74.農業見学
ついにワープ的なアレの話に行けます。
「「「農業見学…?」」」
「そう、今日は他の子達も全員参加よ」
疑問を呈しているのは、ギルド【黒爪】から帰って来たパペット三人組だ。
多数のプレゼントを預けに来た所で、フィーリに呼び止められた。
「そもそも農場なんてあったか?」
三人組の中では森の地形に一番詳しい、クエラセルも知らないようだ。
実は、趣味と実益を兼ねたジョギングの成果で、殆どの場所を踏破している。
「あるけど、普通に歩いてても見つけられない所ね」
フィーリは詳しく話さず、"お楽しみ"にしたいようだ。
他のパペット達も気になるので、ここは同行する事にする。
…
集合場所は、住居の裏手にある泉である。
大魔法関連の小さな泉もそうだが、あちこちに水が湧いている。
これらは水質管理されており、水をそのまま飲んでも大丈夫だ。
三人組はとりあえずマイカップで水分補給する。
「他だと、こうやって生水を飲める所は少ないらしいですよ」
グリンは"安全な水"の重要度を理解していた。
三人組はパペットなので、最悪どうにでもなるが…
人の身では死に至るケースもあるのだ。
「ここに来るまでは、生水を飲む発想が無かったな」
飲料としての水は、基本的に沸騰した後のものを指す。
それでも採水地によっては笑えない健康被害が発生するのだ。
アイテム鑑定スキルがあれば、明らかに毒な水を回避できる可能性はある。
三人組がのんびり会話しながら待っていると、団体が現れる。
森にちらばっていたパペットが全員合流したのだ。
フィーリも一緒になっているようで、一行の前に出る。
「全員揃ったようね。既に会ってるかもしれないけど、この三人が先輩よ」
三人組が紹介され、各自簡単に挨拶して進める。
新入りは数が多いので、今回は顔合わせ程度のやり取りだ。
挨拶が終わると、フィーリは泉の中に手を入れ、水を輝かせる。
その後全員の方を向き、注目するように言う。
「農場はこれが出来ないと入れないから、見ててね」
次の瞬間、フィーリの体が半分になり…
少し離れた所から残りの半分が現れる。
全員、一度は見た事がある、謎の技術である。
「これは、自身をマナに変換して、目的の場所に送った後で復元しているの」
言い終わると、フィーリは一瞬で元の状態に戻る。
この時点では誰一人として出来る気がしていない。
「今回は手伝ってあげるから、あそこで自身をマナに変換する所だけやってみて」
フィーリは泉を指差す。
かなりの無茶振りだが、一人だけ、方法に心当たりがあった。
「まずボクがやってみます。恐らく自身をマナにするのは簡単な筈です」
普段からマナ操作を行っているグリンである。
泉に手を入れ、暫く待った後、念じるような動作をする。
その次の瞬間には姿が消えており、何も無かったかのような状態になる。
「何をやったんだ…?」
「あ、分かったかも!試すのちょっと怖いけど…」
次はリコラディアのようで、同じように泉に手を入れる。
えらく時間をかけたが、成功したようで姿が消える。
「試すと怖い、かつ簡単な方法で出来るのか」
クエラセルは正直な所あまり自信が無かった。
魔法も使わないので、マナの動きには詳しくないのだ。
こういう場面では、やはり魔法の勉強をしておけばと考えてしまう。
とりあえず真似をして、泉に手を入れた状態で考えてみる。
「あの二人に共通する事…何がある?」
暫く手を入れている事で、手が冷たくなってくる。
それに気付くと同時、マナ入りの水の事を思い出す。
「そういう事か。しかし、今の俺に出来るだろうか?」
…
「…やっぱり、そうだよな」
クエラセルが目を開けると、見た事のない土地に居た。
これは自身をマナ化する事に成功し、その後はフィーリによって農場に運ばれたのだ。
「こっちよ!」
「全員揃うと信じてました」
少し先に、二人が待っていたので合流する。
後続を待つ間、話して時間潰しをする。
「それにしても、よく一回死ぬって事を思い付いたな」
「「え?」」
クエラセルが取った方法とは、自身のマナを全て水に流し込むという手法である。
パペットはマナが無くなると死んでしまうので、一時的に自害したという事になる。
他二人は顔を見合わせ、どちらも首を横に振る。
「何それ!?わたしは体内のマナと水のマナを全部同時に交換したんだけど」
「全員違う方法だったみたいですね」
リコラディアが怖がっていたのは、泉の中に自身が転送される事である。
グリンは更に別の方法でやってのけたようで、解説する。
「まず、水のマナの行き先を調べたら、ここへ誘導されていました」
「そうだったのか」
「なので、マナ転送先をここにして、自身に全力でマナ吸収してみました」
「それ、簡単なの…?」
「簡単な方法を試す前に自力転送が出来てしまったので…」
成功すると農場へ転送されてしまうので、失敗した事柄しか伝えられない。
それぞれタイプの違う三人が成功した事で、後続には結構なヒントだが…?
…
かなりの時間が経ち、全員が揃った。
満身創痍の者も居るようだが、これは農場に入っただけである。
「全員来れて良かったわ。ここが通称農場の、第二ラウダよ」
ラウダと言うのは、迷いの森全体の事だと言われていた概念だ。
「ちなみに、皆が普段暮らしているのが第一ラウダ。他にもあるわ」
この場所について詳細を話して行くフィーリ。
ここで思い出したように情報を付け加え…
第二ラウダは地中に存在し、物理的に移動するには掘削するしかないと語る。
ぱっと見は地表なのだが、三人組は無音な事に違和感を感じる。
「ここには動物や虫が居ないのか?」
「今は居ないわ。必要になったタイミングで生態系も変えるの」
そう話している間に、"生産者"がやってくる。
『オウ!今日は随分大所帯だな!』
「農業見学をさせようと思ったのよ。作物を見せてあげて」
『オーケィ!ブラッディ・イートンを見せてやる。付いて来い!』
喋っているのは、人型に近い真っ白な生物で、大きめの子供のようなサイズだ。
頭に葉が付いているので、植物と思われるが…
遠近感が狂うレベルの速度で走り、既に豆粒のようなサイズになっている。
見晴らしは良いので見失う事は無いが、距離的にげんなりする。
白い生物は、銀色の植物が生えている所で待っているようだ。
…
「俺は普段からジョギングしてるから平気だが、他は…」
殆どの者は疲労と言う名のダメージを受けたようである。
まだ途中でバテた者が合流しきっていないので、待っている生物と会話してみる。
「ここは、どこまでが農場なんだ?」
『ウィー!発想が小さすぎる。どこまでも農場だ!』
やはり異常な場所のようで、霞んで見えない程の距離まで畑が続いている。
暫く話していると、この生物が畑を取り仕切っているという情報が得られた。
遅れていた者が合流すると、真面目モードになって話を始める。
『これがブラッディ・イートン。花と葉が食用で、果物代わりの甘味に出来る』
目の前には、銀色で肉厚な楕円形の葉を持つ植物が存在している。
上から覗き込むと、葉だけの状態でも銀色の花のように見える。
知らないと金属にしか見えないが、赤い花を咲かせる多肉植物である。
「育ち切った子は居る?居たら収穫を見せてあげて」
『オーケィ!三百号、収穫されろ!』
指令のようなものを下すと、銀色の植物のうち一つが空を飛ぶ。
ゆっくりと一行の前に降り立つと、動かなくなる。
暫く待つと葉が全て落ち、間を置いて、花も千切れて落ちる。
残ったのは、ブラッディ・イートンの幹とも呼べる、非常に細い本体だけである。
『この銀色の皮を外せば…』
メリメリ… ガシャン!
『こうなって、生でも食える状態になる』
真っ赤な汁が滴る塊が取り出される。
名前に付いた"ブラッディ"の部分は、これの事だ。
なお、ブラッディ・イートンは表皮がとても硬いが、中身はそれほどでもない。
葉の裏側が脆いので、そこから切り込めば簡単に皮を剥ける。
生食すると、繊維質を感じるゼリーのような感覚である。
「なあ、この銀色の皮…掃除の時に転がってたやつじゃないか」
「「あっ!」」
黒爪の部屋を片付ける時、転がっていた素材の事である。
表面に細かな刃が付いていたのだが、
片面しか付いていないのは、これを平らに伸ばしたからである。
一行は、この収穫されたブラッディ・イートンの葉を振舞われる。
…
「結構食べやすいな。外で見つけたら、非常食として場所を憶えておこう」
「甘くて美味しい!これ、気に入っちゃった」
「流石に保存食には出来なさそうな感じですね」
見学箇所はまだまだあるのだが、既に体力を使い切った者が多かった。
フィーリの指示で、今回は引き上げる事にする。
『オウ!ラファー農場を宜しくな!また来いよ!』
時間が惜しいのか、また遠近感が狂う速度で畑の様子を見に行くようだ。
「そういえば、あの速度の相手に鑑定アイテムを使えるんでしょうか」
グリンは鑑定アイテムを取り出し、鑑定してみる。
########
種族:ダイ・ルーツ(特異個体) Lv160
技能:
<疾走> 攻撃を高確率で回避、移動速度が大幅上昇、逃走に必ず成功
<蹴り> 物理単体攻撃 Lv190 対象を遠くへ吹き飛ばす
<キックアウト> 蹴りで相手が吹き飛んだ場合、【睡眠】付与
<キックバック> 蹴りで相手を倒した場合、ステータスを短時間吸収
<キックオフ> 【木霊】時、全ダイ・ルーツのステータスから三割を得る
<木霊の眷属> 木霊の拠点内でステータス大幅強化、それ以外は大幅弱体化
########
「あの速度から放たれる蹴り…」
「「…」」
対象を正しく認識出来れば、高速で離れる相手も鑑定出来るようだ。
一行は想像力が豊かになっているので、蹴られた場合の未来を想像してしまう。
この森を知れば知るほど、味方で良かったと思う三人組であった。