更に積み上げようとするが…
既にギリギリのようで、バランスを崩す。
ガッシャア! チャリンチャリン…
「「「奢りよろしく!」」」
「くっ、今日は気持ち良く勝って帰りたかったぜ…」
この遊びはシンプルで、硬貨を積んでいき、これを倒したものが負けである。
今回はマイナールールが付いており、一度使った通貨は使えないルールだ。
それぞれ重さや形状が違うので、工夫すれば自分を有利に出来る。
負けた者は、この硬貨塔を全て入手する代わりに、高額負担が待っているのだ。
落ちた硬貨を拾い集める時、最も惨めな心境なのだという。
…
一人の敗者が誕生した所で、三人組は本来の目的である依頼書を見に行く。
「高額なのは採掘依頼、他は安い雑用だらけだな」
「横にある、"美女店員募集中"の方が高額ね」
「他は外部公開されていないのでは?」
三人組が依頼内容を確認し、話し合っていると、何者かが近付いて来る。
「そこのお前!フードを取って顔を見せろ!」
「わ、わたしの事?」
「そうだ!妙なマネはするんじゃないぞ!」
謎の男性がリコラディアに指を差し、フードを取るように指示してくる。
揉め事を起こしたくはないので、やむなくフードを取る。
警戒していると、男性は表情を柔らかくして話し始める。
「ウチは犯罪者が入り込まないよう、顔出しが基本なのさ。憶えておいてくれ」
「は、はあ…」
いわゆる"暗黙の了解"というものである。
オトルスは治安が悪かったので、こういった風習が今でも残っているのだ。
「あーっ!お前、見た事あるぞ!」
「ひっ!?」
先程"敗者"となった者がリコラディアを指差す。
「フォレスト・ダンジョン前に居ただろ?珍しい武器だったから憶えてるんだ」
「え?ああ…これの事?」
リコラディアは紫蝶の短剣を取り出して見せる。
相変わらず怪しげに輝いている。
「「「「美しい…」」」」
この言葉は、紫蝶の短剣に捧げられたものだ。
オトルスは様々な鉱石の産地な事もあり、金属加工が得意である。
しかしこの短剣のように、繊細な細工と武器としての頑丈さを両立するのは難しい。
彼らはこれを見抜いて評価しているのだ。
『見惚れてしまうのは分かるけど、見物料を支払って頂戴』
「「「「短剣が喋った!」」」」
『聞こえなかったの?もっとよく見たいなら、高額依頼でも持って来るのね』
基本的に人前ではあまり喋らない紫蝶の短剣だが、たまにサポートする。
「はい!ダルマイト鉱石採掘依頼、一万アグラ!」
『失格』
「そ、そんなぁ…」
一般的には難易度の割に高額な、美味しい依頼である。
似たような依頼が続き、飽きてくる頃に一人の男性が現れる。
「ダイア・スネイル討伐依頼、十八万アグラでは?」
『あら、ステキじゃない。合格!』
「「「「マ、マスター…」」」」
からかうように依頼書を示すのは、ギルド【黄鉄】のマスターである。
やはり紫蝶の短剣が気になるようで、近くでよく観察している。
内部用の依頼には高額な物があるようだ。
三人組は依頼対象の情報を見せて貰う。
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種族:ダイア・スネイル(特異個体) Lv90
技能:
<ダイア・スケイル> 全ダメージを半減し、防御時は更に半減する
<ダイア・シールド> 最大体力の十分の一以下ダメージを無効化する
<ダイア・バレット> 無属性単体魔法 Lv80
<自己再生> 徐々に傷を回復、防御時は状態異常も回復する
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「これはまた厄介そうな相手だな」
ダイア・スネイルは堅牢な守りで有名な生物だ。
攻撃能力は他より低いが、圧倒的タフさで消耗を強いられる、嫌われ者である。
この特異個体は臆病なので、すぐ防御状態になり、折角のダメージを回復してしまう。
報酬金が釣り上がったのは、誰も倒し切れなかったからである。
これを倒さず放っておくと、多数の鉱石を体に取り込み、分解してしまう。
鉱石が欲しいのは人だけではないのだ。
「これを見ても怯まないなら、明日同行してくれないか?勿論報酬は出す」
ギルドマスターは紫蝶の短剣を見物し終わると声を掛けてくる。
ここまで報酬金の上がった依頼をこなすと、評価が大幅に上がる為だ。
報酬の目減りには目を瞑り、成功率を上げる方向で考える。
「念の為アイテムは色々持ってきた。俺は良いと思うが」
「今の所、顔を見られても大丈夫だし…行くわ!」
「そうと決まれば宿を取りに行きましょう」
今まで防御偏重の生物とは戦っていないので、良い経験になると考える。
今回はリコラディアのアドバイスで、安全な高級宿へ宿泊する。