64.第三者視点リア充の危機回避
「え?倒しちゃったんですかー」
「成り行き上、逃げられなかったというか…」
ここは【迷いの森】にある、小鬼族の拠点である。
パペット三人組は、クルタにサンダー・スライムの事を話していた。
木製のテーブルを囲む状態で話しており、そこにサンダー・スライムの刃が置いてある。
「ある意味、好都合です!」
実は、今時点で妖精の森に生息しているサンダー・スライムは、反クルタ派である。
サンダー・スライムの長が従っている事で、実質クルタが長なのだが…
戦闘能力で上下関係を持つので、その能力が無いクルタを長と認めていない。
仲間意識はあるのだが、今回の拠点移動のように、協力しない場合もある。
大体は外の世界を知らない若い個体であり、強さ以外の判断基準が無いのだ。
「…!」
「ライデンサムライちゃん…?」
話していると、クルタから一体のスライムが分離し、テーブルの上に乗る。
そして、刃のような物を生成し…自らを斬る。
「…」
そして、切断された自らの一部を提示する。
「若造が起こした不始末について、謝罪すると言っています」
このスライムは、サンダー・スライムの長である。
同族を代表して謝罪しているのだ。
刃以外の一部を渡すのは、最大限の謝罪である。
受け取って欲しいようなので、クエラセルが手に取る。
「何か凄まじい力を感じるんだが」
「それ、雷の魔力が大量に漏れ出してるわ」
「触っていても大丈夫なんですか?」
これは、サンダー・スライムの体内にある、雷魔力を生成する部分を含んでいる。
特に成熟した個体の物は、素材としてかなりの高級品である。
普通に手に入れようとすると、この部分を酷使する前に仕留めねばならず…
スライムの核を一撃で破壊するような戦略で挑まなければ入手できない。
「ところで、他の子は大人しくしてましたか?」
「見た限りは全部黄色だったから、サンダー・スライムだけだと思ったが…」
ギルド依頼に黄色のスライムが書いてあったので、自動的にそう認識する。
しかし、クルタ周囲のスライムは、全て透明である。
それに気付いたクエラセルは言葉を詰まらせてしまったのだ。
「その認識で合ってますよー。この子達は優秀で、自身の色を変えられるのです!」
そう言って、クルタは二体のスライムを取り出し、テーブルに置く。
何かを察したのか、取り出されたうちの片方が、赤色に変わる。
そして、サンダー・スライムの長も黄色に変わる。
「これが本来の色ですよー」
無色がアシッド・スライムで、水を操るスライム。
赤色がファイア・スライムで、火を操るスライムだ。
サンダー・スライムも含め、それぞれ全く違う特性を持っている。
「「…!」」
一連の話を聞いて、同族の事が気になったのか、透明と赤色のスライムが揺れ出す。
「この子達も同族が心配になったみたいで、遭遇したら様子を見てくれませんか?」
一行は、暫く妖精の森に厄介になるつもりなので、引き受ける。
早速マデイラへ出発し、関連する依頼を探す事にする。
…
「スライム関係の依頼?前回のサンダー・スライム以降は無いな」
一行は、前回世話になったギルドに足を運ぶが、無駄足になってしまった。
というのも、あえて危険度が高すぎる依頼を持ち帰るメリットが無いためだ。
まずは保留にして、他のギルドでも探す。
…
「ス、スライムだって!?君たちは死ぬには若すぎる。他の依頼にしてくれ!」
「勘弁してくれ。そんな依頼を拾って来たら、このギルドが無くなっちまう」
「バカ貴族が発行した、アシッド・スライム百体討伐ならある。報酬は千アグラだ」
「「「それはちょっと」」」
…
一行は色々と巡ってみたが、丁度良い依頼が無いようであった。
しかし、見た顔と再会する事で、懸念事項は消え去る事になる。
「ねぇ、次はここで服を選んでくれない?」
「それ名案!行こうよ!」
「いや、そこは女性用の店…」
複数の女性に密着され、店に連れ込まれているのは、オージュだ。
男性視点で見ると、とても羨ましい光景のはずだが…
当人は疲れ切っているようだ。
オージュは三人組に気付くと女性を振り切り、目を輝かせて合流する。
「用意が遅いぞ!間もなく依頼の時間だ。すぐに出発する!」
身に覚えが無い三人組。
オージュは、後ろの女性に見えないように、サインを出してくる。
どうやら助けて欲しいようで、依頼書も見せてくる。
目ぼしい依頼が無かったので、ここは助ける事にした。
女性達も、依頼ならしょうがないという感じで諦め、手を振って見送ってくる。
…
「通り掛かってくれたお陰で助かった。礼を言う」
妖精の森へ着いた一行は、まず礼を受け取る事から始まった。
高レベルのサポート役は絶滅危惧種の為、方々から良い意味で狙われている。
先程の女性達は以前協力したパーティの者で、何とかして取り込もうとしている。
「普通は、あれって嬉しいんじゃないの?」
リコラディアは黒爪の雑談で聞いた事を憶えていて、質問する。
それに対し、オージュは驚くほど簡潔に返す。
「俺の好みと正反対だし」
余裕があるのか、話しながら妖精の森の奥へ進む。
聞いて行くと、オージュの好みは病弱な女性のようだ。
"男受け"する格好は論外であり、更に健康体では拒絶反応が起きるらしい。
それでも真っ向から否定しないのは、彼なりの優しさである。
「これだ。依頼の品、"地上の地下水"」
依頼は採取で、対象物があっさり見つかったようだが…三人組には認識できない。
オージュはハート形に見える巨大な瓶を抱え、道なき落ち葉の海に入っていく。
一般的なイメージの落ち葉と違い、生きた葉以上に水気があるようだ。
オージュは風魔法で新しい葉を吹き飛ばし、そこへ瓶を押し付けると…
凄い勢いで瓶が沈み込み、その中へ水が溜まっていく。
「これは、何をしているんですか?」
「腐敗した落ち葉の水分を集めてるんだ」
この一帯は、水分を多量に含む葉が大量に落ちている。
元々水分の多い地域なので、葉の水分が浸透しきらず飽和しているのだ。
いずれ葉が腐敗し、土のような物体になるが、水分は含んだままの状態である。
これに圧を加えれば、自然と水分が抜け出るという仕掛けだ。
今回の依頼は、この葉が腐敗した物から抽出できる水分の納品依頼だ。
何度かポイントを変えて繰り返し、都度別の容器に保存して、依頼達成だ。
「結構落ち葉や土のようなものが混ざってるが…これは大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。ここから先は加工者の仕事だ」
「これで量が合ってるか分からないんだけど…」
「そこは慣れだが、これで少し多めくらいだな」
「スライムが入ってますが」
「問題な…問題だな」
小さな瓶の一つには、透明なスライムが入っていた。
蓋を開けて待つと、自力で這い出てくる。
「…?」
何でこんな事になっているのか、理解できていない様子だ。
オージュは構え、かなり緊張しているが、まずクエラセルが語り掛けてみる。
「言葉は通じるか?長から様子を見て来るよう言われたんだが」
「…!」
理解したのか、透明のスライムは、体を矢印のような形にする。
森の奥を差しているようで、スライム自身もその方向に向かう。
「多分、付いて来いと言ってる」
「スライム相手に意思疎通する新人…噂通りとんでもないな」
オージュも興味があるのか、同行する。
…
暫く進むと、湖がある場所に出る。
そこら中に透明なスライムが居る状態だが、特に争ったりはしていないようだ。
「この水、透明度が凄いな」
「よく見たら湖の中にもスライムが居るみたい」
「底が輝いてますね」
湖の底がキラキラしている。
ここはアシッド・スライムの住処であり、宝物庫でもあるのだ。
案内役のスライムは湖に入り、かなり深く沈んだようで、見えなくなる。
「ここは、お前達に任せた!」
オージュはかなりビクビクしている。
それもそのはず、本気になれば一体でも死を覚悟させる個体が大量に存在するのだ。
怒りを買わないように大人しくするようだ。
三人組は近くのスライムに話しかけてみたりするが、割と友好的であった。
クエラセルとグリンは、スライムと一緒に散歩する仲になった。
「何これ、すっごい快適…」
何故かリコラディアはスライムに取りつかれ、未完成のクルタのようになっている。
マッサージ的な効果があるようで、案外快適のようだ。
実はこれ、ただのマッサージではなく、老廃物や不要な魔力を取り込んでいる。
パペットなので老廃物は無いが、イメージ的には似たようなものだ。
「…食うか?」
「…!」
オージュは自家製果物ペーストの瓶を持っていて、体力とマナ回復に使っている。
休憩に良さそうなタイミングだったので食べていたのだが…
瓶周囲にスライムが集まっていたので、分けてみている。
なかなか好評で、ペーストを取り込んだスライムは、跳ねて喜びをアピールする。
一行がそれぞれ交流していると、案内役のスライムが湖から上がってくる。
体に何か取り込んでいて、それを取り出し、近くに居たグリンに渡す。
「これは…?動物の骨?」
意図が分からなかったが、このスライムはまた森の中に移動する。
用事が済んだようである。
結構時間が経ったので、採取した水が痛む前に、一行は妖精の森から引き上げる。
納品はオージュに任せ、三人組はクルタの所へ行く。
…
「…という感じでした。それでこの骨を渡されたんですが」
「うーん、オールデリートちゃんに聞いてみましょう」
クルタは、一体のスライムを取り出し、骨の隣に置く。
このスライムは、アシッド・スライムの長で、スライムの総括役でもある。
スライムは、骨を調べると、跳ねだす。
「この骨は、"訓練"をちゃんとやっていた証拠品らしいです」
妖精の森に居るアシッド・スライムは、レベル上げを行っている若い個体だ。
強い動物に挑み、体を溶かした後に残る骨を勲章としている。
案内役のスライムは大物を仕留めたようで、その成長に喜んでいるのだ。