85.死人が出る世界一安全な森
本日の舞台は、トリナムの宿屋である。
多数建てられた中でも大型で、団体客が丸ごと入る事が出来る所だ。
小人数宿泊を断る代わりに、かなり利用しやすい値段になっている。
各々の部屋の他に、団体毎に一つ大部屋を借りる事が出来る。
今回はそこで話している者達が居た。
「久しぶりだな、ジーさん!頑張ってるそうじゃないか」
「お久しぶりです、フレイズさん。あなたの方こそ、各地で話を聞きますよ」
話しているのは、ギルド【ワークプレイス】の者達だ。
今回はダンジョンに潜らず、出稼ぎに行っていたメンバーの一部と合流しているのだ。
古参のベテラン冒険者も戻って来ているので、結構な戦力アップだ。
「ところでフレイズさん、そちらの方は…?」
「おう、短期ではあるがダンジョン攻略の協力者だぞ。ジュディットちゃんだ」
場に似つかわしくない、貴族のような格好をした女性が前に出る。
他の者は会話を止め、静かにそちらを向く。
「ギルド【黒爪】、熾烈極めるジュディットですわ。趣味はごうも」
「「「ごうも?」」」
「いえ、歌声を聴く事が趣味ですの。特にコーラスは最高で…」
「華のある趣味だな、世界が違う」
この女性は、暴虐の限りを尽くしてきたご令嬢だ。
謎口調は変装ついでのキャラ作りである。
なお歌声は、本人の意思とは関係なくひねり出されたものを聞くのだ。
凄惨な劇場でのコーラスは、一般的受けしない事が分かり切っている。
「ジュディットさんは、どの程度戦えますか?」
「あー、実力なら心配要らねえ。なんせ俺、殺されかけたからな」
「「「!?」」」
「後衛に置いて前を守ってやれば、かなり戦力になるんじゃないか」
実は黒爪の依頼で、ジュディットに戦闘経験を積ませる為の物があった。
一般の高レベル冒険者から募った結果、このフレイズと呼ばれた男性が受けたのだ。
素人の攻撃を捌き続けるだけの簡単な仕事だと思ったが、大間違いであった。
マスターのジールメントは、メンバーに組み込む前提で話を進める。
「では、事前に少し攻撃手段を見せて貰っても良いですか?連携を検討したいので」
「構いませんわ。ただし、死なない人を用意する必要がありますの」
「では…」
ジールメントは、フレイズの方を見るが…
「やだ。こわい」
子供のような反論で回避しようと試みる。
本気で死に掛けたようでトラウマになっているようだ。
「そこそこレベル高い奴なら良い経験になると思うぞ。な、フラック」
「俺!?今日はちょっと」
「分かった分かった。そろそろマーカちゃんと合流する頃だろ?行ってやりな」
「な、何で知ってるんだ…」
この後マーカと会う約束になっていたので、静かにしていたフラック。
マーカの方が早く着き過ぎたようで、時間を潰していた時に見つかったのだ。
今回はメンバーが気を遣い、開放する。
…
「悪い、待たせたな」
「気にしないで。今日も楽しませてねぇ」
フラックはマーカと合流し、【迷いの森】方面へと向かう。
今回のお出かけは遊び目的だけではなく、素材の品定めも兼ねている。
移動中はお互いの出来事を話す情報提供タイムだ。
「俺の方は、フォレスト・ダンジョン十三階まで突破したな」
「結構死人が出てるって噂だけど…順調ね?」
「正直な所、毎回苦戦してるぞ。十四階はある意味今までで一番きつい」
あれから壁を突破し、フォレスト・ダンジョンの奥へ進んでいるのだが…
十階までと違い、色々な方向で攻められるようになる。
「なんと、味方が着いて来るんだ」
「え?ダンジョンの奥地に味方?」
「花の妖精みたいなやつが、着いて来てサポートしてくれるんだが…」
「何それ、可愛い!」
「ところが、全く同じ見た目の敵も多数居る」
十四階は、敵の強さで言えば十一階より弱い。
ただし、同じ見た目の敵味方が入り乱れて接近する精神攻撃階だ。
味方の妖精を倒しても特に問題は無いが、良心がある者ほどダメージを受ける。
なお、大ダメージを受けると動かなくなり、悲痛な声を上げる。
スキルとしての効果は無いが、精神ダメージは倍増だ。
「今倒したのが敵じゃなかったら…と考えさせられる訳ね?」
「そうなんだよな。特に女性陣には辛いらしい」
攻撃能力以外は大したことが無いので、パーティの火力さえあればボーナス階である。
ただし、相当な精神力を持っているか、アレな者のみの場だ。
フラックが最新情報を話し終えると、次はマーカの番だ。
「私の方は、良いのか悪いのか分からないニュースがあるわ…」
「とりあえず聞かせてくれ」
「いつも買って貰ってる生物鑑定のアイテム、値上がりするみたい」
常用しているフラックにはきつい話が飛び込んできた。
ただでさえ高級品だと言うのに、そこから価格が上がる。
今まで以上に金勘定を厳しく見積もらねばならないようだ。
「その代わり、アイテム鑑定の効果も内蔵されるようになる…という話よ」
「どっちかの効果を選択して使えるって事か?確かに良いのか悪いのか」
いざという時の利便性を取るか、値段を取るかの話である。
フラックの所持分はギルド支給品も含まれているが、半分以上は自腹購入だ。
財政状況ともう一度戦わねばいけない。
「在庫がある間に、鑑定アイテムを買いに行かないとな」
「あなたらしい発想だわぁ」
その後も、他愛ない話からお役立ち情報までひたすら話す。
お互いに新しい情報が好きなので退屈しないのだ。
二人はそうこうしている内に【迷いの森】へ着く。
…
「…それ、何してるの?」
「物々交換みたいなもんだな」
フラックは、道の横に生えている木に、ゼリー状の物を塗り付けている。
この謎行動はすぐに終わり、道具を仕舞うと、木の枝が折れて落ちてくる。
「この枝が何か分かるか?」
「こ、これってまさか…一応、アイテム鑑定!」
########
品名:ヒール・サリックスの枝 Lv100
用途:回復薬
産地:【迷いの森】
########
「こんな簡単に高レベル素材を…」
「この個体は新しい回復方法を模索中で、回復薬とかと素材を交換してくれるんだ」
「へぇ、フラックと一緒に居ると、常に新しい発見があるわねー」
フォレスト・ダンジョンに登場する敵役の植物は、迷いの森の至る所に生えている。
ただしダンジョン内と違い、かなり個体差がある。
そのため、好意を持って接すれば仲良くなれる個体も居るのだ。
悪意を持った場合は、言うまでもなく養分となる。
…
道中で色々と交換を繰り返し、気付くとアイテムだらけになっていた二人。
ようやく今回の目的地へ着く。
「今日はここを紹介したかったんだ」
「あら、小鬼族?」
ここは小鬼族の拠点にある、訓練スペースだ。
子供向け冒険譚では最弱候補とされているスライムと…
冒険者ギルドで最弱候補とされているゴブリンこと、小鬼族が戦っている。
「ポム ノ チャー!」
「「「チャー ノ エベ!」」」
何を言っているか分からないが、リーダーと思われる小鬼族が指令を出している。
それを合図に、三人の小鬼族が腕を前に出し、集中している。
「まあ見てくれ。これは驚く事間違いなしだ」
「小鬼族と言えば罠が有名だけど、あれは…?」
暫く待つと、三人の小鬼族は息を合わせ、手を上げる。
「「「ゲード!」」」
ドォン!
なんと、三人の小鬼族は爆発を引き起こした。
魔法石ではなく、魔法のようである。
「え、ちょっと、どういう事!?」
「俺も詳しくは無いんだが、最近魔法を習得したらしい」
丁度訓練が終わったようで、この隙にフラックが土産を配りに行く。
トリナムの特産品である、ポク肉と呼ばれる獣肉をローストした食べ物だ。
すると、他所の小鬼族達では見られない、邪気の無い笑顔が出来上がった。
スライムも肉を取り込み、分解してみている。
「しかも全員友達なのね…このやり取りだけで本が書けそう」
…
今回のお出かけコースは以上だ。
ここまで驚かされる状態を見せられたマーカは、ある事を思い付く。
「次回は私のホームに招待するわ」
「そう言えば見た事は無かったが、住居はあるんだよな」
「まあ、そうね。ホームで死なないでね?」
「どんな所だよ!」
フラックは家を想像しているが、ちょっと違う。
ホームと言っているのは、ホームギルド…つまり黒爪である。
寝泊まり出来るので、ある意味家なのは合っている。
次はフラックが驚く番になるようだ。