86.名前の前に付くアレ
本日の舞台は、ギルド【黒爪】である。
パペット三人組が、慣れた様子で門番に挨拶し、中へ入った所だ。
魔法訓練で根を詰め過ぎていたので、息抜きしようとしているのだ。
気付かない内に視野が狭くなる現象を回避する意味もある。
「二人には悪いが、先に剣の行方を聞いて来たい」
「良いんじゃない?」
「忘れる前に行きましょう」
クエラセルは、いつも使っていた剣が気になっている。
以前、クオとの戦闘時に消されてしまったのだ。
その後再会出来なかったため、時間をおいて訪問している。
「おう、お前ら。久しぶりだな!」
「「「!?」」」
現れたのは、最近新たな戦術に目覚めたボルドーだ。
なんと、真っ白なローブを着ている。
鎧がローブに変わっただけなのだが、とても違和感のある恰好だ。
「実は、まともに魔法を使えるようになってな」
自慢したくてしょうがないボルドーは、手の上に火の玉を浮かばせてみせる。
三人のイメージに無いので素直に驚くと、少し機嫌が良くなる。
「この二人も、魔法を使えるようになったわ。まだ入門だけど」
「お?やるじゃねえか。魔法は良いぞ、空中の敵も簡単に吹っ飛ばせる」
あっさりと言ってのけるが簡単な訳はなく、経験と技術あってのテクニックだ。
単純に広域魔法を使えば当てやすくなるが、その分燃費は最悪である。
「そう言えば、マスターが来いと言ってたぞ。んじゃまたな!」
言いたい事を言い切ったボルドーは、返答を聞く前に去ってしまう。
「もしかすると、剣の事かもな」
「それなら話が早くて助かるわ」
「ギルドマスターの部屋で良いんでしょうか…?」
…
とりあえずギルドマスターの部屋へ向かった三人。
予想通り、フェイリアはそこで待っており、特に問題なく会う事が出来た。
「突然ですみませんが、幾つか用件があるので、まずは掛けてください」
三人組は、以前のように来客用テーブルに備えられている椅子に座る。
「順番に行きましょう。まず、クエラセルさんの剣を返却します」
「消滅してなくて良かった…」
「あれはクオのスキルで装備を盗んでいるだけなので、消えはしませんよ」
何気に重要なスキルの一部をばらされる。
あっさり情報が出てくる所を見ると、まだまだ仕掛けがありそうだ。
「影、あれを」
フェイリアは自身の影に向かって指示を出すと、そこから剣が浮かび上がってくる。
間違いなくクエラセルの剣で、それを受け取る。
これは迷いの森の転送システムと似ている仕組みだ。
物品を闇の魔力に変換し、自身の裏世界を経由して転送しているのだ。
「次が今回のメインですが、この紙を見てください」
これはギルド上層部会議で見ていた、名簿のような紙だ。
"加入後一年未満の者"とタイトルが書かれている。
やはり、三人の名前が取り消し線で消されているようだ。
他にも名前が書いてあり、ティスラの名もあるが、これには取り消し線が無い。
それ以外は知らない名前ばかりだ。
「こちらの勝手で申し訳ない所ですが、貴方達は消す事にしました」
「「「えっ?」」」
唐突な流れに、三人は言葉を失う。
「そして、今後はこうなります」
新しく出された紙には、"一般の者"と書かれており、そこに三人の名前がある。
一瞬、存在を消されるのではないかと考えたが、それならば既にやっている。
安心して今後の事を話せるようだ。
「これが何を意味しているのか、分かって無いんだが…」
「クオから聞いていたはずでは?加入後一年以内の者は、支援を受けられます」
「「「…?」」」
ピンと来ない三人組を見たフェイリアは、目を瞑り悩まし気な表情になる。
支援サービスを利用した形跡が無いので、飛び級で一般枠に移そうとしたのだ。
しかし、発覚していない不祥事のせいで話がややこしくなる。
「では、こうしましょう。一般枠へ移る代わりに、暫くの間は支援者を付けます」
支援者と言うのは、大体は自分達以上の実力を持つメンバーだ。
パーティに誘う行為との違いは、支援者に報酬を支払わなくても良い利点がある。
支援者はギルドから報酬が出るので、損する事は無いのだ。
「まあ、あまり待遇を良くされると甘えてしまうからな。良いんじゃないか?」
「そうね。大体は三人でやりくり出来るから、大丈夫じゃない?」
「…ボクとしては、不安要素が減って嬉しいです」
双方納得出来る状態になり、次の話題へ進む。
「次は大した話では無いのですが、一般枠のメンバーは"特徴名"を使用出来ます」
特徴名とは、その人物の特徴を簡単に伝える為の物である。
主に外部の人物に名乗る時に使われる。
「例えば、このように使います」
フェイリアは、カードのような束を取り出し、その内の一枚をテーブルに置く。
それには"立ちはだかる"と書かれている。
カードの横には名簿があり、クエラセルの名前と繋がっているように見える。
「俺の場合だと、"立ちはだかるクエラセル"となるのか」
「その通りです。これは他人から与えられた名のみ、名乗る事が出来ます」
フェイリアはそう言って、三人分のカードを配っていく。
この中から選択して名乗れるのだ。
「俺のは、さっきのに加えて"戦士"、"兄貴"。大体分かるな」
「わたしは、"炎舞"、"さらさらヘアー"、"悪徳金融"。…何よ最後の」
「"影の首領"、"鷹の眼"、"死を運ぶ者"。ボクは何者なんでしょうか」
まだ少ないが、誰かがカードを書けば、選択肢が増える。
メンバーと交流したり、噂になれば近道だ。
この特徴名欲しさに依頼をこなす者や、キャラ作りに励む者も居る。
「今日の用件は以上ですが、一応これも渡しておきます」
渡されたのは申請用紙だ。
ギルドの許可が必要な案件や、施設の予約等に使う。
三人組には今の所必要なさそうだが、一応持って帰る事にする。